62 / 72
百章 パラレルワールド
4-9 炎辰と劉剣の会話
しおりを挟む
声が消え、翠蓮が一度呼吸を置くと、劉剣は静かに微笑んだ。
「うん……いい歌だな……」
ぽつりと呟き無言になる彼は、いつもの豪快な副将とは違って見えた。
翠蓮は何かに気づいたのか、おもむろに暖炉に手を指し示す。
「冷えますか……?」
その言葉で、劉剣は自分の手が震えていたことに気づいたようだ。
首を横に振り、いつもの調子に戻った。
「いや、寒くはないんだ! ありがとな」
眉を下げ、心配そうな表情をする翠蓮。劉剣はそれを取り払うように、彼女の肩を軽くたたく。
「それより、今日くらい中で休んだらどうだ。空き部屋があったよな?」
劉剣は首を回し、炎辰に尋ねる。
「そうだな、今日は部屋で休め」
炎辰の言葉に、翠蓮は驚いた顔をした。
無理もなかった。翠蓮は、炎辰が自分に危害を加えた人物なのではと疑っていた。
それを無しにしても、彼は後宮で翠蓮に威圧的な態度を取り、行軍の挨拶時も嫌味を言った。そして今日も、今の今まで翠蓮を存在しないかのように扱っていたのだから。
炎辰は、何のことはないというように続ける。
「歌が多少は役に立つと、数値に表れているんでな。
お前は刃だ。野に晒すか、戦に備えるかの違いに過ぎん」
刃――その言葉に、翠蓮は瞳を切なげに揺らした。
「それは……ご命令でしょうか」
「それ以外に何がある」
静かだが、有無を言わせない声だった。
翠蓮は唇を結び、お辞儀をする。
「……御心遣い、感謝申し上げます」
軍議室を出ていこうとする背を、炎辰の声が追う。
「明日から、歌は軍歌に限れ」
それを聞くと、翠蓮はさっと身体ごと部屋に向き直る。怯えるように、手を胸の前で握っている。
わずかな望みを打ち砕くように、炎辰は冷たい声で告げる。
「これも命令だ」
その言葉に、翠蓮の手は力なく解け、胸からすっと降ろされる。
「仰せの通りにいたします……」
深く緩やかに腰をおると、翠蓮は今度こそ軍議室を出て行った。
◇ ◆
二人残された軍議室で、劉剣は炎辰の前に腰を下ろした。
「……なんで、わざわざ傷つける言い方するかな」
「事実だろう」
「歌えなくなったらどうすんだよ」
炎辰は、目の前に広げた地図に目を落としていたが、不敵な笑みを劉剣に向けた。
「歌えなくなったら――な。つまり、あの声を"使える"と思っているのは、お前も同じなのだろう」
「ちが……」
劉剣はそこで声を止めたかと思うと、机に突っ伏した。両手で頭を抱えている。
「違わないのか? 俺も……彼女を使える兵器扱いしてるって……?」
「さぁな。どのみち、あの声が兵の心を惑わすことになれば面倒だ。
お前のように沈まれては敵わん」
「確かにさっきので、意外と自分が張り詰めてたことに気づいた……
けど、惑わすって言い方は悪意があるだろ――」
劉剣はふと、机から顔を上げた。
「いつか遠征で、そんな話聞いたよな。 声で人を惑わして、処罰された一族がいたとか……」
炎辰の返事はない。
「『声を持つ者を讃えた』って史実と随分違ったな。今までは、そもそも歌にそんな影響力あるのか? って思ってたけどな……」
暖炉でパチっと音がし、火が小さくなった。それを見た炎辰は立ち上がり、薪を暖炉に焚べる。
「とにかく、あの女はこれしきのことでは沈まん」
「そうか? 俺には脆く見えたけどな。
見た目じゃなく、共感性が強いって言うのかな、人の傷みに敏感で……」
「自分の傷みに鈍感、か……」
薪は乾いた音を立て火を大きくする。
眩しいのか、炎辰は目を細めていた。
「炎辰、お前やっぱり――」
劉剣が言いかけた、その時――
