上 下
85 / 122
第四章

もう一つの贈り物

しおりを挟む
「結局、わたくしだけで全てシュークリームを食べてしまったわ」
「お気に召していただき、光栄でございます」
「こんなに美味しいお菓子をもらってしまっては、こちらで用意したお菓子を勧めるのは気が引けるわ。パウンドケーキとクッキーを一緒にいただきましょう」

 そう言うと王妃はテーブルの上のベルを鳴らし、少し離れた所で控えていた侍女に、新しいお茶を用意するように指示した。

(そういえば、もう一つの贈り物を渡してなかったわね)

 お茶が用意されるまでの間にと、エリザベートは声をかけた。

「王妃殿下、実はもう一つ用意した物がございます。お付きの方に渡してもよろしいでしょうか」
「あら、何かしら」

 再びベルが鳴らされ、やって来た別の侍女に箱を渡す。

「開けてちょうだい」
「かしこまりました」

 箱が開けられ、中の物が取り出されると、それを見た王妃が声を上げた。

「まあ! これって、貴女のドレスと一緒の?」
「はい、シルクで作ったお部屋着でございます。寛ぎやすいようにと、ゆったりとしたデザインに致しました。袖が無いので、こちらのガウンを羽織っていただければと思います」

 侍女から部屋着を受け取り、撫でて手触りを確かめ、広げて全体を眺め、顔をほころばせる。

「なんて素敵なの!? ツルツルとした手触り、光沢のある色、このバラの刺繍も素敵だわ。わたくし、黄色のバラが一番好きなのよ」
「その刺繍は、最近知り合いましたヘイレン男爵夫人に入れてもらいました」
「ヘイレン男爵夫人? ああ! ヘイレン男爵には以前、わたくしの侍女の件で良い働きをしてもらったのよ。ただ、夫人は色々あって、社交界からは遠ざかっているようだけれど」
「夫人とは、シルクが縁で知り合いました。刺繍やレース編みがお好きだと聞いたので、王妃殿下にお渡しするこのお部屋着に入れてもらったのです」
「そうだったの……彼女は、元気かしら? 何度か見かけたくらいで、言葉を交わした事はないのだけれど、控え目で優しそうな感じだったと記憶しているわ」
「はい、とてもお優しくて器用な方です。わたくしが投資した仕立て屋の仕事を手伝ってもらえないか、お誘いしてているところです」
「あら! それはこのシルクを使う仕立て屋なのかしら?」
「はい。今はまだわたくしと、限られた知り合いの分だけなのですが、そのうち他の方々からも注文を受けて制作していこうと思っております」
「と、いうことは、エリザベート・ケープが本格的に流行しそうね」
「……え? えーと……エリザベート、ケープ、ですか?」
「ええそう。貴女が今しているような、ドレスとケープを合わせたスタイルが流行しているのよ。あらやだ、当事者の貴女が知らなかったの?」
「はい……まったく……」

 寝耳に水、な話に、エリザベートは驚いて王妃を見た。

「とは言っても、勿論同じわけではないのよ。なにせ、そのドレスはどこで入手できるのかも不明だから、とりあえず似たようなものが作れるケープが注目されていて、エリザベート・ケープと呼ばれているの。数日前の夜会では、袖無しのシンプルなドレスにケープを組み合わせた格好の貴婦人が多くいたわ」
「お茶会にもパーティーにも、ほとんど参加する事がないので……まったく存じませんでした」

 以前ならまだしも、王家との関係が無くなった今、身に着けたものが自分の名前が付いた呼び名で呼ばれ、注目されているというのは驚きだ。

「他からの注文を受けるようになったら、是非わたくしのドレスもお願いするわ」
「え? それはとても名誉な事ですが……王妃殿下のドレスは、王家専属の衣装係だけが作るのでは?」
「たまに、他国から献上された物を着る事もあるから大丈夫よ。この部屋着も嬉しいけれど、貴女のような素敵なドレスが欲しいわ」
「それでしたら是非!」

(大変! マダム・ポッピンが興奮して倒れるわ! ああ、わたしも倒れそう!)

 自分が作ったドレスを王妃が身に着けてくれたら、仕立て屋としてはどれほど嬉しいだろう。

(公爵令嬢のわたしが着ただけでも、あんなに喜んでいたんですものね。それに、これから事業を拡大していくうえで、大きな足がかりとなるわ。こんなのもう、成功が約束されたようなものじゃない!)

 そんな事を考え、にやけてしまうのを必死に堪えていたエリザベートだったが、

「キャーッ! 何するんですか!」

 突然の悲鳴に驚き声の方を見ると、

(ルーク?)

 お茶を用意している侍女とルークが、何か揉めているようだった。
 
「王妃殿下、申し訳ございません。わたくしの護衛が騒ぎを起こしたようです」
「あらあら、どうしたのかしらね。あなた、ちょっと見て来て」

 そう指示された侍女が『かしこまりました』と頭を下げて騒ぎの方へ向かう。

「エリザベート嬢、大丈夫よ」
「はい……ですが、やはりわたくしも見てまいります。失礼致します」

 慣れない場所に連れてこられたルークが心配だ。
 エリザベートは、はしたなくならないよう気を付けながら、早足でその場に向かった。

 
 
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

花嫁の勘案

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:768pt お気に入り:22

魅了が解けた世界では

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:319pt お気に入り:9,776

顔の良い灰勿くんに着てほしい服があるの

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:42pt お気に入り:0

処理中です...