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第1章:ジャストール編

第6話:幸せ家族

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「あの子が私を治療したというのは、本当なのですか?」
「ああ、魔力譲渡も治療魔法もルークによるものだ」

 数日後、完全に母キャロラインの容態が安定し、ジャストール家に平穏な日々が戻ってきた。
 ルークの弟と妹であるヘンリーとサリアを寝かしつけ、両親が寝室で声を潜めて会話をする。
 内容は、ルークが行った施術について。

「生まれたときのことは、純粋に胎児の間に母親に放出されるべき魔力が溜まり続けて暴発したのだろうという結論だったが……」
「やはり、あの子自身が」
「うむ、間違いではなかった。赤子にして、すでに自身の魔力を操作する術を身に着けておったようだ」

 父ゴートは、自分で言っておきながら思わず身震いをする。
 下手したら屋敷ごと吹き飛ぶかと思われるほどの魔力の奔流。
 いかに、母の胎内にあろうとも外からわかるであろう程の、巨大な魔力だった。
 産まれるそのときまでその魔力が外から感知できなかったということは、あくまで常識の範囲での魔力量だったということになる。
 それが、生まれた直後からありえない速度での膨張を始めたのだ。
 本人の資質以外のなにものでもない。
 そして熱暴走をはじめ、爆発する直前までに熱量が上がった直後に停止……急速な収縮。

 宮廷魔術師でも尻込みしてしまうだろう、たわけたレベルの魔力。
 それを赤子が抑えるという事実。
 おとぎ話にすら劣る事実に家中のものと話し合い、半ば強引にキャロラインの体内で魔力溜まりが発生していたのではないかということで落ち着いていた。
 もちろん、それこそ外部からも事前の検診等などで分かることなので、本当に誤魔化すという意味で。
 全員が勘違いだと思いたいという願望、ことゴートによる強い希望と半ば恫喝に近い上司命令で、そう結論づけた。

 ここにきてそれが誤りで、当時事実としてありえないと思われていたことが事実だったことに背筋に冷たいものが流れる。

「あの子には、早急に魔法の師を付けた方がよいかもしれぬの」
「魔法教育は学校に通い始めてからというのが、常識なのですが。未成熟の状態で魔法などを覚えるとそれこそ事故につながるのでは?」
「知らずにまた暴発させられても困る。せめて最低限のことは早急に身に着けさせるべきだろう……それにすでにアルトも教育は受けている」
「あの子は、主に座学でしょう。最近になってようやく、生活魔法の発動の事前準備の段階ですよね?」
「ルークはすでに魔法が使えるんだ。放置する方が拙いだろう」

 父ゴートの言葉に、母キャロラインは真剣な表情でしばし悩んだのちに、仕方なく首を縦に振った。

 その後、執事長やメイド長、私兵団の団長、副団長にも相談し、領内の魔法部隊の隊長がその担当となることが決まった。
 わずか7歳で、専属の魔法教師がつくというのは、この国の王族でも行われないほどの稀有なことであった。
 まさに、異例中の異例だ。
 外に漏れるのを防ぐために、家中で信頼のおけるものに任せるのは当然のことであった。

***
「にいたま」
「おにいたま!」

 母が生死の狭間をさまよってまで産んだ2人の子供は、スクスクと育っている。
 うん、立派になったな。
 あれから2年、俺の周りではいろいろな変化があった。
 まず、兄であるアルトが辺境伯領にある、高等学園に通うことになった。
 もちろん、領内にも学校はあるし、王都にもある。
 当の辺境伯の子息たちですら、王都の学校に通っているのだが。
 兄は近いからという理由で、最初は領内の学校に通おうとしていたらしい。

 俺や、双子の弟たちと離れるのが嫌だったらしい。
 本当にいい兄だ。
 いまも3日しかない休日に、ジャストール領の我が家にまで帰ってきた。
 いくら隣の領地といえども、馬車で半日は掛かる距離だ。
 俺たちに会いたいがために。
 家族思いのいい兄に育ってくれたことは、素直にうれしくもある。