コンコン――
「失礼いたします」
伝令だった。
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
「前線軍は兵の二割を失っております。
このままでは、兵の交代では持たず、支援を要請しているとのこと――」
炎辰は即座に机上の地図へ視線を落とした。
「地点はどこだ」
「はっ、西嶺山にございます」
炎辰の眉がわずかに寄る。劉剣の口が開く前に、彼は決定を下した。
「今夜のうちに支援を出す。都にもそのように伝えろ」
伝令は頭を下げ、身を翻し去って行った。
軍議室には不穏な空気が漂う。
劉剣も、炎辰と共に地図に目を落とす。
「なぁ、前線軍って……豪雨で河沿いを避けて、山側の迂回路に切り替えてたよな……」
炎辰も険しい表情をしている。
「敵の動きが早すぎるな……」
二人は言葉を失い、それぞれ黙って地図を見つめ続けた。
「うん……いい歌だな……」
ぽつりと呟き無言になる彼は、いつもの豪快な副将とは違って見えた。
翠蓮は何かに気づいたのか、おもむろに暖炉に手を指し示す。
「冷えますか……?」
その言葉で、劉剣は自分の手が震えていたことに気づいたようだ。
首を横に振り、いつもの調子に戻った。
「いや、寒くはないんだ! ありがとな」
眉を下げ、心配そうな表情をする翠蓮。劉剣はそれを取り払うように、彼女の肩を軽くたたく。
「それより、今日くらい中で休んだらどうだ。空き部屋があったよな?」
劉剣は首を回し、炎辰に尋ねる。
「そうだな、今日は部屋で休め」
炎辰の言葉に、翠蓮は驚いた顔をした。
無理もなかった。翠蓮は、炎辰が自分に危害を加えた人物なのではと疑っていた。
それを無しにしても、彼は後宮で翠蓮に威圧的な態度を取り、行軍の挨拶時も嫌味を言った。そして今日も、今の今まで翠蓮を存在しないかのように扱っていたのだから。
炎辰は、何のことはないというように続ける。
「歌が多少は役に立つと、数値に表れているんでな。
お前は刃だ。野に晒すか、戦に備えるかの違いに過ぎん」
刃――その言葉に、翠蓮は瞳を切なげに揺らした。
「それは……ご命令でしょうか」
「それ以外に何がある」
静かだが、有無を言わせない声だった。
翠蓮は唇を結び、お辞儀をする。
「……御心遣い、感謝申し上げます」
軍議室を出ていこうとする背を、炎辰の声が追う。
「明日から、歌は軍歌に限れ」
それを聞くと、翠蓮はさっと身体ごと部屋に向き直る。怯えるように、手を胸の前で握っている。
わずかな望みを打ち砕くように、炎辰は冷たい声で告げる。
「これも命令だ」
その言葉に、翠蓮の手は力なく解け、胸からすっと降ろされる。
「仰せの通りにいたします……」
深く緩やかに腰をおると、翠蓮は今度こそ軍議室を出て行った。
◇ ◆
二人残された軍議室で、劉剣は炎辰の前に腰を下ろした。
「……なんで、わざわざ傷つける言い方するかな」
「事実だろう」
「歌えなくなったらどうすんだよ」
炎辰は、目の前に広げた地図に目を落としていたが、不敵な笑みを劉剣に向けた。
「歌えなくなったら――な。つまり、あの声を"使える"と思っているのは、お前も同じなのだろう」
「ちが……」
劉剣はそこで声を止めたかと思うと、机に突っ伏した。両手で頭を抱えている。
「違わないのか? 俺も……彼女を使える兵器扱いしてるって……?」
「さぁな。どのみち、あの声が兵の心を惑わすことになれば面倒だ。
お前のように沈まれては敵わん」
「確かにさっきので、意外と自分が張り詰めてたことに気づいた……
けど、惑わすって言い方は悪意があるだろ――」
劉剣はふと、机から顔を上げた。
