4 / 7
4枚め
しおりを挟む
愛娘マドラインが年頃になり、さしもの私も、ただ悠長にしてはいられなくなりました。
(そろそろ先を定めなくては……)
そんな折りに、彼より提案されたのです。娘を由緒あるジェンクス公爵家のご嫡男に嫁がせるのが最善だと。
「洗練された立ち振る舞いの、物腰柔らかな好青年だと噂の方ですわね」
「仄聞ですが……以前の舞踏会でマドライン様は、かの若君に好感を持たれておられたと」
「まぁ……それは知らなかったわ」
それならば願ってもないお話です。彼が取り成すと約束してくれました。
公爵家に嫁いだ娘が子を産めば、彼女の地位は盤石となる──。あそこの御家なら生まれた子が女児であっても、王家に入ることが確約されます。
私の人生は我が娘という存在のための布石であった。それで構いません、十分に報われます。
すべての懸念を払拭し、これからの私はどこへでも行ける。
ゆえにこの頃から、私は出国を目論んでおりました。
マドラインが16になり、婚約しておりましたブルース・ジェンクス様との挙式も、つつがなく終えました。
(長かったわ、ここまで……)
私にとりましては計画の総仕上げへ、カウントダウンが始まったのでございます。
挙式より季節が一巡した時節に、マドライン懐妊祝いの夜会を我が家で催す運びとなりまして。
私は私の名でステュアートに招待状を送りました。
暮れ時より始まった夜会は毎度のことですが、集う人々の思惑が混ざりあい、煙のこもったようです。
食事の席では、夫とその取り巻きがいつもと変わらぬ話に興じておりました。過去の栄光を称えられ悦に浸る夫。周囲では大概の者が食傷を腹におさめ、終わらない巧言に耳を傾けて。
私は一度バルコニーに出て夜空に浮かぶ三日月を眺め、そして庭先に目を向けました。
荘厳な表玄関口の向こうに多くの新聞記者が詰めかけております。それはステュアートと私で呼び掛けておいた者々。
私は踵を返し、そのまま晩餐の場を抜け廊下で辺りを見回しました。ステュアートが到着している頃ですから。
「ステュアート!」
「ルシール様、本日はお招きいただきまして」
相も変わらず身のこなしの美しい彼は、儀礼のキスの後、私を誰の目にも触れない踊り場に連れていきました。
「あなたのための記者陣は十分でしたでしょうか。彼らの、ネタへの期待値も上げておきましたが」
「私の目的はほんのついでですわ。あなたのお披露目の方が大事。嫡男であるあなたのお兄様を穏便に排し、今宵、あなたの悲願であった襲爵とクアーク家の陞爵を世間に発表する。後見役の方も到着していますわね? このために十数年もの間、あなたはブランドンのような無能の大臣にこき使われていたのだもの」
「いいえ。私は襲爵いたしません」
「え?」
思いもよらぬ返事が返ってきました。彼は、私のような一婦女をも利用して、叙爵のため奔走していたというのに。
「どういうこと? 今までのあなたの労苦はなかったことにしますの?」
「こちらへ」
「え……?」
彼が私の手を引いて連れてきた部屋は書斎でした。
「こちらにアリンガム侯をお呼びしております。あなたはカーテンの中に隠れてください」
「え、ええ……」
ここにきて夫と何を話すというのか、私は予想だにしておりませんでした。
間を置かず、のしのしと夫が入室してまいりました。重そうな身体を振るうように机に向かい腰掛けます。
「貴様と私は公の場でけして顔を合わせぬ決まりだ。忘れたのか?」
「話は手短に済ませます。まずはこちらをご覧ください」
一刻も早く酒席に戻りたい夫は、つまらなさそうに彼の持ち込んだ書類に目を通します。
それほど灯の至らぬところでございましたが、私には夫の顔がみるみる青くなるのが見て取れました。
「すべて、あなたによる不正授爵の証拠です」
「貴様ッ……!」
(そろそろ先を定めなくては……)
そんな折りに、彼より提案されたのです。娘を由緒あるジェンクス公爵家のご嫡男に嫁がせるのが最善だと。
「洗練された立ち振る舞いの、物腰柔らかな好青年だと噂の方ですわね」
「仄聞ですが……以前の舞踏会でマドライン様は、かの若君に好感を持たれておられたと」
「まぁ……それは知らなかったわ」
それならば願ってもないお話です。彼が取り成すと約束してくれました。