「サリア! ヘンリー! 大きくなったな!」

 先月もあったばかりだというのに、嬉しそうに兄が2人を抱き上げる。
 13歳とはいえ、片手にそれぞれ2歳児を抱き上げるほどにアルトは鍛えこまれた体躯をもっている。
 うん、ちょっとどうなのとも思えなくもないが。
 2人同時に抱き上げるために鍛えたといわれたら、何も言えないな。

「お帰りなさいませ兄上」
「うむ、戻ったぞ! お前も抱えてやろうか?」
「お気持ちだけ、ありがたくいただきます」
「遠慮するな」

 いや、遠慮とかじゃなくてだな。
 そもそも両手に幼子を抱きかかえた状態では、どうにもならんだろう。

「サリア、ヘンリー、ルークお兄ちゃんは優しいか?」
「うん!」
「いつもあそんでくえる!」
 
 2人の言葉に、アルトが笑みを浮かべている。

「私も一緒に遊びたかったぞ」

 無茶を言う。
 学園に通っているのだから仕方ないだろう。

「久しぶりに、あとで手合わせでもするか?」
「そういって、先月もしましたよね?」
「男子三日会わざるばというだろう。お前がどれほど成長したか見てやろう」
「それよりも、学園でどのような授業をしているのかお聞かせ願いたいのですが?」
「ああ、手合わせのあとでな」

 そこは譲る気がないらしい。
 仕方なし屋敷に入って荷物を置いて、父と母に帰宅の挨拶をした兄と中庭に立つ。
 ヘンリーとサリアは、いまはメイドたちが見ている。

「どうだ? 魔法の訓練の方は順調か?」
「ええ……まあ」

 順調すぎるというか。
 魔法に関していえば、すでにこの屋敷で俺の右に出るものはいないというか。

「その顔は、嘘だな。躓いているようにも見えんが」

 アルトが打ち下ろしてきた剣を、横に構えた剣で受け止める。
 手がしびれる。
 相変わらずの馬鹿力だ。

「順調という言葉に嘘はないですが……いささか、順調すぎるというか」
「増上慢……というわけでもないか。本気でそう思ってる節はあるが、お前がそう思うならそうなのだろう」

 今度はこちらが打ち込む。
 片手で簡単に弾かれる。
 9歳と13歳……まあ、このくらいの力の差は当然なのかな?

「なんだかつまらなさそうだな。魔法の真理でも掴んだか?」
「……」
「流石は、わが弟だな」

 横なぎに払われた剣を、斜めに受けて流そうとして押し込まれる。
 斜めにぶつけた剣が、がっつりそこまで嚙み合うのもおかしな状況だ。

 魔法の真理か……
 真理を掴んだというか、俺が真理というか……
 邪神の教え方が良かったというか、悪かったというか。
 人の使う魔法形態とはちょっと違った魔法が得意になっていた。

 それからしばらく打ち合ったあとで、軽く試合をやってから屋敷に戻る。
 今度はヘンリーとサリアと遊ぶらしい。
 俺も誘われたが、疲れたので少し休ませてもらうことにした。
 久々に、下の弟と妹に会えたんだ。
 貴重な時間を邪魔しても悪いしな。

 汗を流して着替えてから自室に入り、ベッドに腰掛ける。

「アルト強すぎじゃないか?」

 4歳という年齢差を考えても、それ以上の力量差を感じた。
 訓練次第では4年で俺もあそこまでいけるのかな?

