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第三章
マダム・ポッピン
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「そういう事でしたら、お役に立てると思いますよ」
突然の訪問にもかかわらず、快く迎え入れてくれたゴーディは、ニコニコと三人を店の奥へと案内した。
「ここにある物でよろしければ、どれでもお譲りできます。パーティーまでは時間もありますので、注文を承る事ができる者もいると思いますし」
「仕立て屋を紹介してもらえるのですか?」
「ええ、取引をしている仕立て屋でよろしければご紹介しますよ。まあ、こんなところに品を納めるくらいですから、訳アリや変わり者が多いですが。……さあ、どうぞ。今日は予約が入っておりませんので、ごゆっくりご覧ください」
通された奥の部屋には、大量のドレスが並んでいた。男性用の正装はドレスよりはかなり少なく、全体の3割程だろうか。
「帽子、靴、宝飾品等は隣の部屋にございますので、よろしければそちらも」
「ゴーディさん!」
いきなりバーンと体当たりするような音がして扉が開き、女性が飛び込んできた。
「わたしが頼まれて作ったドレス、買い取り拒否されたって本当なの?」
「マダム・ポッピン! 勝手に入って来るなんて、どういった了見だ」
ゴーディの、これまで聞いた事のない低い声に凄味を感じ、三人は思わず顔を見合わせた。そしてそれに気づいたゴーディは、慌てて頭を下げた。
「大変申し訳ございません。私共の不手際で、お客様にご迷惑とご不快な思いをおかけいたしました」
(ああ、なるほど。奴隷商にいるのは、あまり他人には知られたくない事ですものね。ここでは他の客と会わないように徹底しているって言っていたし。でもまあ)
「急に訪問したのはこちらですので、お気になさらないで。わたくし達は自由に見させていただくので、ここで話してくれて構わないですわ」
「恐れ入ります」
深々と頭を下げるゴーディと、その後ろでスカートをつまんで頭を下げる女性。
『真ん中から白と黒に分かれた髪色、ドレスは真っ黒。でも肩とスカート部分が膨らんでいて、個性的で可愛らしいデザインだわ。マダム・ホッピン? ポッピン? と言ったかしら……聞いた事がないけれど、腕の良い仕立て屋なのかも……』
観察をしながらそんな事を考えていると、マダム・ポッピンはゴーディに小声で、しかし必死の形相で話し始めた。
「待っているように言われたのに勝手に入ってきたのは謝るわ。でも、居ても立ってもいられなくて……。何が気に入らなかったのよ、買い取り拒否だなんて。ちゃんと打ち合わせ通りに作ったつもりだけど? 納得いくように説明してもらわないと引き下がれないわ。お金が入ってこなきゃ家賃も払えないんだから。こっちは生活がかかってるのよ」
「こちらも信用がかかっているんだ。マダム、あのドレスの生地がどういうものか、きちんと説明しなかったのだろう?」
「えっ? あー……そう、だったかしら? いやー? 言ったと思うけど……」
「とぼけるな。他のお客様に説明して断られまくったから、あの御仁にはあえて説明せずに契約を取り付けたのだろう?」
「だ……って、あれ、とっても高かったのよ? なのにみんな嫌がって……最高の生地なのよ? 貴重だし、王都ではまだ誰も着ていなくて」
「そうは言っても、お客様が気に入らなかったのだからしょうがないだろう、諦めなさい。幸いお客様は、これまでの付き合いがあるからと許して下さった。あのドレスはここで他の物と並べて売ってやろう。ただし、注文品としての特別料金は無しだ」
「そんなぁ……」
「あの……ちょっといいかしら」
「はい」
エリザベートが声をかけると、ゴーディはサッと隣にやって来た。
「いかがでしょう。気に入ったものはございましたか?」
「実は、そちらのお話が聞こえてしまって……王都でまだ誰も着ていない最高級の生地があるとか?」
