完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4−8 要塞での軍議と翠蓮歌

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 なんとか軍は要塞にたどり着いた。雨はやっと止み、あちこちで火が炊かれている。

 火にかざされた鍋からは湯気が立ち、兵たちはしばし息をついていた。

 炎辰エンシンと副将の劉剣リュウケンも馬を降りる。長旅に耐えてきた馬は脚を震わせていた。布で首筋を拭うと、馬は小さく鼻を鳴らした。

「よくもったな……」

 炎辰はそう呟き、馬の額に手を置いた。
 兵に馬を預けると、二人は要塞の軍議室へと入る。中では、常駐兵がすでに暖炉に火を起こしていた。

 劉剣は大きく伸びをする。
「はぁーっ! ようやく休めるな」

「これから軍議だが……?」
 炎辰が言い終わらないうちに、主力の指揮官達が集まってきた。
 先程の雨で、鎧からは水滴が滴り、皆疲労が隠せずにいる。

 劉剣は鎧を緩め、布で身体を拭く。周りの緊張をほぐすように声をかける。
「楽にしろ、長旅ご苦労さん」

 指揮官たちは炎辰に視線を送っている。控えていた兵が、すっと炎辰の外套や鎧を外していった。皆もそれにならい武装を解く。
 火が大きくなるとともに部屋は暖まり、張り詰めた空気も穏やかになっていく。

 兵簿に目を通していた劉剣が、ふと手を止める。

「後衛は、新兵が多い割に脱落者が少ないな」

 後衛隊長が一歩進み出て答えた。
「はい、歌人のおかげかと思います」

「へぇ?」

「初めは懐疑的でしたが、兵たちとも上手くやっていますね。皆の精神面が安定しているのを感じます」

 ふいに炎辰は眉を寄せた。それを見た指揮官たちは互いに顔を見合わせ、部屋は静まり返った。
 劉剣だけは変わらず、大きな声で話を続ける。

「他に気になることは?」

 参謀が、遠慮がちに劉剣に視線を送っている。劉剣は副将らしく発言を促した。

「……その、我々が支援する予定の前線軍ですが、想像以上に戦況が悪そうです」

 参謀の声に、劉剣は首をひねる。
「聞いていた情報と違うな」

「悪天候も影響しているのかもしれません」

 簡潔な報告に、最後は劉剣が場を締めくくる。

「分かった、皆しっかり休んでくれ。解散」

 指揮官達が軍議室を出ると、中には炎辰と劉剣だけが残されていた。
 劉剣は、炎辰を肘で小突いている。

「圧が強いんだよ、圧が。皆喋りにくいだろうが」

「……そこはお前に任せているから大丈夫だろう」

 つと、部屋の中に、外の笑い声が聞こえてくる。
 外では翠蓮を中心に、兵たちが和やかに過ごしている。しばらく見ていた劉剣は、思いついたように炎辰の方を振り向いた。

「なぁ、歌聴きたいんだけど。呼んでいい?」

「……勝手にしろ」 

 兵簿から顔を上げぬまま、炎辰は答えた。



◇ ◆

 部屋に入ってきた翠蓮は、乾き始めているとはいえ、まだ髪も衣も濡れていた。

「悪いな、急に呼び出しちゃって。まぁ座ってくれよ」
 劉剣リュウケンは、暖炉の傍の椅子に翠蓮を座らせ、彼女の肩に柔らかい布をかけた。

 炎辰は少し離れたところに座っており、相変わらず兵簿を眺めている。
 さきほどから、同じ頁を開いているところを見ると、中身を確認しているわけではなさそうだ。

「行軍はどうだ? 雨はなかなかキツかっただろ?」

 劉剣は、温かい茶を翠蓮へ差し出す。

「はい……」
 翠蓮は心ここにあらずと言った様子で、茶を取り落としそうだ。

「大丈夫か?」
 劉剣に顔を覗き込まれ、翠蓮は口ごもる。
 その手は膝上の衣をぎゅっと掴んでいる

「申し訳ありません。なんだか……その……」
 翠蓮は窓の外をちらりと見る。

「ははっ! そういうことか。仲間が外で震えてるのに、悪いなって?」

「いえ……」

 図星なのか、翠蓮は目を伏せ小さくなってしまった。それを見た劉剣はポンッと膝を打った。

「じゃ、早いとこ歌ってもらおうかな。なんでも得意なの聞かせてくれよ」

 翠蓮はすっと立ち上がる。
 先ほどまでの照れたような顔は影を潜め、思わず、人をどきりとさせる神秘的な雰囲気を纏っている。

 翠蓮が目を閉じ、一呼吸――

 声が振動となって部屋に響く。
 曲自体は、誰でも歌えそうな簡単なものだ。曲調も詞も明るい。しかし、声のせいなのか、どことなく哀愁を感じさせる。

 火の灯りは翠蓮の歌に合わせるかのように揺らめき、寒さも疲れも包み込む。
 
 炎辰の視線は、ぼんやりと火に向かっている。彼はすでに兵簿を閉じていた。
 
 声が消え、翠蓮が一度呼吸を置くと、劉剣は静かに微笑んだ。





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