「まあ、あれには我らの兄が加護を授けたからな」

 邪神が当然のように部屋に現れる。
 基本こいつら、いつもそばにいるよな。
 時の女神も一緒に部屋に現れたが、暇なのかなこの人たちは。

「兄は無愛想で気難しくて顔怖いけど、本当は優しい」

 時の女神が言っている彼らの兄は、戦神でもあり力を司る神であるらしい。
 姿はみたことがない。

「アルトがあなたとの才能の差を思い悩んで、悪い方向に進まないように力を授けたといってた」

 そうですか、それはどうも。

「感謝するといい、私と弟とルークのために兄が頑張った」
「ありがとうございます」
「むう、軽い」

 そんなこと言われてもな。
 まあでも、アルトが強いのはいいことだ。
 俺も同世代と比べると、身体能力もずば抜けてるどころじゃなかったからな。
 魔法に関しては完全に俺の方が上だしな。

 邪神は全属性の攻撃魔法特化らしく、加護をもらったらそれらの特性を引き継げるとか。
 固有魔法は破壊系と、消滅系だった。
 やろうかと言われたので、断っておいた。
 いつでもくれるらしいし、いまもらって事故とか起こしてもいやだしな。

 時の女神の方は、固有魔法系列の時空魔法と光と闇魔法特化とのこと。
 回復魔法もかなりのものと。
 こちらの加護はありがたくもらっておく。
 時空魔法って、便利なのが多いから。

 そういえば、全然光の女神からの接触とかがないから不思議に思っていたら、2人というか戦神含めて3人が完全にシャットアウトしているらしい。

「たかが、属性神ごときが我ら事象神のはった結界に手を出せるわけないでしょ」

 とは時の女神の言葉。
 属性神は各世界に1柱が割り当てられる中級神とのこと。
 火水地風闇光の6属性とのこと。
 他の特殊な属性は、事象を司る神やちょっと変わった担当をもつ下級神が担当しているらしい。
 上級神は複数の世界を担当するらしいが、ただすべての世界を見ているわけではないとのこと。
 だから、破壊と終焉の神は他にもいるらしい。
 また神の中での役割を持った神も、上級神や中級神だったりの区別はあると。
 複数担当する神は基本的に上級神しらしい。

 慈愛と豊穣の神。
 戦と力の神。
 戦と知恵の神。
 などなど。

 事象神はいろいろとあるけど、ほぼ上級神。
 創造を司る神や、時空神なんかは最高神に分類されるらしい。
 うん、あの残念少女は最高神の1柱なのか。

 ちなみに俺の将来の神としての役割は、変化とのこと。
 進化を含めて、物事や時の移り変わりなど変化に関する事象を担当する予定だったと。
 これが、俺の魔法が特殊な理由。

 俺の使う魔法は、直接魔力を変化させることで発生させている。
 呪文と術式、明確なイメージや魔力変換、魔力操作を一切必要としない。
 いや、厳密にいうと魔力操作くらいは必要だけど、これすら息をするようにできるレベル。
 どういうことかというと……

「いま、ベックに聞いたが、お前全属性の魔法を使えるうえに、ベックの使える魔法全部覚えたって本当か?」

 兄が血相を変えて飛び込んでくるレベル。
 そうだ、本来であればうちの魔法部隊の隊長であるベックは、俺に魔法の危険性と過去に起こった事故の事例を教える役割だった。
 その中で緻密な魔法操作や魔法技術を教え、まずは簡単な生活魔法から入って、丁寧な魔力の扱いを行えるようにするための教師として抜擢されたはずだったのだが。
 なぜか、魔法を片っ端からたたき込まれた。
 
「すごいじゃないか! 流石は我が弟だな!」

 ちょっと言ってる意味が分からない。
 アルトは力に能力全振りしたんじゃないかってくらい、放出系の魔法が苦手だったよね?
 流石我が弟の意味が……
 そういうのは、魔術師としての才能があってこその言葉。

「兄も鼻が高いぞ」
「兄上、私はもうそんな歳では「構わんではないか! 弟の成長を確かめているのだよ」

 兄に抱きかかえられて、振り回された。
 やっぱり、力が振り切れてるなー。
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