29 / 35
最終章
4-2 薄闇に包まれて
しおりを挟む
リタ国と戦争が始まってから数週間。戦況は思わしくなかった。
敵はこの侵略を綿密に計画していたようで、対魔力兵との戦いに慣れているうえ、事前に最新兵器を準備していた。
(オスカー様……)
リリアナは一人、執務室でため息をつく。
オスカーは連日軍議や手配に追われ、寝る間も惜しんでいた。彼の魔力を主とした結界も、そのうち限界がくるだろう。
そうなれば――
リリアナは、歌が持つリゾナヴォイスで、魔力兵の力を増幅させることを提案したが、オスカーは激しく反対した。
「リリアナの存在が知られたら、争いが激化する」
そう言われては、何も返せなかった。
おまけにリリアナの母国、カンタレアからは援軍を断られていた。
「明らかに国際法に違法した侵略よ……それなのになぜ、カンタレア国王は手を貸してくださらないのかしら……」
噂では、カンタレア国内の重臣たちの意見が合わないということだったが、国王から正式な回答はなかった。
ぼんやりしていると、持ったペンからインクがぽたりと落ち、書類に落ちた。
白い紙に滲んでいく黒が、まるで血溜まりのように見えて、目が離せない――
そのとき、外の鳥が一斉に鳴き出した。
ギャアギャアと異変を告げる声に、リリアナは思わず椅子から立ち上がる。
トントン――
ドアの外で声がした。
「王妃様、緊急の伝令が――」
緊迫した声に、リリアナは急いでドアを開ける。
そこには顔を隠した男が二人、音もなく立っていた。
あっと思う間もなく布で口を塞がれ、ツンとした薬品の匂いが鼻を刺した。
「……っ!」
思いきり男の手に噛みつく。男が小さく悲鳴を上げ、手を離した。
「誰か――」
叫ぼうとした瞬間、腹部に鈍い痛みが走る。
視界が暗転し、床が遠のいた。
リリアナの意識は、そのまま闇に沈んだ。
◇
意識が戻る。椅子に座らされているようだ。
目を開けても布で覆われ何も見えない。後ろ手に縛られた部分に縄が食い込んでいた。
誰かが近づいてくる気配がしてふっと、視界がひらけた。
光に目が眩む。
(ここは、どこ……?)
徐々に慣れてきた目に映ったのは、整然と並ぶ十人ほどの近衛兵。
正面の玉座に一人の男が座っている。
深緑の軍服にマントをまとい、鋭い瞳でこちらを値踏みするように見つめている。
——リタ六世。敵国の王。
「……私をどうするおつもりですか?」
国王は精悍な顔立ちにたくわえた顎ひげを指でなぞる。
「無論、オスカー王の弱点としてここに連れてきたのだ」
どくんと跳ねる心臓を落ち着けようと、リリアナは細く息を吐きだした。
「王とは愛のない政略結婚。私を人質になさるおつもりなら無駄足というもの」
それを聞くとリタ国王はぴくりと眉を動かし、ゆっくりと王座から立ち上がった。
一段高いところから、睨めつけるようにリリアナを刺す。
「ならば――今この場で斬る」
突然の宣言に、周りの近衛兵たちがどよめく。
国王は一歩、また一歩と近づいてくる。
先ほどまでの薄ら笑いは消えており、リリアナは眉間のあたりがびりびり痺れるような殺気を感じた。
――殺される
国王は剣を鞘から引き抜き、縄を切る。
縛られていたものが解け、圧迫されていた部分がじんと痺れた。
震える身体をなんとかコントロールし、リリアナは静かに床に跪く。
――エルジオ王妃の名に恥じない最期にしなければ。自分にそれができるだろうか。
彼の気高さに縋るように、胸にあるロザリオを両手で押さえる。
目を閉じ、こうべを垂れた。
ひゅん——
剣が耳のすぐ横を切り裂くような音がした。
顔を上げると、剣を下げた無表情な国王がいた。
「オスカーがお前に夢中なことくらい、とうに分かっている。
大事な駒を、やすやす捨てるわけがあるまい」
近衛兵に腕を引き上げられたリリアナに、国王は淡々と言う。
「それに――エルジオ城の情報をくれたお前の父には、感謝せねばな」
身の毛がよだつ。
(まさか……父が? だから援軍もくださらないの……?)
