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3章
3-8 囚われの歌姫 ※注意書きあり
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※R15
身体的危害・心理的圧迫・従属関係などを含む描写があります。苦手な方はご注意ください。
――――――――――――
部屋に戻ったオスカーに見守られ、リリアナが目を覚ました。
「起きたか……」
オスカーは、彼女のブロンドの髪を揺らして頬に触れた。
「書庫で、力をもつ歌姫の末路を見たのだろう? 歴史は繰り返す……お前を失いたくない」
リリアナに話しかけても、その目はどこか虚ろげで、空っぽのガラス玉のようだった。
オスカーはリリアナを抱きしめる。
「リリアナ、何も考えなくていい……守ってやる」
黙って頷くリリアナに、オスカーは優しく、壊れ物に触れるように口づける。
それは、愛の印か、呪いの痕か――
リリアナの心は、鎖でがんじがらめにされ、固く閉ざされる。
オスカーが部屋を出て歩き出すと、ユリウスが横について抗議する。
「一生リリアナ様を閉じ込めるおつもりですか?」
「……そうとは言っていない」
「なぜリリアナ様に執着するのです。愛のない政略結婚だと、初めはそう仰っていたではありませんか!」
オスカーは足を止める。
「わからない……あの声を、あの瞳を向けられると自分の中の何かが狂っていく……
初めて、弱さを見せてもいいと思った……」
ユリウスは絶句した。自分の知らない間に、君主はそこまで王妃に心を奪われていたのか。
「リリアナは、力を制御できない……」
「それは……これから調べていけば方法が……」
オスカーは、拳を握りしめ、ユリウスをにらむ。
「それで? もしリリアナの存在が日の下にさらされたら?」
ユリウスは言い淀む。しかし、オスカーの言葉は、リリアナを囚われの身にすると宣言したのと同じだ。
「お前にはわからない」
そう言い捨てるオスカーを、ユリウスは一旦見送るしかなかった。
◇
それからオスカーは、毎日リリアナの部屋に通った。
優しく甘やかし、人形のように愛でる――
リリアナは、オスカーの望む通り、従順な王妃になっていった。
それと引き換えに大切なものを失っているのか、身体は日に日に弱っていく。
「おかしい……」
ユリウスは一人つぶやく。
「リリアナ様は、そう簡単に諦める方ではないはずなのに……」
オスカーの目を盗み、リリアナの私室へ忍び込むと彼女は弱々しい視線を送った。
「ユリウス……」
薔薇色だった頬はこけ、ブロンドの髪は輝きを失っていた。
生きる屍のような王妃を、ユリウスは直視できなかった。
「リリアナ様、一体どうされたというのですか? 従うふりをして反撃のチャンスを狙っているのではないのですか?」
リリアナは何か答えようとしているが、ユリウスは聞き取れなかった。
「こんなのは愛じゃない……」
ユリウスは奥歯を噛みしめる。
その時、いつもの若い侍女が銀盆と薬を持って入ってきた。
侍女はユリウスを見ると、なぜか怯えたように立ち去ろうとする。
怪しい気配を感じ、ユリウスが侍女の手を強く掴む――バランスを崩した盆は手から離れ、ティーカップが音を立てて砕け散った。
「なぜ逃げようとしたのですか?」
侍女は黙っている。
ユリウスは、しゃがんで薬を手に取ると、顔色を変えた。
「これは――」
その隙に侍女は逃げ出し、音を聞きつけたオスカーが入れ違いに部屋に入ってきた。
彼の目に映ったのは、力なく、眠るようにベッドに倒れているリリアナだった。
オスカーは、最愛の人を抱きとめた。
「リリアナ、返事をしてくれ……!」
狼狽える姿に、かつての冷酷王の面影はない。
