婚約者を妹に奪われて政略結婚しましたが、なぜか溺愛されているようです。

夏目みや

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1巻

1-1

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 プロローグ


 パイプオルガンが鳴り響く建物内に、ステンドグラスから光が差し込む。
 高いところにある天井には、天使が描かれていた。
 私の隣にいるのは、高身長で引きしまった体つきの男性。その唇はきつく結ばれている。
 漆黒の髪に、高い鼻筋とやや鋭い目つき。横からでも整っているとわかる顔立ちだ。
 自分が当事者としてこの場にいるなんて、いまだにどこか現実味がない。
 夢でも見ているんじゃないのかしら。
 緊張でがちがちに体を硬くしながら考え込んでいると、目の前で神の像に祈りを捧げていた神父が振り返る。

「ではお二人は愛を誓いますか?」

 神父の問いかけに、引きつった微笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。

『いえ、私たちには誓う愛はございません。政略結婚ですから』

 なんて言えやしない雰囲気。視線を感じ顔を向けると、その先には彼がいた。
 そう、この人は私と結婚する。
 彼は美麗な顔に、はにかむような笑みを浮かべた。

「――誓います」

 低く、決意が込められたような力強い声が響く。
 はっきりと返事をした彼は私に向かって、優しく微笑む。
 思わずドキッとし――すぐに唇をギュッと噛みしめた。
 信じちゃダメよ、きっと彼だってこれは政略結婚だと割り切っているはず。

「新婦は誓いますか?」

 神父から再度質問され、ハッと我に返る。新婦って私のことだわ、そうだった。

「……誓います」

 どこか投げやりな響きになってしまったが、これでも感情を抑えて返答したつもり。

「では誓いの口づけを」

 神父の言葉に軽くショックを受けた。覚悟はしていたけれど、あまりよく知らない相手と口づけをするなんて……
 手が伸びてきて、ベールを持ち上げられ、視界が開けた。
 微笑む彼はすごくすごく幸せそうに見えた。
 あなた、演技がお上手ね。私に教えて欲しいぐらい。どうやったらこの場でそんなに幸せそうに振る舞えるの?
 彼の右手が私の頬に添えられた。彼の手がわずかに震えているのに気づく。
 もしかして緊張しているの?
 まさかね……
 うるんだ瞳が徐々に近づいてきたと思ったら、唇に柔らかな感触があった。ほんの軽く、一瞬だけの触れ合いだったが体温を感じ、顔が火照ほてる。
 ゆっくり彼が離れると、周囲から拍手がき起こった。彼も嬉しそうに目を細め、私を見ている。
 ほら、これで満足かしら? ついに貴族社会の仲間入りができたって。
 盛大な拍手どころかこの結婚式でさえ、どこか他人事のように思えた。



 第一章 これは政略結婚


 私、ルシナ・アルベールは由緒正しい伯爵家の長女として生まれて、もうじき二十年。
 ただし我が家は貴族といえども名ばかり。父に商才はなく、そのくせしょっちゅう新しい事業に手を出しては失敗し、そのたびに負債は膨らんでいった。お人好しでだまされやすい父は、詐欺師にとって、格好のターゲットだったのだろう。そんなわけで、我が家の経済事情は非常に苦しかった。
 かといって父は考えを改めることはなかった。むしろ――

「今度の事業は絶対成功する!! 私はこれに賭けている!! 逆境にこそチャンスがあるのだ!!」

 目を輝かせて力説するが、その台詞せりふ、毎回聞いている。無駄にポジティブで困ったものだ。
 少しは学習しましょうよ、お父様。
 ――だが、何度説き伏せても、たしなめても、時には涙を見せても、父は止まることを知らなかった。

「いいじゃない、お姉様ってば、お父様のこと、もっと信頼したほうがいいわ」
「おお、マリアンヌ!! お前はよくわかっている!!」

 なんとか思いとどまらせようと言葉を尽くしているのに、妹のマリアンヌが無責任な発言をするので、父はまた調子に乗る。

「お父様、新しい事業を始めるお祝いとして、ドレスを買って?」
「そうだな、新調して気分を変えていこう!!」

 我が家の経済状況を知っているくせに、どこか他人事のマリアンヌに頭が痛くなる。

「我が家にそんな余裕はないのよ。それにあなた、先月もドレスを新調したばかりじゃない」
「嫌ね、お姉様ったら。流行についていけなくなったらおしまいよ? それに自分を磨いていれば、いつか見初みそめられるかもしれないじゃない? 公爵様とか、うんとお金持ちの方に!!」

