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三章 後宮編
★3-19 峠 ※閲覧注意の注意書きあり
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※閲覧注意
この話には生死をさまようような場面や 命の判断をする場面が出てきます。
―――――――
しばらくして目の前の処置室の扉が開く。蒼瑛は反射的に立ち上がった。
「蒼瑛殿下、夜半が山場ですがひとまず落ち着いています。……いかがなさいますか?」
「顔を見ても?」
処置室に入る。かすかに薬草や軟膏の匂いがする。
中央の寝台に仰向けに寝かされた翠蓮は、太医や助手に忙しく処置を施されている。
恐る恐る寝台に近づき様子を伺うと、相変わらず血の気はないが、呼吸がいくらか楽になったように見える。
蒼瑛は心からほっとした。
勧められ、寝台横の椅子に腰掛ける。
「快方に向かっているのか……?」
その声には、そうであってほしいという希望がこもるが、返事はない。
「そうか……まだ夜半前だったな……」
蒼瑛は独り言のように呟く。
時が異常に遅く感じ、蒼瑛は水時計を何度も確かめる。
時々、太医が翠蓮の脈や顔色を確認しては、煎じ薬を飲ませる。
その度に「もし悪化していたら……」と生きた心地がせず、何事もないと分かると、胸をなで下ろした。
(苦しいのは翠蓮だというのに……)
何もできず、ただ隣に座っているだけの自分が情けなかった。
俯いた顔を上げると、籠に畳まれた衣服の上にある、蒼い首飾りが目に入る。
「いずれ、翠蓮も声の力に気づく……」
あの皇后が、翠蓮の歌に涙した。翠蓮が声を持つ者だと、周囲が気付き出すのも時間の問題かもしれない。
もう立場や身分にこだわっている場合ではない。今後絶対に翠蓮を危険な目に合わせないと、蒼瑛は心に誓っていた。
その時、翠蓮がわずかに目を開けた。
「翠蓮――」
思わず手を取りかけて、迂闊に動かしてはいけないと、必死に堪える。
「意識が戻って良かった……」
だが、なんだか様子がおかしい。
虚ろな瞳は空を彷徨う。
喉のあたりで、ひゅーっというような異音がする。
その音を聞いた御医の顔色が、一瞬で変わる。
「喘鳴だ……呼吸が喉で滞っている……吸引を強めろ!」
「殿下、失礼します!」
太医が蒼瑛を押し出すように翠蓮に駆け寄る。突然周囲が慌ただしくなった。
(何が起きた――)
蒼瑛は呆然と立ちつくした。
翠蓮の容態は急激に悪化していく。
先程の喘鳴は、胸で何かが絡んだような音に変わっていた。
身体が衝撃し、まぶたは返りそうなほどぴくぴくと揺れている。
「気を確かに!」
太医の言葉は届いているのだろうか。
肩を数回大きく上下させ、翠蓮は激しく咳き込んだ。
見ているこちらまで息が詰まりそうだ。
何分か経った頃、太医が口を開く。御医への報告に聞こえるが、その視線は蒼瑛に向いていた。
「……手は尽くしました。これ以上はいたずらに苦しめるだけです。殿下……ご決断を……」
蒼瑛は胸がさぁっと冷たくなる。
「何とかならないのか……」
動かない御医を見て、蒼瑛は決断の時にきていることを悟った。
翠蓮はぐったりとしている。それに相反するように苦しみ方は増していた。
まるで身体全体で、終わりのない辛さを訴えているようだ。
あまりの苦しみように、いっそ楽にしてやりたいとすら思う。
走馬灯のように、幼い頃と、再び出会った後の思い出が記憶を駆け巡る。
彼女の命を、自分が終わらせることなど出来るだろうか。
生か死――いや、生かすか殺すか
その重みが、両の掌にのしかかっていた。
蒼瑛は身体の感覚がなくなり、遠くから自分を見つめているような錯覚を起こした。
視界の端で蒼い光がちらついたようで、蒼瑛は翠蓮に視線を向ける。
彼女の唇は微かに動き、何か言おうとしているように見える。
そんなはずはないのに、蒼瑛の耳に、翠蓮の揺りかごの唄の旋律が響く。
「すまない、翠蓮……」
苦痛を与えてしまうかもしれない。それでも蒼瑛は覚悟を決めた。
「御意、頼む。命を繋ぐことを最優先に」
御医は目でそれに応え、再び翠蓮の治療に集中する。
――空が白む頃、やっと翠蓮の頬に血色が戻ってきた。眠るように安らかな呼吸だ。
汗を拭い、御医は穏やかな口調で言う。
「もう大丈夫です」
