3 / 13
目立たない私にも光がさすのなら
しおりを挟む
四月。桜は散りかけ、制服のブレザーが少し暑く感じられる昼下がり。
公立・有備館高校、2年C組。
その教室の一番後ろ、窓際の席に速見雄太は腰を下ろしていた。
開け放たれた窓からは風が吹き抜け、春の匂いを運んでくる。
「ふああ、眠い……」
あくびをひとつ漏らして、雄太は目元をこする。昨夜は深夜まで祖母の手伝いで書類整理をしていた。祖父母に迷惑はかけたくないと、奨学金を使いながらの高校生活。とはいえ、表には出さない。
「さっすが、モテ男は余裕っすねー」
斜め前の席から、如月友梨奈が肘をついてニヤリと笑っていた。栗色の髪に、長いまつげ。その美貌は教室どころか校内でも注目の的だが、本人は飄々としている。
「またからかう……」
「いやいや。なによ、放っておいてもモテてるくせに」
取り巻きの女子たちが「きゃー、速見くん今日もイケメン!」などと騒いでいるのを、雄太は聞こえぬふりをしてため息をついた。
「俺、別にモテたいとか思ってないし」
「ふーん。じゃ、真帆ちゃんに優しくしてるのはなんで?」
その名前が出た瞬間、雄太の視線が自然と隣へ向いた。
桜崎真帆。彼の隣の席に座る、地味でおとなしい少女。黒髪をひとつに束ね、メガネの奥の目は、いつも伏し目がちだった。
彼女はちょうどノートに何かを写していた。手元はきれいに整えられていて、細かな字がびっしり並ぶ。
「……なんとなく。話しかけたら、すごく丁寧に返してくれたからさ」
「ふぅん? “なんとなく”ねぇ……」
友梨奈はあからさまに面白そうな顔をする。「もしかして、好きとかじゃないの?」
「バカ言うな。俺、そういうの、わかんないし……」
「やれやれ、鈍感王子め」
そんな会話をしていることを知らずに、真帆は顔を上げ、恐る恐る雄太のノートを指さした。
「……あの、ここの公式、間違ってるかも……」
「えっ?」
彼はノートを覗きこむ。そこには「√(a+b)² = a+b」と雑に書かれていた。
「あ、ほんとだ……完全に寝ぼけてたな、俺」
「ふふっ……」
小さな笑い声。真帆の口元が少しだけゆるんだ。
それが、速見雄太には少し不思議だった。
普段の彼女は、クラスでも目立たず、誰とも話さない。昼食もひとり。
だが、今の微笑みにはどこか、あたたかいものがあった。
「……サンキュ。助かったよ」
「いえ……あ、あの……わ、わたしのノート、もしよかったら……」
真帆が差し出しかけたノートに、後ろの席から声が飛ぶ。
「やーん、速見くーん! お昼一緒にどう~?」
振り返ると、放送部の長迫美祐が、笑顔で手を振っていた。絹のような髪がさらりと揺れる。
気遣いの人で、誰にも優しい。けれど、何かを隠しているようにも見える。
「ごめん、今日弁当なんだ」
「そっか、残念~。また今度ね」
柔らかく微笑む美祐の表情を見て、真帆がスッとノートを引っ込めたのに、雄太は気づかなかった。
昼休み、弁当を食べながら、友梨奈がまた言う。
「……あんた、ほんと気づかないんだなあ」
「何を?」
「真帆ちゃんの気持ち。ていうか、美祐ちゃんもたぶん……あーあ、これじゃ青春ラブコメの主人公かっての」
「いや、俺そんな器じゃないし」
「じゃあ器を磨きなさい。女心の一個や二個、受け止めてやんなさいよ」
どこか本気とも冗談ともつかないその言葉に、雄太はまたため息をついた。
(女心、か……)
放課後、教室に残っているのは数人だけだった。
真帆はノートを閉じて立ち上がろうとしたとき、前から誰かが近づいてくる足音がした。
「えっと……」
「桜崎さん、これ、君のシャーペンかな」
差し出されたのは、真帆が机の上に忘れていた小さなシャーペン。
「あ……はい……ありがとうございます」
「うん、また明日な」
柔らかく微笑んだ雄太の姿に、真帆の胸がじんわりと熱くなった。
(また明日……)
その一言が、彼女の心をあたためた。
春は、始まったばかりだった。