公爵家に嫁いだ娘が子を産めば、彼女の地位は盤石となる──。あそこの御家なら生まれた子が女児であっても、王家に入ることが確約されます。
私の人生は我が娘という存在のための布石であった。それで構いません、十分に報われます。
すべての懸念を払拭し、これからの私はどこへでも行ける。
ゆえにこの頃から、私は出国を目論んでおりました。
マドラインが16になり、婚約しておりましたブルース・ジェンクス様との挙式も、つつがなく終えました。
(長かったわ、ここまで……)
私にとりましては計画の総仕上げへ、カウントダウンが始まったのでございます。
挙式より季節が一巡した時節に、マドライン懐妊祝いの夜会を我が家で催す運びとなりまして。
私は私の名でステュアートに招待状を送りました。
暮れ時より始まった夜会は毎度のことですが、集う人々の思惑が混ざりあい、煙のこもったようです。
食事の席では、夫とその取り巻きがいつもと変わらぬ話に興じておりました。過去の栄光を称えられ悦に浸る夫。周囲では大概の者が食傷を腹におさめ、終わらない巧言に耳を傾けて。
私は一度バルコニーに出て夜空に浮かぶ三日月を眺め、そして庭先に目を向けました。
荘厳な表玄関口の向こうに多くの新聞記者が詰めかけております。それはステュアートと私で呼び掛けておいた者々。
私は踵を返し、そのまま晩餐の場を抜け廊下で辺りを見回しました。ステュアートが到着している頃ですから。
「ステュアート!」
「ルシール様、本日はお招きいただきまして」
相も変わらず身のこなしの美しい彼は、儀礼のキスの後、私を誰の目にも触れない踊り場に連れていきました。
「あなたのための記者陣は十分でしたでしょうか。彼らの、ネタへの期待値も上げておきましたが」
「私の目的はほんのついでですわ。あなたのお披露目の方が大事。嫡男であるあなたのお兄様を穏便に排し、今宵、あなたの悲願であった襲爵とクアーク家の陞爵を世間に発表する。後見役の方も到着していますわね? このために十数年もの間、あなたはブランドンのような無能の大臣にこき使われていたのだもの」
「いいえ。私は襲爵いたしません」
「え?」
思いもよらぬ返事が返ってきました。彼は、私のような一婦女をも利用して、叙爵のため奔走していたというのに。
「どういうこと? 今までのあなたの労苦はなかったことにしますの?」
「こちらへ」
「え……?」
彼が私の手を引いて連れてきた部屋は書斎でした。
「こちらにアリンガム侯をお呼びしております。あなたはカーテンの中に隠れてください」
「え、ええ……」
ここにきて夫と何を話すというのか、私は予想だにしておりませんでした。
間を置かず、のしのしと夫が入室してまいりました。重そうな身体を振るうように机に向かい腰掛けます。
「貴様と私は公の場でけして顔を合わせぬ決まりだ。忘れたのか?」
「話は手短に済ませます。まずはこちらをご覧ください」
一刻も早く酒席に戻りたい夫は、つまらなさそうに彼の持ち込んだ書類に目を通します。
それほど灯の至らぬところでございましたが、私には夫の顔がみるみる青くなるのが見て取れました。
「すべて、あなたによる不正授爵の証拠です」
「貴様ッ……!」
39
あなたにおすすめの小説
婚約破棄されたので、もうあなたを想うのはやめます
藤原遊
恋愛
王城の舞踏会で、公爵令息から一方的に婚約破棄を告げられた令嬢。
彼の仕事を支えるため領地運営を担ってきたが、婚約者でなくなった以上、その役目を続ける理由はない。
去った先で彼女の能力を正当に評価したのは、軍事を握る王弟辺境伯だった。
想うことをやめた先で、彼女は“対等に必要とされる場所”を手に入れる。
婚約破棄寸前、私に何をお望みですか?
みこと。
恋愛
男爵令嬢マチルダが現れてから、王子ベイジルとセシリアの仲はこじれるばかり。
婚約破棄も時間の問題かと危ぶまれる中、ある日王宮から、公爵家のセシリアに呼び出しがかかる。
なんとベイジルが王家の禁術を用い、過去の自分と精神を入れ替えたという。
(つまり今目の前にいる十八歳の王子の中身は、八歳の、私と仲が良かった頃の殿下?)
ベイジルの真意とは。そしてセシリアとの関係はどうなる?
※他サイトにも掲載しています。
私を捨てた婚約者へ――あなたのおかげで幸せです
有賀冬馬
恋愛
「役立たずは消えろ」
理不尽な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢アンナ。
涙の底で彼女を救ったのは、かつて密かに想いを寄せてくれた完璧すぎる男性――
名門貴族、セシル・グラスフィット。
美しさ、強さ、優しさ、すべてを兼ね備えた彼に愛され、
アンナはようやく本当の幸せを手に入れる。
そんな中、落ちぶれた元婚約者が復縁を迫ってくるけれど――
心優しき令嬢が報われ、誰よりも愛される、ざまぁ&スカッと恋愛ファンタジー
旦那様に「君を愛する気はない」と言い放たれたので、「逃げるのですね?」と言い返したら甘い溺愛が始まりました。
海咲雪
恋愛
結婚式当日、私レシール・リディーアとその夫となるセルト・クルーシアは初めて顔を合わせた。
「君を愛する気はない」
そう旦那様に言い放たれても涙もこぼれなければ、悲しくもなかった。
だからハッキリと私は述べた。たった一文を。
「逃げるのですね?」
誰がどう見ても不敬だが、今は夫と二人きり。
「レシールと向き合って私に何の得がある?」
「可愛い妻がなびくかもしれませんわよ?」
「レシール・リディーア、覚悟していろ」
それは甘い溺愛生活の始まりの言葉。
[登場人物]
レシール・リディーア・・・リディーア公爵家長女。
×
セルト・クルーシア・・・クルーシア公爵家長男。
元婚約者様へ――あなたは泣き叫んでいるようですが、私はとても幸せです。
有賀冬馬
恋愛
侯爵令嬢の私は、婚約者である騎士アラン様との結婚を夢見ていた。
けれど彼は、「平凡な令嬢は団長の妻にふさわしくない」と、私を捨ててより高位の令嬢を選ぶ。
絶望に暮れた私が、旅の道中で出会ったのは、国中から恐れられる魔導王様だった。
「君は決して平凡なんかじゃない」
誰も知らない優しい笑顔で、私を大切に扱ってくれる彼。やがて私たちは夫婦になり、数年後。
政争で窮地に陥ったアラン様が、助けを求めて城にやってくる。
玉座の横で微笑む私を見て愕然とする彼に、魔導王様は冷たく一言。
「我が妃を泣かせた罪、覚悟はあるな」
――ああ、アラン様。あなたに捨てられたおかげで、私はこんなに幸せになりました。心から、どうぞお幸せに。
婚約破棄?から大公様に見初められて~誤解だと今更いっても知りません!~
琴葉悠
恋愛
ストーリャ国の王子エピカ・ストーリャの婚約者ペルラ・ジェンマは彼が大嫌いだった。
自由が欲しい、妃教育はもううんざり、笑顔を取り繕うのも嫌!
しかし周囲が婚約破棄を許してくれない中、ペルラは、エピカが見知らぬ女性と一緒に夜会の別室に入るのを見かけた。
「婚約破棄」の文字が浮かび、別室に飛び込み、エピカをただせば言葉を濁す。
ペルラは思いの丈をぶちまけ、夜会から飛び出すとそこで運命の出会いをする──
身勝手な婚約者のために頑張ることはやめました!
風見ゆうみ
恋愛
ロイロン王国の第二王女だった私、セリスティーナが政略結婚することになったのはワガママな第二王子。
彼には前々から愛する人、フェイアンナ様がいて、仕事もせずに彼女と遊んでばかり。
あまりの酷さに怒りをぶつけた次の日のパーティーで、私は彼とフェイアンナ様に殺された……はずなのに、パーティー当日の朝に戻っていました。
政略結婚ではあるけれど、立場は私の国のほうが立場は強いので、お父様とお母様はいつでも戻って来て良いと言ってくれていました。
どうして、あんな人のために私が死ななくちゃならないの?
そう思った私は、王子を野放しにしている両陛下にパーティー会場で失礼な発言をしても良いという承諾を得てから聞いてみた。
「婚約破棄させていただこうと思います」
私の発言に、騒がしかったパーティー会場は一瞬にして静まり返った。
貴方に私は相応しくない【完結】
迷い人
恋愛
私との将来を求める公爵令息エドウィン・フォスター。
彼は初恋の人で学園入学をきっかけに再会を果たした。
天使のような無邪気な笑みで愛を語り。
彼は私の心を踏みにじる。
私は貴方の都合の良い子にはなれません。
私は貴方に相応しい女にはなれません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる