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第25話
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馬がいななき、剣のぶつかり合う音、呻き声が聞こえて、それはとても現実とは思えなかった。
体が震えて、ふらふらしだし、倒れそうになった時、大きな体に抱きしめられた。
「シドニー・・・・・・」
この安心する大きな存在は、この匂いは、この声は・・・・・・
「クライブ様」
「・・・良かった、無事で」
掠れた声でそう言うと、ギュッと強く抱きしめて、私もクライブ様を抱きしめた。
この人が大好き。
大好き。
その気持ちでいっぱいだった。
ドドドドッ、ドドドドッ
しばらくそうしていると、馬が何頭も走ってくる音が聞こえて、体がビクッとした。
「大丈夫、味方だ」
体が離れて、やっとクライブ様の顔を見た。
髪も髭も伸び全体的に窶れ、でも、ブルーの瞳は心配そうに私に向けられていて、胸がギュッとなった。
クライブ様が私の髪を一房手に取り、何かを言おうと口を開こうとすると、それを遮るように声がした。
「ずいぶんと派手にやったな」
「確実に動きを封じただけだ」
「まあ、そうとも言うが」
「それだけの事をした」
「とにかく、夫人が無事で良かった。
クライブ、感謝する」
そう言って、こちらをチラリと見た男性はマッケンジー騎士団団長であり、マッケンジー公爵家次男。
クライブ様とは辺境で同期だったらしい。
その後、私は現場を見てはいけないと馬車に戻され、無事だったことを劇団のみんなと喜び合い、抱き合い、クライブ様のことを質問攻めに合った。
こっそり幌から覗いていたらしく、まるで恋愛小説のクライマックスのようだったと興奮気味に語られ、舞台の脚本のためにとノートに書き取る者もいた。
賊が全て捕らえられると、私達は本来の目的地であるターナー伯爵領へ向かった。
ターナー伯爵領では立派なホテルの宿泊となり、私の部屋は大きなベッドのある客室で、湯浴みを済ませるとクライブ様が現れた。
「シドニー、申し訳なかった。
不安にさせて、傷つけてしまって。
話を聞いて欲しいんだ」
クライブ様に救われたのは確かだ。
自分の気持ちもあらためて実感した。
でも、クライブ様は優しい方だから、突然居なくなった妻を探してまずは話し合いたいのかも知れない。
どんなことを語るのか、ある程度の覚悟を決めて、私は頷いた。
クライブ様から語られた話は、信じられないものだった。
過去にステラ様と婚約破棄した理由も、他の女性に夢中になった話も。
ステラ様は意地悪心から“クライブ”と名前で呼んだこと、お茶会の後二人で居たのは、ロマンチックな話が好きな王妃様によって作られた場で、私が見たのは髪に葉がついたのをただ取った場面だった。
ステラ様は亡くなった前コンウォール伯爵の話ばかりをして去り、それっきり会っていないとか。
私を庭園に連れて行った騎士団事務員のリンチ子爵令嬢がドミンゲス伯爵令息の恋人で私を一方的に嫌って、いや恨んでいた。
クライブ様の制服の口紅の跡も、控え室に置かれた離婚証明書も彼女の仕業だった。
クライブ様は居なくなった私を探して公爵領に辿り着いた。
でも、生き生きとしてジーナと呼ばれる私に話しかけられず、ただ見守っていた。
そんな時に、マッケンジー騎士団長に会い、仕事を頼まれた。
最近になり、女性が行方不明になる事件が増えていたらしい。
「俺が、最初から全てきちんと話していれば。
噂話が美談として語られていたのを知らないばかりに、君を傷つけた。
でも、これだけは信じて欲しい。
シドニー、愛している」
いきなり聞く内容に頭がついて行かなかった。
あの事務の女性に恨まれていたと聞いたショックも大きい。
でも、目の前にいるこの男性が、クライブ様が大好きだと確信させられた。
大きな背中を見た時に。
名前を呼ばれた時に。
抱きしめられた時に。
私は、不安気にブルーの瞳を揺らしている人の、大きなその胸に抱きついた。
翌朝、クライブ様はマッケンジー騎士団長に診察を受けろ。と言われ渋々受けることにした。
そこに現れたのはノーマン医師で、彼はマッケンジー公爵家の三男だと言う。
普段はマッケンジーではなく母方のアボットを名乗っているらしい。
「矢もかすってるし、斬られてるじゃないですか!」
「大したことない、止血は済んでる」
倒れそうになる台詞を当たり前に話すクライブ様には、勿論きちんと消毒、処置を受けてもらった。
「ノックス夫人、また何かあったら、いつでもマッケンジー公爵領に来てね」
軽い調子のノーマン医師は兄の騎士団長に頭を叩かれて、クライブ様は眼光鋭い顔つきをしていて、私は出逢った時を思いだした。
そして、リリアンさんに王都へ帰ることを話し、お世話になった感謝を伝えた。
「ノックス夫人、王都の公演ではお手伝いに来て頂戴」
衣装や舞台装置が駄目になり、しばらく劇団は休演になるらしい。
でも、怪我人もなくて本当に良かった。
リリアンさんは、タバコを優雅に指で挟んで微笑んだ。
「シドニー、この髭は好きか?嫌いか?」
「どちらも似合ってます。
好きですよ」
クライブ様は、曖昧な答えがイマイチ納得できないような顔をしているが、本当にどちらも素敵だと思う。
髭があると色気が増すので、正直あまり他の女性には見せたくないけれど。
「劇団に残りたかったか?」
「難しい質問ですね。
残りたい気持ちが全く無いとは言えませんが、クライブ様と王都に帰りたい気持ちでいっぱいですよ」
クライブ様は、気になる質問をすることにしたらしく、王都への帰り道にこうしてたびたび尋ねてくる。
以前の私のように。
そういえばーー
一番気になっていた質問、できなかったあの質問を思い出した。
元はと言えば、噂話を信じてクライブ様に聞けなかった自分にも問題はあった。
「クライブ様、
元婚約者を今でも想っていますか?」
「想ってない」
どうして信じてくれない。
そんな顔をして続けた。
「シドニー、君だけを愛している」
その答えを聞いて、心が軽くなったのを感じながら、クライブ様の手を握った。
終わり
体が震えて、ふらふらしだし、倒れそうになった時、大きな体に抱きしめられた。
「シドニー・・・・・・」
この安心する大きな存在は、この匂いは、この声は・・・・・・
「クライブ様」
「・・・良かった、無事で」
掠れた声でそう言うと、ギュッと強く抱きしめて、私もクライブ様を抱きしめた。
この人が大好き。
大好き。
その気持ちでいっぱいだった。
ドドドドッ、ドドドドッ
しばらくそうしていると、馬が何頭も走ってくる音が聞こえて、体がビクッとした。
「大丈夫、味方だ」
体が離れて、やっとクライブ様の顔を見た。
髪も髭も伸び全体的に窶れ、でも、ブルーの瞳は心配そうに私に向けられていて、胸がギュッとなった。
クライブ様が私の髪を一房手に取り、何かを言おうと口を開こうとすると、それを遮るように声がした。
「ずいぶんと派手にやったな」
「確実に動きを封じただけだ」
「まあ、そうとも言うが」
「それだけの事をした」
「とにかく、夫人が無事で良かった。
クライブ、感謝する」
そう言って、こちらをチラリと見た男性はマッケンジー騎士団団長であり、マッケンジー公爵家次男。
クライブ様とは辺境で同期だったらしい。
その後、私は現場を見てはいけないと馬車に戻され、無事だったことを劇団のみんなと喜び合い、抱き合い、クライブ様のことを質問攻めに合った。
こっそり幌から覗いていたらしく、まるで恋愛小説のクライマックスのようだったと興奮気味に語られ、舞台の脚本のためにとノートに書き取る者もいた。
賊が全て捕らえられると、私達は本来の目的地であるターナー伯爵領へ向かった。
ターナー伯爵領では立派なホテルの宿泊となり、私の部屋は大きなベッドのある客室で、湯浴みを済ませるとクライブ様が現れた。
「シドニー、申し訳なかった。
不安にさせて、傷つけてしまって。
話を聞いて欲しいんだ」
クライブ様に救われたのは確かだ。
