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第二章
兄妹 1
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「……つまり、生徒会の仕事が沢山残っているのに、他のメンバーたちは遊びに出かけてしまったと……」
「まあ……ある意味、そういう事だね」
視線をずらして、ボソボソ答えるエドワード。
「ある意味って……」
エリザベートはこめかみを抑え、小さく頭を振った。
「まったく……なんて事なの?」
つまり、こういう事だ。
エリザベートが生徒会を辞めさせられ、その代わりにルチアが入ったが仕事は出来なかった。
出来なかったというか、やる気が無かったというか……いや、そもそも仕事をさせるために入れたわけではない、というのが正しいのかもしれない。
ルチアが生徒会に入り、会長のレオンハルト、副会長のディラン、そしてオリバーの3年生トリオはルチアに構ってばかりだから、エドワードとテオールの2年生コンビがいくら頑張っても仕事は溜まる一方。
それを解消するために追加したのが1年生のダニエル・アウイナイト(ちなみに大商人の息子で攻略対象)そしてこの、クリスティーナなのだが、
「やっぱりわたしなんかが生徒会だなんて、無理だったんです。何もお役に立てず、皆さんにご迷惑をかけるだけで……」
「いや、そんな事は無い。謝らなければならないのはこちらの方だよ。入って間もないのにこんな苦労をさせてしまって……すまない」
「いえっ、エドワード様のせいではございません。わたしが、ちゃんと断っていれば……」
シクシクと泣くクリスティーナを見て可哀そうに思いながら、エリザベートは聞いた話をまとめた。
「今日は急に、新加入の二人の歓迎会をしようという話になって、レオンハルト様がさっさと高級レストランを予約し、そこに行くなら素敵なドレスで行きたいと言い出したルチア嬢の為にドレスを買いに行ったと。仕事をほったらかして」
「酷いですわ! クリスティーナ様に仕事を押し付けて。そもそも、誰の歓迎会かという話でしょう? クリスティーナ様にも買ってあげるのが道理では?」
「そうよね、まったく。しかもダニエルさんは『うちの商会で最新のドレスを選んで!』と言い、ディラン様は『似合うのを選んであげる』と言い、オリバー様は『護衛として同行する』と言って、仕事を放棄して一緒に出掛けてしまったというのだから……それを止められない貴方がたも貴方がただけれども……」
「その通りだな……」
「……申し訳ない」
謝罪する2年生二人に『いいえ、わたしがいけないんです』と泣くクリスティーナ。
「わたしのせいで、お二人が残らなくてはいけなくなってしまったのですから」
「ああ、貴方達もルチア嬢と一緒に出掛けたかったでしょうに、3年生に仕事を押しつけられたのね」
『嫌味の一つも言ってやれ』と思いエリザベスは言ったのだが、
「私達はもう、ルチア嬢の本性を知ってしまったからね」
「ああ。彼女とは少し距離をおいて付き合いたいと思っている」
エドワードとテオールの言葉に、エリザベートは少し驚いた。
「あら……どういう風の吹き回しかしら」
「当然だろう? あんな事を知ってしまっては」
「ねぇ、あれはちょっと引くでしょう」
「ああ……なるほど……」
憮然とした表情のテオールと苦笑するエドワードを見て、エリザベートは納得する。
(ああ、そういえば、この三人で見たんだったわ。レオンハルトとルチアがここ、生徒会室の準備室でイチャイチャしているところ)
「引くって……ねえ、何かあったの?」
「え? ああ、いえ、こっちの話よ」
不思議そうに尋ねられたが、ヴィクトリアには秘密にして誤魔化す。
「えー? エドワード様、テオール様、何かルチア様の事であったんですの?」
「え、いや……まあ、君は気にしなくていい事だから」
「そうだ。君は関係ない」
「関係ないって……テオール様! そんな言い方ないんじゃありません?」
宰相の息子、テオール・アクアは、賢くて冷静、そして愛想が無い。
(そういうところが人気でもあるんだけどね)
憤慨しているヴィクトリアを宥めながら、エリザベートは『それよりも』と話を戻した。
「今はこの状況をどうするか、では?」
「ええ、そうですわ。ねえリザ、どうにかできないかしら? クリスティーナ様が可哀そうで……」
「そうねぇ……」
ヴィクトリアの言葉に、エリザベートが顎に手をあてて考えていると、
「なんだ、まだいたのか」
生徒会室の扉が開き、担当のザカリー・オニキスが入って来た。
泣いているクリスティーナの方をチラリと見てから、エリザベートに視線を移す。