近衛兵がリリアナに言う。
「こちらへ」
丁寧な言葉とは裏腹に、腕は容赦なく掴まれている。
敵の手の中にあるという事実が、静かに現実を突きつけた。
敵はこの侵略を綿密に計画していたようで、対魔力兵との戦いに慣れているうえ、事前に最新兵器を準備していた。
(オスカー様……)
リリアナは一人、執務室でため息をつく。
オスカーは連日軍議や手配に追われ、寝る間も惜しんでいた。彼の魔力を主とした結界も、そのうち限界がくるだろう。
そうなれば――
リリアナは、歌が持つリゾナヴォイスで、魔力兵の力を増幅させることを提案したが、オスカーは激しく反対した。
「リリアナの存在が知られたら、争いが激化する」
そう言われては、何も返せなかった。
おまけにリリアナの母国、カンタレアからは援軍を断られていた。
「明らかに国際法に違法した侵略よ……それなのになぜ、カンタレア国王は手を貸してくださらないのかしら……」
噂では、カンタレア国内の重臣たちの意見が合わないということだったが、国王から正式な回答はなかった。
ぼんやりしていると、持ったペンからインクがぽたりと落ち、書類に落ちた。
白い紙に滲んでいく黒が、まるで血溜まりのように見えて、目が離せない――
そのとき、外の鳥が一斉に鳴き出した。
ギャアギャアと異変を告げる声に、リリアナは思わず椅子から立ち上がる。
トントン――
ドアの外で声がした。
「王妃様、緊急の伝令が――」
緊迫した声に、リリアナは急いでドアを開ける。
そこには顔を隠した男が二人、音もなく立っていた。
あっと思う間もなく布で口を塞がれ、ツンとした薬品の匂いが鼻を刺した。
「……っ!」
思いきり男の手に噛みつく。男が小さく悲鳴を上げ、手を離した。
「誰か――」
叫ぼうとした瞬間、腹部に鈍い痛みが走る。
視界が暗転し、床が遠のいた。
リリアナの意識は、そのまま闇に沈んだ。
◇
意識が戻る。椅子に座らされているようだ。
目を開けても布で覆われ何も見えない。後ろ手に縛られた部分に縄が食い込んでいた。
誰かが近づいてくる気配がしてふっと、視界がひらけた。
光に目が眩む。
(ここは、どこ……?)
徐々に慣れてきた目に映ったのは、整然と並ぶ十人ほどの近衛兵。
正面の玉座に一人の男が座っている。
深緑の軍服にマントをまとい、鋭い瞳でこちらを値踏みするように見つめている。
——リタ六世。敵国の王。
「……私をどうするおつもりですか?」
国王は精悍な顔立ちにたくわえた顎ひげを指でなぞる。
「無論、オスカー王の弱点としてここに連れてきたのだ」
どくんと跳ねる心臓を落ち着けようと、リリアナは細く息を吐きだした。
「王とは愛のない政略結婚。私を人質になさるおつもりなら無駄足というもの」
それを聞くとリタ国王はぴくりと眉を動かし、ゆっくりと王座から立ち上がった。
一段高いところから、睨めつけるようにリリアナを刺す。
「ならば――今この場で斬る」
突然の宣言に、周りの近衛兵たちがどよめく。
国王は一歩、また一歩と近づいてくる。
先ほどまでの薄ら笑いは消えており、リリアナは眉間のあたりがびりびり痺れるような殺気を感じた。
――殺される
国王は剣を鞘から引き抜き、縄を切る。
縛られていたものが解け、圧迫されていた部分がじんと痺れた。
震える身体をなんとかコントロールし、リリアナは静かに床に跪く。
――エルジオ王妃の名に恥じない最期にしなければ。自分にそれができるだろうか。
彼の気高さに縋るように、胸にあるロザリオを両手で押さえる。
目を閉じ、こうべを垂れた。
ひゅん——
剣が耳のすぐ横を切り裂くような音がした。
顔を上げると、剣を下げた無表情な国王がいた。
「オスカーがお前に夢中なことくらい、とうに分かっている。
大事な駒を、やすやす捨てるわけがあるまい」
近衛兵に腕を引き上げられたリリアナに、国王は淡々と言う。
「それに――エルジオ城の情報をくれたお前の父には、感謝せねばな」
身の毛がよだつ。
(まさか……父が? だから援軍もくださらないの……?)
近衛兵がリリアナに言う。
「こちらへ」
丁寧な言葉とは裏腹に、腕は容赦なく掴まれている。
敵の手の中にあるという事実が、静かに現実を突きつけた。
11
あなたにおすすめの小説
断罪予定の悪役令嬢ですが、王都でカフェを開いたら婚約者の王太子が常連になりました
由香
恋愛
公爵令嬢エリザベートは、自分が乙女ゲームの悪役令嬢に転生していることに気付く。
このままでは一年後の夜会で婚約破棄され、断罪された上で国外追放されてしまう運命だ。
「――だったら、その前に稼げばいいわ!」
前世の記憶を頼りに、王都の裏通りで小さなカフェを開くことにしたエリザベート。
コーヒーやケーキは評判となり、店は少しずつ人気店へと成長していく。
そんなある日、店に一人の青年が現れる。
落ち着いた雰囲気のその客は、毎日のように通う常連になった。
しかし彼の正体は――なんと婚約者である王太子レオンハルトだった!?
