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四章 最終章
4-1 めざめ
しおりを挟むその日、翠蓮はゆっくり目を開いた。
天井がいつもと違う。首を横に向けると、白く淡い帳が自分のいる寝台を囲っていた。
(ここは……?)
口の中に、薬のような苦みを感じる。まぶたが、身体が重い。
起き上がって確認しようと思うのに、脳の指令を受け止めてくれなかった。
「っ……」
唾液を飲み込むと、扁桃腺が腫れているのを感じた。試しに声を出そうとすると、喉が内側からちくちく刺されるような痛みを感じた。
その痛みが翠蓮に、夜宴の記憶を思い出させた。
(そうだ、私、紫雲さんに……)
紫雲は、毒を盛るほど傷ついていたのだ。身に覚えがなくても、彼女をそこまで追い詰めたのは自分――
そう思うと、翠蓮の心は暗く沈んでいく。
不意に、するすると帳が上がり、視界が眩しくなる。日が差し込んでいる。どうやら今は朝のようだ。
顔を出したのは若い男性の太医だった。
「おはようございます。お目覚めですか」
急に現実に引き戻される。そういえば、きちんと歌いきったのだろうか。
「夜宴はどうなりましたか」
太医は苦笑した。
「第一声がそれですか……歌は成功したと聞いていますよ。皇后さまが涙を流されたとか」
翠蓮は胸をなで下ろした。それにしても、声が掠れて出しにくい。
起き上がろうとする翠蓮を制して、太医はてきぱきと、脈や顔色を確認する。
「はい、口を開けてください」
ひやっとした金属のへらで舌を下げられた。
一通り診た太医は言う。
「一週間は歌唱禁止。煎じ薬も必ず飲んでくださいね。守らないと、今後歌えなくなるかもしれませんよ」
怯えた表情をする翠蓮に、太医は微笑んだ。
「大丈夫。守っていただければ声は必ず元通りになります。御医を呼んでくれた、炎辰殿下に感謝ですね」
「炎辰殿下が……」
意識を失う前に自分の名を呼んだ声。蒼瑛ではないと思っていたが、炎辰だったのか。
どうして、一番に駆けつけてくれたのだろう。
どうして、わざわざ皇族専門医の御医を呼んでくれたのだろう。
湧き上がる問いに、翠蓮は自分で答えを出す。
(きっと、私の声に利用価値があるから……)
わかっていることなのに、そう思うとなぜか悲しい気持ちになった。
忌み眼に分類された人間は、忌避されるか、利用されるかしかないのだろうか。
翠蓮は周りを見回す。いるはずはないのに、無意識に蒼瑛の姿を探してしまっていた。
扉に目をやる翠蓮を見て、太医が教えてくれた。
「御医と蒼瑛殿下なら、お帰りになりましたよ。翠蓮殿が峠を越えたのを確認してね」
「そうですか……」
(お帰りになるのは当然じゃない……
これ以上、あの方に何を望むというの……)
一歌人である自分に、わざわざ皇子が付き添ってくれた。十分すぎるほどだ。
太医の心配そうな声が聞こえる。
「何処か痛みますか?」
「いいえ、どこも」
締め付けるような胸の痛みは、毒のせいだと言い聞かせ、翠蓮は固く目を閉じる。
(眠れば忘れられる。何もかも、きっと……)
すぐには眠れなかったが、少しずつまどろみ、意識はゆっくりと眠りに沈んでいった。
◆ ◇
意識が揺れ、再び翠蓮が目を開いた時、部屋には誰もいなかった。
どれくらい眠ってしまったのだろう。
右手を喉に当ててみる。
痛みは大分良くなり、声も出しやすくなっていた。
視界の左側で、すっと扉が開く。
誰かが、ゆっくりと部屋に入ってきた。
(回診かな?)
そう思ったが、翠蓮はその人を見て息を止めた。
あまりに意外な訪問者だった。
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