「部外者は早く出て行くように。……さて、今日までに出すよう指示していた書類はどうなった? 役員も、少ないようだが」
「あー……申し訳ありません、オニキス先生。私の見通しが甘く、思ったように作業を進める事ができずにおります」
代表して言ったエドワードに、ザカリー・オニキスは眉をひそめる。
「他の者達は?」
「それがその……我々だけで大丈夫だと思ってしまい……申し訳ありません」
(押し付けて遊びに行った、って言ってしまえばいいのに……そうできないのが弟の苦しいところよね)
そう思い、フーッとため息をついたとき、
「わっ、わたしが、悪いんですっ!」
再びクリスティーナが激しく泣き始めた。
「わ、わたし、がっ、生徒会役員なんてっ、無理なのにっ……ルチア様に、お兄様の役に立てるって言われてっ、その気に、なってしまって」
(クリスティーナはルチアに誘われて生徒会役員になったのね……というか……)
「……お兄様?」
思わず呟いたエリザベートに『ああ』とヴィクトリアが囁く。
「クリスティーナ様は、オニキス侯爵家のご令嬢なの。つまり、オニキス先生と兄妹ですわ」
「ええっ?」
驚き、クリスティーナとザカリーを交互に見つめる。
(そういえば、顔は似てないけれど、どちらも黒髪に黒い瞳ね。オニキス先生に妹がいたなんて知らなかったわ。ザカリー・オニキスルートは一度もプレイしなかったから……というか、そうなると、もしかしてこのクリスティーナはザカリー・オニキスルートの邪魔者、つまり悪役令嬢だったりするの?)
意外な事に驚くが『わたしが悪いんです』と泣いているクリスティーナは、気が弱そうでとてもじゃないが意地悪な小姑的悪役令嬢には見えない。
(……ゲームの設定通りってわけではないわよね。そもそも、ゲームに出てくるかどうかわからないし……)
黙って様子を覗っていると、ザカリーがため息をついてエドワードとテオールに向き合った。泣いているクリスティーナは無視し、背を向けてしまっている。
「仕方がない、書類は明日でいい」
「……すみません」
「明日必ず」
エドワードとテオールが頭を下げ、ザカリーは軽く頷くと生徒会室を出て行こうとしたが、
「ま、待って下さいお兄様!」
(おおっ!)
クリスティーナがザカリーの上着の裾を掴んだ。
「……学園では兄と呼ぶなと言ったはずだが」
(おおぅ……)
関係のないエリザベートも辛くなるほど、ザカリーの反応は冷たいものだった。
「まあ……ある意味、そういう事だね」
視線をずらして、ボソボソ答えるエドワード。
「ある意味って……」
エリザベートはこめかみを抑え、小さく頭を振った。
「まったく……なんて事なの?」
つまり、こういう事だ。
エリザベートが生徒会を辞めさせられ、その代わりにルチアが入ったが仕事は出来なかった。
出来なかったというか、やる気が無かったというか……いや、そもそも仕事をさせるために入れたわけではない、というのが正しいのかもしれない。
ルチアが生徒会に入り、会長のレオンハルト、副会長のディラン、そしてオリバーの3年生トリオはルチアに構ってばかりだから、エドワードとテオールの2年生コンビがいくら頑張っても仕事は溜まる一方。
それを解消するために追加したのが1年生のダニエル・アウイナイト(ちなみに大商人の息子で攻略対象)そしてこの、クリスティーナなのだが、
「やっぱりわたしなんかが生徒会だなんて、無理だったんです。何もお役に立てず、皆さんにご迷惑をかけるだけで……」
「いや、そんな事は無い。謝らなければならないのはこちらの方だよ。入って間もないのにこんな苦労をさせてしまって……すまない」
「いえっ、エドワード様のせいではございません。わたしが、ちゃんと断っていれば……」
シクシクと泣くクリスティーナを見て可哀そうに思いながら、エリザベートは聞いた話をまとめた。
「今日は急に、新加入の二人の歓迎会をしようという話になって、レオンハルト様がさっさと高級レストランを予約し、そこに行くなら素敵なドレスで行きたいと言い出したルチア嬢の為にドレスを買いに行ったと。仕事をほったらかして」
「酷いですわ! クリスティーナ様に仕事を押し付けて。そもそも、誰の歓迎会かという話でしょう? クリスティーナ様にも買ってあげるのが道理では?」
「そうよね、まったく。しかもダニエルさんは『うちの商会で最新のドレスを選んで!』と言い、ディラン様は『似合うのを選んであげる』と言い、オリバー様は『護衛として同行する』と言って、仕事を放棄して一緒に出掛けてしまったというのだから……それを止められない貴方がたも貴方がただけれども……」
「その通りだな……」
「……申し訳ない」