自分の気持ちもあらためて実感した。
でも、クライブ様は優しい方だから、突然居なくなった妻を探してまずは話し合いたいのかも知れない。
どんなことを語るのか、ある程度の覚悟を決めて、私は頷いた。
クライブ様から語られた話は、信じられないものだった。
過去にステラ様と婚約破棄した理由も、他の女性に夢中になった話も。
ステラ様は意地悪心から“クライブ”と名前で呼んだこと、お茶会の後二人で居たのは、ロマンチックな話が好きな王妃様によって作られた場で、私が見たのは髪に葉がついたのをただ取った場面だった。
ステラ様は亡くなった前コンウォール伯爵の話ばかりをして去り、それっきり会っていないとか。
私を庭園に連れて行った騎士団事務員のリンチ子爵令嬢がドミンゲス伯爵令息の恋人で私を一方的に嫌って、いや恨んでいた。
クライブ様の制服の口紅の跡も、控え室に置かれた離婚証明書も彼女の仕業だった。
クライブ様は居なくなった私を探して公爵領に辿り着いた。
でも、生き生きとしてジーナと呼ばれる私に話しかけられず、ただ見守っていた。
そんな時に、マッケンジー騎士団長に会い、仕事を頼まれた。
最近になり、女性が行方不明になる事件が増えていたらしい。
「俺が、最初から全てきちんと話していれば。
噂話が美談として語られていたのを知らないばかりに、君を傷つけた。
でも、これだけは信じて欲しい。
シドニー、愛している」
いきなり聞く内容に頭がついて行かなかった。
あの事務の女性に恨まれていたと聞いたショックも大きい。
でも、目の前にいるこの男性が、クライブ様が大好きだと確信させられた。
大きな背中を見た時に。
名前を呼ばれた時に。
抱きしめられた時に。
私は、不安気にブルーの瞳を揺らしている人の、大きなその胸に抱きついた。
翌朝、クライブ様はマッケンジー騎士団長に診察を受けろ。と言われ渋々受けることにした。
そこに現れたのはノーマン医師で、彼はマッケンジー公爵家の三男だと言う。
普段はマッケンジーではなく母方のアボットを名乗っているらしい。
「矢もかすってるし、斬られてるじゃないですか!」
「大したことない、止血は済んでる」
倒れそうになる台詞を当たり前に話すクライブ様には、勿論きちんと消毒、処置を受けてもらった。
「ノックス夫人、また何かあったら、いつでもマッケンジー公爵領に来てね」
軽い調子のノーマン医師は兄の騎士団長に頭を叩かれて、クライブ様は眼光鋭い顔つきをしていて、私は出逢った時を思いだした。
そして、リリアンさんに王都へ帰ることを話し、お世話になった感謝を伝えた。
「ノックス夫人、王都の公演ではお手伝いに来て頂戴」
衣装や舞台装置が駄目になり、しばらく劇団は休演になるらしい。
でも、怪我人もなくて本当に良かった。
リリアンさんは、タバコを優雅に指で挟んで微笑んだ。
「シドニー、この髭は好きか?嫌いか?」
「どちらも似合ってます。
好きですよ」
クライブ様は、曖昧な答えがイマイチ納得できないような顔をしているが、本当にどちらも素敵だと思う。
髭があると色気が増すので、正直あまり他の女性には見せたくないけれど。
「劇団に残りたかったか?」
「難しい質問ですね。
残りたい気持ちが全く無いとは言えませんが、クライブ様と王都に帰りたい気持ちでいっぱいですよ」
クライブ様は、気になる質問をすることにしたらしく、王都への帰り道にこうしてたびたび尋ねてくる。
以前の私のように。
そういえばーー
一番気になっていた質問、できなかったあの質問を思い出した。
元はと言えば、噂話を信じてクライブ様に聞けなかった自分にも問題はあった。
「クライブ様、
元婚約者を今でも想っていますか?」
「想ってない」
どうして信じてくれない。
そんな顔をして続けた。
「シドニー、君だけを愛している」
その答えを聞いて、心が軽くなったのを感じながら、クライブ様の手を握った。
終わり
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