「あー……まあ……」
「はいっ! ございます!」
歯切れの悪いゴーディの横にマダム・ポッピンが並び、カーテシーをした。
「仕立て屋のポッピンと申します、お嬢様」
「はじめまして、マダム・ポッピン。貴女の作ったドレスに興味があるのだけれども」
「ありがとうございます! ゴーディさん、わたしのドレス、お嬢様にお見せしたいんだけど」
「わかりました、今お持ちします」
そう言うとゴーディは、部屋の端から一枚のドレスを持ってきた。
「こちらです」
それは確かに、王都では見ないドレスだった。
今、王都で流行の色は水色や黄色、ピンク等の淡い色。そして、フリルとリボンを沢山付け、スカートを大きく膨らませたスタイルが流行っていた。
しかし目の前のドレスは。
「身体に沿った流れるようなデザインね。リボンやフリルが無くてシンプルだけど、光沢のある白の生地に合ったデザインだわ。袖が無くて肩紐だけで、わたくしがパーティーに着ていくには露出度が高すぎるけれど」
「あー、これは、ご依頼主様のご希望でこのような形に……。袖がある形の物も作れますし、例えばですが、肩から流れるようなケープをかけたり、透ける生地を使って首元と腕を隠す襟と袖を付けるのはどうでしょうか」
「素敵! 生地の色は、白しかないのかしら」
「ございますとも! 最近流行の淡い色もございますが、お嬢様には濃いお色の方が似合うかと。やはり、御髪と合わせた赤なんてどうでしょうか」
「んっ、んんっ」
ゴーディが咳ばらいをし、話を遮る。
「マダム・ポッピン、ご説明すべき事があるでしょう?」
「えっ? あ、ああ……はい……」
さっきまで生き生きと目を輝かせて話していたマダム・ポッピンがシオシオと項垂れる。
「えー、実は、その生地ですが……これまでのものと大きな違いがございまして……シルク、という物なのです。それで、何から作られているかと申しますと……えー、実は……」
「カイコ、でしょう?」
言い淀むマダム・ポッピンに代わり、エリザベートがあっさりと言った。
突然の訪問にもかかわらず、快く迎え入れてくれたゴーディは、ニコニコと三人を店の奥へと案内した。
「ここにある物でよろしければ、どれでもお譲りできます。パーティーまでは時間もありますので、注文を承る事ができる者もいると思いますし」
「仕立て屋を紹介してもらえるのですか?」
「ええ、取引をしている仕立て屋でよろしければご紹介しますよ。まあ、こんなところに品を納めるくらいですから、訳アリや変わり者が多いですが。……さあ、どうぞ。今日は予約が入っておりませんので、ごゆっくりご覧ください」
通された奥の部屋には、大量のドレスが並んでいた。男性用の正装はドレスよりはかなり少なく、全体の3割程だろうか。
「帽子、靴、宝飾品等は隣の部屋にございますので、よろしければそちらも」
「ゴーディさん!」
いきなりバーンと体当たりするような音がして扉が開き、女性が飛び込んできた。
「わたしが頼まれて作ったドレス、買い取り拒否されたって本当なの?」
「マダム・ポッピン! 勝手に入って来るなんて、どういった了見だ」
ゴーディの、これまで聞いた事のない低い声に凄味を感じ、三人は思わず顔を見合わせた。そしてそれに気づいたゴーディは、慌てて頭を下げた。
「大変申し訳ございません。私共の不手際で、お客様にご迷惑とご不快な思いをおかけいたしました」
(ああ、なるほど。奴隷商にいるのは、あまり他人には知られたくない事ですものね。ここでは他の客と会わないように徹底しているって言っていたし。でもまあ)
「急に訪問したのはこちらですので、お気になさらないで。わたくし達は自由に見させていただくので、ここで話してくれて構わないですわ」
「恐れ入ります」
深々と頭を下げるゴーディと、その後ろでスカートをつまんで頭を下げる女性。