ユリウスはためらうが、踵を返し先程の侍女を追った。侍女が銀盆から落としたのは、医師が指示したのとは別の薬だった――
◇
リリアナの私室では医師が到着していた。
医師は聴診器をしまいながらオスカーへ言う。
「薬が差し替えられた影響でしょう。
明日まで目をさまさなければ、覚悟してください」
「ご苦労だった。隣室に控えていてくれ……」
オスカーは深い溜息をつく。
幾度か立ち上がっては座り、時計を見る。
このまま意識が戻らなければ――
「その時は……」
オスカーが自分の手で目を覆うと、かすかな声が聞こえた気がした。
「オス、カー……さ……ま」
「リリアナ!」
弱々しい声に、オスカーはぐっとリリアナの手を握る。
「水を飲むか?」
「うた、を……」
オスカーの肩がびくっと跳ねる。
喉の奥から絞り出すような声が続く。
「さい……ごに……」
握る力をなくしたオスカーの手から、するりと抜けたリリアナの手は――
ゆっくりと彼女自身の腹から、胸を伝い、喉で止まった。
――声を戻して
そう言いたいのだと分かった。
オスカーは首を振り、もう一度リリアナの手を取った。
「駄目だ、死なせない。もしもの時は俺の命と引き換えにしても――」
リリアナの指が動いていた。うっすらと開いた目がオスカーを捉える。
その目には、オスカーを責める気配はない。ただ、懇願するようなわずかな光が残っているだけ。
例え死んだリリアナを、魔力で生き返らせても、それは彼女だったものに過ぎない。
愛し方を間違った――
オスカーは、瞳に赤を宿してリリアナの喉に触れた。
「もう、大丈夫だ……」
リリアナはほっとしたように小さく息を吐いた。息が漏れるような、途切れ途切れの歌が聞こえる。
オスカーも声を重ねる。
リリアナの声が止んでも、オスカーは歌うことをやめなかった。
まるで赤い瞳から、自身の血を分けるように――
じきに彼女の頬に血色がわずかに戻る。
それを見たオスカーの瞳はスチールグレーに戻り、倒れ込むようにリリアナの傍に身体を預けた。
部屋には静かな時だけが流れていた。
身体的危害・心理的圧迫・従属関係などを含む描写があります。苦手な方はご注意ください。
――――――――――――
部屋に戻ったオスカーに見守られ、リリアナが目を覚ました。
「起きたか……」
オスカーは、彼女のブロンドの髪を揺らして頬に触れた。
「書庫で、力をもつ歌姫の末路を見たのだろう? 歴史は繰り返す……お前を失いたくない」
リリアナに話しかけても、その目はどこか虚ろげで、空っぽのガラス玉のようだった。
オスカーはリリアナを抱きしめる。
「リリアナ、何も考えなくていい……守ってやる」
黙って頷くリリアナに、オスカーは優しく、壊れ物に触れるように口づける。
それは、愛の印か、呪いの痕か――
リリアナの心は、鎖でがんじがらめにされ、固く閉ざされる。
オスカーが部屋を出て歩き出すと、ユリウスが横について抗議する。
「一生リリアナ様を閉じ込めるおつもりですか?」
「……そうとは言っていない」
「なぜリリアナ様に執着するのです。愛のない政略結婚だと、初めはそう仰っていたではありませんか!」
オスカーは足を止める。
「わからない……あの声を、あの瞳を向けられると自分の中の何かが狂っていく……
初めて、弱さを見せてもいいと思った……」
ユリウスは絶句した。自分の知らない間に、君主はそこまで王妃に心を奪われていたのか。
「リリアナは、力を制御できない……」
「それは……これから調べていけば方法が……」
オスカーは、拳を握りしめ、ユリウスをにらむ。
「それで? もしリリアナの存在が日の下にさらされたら?」
ユリウスは言い淀む。しかし、オスカーの言葉は、リリアナを囚われの身にすると宣言したのと同じだ。
「お前にはわからない」
そう言い捨てるオスカーを、ユリウスは一旦見送るしかなかった。
◇
それからオスカーは、毎日リリアナの部屋に通った。
