スキルなし王妃の逆転劇〜冷酷王と結婚しましたが、問題はそこではありません〜

雪城 冴

文字の大きさ
14 / 35
2章

2-4 零れる滴は

しおりを挟む
 
 執務室で書類をめくっていたリリアナは、手をピタリと止める。
 ナターシャの叔父が申請してきた、貴族への贈り物の予算――


「先日も似たようなものがあった気がするけれど……会計係が通しているのだから、大丈夫なのかしら?」


 ――リリアナは何か引っかかる。
 ちりんちりん、とベルを鳴らして白ひげの会計係を呼び出す。


「王妃様、お呼びですか?」


「すみません、今までの予算一覧を見せていただけますか?」


 彼は白ひげを撫でながら、少し嫌な顔をした。――黙って承認しろということだろう。

 ずっしりと重い羊皮のファイルを受け取ると、会計係は去った。


 リリアナは一枚ずつめくる。

「やっぱり……」

 何度も同じ請求があった。王はこのことを知っているのだろうか。


 トントン――

 せっかちなノック――音だけで分かる。オスカーだ。
 
 彼は返事を待たずに入ってくると、ぱっと机の上に積まれた書類の山と、リリアナを見た。


「行くぞ」

「どちらへ――」


 オスカーは答えずにリリアナのマントを手に取る。城の外に行くということか。

 歩み寄ると、彼はリリアナをマントですっぽりと覆った。


(あたたかい……)

 オスカーの歩くスピードは、すっかりリリアナと合っていた。



「オスカー様、リリアナ様お待ちしていました」

 馬車の前にはユリウスがいて、リリアナが乗り込むのを補助しようと一歩前に出た。


「ありがとうございます」

 ユリウスの手を取りかけると、にゅっとオスカーの手が馬車から伸びた。
 それを見たユリウスは、手を後ろに引っ込め、ヒソヒソ声で言う。


「補助は、オスカー様がやりたいみたいですよ」


 オスカーは無表情だが、急かすように腕をもう一度ぐっと出した。リリアナはおずおずと捕まり、彼の真向かいに座る。


 狭い車内に2人きりでいると、息が詰まりそうだ。そこへユリウスが乗り込みオスカーの隣に座ったので、リリアナは思わずほぅっと息を漏らした。

 あからさまなリリアナの態度が、オスカーは気に触ったようで、眉をひそめる。
 変わらず車内の空気は重いが、ユリウスだけはにこにこしていて、そこだけ花が咲いたようだ。


 オスカーは頬杖をついて窓の外を眺めている。
 彼が陽の光に目を細めると、長いまつげが影を落とす。黒い服と黒いマントがよく映えて、そこだけ一枚の絵画のようだ。


(本当に、お人形みたい――)


「今日は、ドレスのアトリエへ行くんですよ」

 ユリウスの声に、はっとした。

「ドレス……?」


「はい、魔力で美しくしたシルクを使うので、エルジオのドレスは他国にも人気があるんです。
それを見たら、リリアナ様がお喜びになるんじゃないかって」

 エルジオが小国ながら他国と渡り合っているのは、魔力を使って経済を活性化させているおかげだった。



「おい、余計なことを……」
 オスカーの声を無視して、ユリウスは身を乗り出す。


「そう言えば聞きました? 結婚式で誓いの言葉を省略したのだって、急ぎの軍議があったからで……いたっ……痛いです!」

 ユリウスは脇腹をオスカーに小突かれ身をよじっている。


(急ぎの軍議が……じゃあ誓いの言葉を省いたのは、私を嫌いなわけでは……?)


 本当なのだろうか。リリアナは、窓の外を見たままのオスカーに問うた。

「どうして、そう言ってくださらなかったのですか?」

「誓いの言葉など無駄なだけだ」
     

 切り捨てるような声――
 彼の冷たいグレーの瞳には、リリアナのことなど一切映っていない。

 リリアナは涙を堪えて俯いた。

 少しずつではあるが、彼の優しさに触れ、距離が縮まってきたと思っていたのは自分だけだったのか。


(オスカー様にとったら、所詮、私は政略結婚の相手でしかないんだわ……)
 

 リリアナは、膝上でドレスをしわになるほど握りしめていた。


「リリアナ様、違うんですよ!」

 ユリウスがなんとか場を取り繕うとしているが、それがかえってリリアナの心を惨めにさせる。


 セルジオでは、食べるものも礼儀作法も母国と違う。大好きな音楽もない。
 やることなすことすべて見張られているような緊張感の中で、何とかここまでやってきた。


 だけど――

(私はここでも……誰にも必要とされていないんだ)


「うっ……ううっ……」

 堪えきれず漏れた嗚咽おえつに、オスカーはやっとリリアナを見た。

 だけどもう、リリアナには彼がどんな表情をしているか分からなかった。


 リリアナは泣いた。誰が見ていようが関係なかった。

 手で涙を覆い、ぶるぶると肩を震わせるその姿は、年相応の少女に戻っていた。 


 どれくらい泣いただろうか。
 不意に、誰かに背中を優しくさすられた。

 リリアナは、泣きすぎて顔を上げられなかった。大きな手は、変わらず背にぬくもりを与えてくれている。


「リリアナ……」
 意外な人物に名前を呼ばれて、思わず涙を止めた。
 てっきりユリウスかと思っていたら、隣にいたのは困った顔をしたオスカーだった。


「へ……いか……?」

「泣かないでくれ……そんなつもりでは……」


「だからちゃんと伝えた方が、って言ったじゃないですか」
 ユリウスの声に外を見ると、馬車は既に止まっていた。

「誤解を解いてくださいよ。僕は先に行ってますからね」


 パタン――


 馬車の中に取り残された二人。オスカーは、手でリリアナの涙の跡を拭いた。

「悪かった。無駄と言うか……その、誓いの言葉は必要ないと思ったんだ」


 ロゼベージュの瞳には、止まっていたはずの涙がみるみるまりだす。

「……うっ……同じっ……同じことです。私なんか、に言う……価値もないって……そういう、ことでしょう……?」


「なぜそうなるんだ」

 オスカーは困惑しているが、リリアナに取ったら、なぜもなにもなかった。
 

(だめ……困らせている……)
 リリアナはハンカチでしずくを拭き、なんとか涙を止めた。

「申し訳ございません。陛下。もう大丈夫です……参りましょう」


 立ち上がりかけたリリアナを阻むように、オスカーに腕を取られた。


 ぐっと引き寄せられ、気付けばリリアナは彼の胸のなかにいた。
 オスカーの心音が、大きな胸に預けた耳からどくんどくんと聞こえてくる。


 遅れて、低い声が耳から響く。

「愛情は、言葉より態度で示すべきだと……そういう意味で言っただけだ」


 その言葉でリリアナは力が抜けた。
 そっと顔を上げる。

 冷たいと思っていた彼の瞳が、今は柔らかな戸惑いの色に見える。


(どうして私は……オスカー様の気持ちを理解しようとしなかったのだろう……)


 思い返せば、彼なりに気にかけてくれていた。恋情ではないにしても、嫌われてはいないのかもしれない。

 そして、望まぬ結婚であることは、オスカーとて同じだ。そう思うと、リリアナは胸の奥がズキンと痛んだ。


「本当にもう……大丈夫です」

 微笑んでみせると、オスカーは子供にするように、リリアナの頭を優しく撫でた。


「なるべく……言葉にするようにする」

 リリアナは自分の身勝手さに辛くなり、首を振った。愛されたいと言うなら、自分から行動すべきだった。


(だけど……私は、オスカー様に愛されたいのかしら……
それとも、認められたいだけなの……?)


 答えが出なかった。恋や愛という感情を、つい理論で考えてしまう自分が嫌だった。


「ユリウスが待っていますね。参りましょう」

 二人は馬車を降りた。
    
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました

由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。 このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。 「――だったら、その前に稼げばいいわ!」 前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。 コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。 そんなある日、店に一人の青年が現れる。 落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。 しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!? 破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。 これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。

政略結婚のはずが、完璧公爵の溺愛が子リス系令嬢を解き放ちました

宮野夏樹
恋愛
 「冷徹」と噂されるヴァレリオ公爵ジュリアンと、淑女らしからぬ「男前」な本性を隠すリシェル伯爵令嬢。  政略結婚で結ばれた二人は、すれ違うばかりの初夜を過ごし、互いの距離は開く一方だった。  だが、ある秘密の趣味が露見したことで、完璧な公爵の仮面が剥がれ落ち、リシェルへの底なしの溺愛が止まらなくなる! 完璧主義の公爵が、リシェルを「可愛いもの」と認識した瞬間から、公爵邸は甘く蕩けるような空気に包まれる。  一方、執拗な嫌がらせを繰り返す邪魔な存在、シャルロッテの出現。  しかし、ジュリアンは「俺の可愛い妻を傷つける者は、決して許さない」と、その絶対的な愛と庇護で全てを排除。  そして、リシェルの長年のコンプレックスだった「男前」な本性も、ジュリアンの愛によって全て肯定され、真の幸福を掴む。  完璧公爵の強すぎる愛で、政略結婚から始まる「愛され新婚生活」は、予想もしない甘さで満たされていく——。 ※以前投稿したものの修正版です。  読みやすさを重視しています。

酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~

ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、 夜会当日── 婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、 迎えに来ることはなかった。 そして王宮で彼女が目にしたのは、 婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。 領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、 感情に流されることもなく、 淡々と婚約破棄の算段を立て始める。 目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、 頭の中で、今後の算段を考えていると 別の修羅場が始まって──!? その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、 エヴァンジェリンの評価と人生は、 思いもよらぬ方向へ転がり始める── 2月11日 第一章完結 2月15日 第二章スタート予定

『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ

夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」 華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!

家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました

日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。 だが彼に溺愛され家は再興。 見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。

【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜

凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】  公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。  だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。  ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。  嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。  ──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。  王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。  カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。 (記憶を取り戻したい) (どうかこのままで……)  だが、それも長くは続かず──。 【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】 ※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。 ※中編版、短編版はpixivに移動させています。 ※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。 ※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)

これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?

桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」 卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。 生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。 (……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

処理中です...