謝罪する2年生二人に『いいえ、わたしがいけないんです』と泣くクリスティーナ。
「わたしのせいで、お二人が残らなくてはいけなくなってしまったのですから」
「ああ、貴方達もルチア嬢と一緒に出掛けたかったでしょうに、3年生に仕事を押しつけられたのね」
『嫌味の一つも言ってやれ』と思いエリザベスは言ったのだが、
「私達はもう、ルチア嬢の本性を知ってしまったからね」
「ああ。彼女とは少し距離をおいて付き合いたいと思っている」
エドワードとテオールの言葉に、エリザベートは少し驚いた。
「あら……どういう風の吹き回しかしら」
「当然だろう? あんな事を知ってしまっては」
「ねぇ、あれはちょっと引くでしょう」
「ああ……なるほど……」
憮然とした表情のテオールと苦笑するエドワードを見て、エリザベートは納得する。
(ああ、そういえば、この三人で見たんだったわ。レオンハルトとルチアがここ、生徒会室の準備室でイチャイチャしているところ)
「引くって……ねえ、何かあったの?」
「え? ああ、いえ、こっちの話よ」
不思議そうに尋ねられたが、ヴィクトリアには秘密にして誤魔化す。
「えー? エドワード様、テオール様、何かルチア様の事であったんですの?」
「え、いや……まあ、君は気にしなくていい事だから」
「そうだ。君は関係ない」
「関係ないって……テオール様! そんな言い方ないんじゃありません?」
宰相の息子、テオール・アクアは、賢くて冷静、そして愛想が無い。
(そういうところが人気でもあるんだけどね)
憤慨しているヴィクトリアを宥めながら、エリザベートは『それよりも』と話を戻した。
「今はこの状況をどうするか、では?」
「ええ、そうですわ。ねえリザ、どうにかできないかしら? クリスティーナ様が可哀そうで……」
「そうねぇ……」
ヴィクトリアの言葉に、エリザベートが顎に手をあてて考えていると、
「なんだ、まだいたのか」
生徒会室の扉が開き、担当のザカリー・オニキスが入って来た。
泣いているクリスティーナの方をチラリと見てから、エリザベートに視線を移す。
「部外者は早く出て行くように。……さて、今日までに出すよう指示していた書類はどうなった? 役員も、少ないようだが」
「あー……申し訳ありません、オニキス先生。私の見通しが甘く、思ったように作業を進める事ができずにおります」
代表して言ったエドワードに、ザカリー・オニキスは眉をひそめる。
「他の者達は?」
「それがその……我々だけで大丈夫だと思ってしまい……申し訳ありません」
(押し付けて遊びに行った、って言ってしまえばいいのに……そうできないのが弟の苦しいところよね)
そう思い、フーッとため息をついたとき、
「わっ、わたしが、悪いんですっ!」
再びクリスティーナが激しく泣き始めた。
「わ、わたし、がっ、生徒会役員なんてっ、無理なのにっ……ルチア様に、お兄様の役に立てるって言われてっ、その気に、なってしまって」
(クリスティーナはルチアに誘われて生徒会役員になったのね……というか……)
「……お兄様?」
思わず呟いたエリザベートに『ああ』とヴィクトリアが囁く。
「クリスティーナ様は、オニキス侯爵家のご令嬢なの。つまり、オニキス先生と兄妹ですわ」
「ええっ?」
驚き、クリスティーナとザカリーを交互に見つめる。
(そういえば、顔は似てないけれど、どちらも黒髪に黒い瞳ね。オニキス先生に妹がいたなんて知らなかったわ。ザカリー・オニキスルートは一度もプレイしなかったから……というか、そうなると、もしかしてこのクリスティーナはザカリー・オニキスルートの邪魔者、つまり悪役令嬢だったりするの?)
意外な事に驚くが『わたしが悪いんです』と泣いているクリスティーナは、気が弱そうでとてもじゃないが意地悪な小姑的悪役令嬢には見えない。
(……ゲームの設定通りってわけではないわよね。そもそも、ゲームに出てくるかどうかわからないし……)
黙って様子を覗っていると、ザカリーがため息をついてエドワードとテオールに向き合った。泣いているクリスティーナは無視し、背を向けてしまっている。
「仕方がない、書類は明日でいい」
「……すみません」
「明日必ず」
エドワードとテオールが頭を下げ、ザカリーは軽く頷くと生徒会室を出て行こうとしたが、
「ま、待って下さいお兄様!」
(おおっ!)
クリスティーナがザカリーの上着の裾を掴んだ。
「……学園では兄と呼ぶなと言ったはずだが」
(おおぅ……)
関係のないエリザベートも辛くなるほど、ザカリーの反応は冷たいものだった。
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