優しく甘やかし、人形のように愛でる――
リリアナは、オスカーの望む通り、従順な王妃になっていった。
それと引き換えに大切なものを失っているのか、身体は日に日に弱っていく。
「おかしい……」
ユリウスは一人つぶやく。
「リリアナ様は、そう簡単に諦める方ではないはずなのに……」
オスカーの目を盗み、リリアナの私室へ忍び込むと彼女は弱々しい視線を送った。
「ユリウス……」
薔薇色だった頬はこけ、ブロンドの髪は輝きを失っていた。
生きる屍のような王妃を、ユリウスは直視できなかった。
「リリアナ様、一体どうされたというのですか? 従うふりをして反撃のチャンスを狙っているのではないのですか?」
リリアナは何か答えようとしているが、ユリウスは聞き取れなかった。
「こんなのは愛じゃない……」
ユリウスは奥歯を噛みしめる。
その時、いつもの若い侍女が銀盆と薬を持って入ってきた。
侍女はユリウスを見ると、なぜか怯えたように立ち去ろうとする。
怪しい気配を感じ、ユリウスが侍女の手を強く掴む――バランスを崩した盆は手から離れ、ティーカップが音を立てて砕け散った。
「なぜ逃げようとしたのですか?」
侍女は黙っている。
ユリウスは、しゃがんで薬を手に取ると、顔色を変えた。
「これは――」
その隙に侍女は逃げ出し、音を聞きつけたオスカーが入れ違いに部屋に入ってきた。
彼の目に映ったのは、力なく、眠るようにベッドに倒れているリリアナだった。
オスカーは、最愛の人を抱きとめた。
「リリアナ、返事をしてくれ……!」
狼狽える姿に、かつての冷酷王の面影はない。
ユリウスはためらうが、踵を返し先程の侍女を追った。侍女が銀盆から落としたのは、医師が指示したのとは別の薬だった――
◇
リリアナの私室では医師が到着していた。
医師は聴診器をしまいながらオスカーへ言う。
「薬が差し替えられた影響でしょう。
明日まで目をさまさなければ、覚悟してください」
「ご苦労だった。隣室に控えていてくれ……」
オスカーは深い溜息をつく。
幾度か立ち上がっては座り、時計を見る。
このまま意識が戻らなければ――
「その時は……」
オスカーが自分の手で目を覆うと、かすかな声が聞こえた気がした。
「オス、カー……さ……ま」
「リリアナ!」
弱々しい声に、オスカーはぐっとリリアナの手を握る。
「水を飲むか?」
「うた、を……」
オスカーの肩がびくっと跳ねる。
喉の奥から絞り出すような声が続く。
「さい……ごに……」
握る力をなくしたオスカーの手から、するりと抜けたリリアナの手は――
ゆっくりと彼女自身の腹から、胸を伝い、喉で止まった。
――声を戻して
そう言いたいのだと分かった。
オスカーは首を振り、もう一度リリアナの手を取った。
「駄目だ、死なせない。もしもの時は俺の命と引き換えにしても――」
リリアナの指が動いていた。うっすらと開いた目がオスカーを捉える。
その目には、オスカーを責める気配はない。ただ、懇願するようなわずかな光が残っているだけ。
例え死んだリリアナを、魔力で生き返らせても、それは彼女だったものに過ぎない。
愛し方を間違った――
オスカーは、瞳に赤を宿してリリアナの喉に触れた。
「もう、大丈夫だ……」
リリアナはほっとしたように小さく息を吐いた。息が漏れるような、途切れ途切れの歌が聞こえる。
オスカーも声を重ねる。
リリアナの声が止んでも、オスカーは歌うことをやめなかった。
まるで赤い瞳から、自身の血を分けるように――
じきに彼女の頬に血色がわずかに戻る。
それを見たオスカーの瞳はスチールグレーに戻り、倒れ込むようにリリアナの傍に身体を預けた。
部屋には静かな時だけが流れていた。
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