「いつか遠征で、そんな話聞いたよな。 声で人を惑わして、処罰された一族がいたとか……」
炎辰の返事はない。
「『声を持つ者を讃えた』って史実と随分違ったな。今までは、そもそも歌にそんな影響力あるのか? って思ってたけどな……」
暖炉でパチっと音がし、火が小さくなった。それを見た炎辰は立ち上がり、薪を暖炉に焚べる。
「とにかく、あの女はこれしきのことでは沈まん」
「そうか? 俺には脆く見えたけどな。
見た目じゃなく、共感性が強いって言うのかな、人の傷みに敏感で……」
「自分の傷みに鈍感、か……」
薪は乾いた音を立て火を大きくする。
眩しいのか、炎辰は目を細めていた。
「炎辰、お前やっぱり――」
劉剣が言いかけた、その時――
コンコン――
「失礼いたします」
伝令だった。
部屋の空気が一瞬で張り詰める。
「前線軍は兵の二割を失っております。
このままでは、兵の交代では持たず、支援を要請しているとのこと――」
炎辰は即座に机上の地図へ視線を落とした。
「地点はどこだ」
「はっ、西嶺山にございます」
炎辰の眉がわずかに寄る。劉剣の口が開く前に、彼は決定を下した。
「今夜のうちに支援を出す。都にもそのように伝えろ」
伝令は頭を下げ、身を翻し去って行った。
軍議室には不穏な空気が漂う。
劉剣も、炎辰と共に地図に目を落とす。
「なぁ、前線軍って……豪雨で河沿いを避けて、山側の迂回路に切り替えてたよな……」
炎辰も険しい表情をしている。
「敵の動きが早すぎるな……」
二人は言葉を失い、それぞれ黙って地図を見つめ続けた。
2
あなたにおすすめの小説
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?
木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。
彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。
公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。
しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。
だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。
二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。
彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。
※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。
多分悪役令嬢ですが、うっかりヒーローを餌付けして執着されています
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【美味しそう……? こ、これは誰にもあげませんから!】
23歳、ブラック企業で働いている社畜OLの私。この日も帰宅は深夜過ぎ。泥のように眠りに着き、目覚めれば綺羅びやかな部屋にいた。しかも私は意地悪な貴族令嬢のようで使用人たちはビクビクしている。ひょっとして私って……悪役令嬢? テンプレ通りなら、将来破滅してしまうかも!
そこで、細くても長く生きるために、目立たず空気のように生きようと決めた。それなのに、ひょんな出来事からヒーロー? に執着される羽目に……。
お願いですから、私に構わないで下さい!