『真ん中から白と黒に分かれた髪色、ドレスは真っ黒。でも肩とスカート部分が膨らんでいて、個性的で可愛らしいデザインだわ。マダム・ホッピン? ポッピン? と言ったかしら……聞いた事がないけれど、腕の良い仕立て屋なのかも……』
観察をしながらそんな事を考えていると、マダム・ポッピンはゴーディに小声で、しかし必死の形相で話し始めた。
「待っているように言われたのに勝手に入ってきたのは謝るわ。でも、居ても立ってもいられなくて……。何が気に入らなかったのよ、買い取り拒否だなんて。ちゃんと打ち合わせ通りに作ったつもりだけど? 納得いくように説明してもらわないと引き下がれないわ。お金が入ってこなきゃ家賃も払えないんだから。こっちは生活がかかってるのよ」
「こちらも信用がかかっているんだ。マダム、あのドレスの生地がどういうものか、きちんと説明しなかったのだろう?」
「えっ? あー……そう、だったかしら? いやー? 言ったと思うけど……」
「とぼけるな。他のお客様に説明して断られまくったから、あの御仁にはあえて説明せずに契約を取り付けたのだろう?」
「だ……って、あれ、とっても高かったのよ? なのにみんな嫌がって……最高の生地なのよ? 貴重だし、王都ではまだ誰も着ていなくて」
「そうは言っても、お客様が気に入らなかったのだからしょうがないだろう、諦めなさい。幸いお客様は、これまでの付き合いがあるからと許して下さった。あのドレスはここで他の物と並べて売ってやろう。ただし、注文品としての特別料金は無しだ」
「そんなぁ……」
「あの……ちょっといいかしら」
「はい」
エリザベートが声をかけると、ゴーディはサッと隣にやって来た。
「いかがでしょう。気に入ったものはございましたか?」
「実は、そちらのお話が聞こえてしまって……王都でまだ誰も着ていない最高級の生地があるとか?」
「あー……まあ……」
「はいっ! ございます!」
歯切れの悪いゴーディの横にマダム・ポッピンが並び、カーテシーをした。
「仕立て屋のポッピンと申します、お嬢様」
「はじめまして、マダム・ポッピン。貴女の作ったドレスに興味があるのだけれども」
「ありがとうございます! ゴーディさん、わたしのドレス、お嬢様にお見せしたいんだけど」
「わかりました、今お持ちします」
そう言うとゴーディは、部屋の端から一枚のドレスを持ってきた。
「こちらです」
それは確かに、王都では見ないドレスだった。
今、王都で流行の色は水色や黄色、ピンク等の淡い色。そして、フリルとリボンを沢山付け、スカートを大きく膨らませたスタイルが流行っていた。
しかし目の前のドレスは。
「身体に沿った流れるようなデザインね。リボンやフリルが無くてシンプルだけど、光沢のある白の生地に合ったデザインだわ。袖が無くて肩紐だけで、わたくしがパーティーに着ていくには露出度が高すぎるけれど」
「あー、これは、ご依頼主様のご希望でこのような形に……。袖がある形の物も作れますし、例えばですが、肩から流れるようなケープをかけたり、透ける生地を使って首元と腕を隠す襟と袖を付けるのはどうでしょうか」
「素敵! 生地の色は、白しかないのかしら」
「ございますとも! 最近流行の淡い色もございますが、お嬢様には濃いお色の方が似合うかと。やはり、御髪と合わせた赤なんてどうでしょうか」
「んっ、んんっ」
ゴーディが咳ばらいをし、話を遮る。
「マダム・ポッピン、ご説明すべき事があるでしょう?」
「えっ? あ、ああ……はい……」
さっきまで生き生きと目を輝かせて話していたマダム・ポッピンがシオシオと項垂れる。
「えー、実は、その生地ですが……これまでのものと大きな違いがございまして……シルク、という物なのです。それで、何から作られているかと申しますと……えー、実は……」
「カイコ、でしょう?」
言い淀むマダム・ポッピンに代わり、エリザベートがあっさりと言った。
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