 夢見がちなマリアンヌは目を輝かせて語る。
 確かに妹は、姉の私から見ても、人目をく可愛らしい容姿をしている。ふわふわで触り心地のいい金の髪に、新緑色の大きな瞳。彼女が微笑むと、パッと周囲が華やぐ。私たち姉妹は母親が違うのであまり似ていない。実母は私が一歳を迎える前に流行はややまいで亡くなった。
 お父様ゆずりの新緑色の瞳は同じだけど、私は茶色でストレートの髪だ。妹に比べたらどうしても地味に見える。

「本当にルシナは頭が固すぎるわ。いつもお金の話ばかり」
「そうだぞ、由緒正しきアルベール家の長女として、もっとドンと構えていなさい」

 義母も父と一緒になって私を非難する。こうなったらたちが悪い。私の話には、ちっとも耳を傾けないからだ。
 ドンと構えていたところで借金は減らないでしょうに。
 楽天家の家族は財産を食いつぶすだけ。このままでは我が家は没落してしまう。
 いえ、すでに没落寸前なのよ!!

「とにかく、お金がないの。屋敷に仕えてくれている使用人全員に解雇を言い渡すようなことはしたくないでしょう?」

 軽く脅しをかけてみる。つい先月、賃金が払えそうになかったので、料理人を解雇したばかり。仕方がないので私が料理をするようになったが、家族からは文句の嵐だった。やれ肉が食べたいだの、品数が少ないだの。誰のせいで質素な食卓になっているのか、考えもしないのだ。

「それは困るわね……」
「でしょう?」

 マリアンヌの顔がくもった。良かった、少しは響いたようだ。彼女の中にあるであろう、わずかな情にかけてみて正解だった。

「使用人がいなくなったら、私の世話は誰がするの?」

 そっちの心配!?
 まさかと思ったが、そう来たか。がっくりと肩を落とす。

「心配するな、マリアンヌ。そうなったら新しい使用人を雇えばいいだけだ」

 父もまた、的外れなことを言う。ズレているのはカツラだけにして欲しい。
 父の能天気な笑い声が、私の神経を逆なでする。

「そうね、最悪、私の世話はお姉様がしてもいいしね」

 妹は私を使用人と勘違いしているのだろうか。
 父が始めた新しい事業もかんばしくなく、さらに負債が増えるかもしれない。
 アルベール家の没落の足音が、そこまで近づいてきている。
 遠くない未来、破滅を迎えるだろう。
 そして私は今日もまた心配で胃がキリキリするのだった。


 数日後、私は父の書斎に呼び出された。

「お呼びでしょうか? お父様」

 ノックをして扉を開けると、ソファに座っていた妹が振り返った。
 あら、マリアンヌも呼ばれていたのね。
 父の隣には義母もいる。

「ルシナ!! よく来てくれたな。待っていたぞ」

 上機嫌に手を広げ、大げさに喜ぶ父の姿に眉をひそめた。

「それでお父様、お話とはなんですか?」
「まずは座ってくれ」

 父の向かい、マリアンヌの隣にそっと腰かけた。父はテーブルにすっと一通の封書を滑らせる。

「実は我が家に縁談が来た」

 驚きで目を見開く。事業で失敗続き、借金まみれのアルベール家に? まともな神経の持ち主なら、そんな申し出をするわけがない。
 つまり、この縁談には裏がある――
 父は喜んでいるようだが、そううまい話が転がっているわけがない。

