完結‼️翡翠の歌姫は 後宮で声を隠す〜特殊な眼を持つ歌姫が、2人の皇子と出会い、陰謀に巻き込まれながら王家の隠した真実に迫る

雪城 冴

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百章 パラレルワールド

4-17 村での峠

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 長老は村の空き民家を用意してくれた。
 居間には藁床に綿布を重ね、部屋は火鉢で暖かい。
 かまどでは村の薬師が、薬草を煮出していた。

 翠蓮は声をつまらせお礼を言った。

「ご無理を言いましたのに……御心遣い感謝申し上げます」

 長老は布団に横たえられた炎辰に目を向ける。
「他者のための願いであったゆえ、心が動いたのだ」

 炎辰は意識こそあるが、朦朧とし、ほとんど目を閉じている。息遣いは変わらず浅い。
 
 更に、ここから矢を抜かなくてはならない。
 大量出血や臓器破損の危険性が格段に跳ね上がる。皆それを思い、場の空気は重かった。

 周囲では、薬師が沸かした湯や薬草、止血のための布などの準備が進む。
 翠蓮も火を絶やさぬよう炭を足し、毛布で炎辰の身体を温める。
 
 炎辰の鎧は、劉剣によって慎重に外された。

 全てが整うと、軍医は劉剣に向く。
「危険性は先ほどご説明した通りです……ご判断をいただけますか」
 皇子の命がかかっている。この場では、副将である劉剣が決断するしかなかった。

「抜かないわけにもいかないからな……」
 その声はわずかに揺れていた。
 肩に背負うものの重さを、誰もが感じる。

 再度劉剣が口を開きかけた時――

「抜け……」
 劉剣の迷いを引き取るように、炎辰が声を出した。
 翠蓮が目を向けると、何かを訴えるように指を動かす。

「どうされましたか……」
 炎辰は何か、息を漏らす。
 
「くび……かざり?」
 そう聞こえた気がした。彼の襟元に組紐が見える。解くと、装飾部が革の袋で覆われた首飾りだった。

 炎辰は小さな声で告げる。
「弟に……」

(蒼瑛さまに――)
 これが何だかは分からないが、弟である蒼瑛に渡せという指示は、炎辰のもしもの時の覚悟を示していた。


 翠蓮はぐっと声を飲み込む。首を振り、なるべく普段通りに返事をした。
「……お預かりするだけです。きっと、お戻しします」

 炎辰はそれを聞いて、ふっと口元を緩めた。

 軍医は、炎辰の上半身の衣を裂き、周囲に指示を出す。


「まずは、上腕から抜きます。
こちらの傷は浅いですが、出血がとまらなければ……熱した刃で焼灼しょうしゃくします」
 誰かがごくりと唾を飲む。
 軍医の手が、腕に刺さった矢を掴む。

「さぁ、息をお吐きください」

 微かに炎辰が息を吐くと同時に矢が引き抜かれ、即座に止血に入る。

 炎辰は短く呻いただけだった。
 止血できたのを確認し、軍医は額の汗を拭く。

「上腕は無事手当ていたしました」
 翠蓮は、ほうっと息をつく。
 しかし、劉剣の顔は重い。


「次は、胸です……肺が傷つけば――」
 軍医は、その先は言わなかった。
 皆が押し黙る。
 炎辰の浅い呼吸だけが部屋に聞こえる。

 パチっ――火粉が跳ねた。
 
 劉剣が沈痛な面持ちで口を開く。
「翠蓮、もう十分だ。外へ……」
 この先にあるのは残酷な痛みと、生々しい生死の際。それを知る劉剣の、重い言葉だった。

 一拍。

 翠蓮が静かに口を開く。
「……何を、すればいいですか」
 怖かった。この矢を抜けばどうなるのか――
 だが、何もしないのはもっと怖い。

 劉剣は拳を握りしめる。
「いいんだな……」
 返事をする代わりに、翠蓮は頷いた。
 彼はふーっと息を吐き出した。

「……君は、そういう人だったな。
では、上半身の固定を頼む」

 翠蓮は、血と汗で濡れた上半身を拭い、ゆっくりと、炎辰の肌に手を触れた。

(熱い――)
 強く、身が逃げないように押さえる。
 硬い筋肉から鼓動が伝わってくる。
 炎辰は目を閉じ、これから来るであろう痛みに耐えようとしている。

 軍医が皆の顔を見回す。
「一息にいきますぞ……」
 翠蓮は、奥歯を噛み息を詰める。
 肉と血が混じるような濁った音――
 炎辰の身体が大きく跳ねた。
 声にならないくぐもる音が、低く長く響く。
 ここまで、気丈に振る舞ってきた炎辰の顔が、隠そうともせず苦しそうに歪む。
 胸が激しく上下するたび、泡立つ血がごぼっと流れ出る。
 圧迫するも、止まらぬ赤に翠蓮の手が滑りかけた。

「もっと強く!」

 もう翠蓮には、誰が誰に向かい、何を指示しているのか分からなかった。
 自分の震える手を押さえつけるように、無我夢中で炎辰の身体を押さえ続ける。

 どれくらいそうしていたのか。
「止まりました……」

 軍医の言葉にハッとする。
 手に伝わる熱が、先ほどとは比べ物にならないほど冷えている。
 呼吸は聞こえるが、青白い顔に意識はないように見えた。


「助かるんだよな……」
 劉剣が縋るように尋ねた。
 軍医は顔を伏せる。
「血は……止まりました。後は――御本人の気力にかかっています」


 長い夜はまだ始まったばかりだった――

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