「ありがとう……どんな礼をもっても足り得ない……」
蒼瑛は、御医と固く手を握りあった。
この話には生死をさまようような場面や 命の判断をする場面が出てきます。
―――――――
しばらくして目の前の処置室の扉が開く。蒼瑛は反射的に立ち上がった。
「蒼瑛殿下、夜半が山場ですがひとまず落ち着いています。……いかがなさいますか?」
「顔を見ても?」
処置室に入る。かすかに薬草や軟膏の匂いがする。
中央の寝台に仰向けに寝かされた翠蓮は、太医や助手に忙しく処置を施されている。
恐る恐る寝台に近づき様子を伺うと、相変わらず血の気はないが、呼吸がいくらか楽になったように見える。
蒼瑛は心からほっとした。
勧められ、寝台横の椅子に腰掛ける。
「快方に向かっているのか……?」
その声には、そうであってほしいという希望がこもるが、返事はない。
「そうか……まだ夜半前だったな……」
蒼瑛は独り言のように呟く。
時が異常に遅く感じ、蒼瑛は水時計を何度も確かめる。
時々、太医が翠蓮の脈や顔色を確認しては、煎じ薬を飲ませる。
その度に「もし悪化していたら……」と生きた心地がせず、何事もないと分かると、胸をなで下ろした。
(苦しいのは翠蓮だというのに……)
何もできず、ただ隣に座っているだけの自分が情けなかった。
俯いた顔を上げると、籠に畳まれた衣服の上にある、蒼い首飾りが目に入る。
「いずれ、翠蓮も声の力に気づく……」
あの皇后が、翠蓮の歌に涙した。翠蓮が声を持つ者だと、周囲が気付き出すのも時間の問題かもしれない。
もう立場や身分にこだわっている場合ではない。今後絶対に翠蓮を危険な目に合わせないと、蒼瑛は心に誓っていた。
その時、翠蓮がわずかに目を開けた。
「翠蓮――」
思わず手を取りかけて、迂闊に動かしてはいけないと、必死に堪える。
「意識が戻って良かった……」
だが、なんだか様子がおかしい。
虚ろな瞳は空を彷徨う。
喉のあたりで、ひゅーっというような異音がする。
その音を聞いた御医の顔色が、一瞬で変わる。
「喘鳴だ……呼吸が喉で滞っている……吸引を強めろ!」
「殿下、失礼します!」
太医が蒼瑛を押し出すように翠蓮に駆け寄る。突然周囲が慌ただしくなった。
(何が起きた――)
蒼瑛は呆然と立ちつくした。
翠蓮の容態は急激に悪化していく。
先程の喘鳴は、胸で何かが絡んだような音に変わっていた。
身体が衝撃し、まぶたは返りそうなほどぴくぴくと揺れている。
「気を確かに!」
太医の言葉は届いているのだろうか。
肩を数回大きく上下させ、翠蓮は激しく咳き込んだ。
見ているこちらまで息が詰まりそうだ。
何分か経った頃、太医が口を開く。御医への報告に聞こえるが、その視線は蒼瑛に向いていた。
「……手は尽くしました。これ以上はいたずらに苦しめるだけです。殿下……ご決断を……」
蒼瑛は胸がさぁっと冷たくなる。
「何とかならないのか……」
動かない御医を見て、蒼瑛は決断の時にきていることを悟った。
翠蓮はぐったりとしている。それに相反するように苦しみ方は増していた。
まるで身体全体で、終わりのない辛さを訴えているようだ。
あまりの苦しみように、いっそ楽にしてやりたいとすら思う。
走馬灯のように、幼い頃と、再び出会った後の思い出が記憶を駆け巡る。
彼女の命を、自分が終わらせることなど出来るだろうか。
生か死――いや、生かすか殺すか
その重みが、両の掌にのしかかっていた。
蒼瑛は身体の感覚がなくなり、遠くから自分を見つめているような錯覚を起こした。
視界の端で蒼い光がちらついたようで、蒼瑛は翠蓮に視線を向ける。
彼女の唇は微かに動き、何か言おうとしているように見える。
そんなはずはないのに、蒼瑛の耳に、翠蓮の揺りかごの唄の旋律が響く。
「すまない、翠蓮……」
苦痛を与えてしまうかもしれない。それでも蒼瑛は覚悟を決めた。
「御意、頼む。命を繋ぐことを最優先に」
御医は目でそれに応え、再び翠蓮の治療に集中する。
――空が白む頃、やっと翠蓮の頬に血色が戻ってきた。眠るように安らかな呼吸だ。
汗を拭い、御医は穏やかな口調で言う。
「もう大丈夫です」
「ありがとう……どんな礼をもっても足り得ない……」
蒼瑛は、御医と固く手を握りあった。
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