「えっ? それは私に? お相手は公爵家? それとも侯爵家? どこで見初みそめられたのかしら」

 マリアンヌは一人で舞い上がっている。どこをどう間違ったら、そんな格上から縁談が来ると思えるのだろう。客観視できなすぎて、この子の将来が不安だ。

「まあ、待ちなさい、マリアンヌ。今、説明をするから」

 父はゴホンと咳払いをし、私とマリアンヌの顔を交互に見つめる。

「最近、貿易事業で新たな航路を開拓したり、次々と新しい店を立ち上げたりしている人物がいる。手広く事業をおこない、貴族社会にもその名が広まってきている」
「まあ、素敵!! どこの家門の方!?」
「それは……」

 前のめりになる義母だったが、ここにきて父はサッと顔を逸らす。
 そのまま無言になり、目をさまよわせた。さすがに様子がおかしい。
 変なところで勘のいい義母は、気づいたようだ。

「……まさか相手は平民とか、言いませんわよね?」

 それを聞いたマリアンヌは険しい形相に変わり、一気にまくし立てた。

「絶対に嫌よ!! 私がなぜ平民と!! アルベール家の誇りを捨てろというのですか!?」
「それはあんまりですわ!! 可愛い娘を平民に嫁がせるだなんて!!」

 義母はマリアンヌをかばうようにガバッと抱きしめた。
 ポロポロと涙を流し始めたマリアンヌを、私は冷めた目で見ていた。
 誇りとか言って、笑わせてくれる。要は、私たちはそのプライドを捨てなければいけないところまできているのだ。
 つまり、アルベール家の資金は底をついた――そういうことだ。
 取り乱すマリアンヌと、それを抱きしめてなぐさめる義母。大仰な様子にため息が出た。

「お二人とも、まだ話は終わっていないわ。お父様、続きをお願い」
「おっ、おお、そうだな」

 マリアンヌが恨みがましい目を向けてくるが、気にしていられない。
 父の話によると、相手は事業を手広くやっているらしいが、身分は高くない。
 そんな相手が我が家に縁談を持ってくる理由は、ただ一つ。
 そう、アルベール家の娘と縁を結ぶことで、貴族の仲間入りをしたい、お金の次は身分が欲しくなった、ということだろう。

「それでお相手はなにを望んでおられますの?」
「察しが良くて助かるよ、ルシナ」

 ゴホンと咳ばらいをした父は顔を上げた。

「先方はルシナとの婚約を望んでいる」

 薄々覚悟はしていたが、改めて父の口から聞かされると衝撃だった。
 それになぜ私なの? 社交界で人気があるのは華やかなマリアンヌのほうでしょうに。

「やっぱり、結婚するならお姉様が先よね!! 私じゃなくて良かった」

 マリアンヌはコロッと態度を変える。

「ああ、安心したわ」

 義母もあからさまに胸をなでおろしている。

「それでお相手はいくつの方? まさかお父様より年上だったりして~」

 自分じゃないとわかった途端、冷やかすような物言いをするマリアンヌは本当に意地が悪い。

「でも、ちょうど良かったんじゃない? お姉様は婚約が破談になったばかりですもの。傷物のお姉様と婚約したいだなんて、相手に感謝しないとね」

 さすがにこの言葉は聞き捨てならない。
 だいたい婚約が破談になったのはあなたのせいでもあるでしょう?

「あなた――」
「マリアンヌ、少し黙っていなさい!!」

 反論しかけた時、珍しく父が声を荒らげた。マリアンヌは頬を膨らませ、押し黙る。

「ルシナと話があるから、二人は少し外に出ていなさい」

 父が追い払うと、二人は渋々ながらも退室した。ようやく静かに話ができる。

「それでこの縁談の条件はなんですの? アルベール家の借金を肩代わり、でしょうか」
「察しが良くてありがたいよ、ルシナ。そうだ、この縁談を受ければ、アルベール家は金策に走らなくて済むのだ」

 やはりお金か。

「それにこの話を持ってきた時にも、縁談の支度金としてお金を包んでくださったのだよ」
「それはどこにありますの?」
「いや、ちょうど借金取りが来たから、利息分として払った。これで当分は借金取りに怯える必要もない」

 なんてことを……!!
 胸を張る父に、頭が痛くなった。
 困窮こんきゅうしている家にお金を包んできたら手をつけるに決まっている。相手はそれを見越していたのだろう。
 そう、縁談を断ることなどできないよう、根回ししたのだ。
 なんとも頭の回る相手だ。どうあっても結婚し、貴族社会に進出したいようだ。

「お金のない我が家とぴったりのお相手ですわね」

 皮肉を込めて言うと、父は困った顔を見せた。

「いや、ルシナが乗り気でないと言うのなら、断ってもいいのだが……」

 ごにょごにょと父は言葉を濁す。本心ではそう思っていないくせに。
 没落か政略結婚か。二つに一つ。
 しばらく沈黙が続いたが、それを先に破ったのは私だった。

「……わかりました」
「承諾してくれるのか!?」

 父の顔が目に見えてパッと明るくなる。この返答を期待していたのでしょう?

「その代わり、条件があります!」

 立ち上がり、ビシッと指を突きつけた。

「もう新規の事業に手を出さないでください!! 成功したことがないのですから!!」

 ここまで借金を重ねたのも、父の考えなしの事業計画のせいだ。

「あともう一つ!!」

 ここぞとばかりに声を張り上げた。

「マリアンヌをあまり甘やかさないでください」
「ああ、わかったよ」

 そう父はうなずくが、いつも口だけだ。

「あの子に少し厳しめの家庭教師をつけてあげてください」

 以前、家庭教師をつけていたが、マリアンヌは少し注意されるだけで不貞腐ふてくされてしまう。しまいには仮病を使って授業を欠席することが続いたので、家庭教師もさじを投げたのだ。

「それで相手のことなのだが……」

 父がおずおずと口を開く。
 お相手はやり手の事業家だそうだが、父も直接会ったことはなく、父の友人のサウル家が仲介して今回の話を持ってきたらしい。

「最初からお金を包んでくるなんて、よほど我が家の事情に詳しいみたいですね」
「どんな方かはわからないが、やり手の事業家というならきっと素晴らしい方だろう」

 父は会ってもいない相手をめるが、だったらお父様が彼に弟子入りして事業について詳しく教えてもらえばいい。
 皮肉が喉まで出かかったが、呑み込んだ。

「三日後に顔合わせだ。お相手から迎えが来る。準備しておくように」
「わかりました」

 なんだか実感がわかない。私は深くため息をつき、書斎から出た。


 自室に戻ろうとしたところで、義母と妹が姿を現す。わざわざ父と話し終えるのを待っていたようだ。ご苦労なことだ。

「それでお姉様、どうだった? お相手はどんな人!?」

 興味津々しんしんでマリアンヌが駆け寄ってくる。

「よくわからないけれど、三日後に会ってくるわ」
「じゃあ、どんな方かちっともわからないというの?」
「ええ、そういうことになるわね」
「まあ」

 マリアンヌは口に手を当て、コロコロと笑う。

「ブクブクに太った、ギトギトにあぶらの乗った方かもしれないわね。お年を召しているかもしれないし、髪も薄いかも!!」

 妹は完全に面白がっている。本当に、いい性格をしている。

「ルシナ、申し分ない縁談じゃない。くれぐれも粗相のないように!! 話をうまくまとめてくるのよ。相手の気が変わらないうちに」

 義母が私の両肩をガシッとつかみ、圧をかけてくる。

「でも、まだお会いしたこともないのに……」
「いいからさっさと決めてくるのよ! お金持ちなのは間違いないのだから」

 言いたいことだけ言うと、義母はきびすを返した。
 義母はお金に目がくらみ、妹は面白がっている。私を心配してくれる人は誰もいない。

「うふふ。お姉様、うまくいくといいわね。ベンみたいなことにならないといいけど」

 私の耳がピクリと動いたのを、マリアンヌは見逃さなかったようだ。

「あら、ごめんなさいね。私は彼のことなんて、どうでも良かったのだけど。彼がお姉様よりも私のことが好きだと言うのだから、仕方がないじゃない」

 クスクスと笑うマリアンヌは、意地の悪い眼差しでこちらを見る。私の反応を探っているのだろう。

「そうね、その件はもう終わったことだわ」

 肩をすくめ、にっこりと微笑んでみせる。
 大丈夫、私は傷ついてなどいない。そう自分に言い聞かせた。

「さぁ、私もお会いする準備をしなくちゃね」

 まだなにか言いたげなマリアンヌにそう告げ、自室に戻った。


 パタンと自室の扉を閉め、そのままフラフラとソファに向かって、ドサッと身を投げ出した。

「結婚……かぁ」

 実感がわかず、クッションを抱きかかえ、天井を見上げる。
 ボーッとしていると扉がノックされた。いったい誰だろう。

「はい、どうぞ」

 返事をすると、扉から赤毛を一つにまとめてお団子にしたメイドが顔を出した。

「お嬢様、結婚なさるのですか!?」

 開口一番に質問してくるメイド――シルビアは私専属のメイドだ。同い年だけど、しっかり者で、頼れる存在。

「あら、もう聞いたの? 耳が早いわね」
「先ほどマリアンヌお嬢様と奥様が話していらしたのを、小耳に挟んだのです。それよりも、本当なのですか?」

 シルビアが真剣な顔で詰め寄ってくる。

「うーん、多分、そうなると思うわ」
「どうして他人事みたいな言い方なのですか!?」

 シルビアに指摘され、苦笑する。

「だってついさっき言われたばかりだし、実感がわかないのよね」

 いまいちピンとこない――それが本音だった。

「それでお嬢様、相手はどんな方なのですか?」
「それが――」

 先ほどの父との会話を思い出す。

「なんでもいくつもの事業をしている方だとか……」
「お名前は? 年齢はおいくつなのですか?」

 質問され、ハッと気づく。

「あっ……聞くのを忘れた。どちらもわからないわ」

 シルビアはがっくりと肩を落とす。

「しっかりしてください、お嬢様!! ちゃんと幸せにしてくださる方なのですか?」
「それもよくわからないのよね」

 苦笑いで告げると、シルビアがため息をつく。しまった、心配させてしまった。

「で、でもお金持ちなのは確かみたいよ。この家の借金を払ってくださるのだから」

 だから当面の間はシルビアのお給金の支払いは大丈夫だと告げる。

「私はお嬢様が心配です。慣れないお屋敷でうまくやっていけるのでしょうか」
「そうね、まぁ、なんとかなる……と思うしかないわ」

 シルビアは不安に顔をくもらせた。

「でね、もし良ければだけど……」

 口にするのは勇気がいる。私は手をモジモジとさせた。

「この縁談がまとまったら、シルビアもついてきてくれたら嬉しいかな、って」
「よろしいのですか!?」

 シルビアの顔がパッと輝く。

「ええ、あなたさえ良ければ、一緒に来て欲しい。まあ、相手方にも了承を得なければならないけれど……」
「行きます、行きます!!」

 シルビアの返答を聞き、ホッとする。

「お嬢様のいないアルベール家は、泥船みたいなものですから」

 はっきりと口にした彼女に笑ってしまう。
 正直、借金がなくなっても、根本的な問題が残っている。家族がいる限り、いつまたなにをやらかし、使用人たちにいとまを出すかわからないからだ。せめて長年仕えてくれたシルビアだけでも連れていきたい。そのほうが安心だし、なによりも心強い。

「縁談のお相手と三日後にお会いすることになったのよ」

 クッションを胸に抱き、膝を抱えた。

「きっと素敵な方ですよ」

 シルビアの言葉に苦笑する。そうだといいのだけれど。

「でもマリアンヌにはあぶらギッシュで頭髪が薄い方かもしれないわね、って言われたわ。お父様より年上かもしれないし」
「マリアンヌお嬢様は、本当に意地悪ですね」

 私の代わりにプンプンと怒ってくれるシルビア。そんな彼女が大好きだ。

「あと、またベンみたいにならないといいわね、って」

 彼の名を出すと、シルビアの眉がピクリと動く。
 ベン・ボンド。
 伯爵家の長男で父親同士が友人、そして私の二つ上の幼なじみでもある。背が高く細身で、知的な印象を与える男性だ。年齢が近かったことから『ベンとルシナを将来結婚させよう』と親同士が盛り上がり、婚約した。
 彼となら愛をはぐくみ、穏やかな生活を送れる気がしていた。

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