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第1章 王子は私を追いかける

らしくありません

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 ジルフォード殿下に心を抉られた翌日。私は放心しながら魔法の講義を受けています。



「大丈夫かリズ」



 魔法学の先生は父様です。父様は現役の宮廷筆頭魔術師ですから、とても一流な方です。私は父様の影響が強く、魔力量も他の人より大分多いみたいで、小さい頃から魔力制御や魔法を学んできました。ですが、今は全く魔力の流れさえも抑えることが出来ずどんどん放出していきます。



「お父様………申し訳ありません」



 見上げれば、眉尻を下げた私が父様の瞳に写っていました。父様は困ったように笑って、優しく頭を撫でました。



「そんな時もあるだろう。どんな時も魔力は制御出来るようにしような」

「はい………」



 生まれて初めて勉強をすっぽかしました。新しい事を学んだり、魔法が使えるようになる事は、とても刺激的で面白い。だから私は追いかけっこをしていても、先生が来る時間までには必ず屋敷に戻っていましたし、休んだことはありません。決してイリーナに怒られるからでは無いのです。なのに……。

 私は重たい足で自室に戻り、ソファーに深く沈みました。動く気力はありません。どうしたらジルフォード殿下から離れられるか、考えたいのは山々ですが、これ程までに執着されると、解決策が何も思いつきません。思い付いたところで、殿下の掌の上で転がされそうで、消極的になってしまうのです。



「ジゼル様、庭園に遊びに行かれたらいかがですか?」



 あのイリーナまでもが勧めてくる始末。主人なのに心配させるなんて情けないですね。



「大丈夫よ。昨日の今日で疲れてしまっただけだと思うから……ごめんなさい、ありがとうイリーナ」

「……いえ……ご無理はなさいませんよう……」



 イリーナは無表情を貫いているようですが、僅かに眉間に皺が寄っていますし、ドロシーに至っては「お労しい……(涙目)」とハンカチで目元を覆っています。今の私が何をやってもきっと二人はいつも通りにはならないだろうな、とそれには気が付かな振りをしました。

 本でも読もうかと書庫に向かおうとして、私を呼ぶ大好きなお声が聞こえたので振り返りました。その姿を見て私の気分は上々です。え、私って単純?



「フィル兄様おかえりなさいませ……!!」

「ふふふっ、リズただいま」



 小走りで兄様に勢いよく抱きつきました。兄様は私の宿敵であるジルフォード殿下の側近で、騎士、というよりは文官向きの人です。ひょろりと背の高く細い体は一見頼りないように見えますが、意外と筋肉質で細マッチョだというのが抱き付くと良くわかります。フェリス侯爵家次期当主ですから、魔法の腕もピカイチ、優しくて格好良くて自慢のお兄様。

 よろめくことなく私を受け止めたフィリップ兄様は、レンズの奥で目元を柔らかく細めると、私を抱きしめ返して額にキスを落としました。何気ない話をいくつかした私達は、立ち話はあれだから、とサロンに向かいます。ソファーに腰かけた私は、上座に座る兄様を見て背筋を伸ばしました。

 明らかに兄様の纏う空気が違います。緊張感が走り、きっと兄様はこの為に早く帰ってきたんだと理解しました。



「わたくしに……ですか……?」

「そう、リズに大事な話が合ってね」



 左にかけた片眼鏡をくいと持ち上げた兄様は、腕を組み、いつになく真剣な面持ちで口を開きました。



「リズは殿下との婚約をどう思っているか聞きたくてね」



 体をびくりと震わせ、「それは……」と言葉を詰まらせた私を見て兄様は顔を曇らせました。



「兄様はどうお考えですk「え?僕は反対だよ?大反対。なんなら殿下を引きちぎって闇に葬りたいくらい」……」



 真っ黒い笑みを浮かべて若干食い気味に言った、言い訳すらできない不敬罪の言葉の数々に私は口をみっともなくあんぐりと開けてしまいました。えぇ、そうでした。流石は父様と母様のご子息様でした。しっかり受け継がれております。

 しかし直ぐにアンニュイな表情になり、私は首を傾げて兄様を呼びました。



「だけどね……リズがもし殿下がいいと言うなら、それは背中を押すし、それに僕の主には幸せになって欲しいとも思うんだ。一番はリズの気持ちだけど」



 兄様はいつも私を慮ってくれます。それが今特別じんわりと心に染み渡りました。



「兄様、ありがとうございます。……我儘だとは分かっているのですが、恋愛婚がしたくて。でも殿下は違うようでしたから……それに王族になるなんて、私の性には合いませんので、王子妃としても不十分だと思いますし……」



 私の話を最後まで静かに聞いたフィル兄様は、私の隣に腰かけなおすと、私の頭を優しく撫でました。その撫で方は父様そっくりです。



「恋愛婚は僕もいいと思うよ。姉上も恋愛結婚だし、僕もまだ婚約だけど一応お互い想っての事だし、その方がいいに決まってる。リズが嫌なら、僕は全力で邪魔しにかかるから、安心して?………あれ、おかしいな。あの人リズに一目ぼれしたんじゃないの……?」



 最後の方は聞こえませんでしたが、兄様の言葉は私に十分に勇気を与えてくれました。珍しく感傷的になってしまいましたが、らしくありませんよね。

 私は頭を下げてお礼を言いました。そして息を深く吐き、気合を入れなおします。



 絶対に殿下の婚約者になんかなってたまるかっ……!!!!


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