※ 他サイトでも投稿中
魔王城の清掃係ですが、ラスボスに懐かれて世界を磨くことになりました
由香
恋愛
異世界に転移したら、なぜか魔王城の清掃係に就職していました。
巨大な玉座、血のついた回廊、禍々しい装飾品の数々。
今日も黙々と床を磨いていたら――
「お前の磨いた床は、よく眠れる」
恐怖の象徴と名高い魔王様に懐かれました。
見た目は完全にラスボス。
中身はちょっと不器用で、独占欲強めの努力型。
勇者は帰還の道を示し、魔王は隣を選べと願う。
光と闇のはざまで、選ぶのは――ただの清掃係。
戦争よりも、まず床。
征服よりも、まず対話。
これは、世界最強の存在に溺愛されながら
世界平和を“足元から”始める物語。
甘くて、少し熱くて、ちゃんと選ぶ恋。
あやかしが家族になりました
山いい奈
キャラ文芸
★お知らせ
いつもありがとうございます。
当作品、3月末にて非公開にさせていただきます。再公開の日時は未定です。
ご迷惑をお掛けいたしますが、どうぞよろしくお願いいたします。
母親に結婚をせっつかれている主人公、真琴。
一人前の料理人になるべく、天王寺の割烹で修行している。
ある日また母親にうるさく言われ、たわむれに観音さまに良縁を願うと、それがきっかけとなり、白狐のあやかしである雅玖と結婚することになってしまう。
そして5体のあやかしの子を預かり、5つ子として育てることになる。
真琴の夢を知った雅玖は、真琴のために和カフェを建ててくれた。真琴は昼は人間相手に、夜には子どもたちに会いに来るあやかし相手に切り盛りする。
しかし、子どもたちには、ある秘密があるのだった。
家族の行く末は、一体どこにたどり着くのだろうか。
「貧相な小娘」と罵った第一王子へ。番(つがい)は貴方ではなく、国王陛下(お父様)でした
しえろ あい
恋愛
「お父様、わたくし、あの方と目が合った瞬間、分かってしまったのです」
十六歳のデビュタントの夜、ルーセント侯爵令嬢フェリシアを待っていたのは、残酷な罵倒だった。第一王子カシウスは、可憐な白いドレスを纏った彼女を「貧相な小娘」と呼び、己の番(つがい)であることを真っ向から否定する。
会場に響く冷笑と、愛用の刺繍に込めた自信さえ打ち砕くような屈辱。しかし、絶望の淵に立たされた彼女を見つめていたのは、王子ではなく、圧倒的な威厳を放つ「ある男」だった。
魂を焦がすような熱い視線が重なり、静まり返る謁見の間。この出会いが、王室を揺るがす大事件の幕開けになるとは、まだ誰も知らない。自身の価値を否定された少女が、真実の愛によって世界で最も幸福な王妃へと駆け上がる、逆転溺愛ストーリー。
※小説家になろう様にも投稿しています※
身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~
ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。
彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。
――死んだはずの彼女が、生きている?
同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。
「今さら、逃げ道があると思うなよ」
瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。
秘された皇子と、選び直した愛。
三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?
* * *
後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。
見た目は子供、頭脳は大人。 公爵令嬢セリカ
しおしお
恋愛
四歳で婚約破棄された“天才幼女”――
今や、彼女を妻にしたいと王子が三人。
そして隣国の国王まで参戦!?
史上最大の婿取り争奪戦が始まる。
リュミエール王国の公爵令嬢セリカ・ディオールは、幼い頃に王家から婚約破棄された。
理由はただひとつ。
> 「幼すぎて才能がない」
――だが、それは歴史に残る大失策となる。
成長したセリカは、領地を空前の繁栄へ導いた“天才”として王国中から称賛される存在に。
灌漑改革、交易路の再建、魔物被害の根絶……
彼女の功績は、王族すら遠く及ばないほど。
その名声を聞きつけ、王家はざわついた。
「セリカに婿を取らせる」
父であるディオール公爵がそう発表した瞬間――
なんと、三人の王子が同時に立候補。
・冷静沈着な第一王子アコード
・誠実温和な第二王子セドリック
・策略家で負けず嫌いの第三王子シビック
王宮は“セリカ争奪戦”の様相を呈し、
王子たちは互いの足を引っ張り合う始末。
しかし、混乱は国内だけでは終わらなかった。
セリカの名声は国境を越え、
ついには隣国の――
国王まで本人と結婚したいと求婚してくる。
「天才で可愛くて領地ごと嫁げる?
そんな逸材、逃す手はない!」
国家の威信を賭けた婿争奪戦は、ついに“国VS国”の大騒動へ。
当の本人であるセリカはというと――
「わたし、お嫁に行くより……お昼寝のほうが好きなんですの」
王家が焦り、隣国がざわめき、世界が動く。
しかしセリカだけはマイペースにスイーツを作り、お昼寝し、領地を救い続ける。
これは――
婚約破棄された天才令嬢が、
王国どころか国家間の争奪戦を巻き起こしながら
自由奔放に世界を変えてしまう物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる