初めから恋だった

すずなりたま

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「尾関さんって、まだ独身でしたっけ」

   休憩所でコーヒーを飲んでいると、同じく休憩に入ってきた同僚が話しかけてきた。
   わざと誰も休まなそうな時間を見計らって休憩に入ったのに、こうしてわざわざ自分に合わせてしかも話し掛けてくるということは、最初から俺に話し掛けることが目的だろう。
   相手にするのは面倒だが、職場の円滑な人間関係のために聞かれたことだけは答えることにする。

「ええ、そうですけど」
「結婚のご予定は?」
「ありません」
「失礼ですが、恋人は……?」
「いません」
 「じゃあ結婚願望なんかは」
「ありません。あの、何の質問でしょうか?時間の無駄なのでハッキリと仰ってください」

   まだるっこしい会話は嫌いだ。
 遠まわしに質問され続けるのも気分が悪い。

「はは……すみません。妻の友人に、職場に素敵な独身男性がいたら是非紹介してくれと強く言われたものですから。尾関さん、良かったらどうですか?」
「僕に紹介されても進展させる気はないのでお断りします、すみません」

   話はこれで終わりとばかりに頭を下げた。
 別に頭を下げる必要はないのだけど、円滑な人間関係のためには仕方ない。

「そうですか……こちらこそすみません」

   諦めたと思ったのだが、同僚は研究室に戻る途中に振り返った。

「……あの、尾関さんのご友人で素敵な独身の方はいませんか?」
「1人いますよ」

   独身の前に素敵な、と付けるのは同僚の趣味なのかもしれない。
 自分はともかく、凌介はその形容詞に当てはまると思った。

「紹介してもらうことって可能ですか?」
「可能です。が、お勧めしません」
「どうしてですか?」
「浮気するからです」

   俺と。

「え……でも今の時点では必ずとは言い切れませんよね?一応紹介して頂いても……」
「奥様に、不誠実な男を友人に紹介したと怒られても良いならば紹介します」

   口角を上げて笑顔を作った。
 凌介に『激レア』と呼ばれる、滅多に人に見せない俺の表情だ。

「……分かりました、諦めます。不躾な質問をいくつもすみませんでした」
「いえ。奥様のご友人に素敵な独身の方が見つかるといいですね」

   同僚は無言で頭を下げて、研究室の中へ戻って行った。
   俺は何も本気で凌介を紹介したくないと思ったわけじゃない。
 けど、凌介と付き合う──ましてや結婚するなんて、本当に相手の女性が気の毒だと思ったのだ。
   それにしても、煩わしい。
   恋愛だの結婚だの、40を過ぎてもそんなものに振り回されるなんて思っていなかった。
 世の中が晩婚化の傾向にあるというのは事実らしい。どうでもいいけど。
   放っておいてくれたらいいのに。
 人間皆誰もが恋人を作ったり、結婚したいと思ってるわけじゃない。
   俺や凌介のように、所帯も持たずただひたすら好きなことだけ──俺にとっては研究──に資金もエネルギーも全て注ぎ込みたい人間も、一定多数存在するのだ。
 何故世間はそれを認めないのだろう。
   こんなくだらないことがあった日こそ、凌介に会いたいと思う。
 会って、抱かれたい。
 その行為はただの性欲処理に過ぎなくても、それでも得られる何かがある。
   だから俺は、凌介を拒否したりしない。

 ……………あ。

「あいつ、今ドイツか」

   こういう時に限っていない。
   仕方が無いので煙草でも吸おうと思ったが、ケースの中は空だった。(ちなみにこの煙草ケースは、何年か前に凌介がチェコがどこかの土産で買ってきてくれたものだ)

「……ハア」

   今日はもう仕事にならない。
 残業は、やめにしておこう。
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