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1章
1-2 義妹メアリー
しおりを挟む母が亡くなったあと、リリアナの涙も乾かないうちに父は再婚した。
リリアナの前には、恐ろしく美人な継母と、妹になる女の子がいた。
2つ下のメアリーは、艶のある黒髪に大きな青い瞳を持つ、絵本から抜け出したような少女だった。
笑えば花が咲いたように場が和む。
——守ってやりたくなる、と誰もが思う顔。
けれど、その瞳の奥には、年相応とは思えない冷たい光がひそんでいた。
父が胸を張る。
「メアリーは"癒しの声"のスキルを持っている。舞踏会で披露するのが楽しみだ――」
その舞踏会の日。
メアリーが歌うと、貴婦人たちは顔を見合わせた。揺する扇の影でひそひそと声を交わしている。
「癒しの声と言っても……こんなものなのかしら?」
「スキル名がなくても、リリアナ様の方がよほど良い声をしているわよね」
その声は誰にも届かなかったように思えたが、メアリーだけはわなわなと震えていた。
舞踏会を主催した夫人は、明るくメアリーとリリアナに声をかける。
「良かったらテラスをご覧になりません? 庭が一望出来て素敵ですのよ」
「ありがとうございます」
夫人に付いて階段を登っている時、リリアナの横にいたメアリーが、ふいに足を止めた。
「――お姉様」
甘えるように名を呼ばれ、リリアナが視線を向けると、メアリーの指先が袖を掴んだ気がした。
ほんの一瞬、視線が絡む。
伏せた睫毛の奥で、青い瞳が笑みを浮かべたように見えた。
次の瞬間、
「きゃあぁぁぁっ——」
耳をつんざく悲鳴とともに、メアリーの体が後ろへ傾く。ピンクのドレスが宙に舞い、階段を転げ落ちていった。
「大丈夫!?」
慌てて階段を駆け下りたリリアナを見た瞬間、メアリーは小さく息を呑み、怯えたように身を縮めた。
震える肩、潤んだ瞳。
その視線は、――はっきりと、リリアナを恐れていた。
「酷いわ、お姉様……ご自分にスキルがないからといって、私を階段から突き落とすなんて……」
周囲にどよめきが起き「まさか」「信じられないわ」と、断片的な声が、刃のようにリリアナへ突き刺さる。
「そんな、私は何も……」
説明しようとしたが、周りの白い目に阻まれ、掠れた声が途中で詰まってしまう。
父は泣いているメアリーを抱きしめ、大声でリリアナを罵倒した。
「自分が名無しだからと言って……みっともないぞ!」
その時リリアナは悟った。
(私の味方なんて、誰もいない――)
◇
それから数年が経った。
その日メアリーは、有名な歌の先生からレッスンを受けていて、ホールにはピアノの音と、可愛らしい声が響いていた。
リリアナは、雑巾で大理石の床を拭きながら、それをぼんやり見ていた。
突然、父が険しい顔で部屋に入ってきた。
「メアリー……国王陛下から、隣国のオスカー王と婚約のお話があったんだ」
継母が憤慨し、すかさず口を挟む。
「オスカー王ですって? 彼は氷冠の王と呼ばれ、彼に嫁いだ女性は、みんな心を壊されたと言いますのよ!」
「……エルジオは魔力で国を支えているからな。ヴェルデ家から花嫁を送り、国交を深める狙いがあるんだ」
「なぜ、メアリーなのです」
「メアリーはスキルもあって社交界で有名だろう? それがカンタレア陛下のお目にとまったのだ」
メアリーは涙をぽろぽろとこぼしながら、父に抱きつく。
「ひどいっ! 隣国のエルジオは所詮は小国。なにより音楽の後進国です!」
メアリーはそこまで言うと、何か思いついたように父の胸から顔を上げる。
そして、獲物を捕らえるような目でリリアナを見た。
嫌な予感に、リリアナの胸は早鐘を打った。
「"ヴェルデ家から"というなら、お姉様で十分よ。価値がない者ほど、こんなときは役に立っていただかないと」
メアリーはこちらへ近づき、リリアナの耳元で囁いた。
「婚約破棄されて、惨めに戻ってこないようにお気をつけて。
お姉様はスキルなし、オスカー様は魔力の国の王ですもの」
かわいらしい顔に、悪魔のような薄ら笑いを浮かべていた。
(これは、悪い夢?)
反論しようにも、心をずたずたに引き裂かれて言葉が出てこなかった。
こうしてリリアナは未来を捨て、エルジオ国の王妃となった。
今夜――寝室に王は来るのだろうか。
リリアナは、気持ちが暗く沈んでいくのを感じた。
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