破滅回避のために始めたカフェ経営が、やがて運命を変えていく。
これは、悪役令嬢が小さなカフェから幸せを掴む
ほのぼのカフェ経営×溺愛ロマンスストーリー。
政略結婚のはずが、完璧公爵の溺愛が子リス系令嬢を解き放ちました
宮野夏樹
恋愛
「冷徹」と噂されるヴァレリオ公爵ジュリアンと、淑女らしからぬ「男前」な本性を隠すリシェル伯爵令嬢。
政略結婚で結ばれた二人は、すれ違うばかりの初夜を過ごし、互いの距離は開く一方だった。
だが、ある秘密の趣味が露見したことで、完璧な公爵の仮面が剥がれ落ち、リシェルへの底なしの溺愛が止まらなくなる! 完璧主義の公爵が、リシェルを「可愛いもの」と認識した瞬間から、公爵邸は甘く蕩けるような空気に包まれる。
一方、執拗な嫌がらせを繰り返す邪魔な存在、シャルロッテの出現。
しかし、ジュリアンは「俺の可愛い妻を傷つける者は、決して許さない」と、その絶対的な愛と庇護で全てを排除。
そして、リシェルの長年のコンプレックスだった「男前」な本性も、ジュリアンの愛によって全て肯定され、真の幸福を掴む。
完璧公爵の強すぎる愛で、政略結婚から始まる「愛され新婚生活」は、予想もしない甘さで満たされていく——。
※以前投稿したものの修正版です。
読みやすさを重視しています。
酔っぱらい令嬢の英雄譚 ~チョコレートを食べていたら、いつの間にか第三王子を救っていたようです!~
ゆずこしょう
恋愛
婚約者と共に参加するはずだった、
夜会当日──
婚約者は「馬車の予約ができなかった」という理由で、
迎えに来ることはなかった。
そして王宮で彼女が目にしたのは、
婚約者と、見知らぬ女性が寄り添う姿。
領地存続のために婿が必要だったエヴァンジェリンは、
感情に流されることもなく、
淡々と婚約破棄の算段を立て始める。
目の前にあった美味しいチョコレートをつまみながら、
頭の中で、今後の算段を考えていると
別の修羅場が始まって──!?
その夜、ほんの少しお酒を口にしたことで、
エヴァンジェリンの評価と人生は、
思いもよらぬ方向へ転がり始める──
2月11日 第一章完結
2月15日 第二章スタート予定
『お前の顔は見飽きた!』内心ガッツポーズで辺境へ
夏乃みのり
恋愛
「リーナ・フォン・アトラス! 貴様との婚約を破棄する!」
華やかな王宮の夜会で、第一王子ジュリアンに突きつけられた非情な宣告。冤罪を被せられ、冷酷な悪役令嬢として追放を言い渡されたリーナだったが、彼女の内心は……「やったーーー! これでやっとトレーニングに専念できるわ!」と歓喜に震えていた!
家族に支度金目当てで売られた令嬢ですが、成り上がり伯爵に溺愛されました
日下奈緒
恋愛
そばかす令嬢クラリスは、家族に支度金目当てで成り上がり伯爵セドリックに嫁がされる。
だが彼に溺愛され家は再興。
見下していた美貌の妹リリアナは婚約破棄される。
【完結】記憶が戻ったら〜孤独な妻は英雄夫の変わらぬ溺愛に溶かされる〜
凛蓮月@騎士の夫〜発売中です
恋愛
【完全完結しました。ご愛読頂きありがとうございます!】
公爵令嬢カトリーナ・オールディスは、王太子デーヴィドの婚約者であった。
だが、カトリーナを良く思っていなかったデーヴィドは真実の愛を見つけたと言って婚約破棄した上、カトリーナが最も嫌う醜悪伯爵──ディートリヒ・ランゲの元へ嫁げと命令した。
ディートリヒは『救国の英雄』として知られる王国騎士団副団長。だが、顔には数年前の戦で負った大きな傷があった為社交界では『醜悪伯爵』と侮蔑されていた。
嫌がったカトリーナは逃げる途中階段で足を踏み外し転げ落ちる。
──目覚めたカトリーナは、一切の記憶を失っていた。
王太子命令による望まぬ婚姻ではあったが仲良くするカトリーナとディートリヒ。
カトリーナに想いを寄せていた彼にとってこの婚姻は一生に一度の奇跡だったのだ。
(記憶を取り戻したい)
(どうかこのままで……)
だが、それも長くは続かず──。
【HOTランキング1位頂きました。ありがとうございます!】
※このお話は、以前投稿したものを大幅に加筆修正したものです。
※中編版、短編版はpixivに移動させています。
※小説家になろう、ベリーズカフェでも掲載しています。
※ 魔法等は出てきませんが、作者独自の異世界のお話です。現実世界とは異なります。(異世界語を翻訳しているような感覚です)
これって私の断罪じゃなくて公開プロポーズですか!?
桃瀬ももな
恋愛
「カタリーナ・フォン・シュバルツ! 貴様との婚約を破棄し、国外追放に処す!」
卒業パーティーの最中、第一王子アルフォンスから非情な宣告を突きつけられた公爵令嬢カタリーナ。
生まれつきの鋭い目つきと、緊張すると顔が強張る不器用さゆえに「悪役令嬢」として孤立していた彼女は、ついに訪れた「お決まりの断罪劇」に絶望……するかと思いきや。
(……あれ? 殿下、いま小さく「よっしゃあ!」ってガッツポーズしませんでした!?)
逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子
もちもちほっぺ
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。
(その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!)
期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる