完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-16 村

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またまたすみません。このパラレルワールドの翠蓮は、故郷では楽団長に拾われてたのしく暮らしている設定です。

――――


 雪の冷たさが増す中、荷車は要塞を目指して進んでいた。戦場の喧騒は遠ざかり、雪に車輪の音は吸い込まれる。
 車内は薄暗い。
 炎辰、翠蓮の他には軍医と医助が乗っていた。

 医助は翠蓮の肩の傷を確認し、顔をしかめた。
「意外と深いわね……」
 何か説明してくれているが、翠蓮は上の空だった。それよりも、炎辰の様子が気になって仕方がない。

 彼は粗末な毛布に体を預けていた。
 呼吸は浅く、傷が痛むのか時折眉を寄せる。

 翠蓮は自身の無力さに苛立ちが募る。
 守ってくれた人たちに致命傷はなかった。そのことに安堵はした。
 しかし、何もできなかったことにかわりはない。

(私がいなければ――)
 自分を庇うように立ち塞がった炎辰の姿が、脳裏から離れてくれない。

 軍医が、暗い声を出す。
「落馬の打撲も有りますし、このままでは……」
 はっきり言わないが、要塞まで持たないということらしい。

 その話を受け、間もなく劉剣が顔を出す。さすがというべきか、既にいつもの冷静さを取り戻している。
 医助と入れ替わりにひょいと乗り込み、翠蓮の隣に腰を下ろすと驚いた声を上げる。

「痛まないのか?」

 そこで初めて、翠蓮は自分の肩を見た。血が滲み出し、衣を赤く染めている。
 だが、重症の炎辰を前にして、この程度のが痛みを口に出す資格はないように思えた。

「……大丈夫です」

 劉剣は翠蓮の顔をじっと見た。

「もし罪悪感があるんなら、今すぐ捨ててくれ」

「ですが……」

「無理に連れて来たのは炎辰だろ。翠蓮は非戦闘員だ。そもそも守られるべき立場なんだよ」

 続けて、おどけたように言う。
「ほら、命があるだけ儲けもんだぞ! 炎辰もまだ生きてる。通夜みたいな顔するなって」
 
 そして断りを入れ、彼は翠蓮の止血の圧を強めた。
 疼くような鈍い痛みが、肩から全身に響く。翠蓮は気づかぬ間に息を止めていた。

「悪いな……止血が甘いと、あとが怖い。これで良くなるだろ」
 何枚も毛布をぐるぐると巻き付けてくれる。大きな身体で細やかに世話を焼く彼に、なんだか故郷の楽団長を思い出す。

「あの……」
「どうかしたか?」
「劉剣さまもお使いください。冷えるので」
 毛布を一枚差し出す。

「ははっ、俺は暑がりだから大丈夫だ」

 引き下がろうかと思ったが、盟友が彼の気持ちを思うと、少しでも何かしたかった。

「私も雪国の出なので、寒さには慣れていますから……」

「参ったな……ありがとう」
 副将という立場と豪傑な性格ゆえ、人に気遣われることに慣れないのだろうか。劉剣は戸惑いつつ毛布を受け取った。
 じきに、思い出したように呟く。

「この近くに小さい村がある。そこへ移動しよう。
ただ、皇子だとバレたくはないからなぁ……」

 情報が回れば、敵が村にまで攻めてくるかもしれない。しばらく思案し、翠蓮に声をかける。

「一緒に来てくれないか? 男だけより敵の目も欺ける」

「もちろんです」

「では、俺のことは副将ではなく、同僚の兵ということで」

 次に劉剣は炎辰の鎧に触れる。皇族の証しである、胸元の龍紋留め金をそっと外す。

「炎辰も一般の負傷兵ということにする。殿下、将軍は無しにしてくれ」

 一息つき、劉剣は苦笑する。

「……随分と翠蓮に辛く当たってたが、土壇場で本性が出るよな」
 劉剣の眼差しは翠蓮に向いた。

「最初から素直になればいいんだが」

 何となく、言いたい意味は分かった気もした。けれど翠蓮には、それは劉剣の思い違いにしか思えなかった。

(だって、彼は、私を『殺そうとした』と告白した――)
 自分は炎辰にとって守るべき存在ではないはずだ。
 あの時は何とも思わなかったのに、今になると胸が痛む。これは、炎辰に致命傷を負わせた罪悪感なのだろうか。

 劉剣は大きくため息をついた。
 
「こいつは誰も信用してない。生きるすべだったのかもしれないが……真を嘘のように言い、嘘を真のように言う」

(嘘を真のように――?)
 毒殺未遂事件の真相を尋ねた時の、炎辰を思い出す。
 あの歯切れの悪さ、応答せずに誤魔化すように話を切った態度。
 あれは何だったのだろうか。
 そして、なぜ邪魔なはずの翠蓮を助けたのか。

(本当の彼は一体――)

「とにかくこいつは、面倒で迷惑な奴なんだよ」
 言葉こそきついが、声の調子は柔らかい。
 炎辰との信頼関係が伝わってくる。


 間もなくぎっと軋むような音がして、荷車が止まった。
「まずは交渉だ」

 劉剣と翠蓮は共に降り立つ。
 外は吹雪いて視界が悪い。

 雪に覆われた小さな村に、翠蓮は故郷を思いだす。

 入り口近くにある民家の戸をそっと叩くと、中から顔を出した村人は、長老に繋いでくれた。 
 長老は二人をちらっと見ると、中に招き入れるでもなく、見るからに嫌な顔をした。

「軍からはぐれ、敵襲に遭ってしまった」という劉剣の説明に、長老は首を振る。重い声だ。

「力になってやりたいが……村に血の匂いを持ち込まないでくれ……災いの元になる」
 この村を逃すと次は半日かかる。
 翠蓮は一歩出ると必死に頼み込む。

「長老様のご心配はごもっともです。ですが、このままだと命の危険が……どうか、お願いいたします」

 長老は翠蓮の瞳を見ると、驚きを隠さず息を飲んだ。劉剣はそれを怪訝そうに観察している。

 翠蓮は気づかぬようで、なおも食いさがる。

「……一日……いえ、処置が済んだらすぐに出て行きます。お願いです……」

 必死の願いが通じたのだろうか、長老は頷く。
「一段落つくまでなら……部屋と、村の薬師を用意しよう」

「……ありがとうございます!」

 翠蓮は何度も頭を下げた。

◇ ◆
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