公立・有備館高校、2年C組。
その教室の一番後ろ、窓際の席に速見雄太は腰を下ろしていた。
開け放たれた窓からは風が吹き抜け、春の匂いを運んでくる。
「ふああ、眠い……」
あくびをひとつ漏らして、雄太は目元をこする。昨夜は深夜まで祖母の手伝いで書類整理をしていた。祖父母に迷惑はかけたくないと、奨学金を使いながらの高校生活。とはいえ、表には出さない。
「さっすが、モテ男は余裕っすねー」
斜め前の席から、如月友梨奈が肘をついてニヤリと笑っていた。栗色の髪に、長いまつげ。その美貌は教室どころか校内でも注目の的だが、本人は飄々としている。
「またからかう……」
「いやいや。なによ、放っておいてもモテてるくせに」
取り巻きの女子たちが「きゃー、速見くん今日もイケメン!」などと騒いでいるのを、雄太は聞こえぬふりをしてため息をついた。
「俺、別にモテたいとか思ってないし」
「ふーん。じゃ、真帆ちゃんに優しくしてるのはなんで?」
その名前が出た瞬間、雄太の視線が自然と隣へ向いた。
桜崎真帆。彼の隣の席に座る、地味でおとなしい少女。黒髪をひとつに束ね、メガネの奥の目は、いつも伏し目がちだった。
彼女はちょうどノートに何かを写していた。手元はきれいに整えられていて、細かな字がびっしり並ぶ。
「……なんとなく。話しかけたら、すごく丁寧に返してくれたからさ」
「ふぅん? “なんとなく”ねぇ……」
友梨奈はあからさまに面白そうな顔をする。「もしかして、好きとかじゃないの?」
「バカ言うな。俺、そういうの、わかんないし……」
「やれやれ、鈍感王子め」
そんな会話をしていることを知らずに、真帆は顔を上げ、恐る恐る雄太のノートを指さした。
「……あの、ここの公式、間違ってるかも……」
「えっ?」
彼はノートを覗きこむ。そこには「√(a+b)² = a+b」と雑に書かれていた。
「あ、ほんとだ……完全に寝ぼけてたな、俺」
「ふふっ……」
小さな笑い声。真帆の口元が少しだけゆるんだ。
それが、速見雄太には少し不思議だった。
普段の彼女は、クラスでも目立たず、誰とも話さない。昼食もひとり。
だが、今の微笑みにはどこか、あたたかいものがあった。
「……サンキュ。助かったよ」
「いえ……あ、あの……わ、わたしのノート、もしよかったら……」
真帆が差し出しかけたノートに、後ろの席から声が飛ぶ。
「やーん、速見くーん! お昼一緒にどう~?」
振り返ると、放送部の長迫美祐が、笑顔で手を振っていた。絹のような髪がさらりと揺れる。
気遣いの人で、誰にも優しい。けれど、何かを隠しているようにも見える。
「ごめん、今日弁当なんだ」
「そっか、残念~。また今度ね」
柔らかく微笑む美祐の表情を見て、真帆がスッとノートを引っ込めたのに、雄太は気づかなかった。
昼休み、弁当を食べながら、友梨奈がまた言う。
「……あんた、ほんと気づかないんだなあ」
「何を?」
「真帆ちゃんの気持ち。ていうか、美祐ちゃんもたぶん……あーあ、これじゃ青春ラブコメの主人公かっての」
「いや、俺そんな器じゃないし」
「じゃあ器を磨きなさい。女心の一個や二個、受け止めてやんなさいよ」
どこか本気とも冗談ともつかないその言葉に、雄太はまたため息をついた。
(女心、か……)
放課後、教室に残っているのは数人だけだった。
真帆はノートを閉じて立ち上がろうとしたとき、前から誰かが近づいてくる足音がした。
「えっと……」
「桜崎さん、これ、君のシャーペンかな」
差し出されたのは、真帆が机の上に忘れていた小さなシャーペン。
「あ……はい……ありがとうございます」
「うん、また明日な」
柔らかく微笑んだ雄太の姿に、真帆の胸がじんわりと熱くなった。
(また明日……)
その一言が、彼女の心をあたためた。
春は、始まったばかりだった。
0
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる