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1巻
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「すごいですよ、これすべてお嬢様への贈り物だそうです」
一つ一つ美しく包装された贈り物が山になっていた。大小ある包みの中にはなにが入っているのだろう。
「差出人はどなた?」
「グレン・フォルカー様です」
いきなり送り付けられた大量の贈り物。正直、嬉しいというより困惑して立ち尽くした。
「お嬢様、開けてみますか?」
「そうね、お願いするわ」
ウキウキしているシルビアは早速開封に取りかかる。
「まあ、こちらは素敵なドレスですわ。それも何着も!」
美しいトレーンが印象的だったり、色合いが上品だったりと、さまざまなデザインが揃っている。
「こちらは帽子です。なんて優雅なデザインなのでしょうか」
シルビアははしゃぎながら開封を続ける。
「素晴らしい輝きのネックレスと髪飾りですわ」
シルビアが見せた装飾品はまぶしいぐらい輝いていた。
これは宝石というものでは……
そのあとも装飾品が多数出てきて、目まいがした。
「高価なものばかり……」
昨日の今日で贈り物攻撃……顔合わせで着用していたドレスが古いと気づかれたのだろうか。
「もしかして、私、あまりにも貧乏くさい格好をしていたから、憐れまれたのかしら?」
「そんなわけないですよ!!」
シルビアがクワッと口を大きく開け、反論する。
「これだけの贈り物、一日で用意できるとは思いません。きっとお嬢様のために、前から準備していたのではないでしょうか?」
確かにシルビアの言うとおり一日で準備できるものではない。だけど前から準備していたようにも思えない。
「それにドレスはお嬢様のサイズにピッタリだと思います。ということは、前々からお嬢様を知っていて、計画していたのではないですか?」
でも私は彼と、初対面だったと思うの。
その時脳裏に、深い青い瞳をこちらにじっと向けているグレンの姿が浮かんだ。
なにか言いたいことをこらえているような、そんな眼差し。
「えっ、なにこれ!!」
マリアンヌの大きな声で我に返った。
「すごい、ドレスに靴、それに宝石まで……」
マリアンヌはキョロキョロと部屋を見回し、イヤリングの一つを手に取った。
「これすごく素敵ね。私に似合いそう!」
イヤリングを耳元に持っていき、鏡に映して確認している。
「お姉様、いったいこれどうしたの? お父様にねだって買ってもらったの?」
そんなことはしません。あなたと一緒にしないでちょうだい。
「すべて婚約者からの贈り物よ」
「えっ!? これを全部?」
マリアンヌはあんぐりと口を開けた。やがてプクッと頬を脹らませる。
「ずるいわ、お姉様ばっかり!! それに相手がこんなお金持ちだなんて聞いてないし!!」
確かに想像以上の贈り物だった。加えて広大な土地に立つ、あの立派な屋敷を思い出す。
私たちが思うよりずっと資産家なのかもしれない。
「ねえ、お姉様。半分私にちょうだい。いいでしょう」
マリアンヌがすり寄ってくるが、首を縦には振れなかった。
「人からの贈り物を簡単に譲ってはいけないわ。まだお礼を言ってもいないのよ」
たしなめるとマリアンヌの顔が憤怒に染まる。
「こんなにたくさんあったら、少しぐらいわけたって、気づくわけないじゃない!」
「でも、贈ったものを勝手に譲られては、気分は良くないでしょう」
私もここは断固として譲らない。
「そんなこと言って、独り占めしたいだけなんでしょ!! 本当、ケチで意地悪ね!!」
マリアンヌは手にしていたイヤリングを、投げつけるようにして元の位置に戻した。
「あーあ、本当に気分が悪い。お金を持っているからといって使い方が下品ね。普通、家族にも気を遣うものでしょうに。そこまで頭が回らないなんて残念な人なのね!!」
捨て台詞を吐き、プリプリと怒りながら退室したマリアンヌにホッとする。
「お礼状を書かないとね。シルビア、ここを片付けたら用意してもらえる?」
「はい、承知いたしました。ここは私が片付けますので、お嬢様は部屋にお戻りください」
「ありがとう」
さてお礼状にはなんて書こうかしら?
自室に戻り、便箋を前に頭を悩ませる。
彼はなぜ前触れもなく大量の贈り物を届けてきたのだろう。
私の姿がそんなに恥ずかしかったのかしら?
どうやってお礼を伝えようかと考えたけれど、月並みな言葉しか出てこない。
贈り物に驚いたこと、だけどとても嬉しかったことを書き記した。最後に必ず、今後はお気遣い不要だと伝えなければいけない。
まあ、次があると期待しているわけじゃないけど、贈り物の額が額だし。なにより、質素に暮らしていた身としては、どうしても相手の懐事情が気になってしまう。無理しているんじゃないのかしら? って。
だからこそ、今回で贈り物はもう十分です、ありがとうございましたと、お礼状に記した。
そして二日後、シルビアがまたすっ飛んできた。
「お嬢様~!! 贈り物です!」
「えっ、また!?」
だが前回と違ったのは、贈り物が一つだけだったこと。
シルビアが手にしているその箱を、開けるように指示する。
「うわぁ、とっても素敵ですわ」
出てきたのは、生地の肌触りからも高級品だとわかる青いドレス。肩口のコサージュが目を惹く、美しいデザインだ。
でも先日もたくさんいただいたばかりだっていうのに。
箱の中に入っていた手紙に目を通す。
「どうしよう、シルビア」
「どうなさいました?」
「来週、友人が舞踏会を開催するから、一緒に出席して欲しいって。そのためのドレスだって」
「では、来週は磨き上げましょうね!!」
シルビアは腕まくりをした。
……ということは来週、彼に会えるのね。
会ったら贈り物のお礼を直接言おう。
来週、会えると思ったら心臓がドキドキしてきた。どうしてだろう?
「お嬢様、少し顔が赤いですけど?」
「き、気のせいよ!!」
シルビアに指摘され、慌ててごまかす。
「ちょっと、お姉様!! また贈り物が届いたって……!!」
扉が勢いよく開くと同時にマリアンヌが顔を出した。
「マリアンヌ、いくらなんでもノックぐらいしなさい」
軽くたしなめるが、聞いていない。それどころかシルビアが手にしていたドレスに目を釘付けにし、プルプルと震えながら指さした。
「そっ、それ……!! 今話題のマダム・シャーリーがデザインしたドレスじゃない!! いったい、どういうこと!? 半年先まで予約が埋まっているのというのに!!」
えっ、そうだったの?
「ずるい、ずるいわ、お姉様ばっかり!!」
案の定、マリアンヌは子供みたいに地団駄を踏み始めた。こうなったら手がつけられない。
深く息を吐き出した。
「いただいたのよ。来週の舞踏会に一緒に出席して欲しいからって」
マリアンヌに言うと面倒なことになるから嫌だったが、黙っているわけにもいかない。遅かれ早かればれるのなら、自分の口から告げたほうがましだ。
「じゃあ、その舞踏会に私も出席するわ!!」
「えっ?」
マリアンヌは突拍子もないことを言うと、私に寄ってきて、グッと腕を絡ませた。
「たった二人の姉妹ですもの。それにお姉様の縁談相手に興味があるわ。いいでしょう? 結婚したら私の義兄になる方だし」
つい昨日まで平民だとバカにしていたのに、この変わりよう……
あきれてマリアンヌの顔を見つめていると、逃がさないと言わんばかりに、腕にギュッと力が込められた。ここまでくるとマリアンヌは引かないことは、これまでの経験で嫌というほど知っている。
「私の一存では決められないわ」
「じゃあ、お手紙で聞いてみてよ。妹も連れていきたいって」
マリアンヌはグイグイ詰め寄ってくる。
「……じゃあ、聞いてみるけれど、断られたら納得してね」
たとえ断られても、大人しく引き下がる姿は想像できないが、念を押す。
「わかったわ」
途端に上機嫌になったらマリアンヌがパッと腕を離した。
「私も準備をしなくちゃね。どんなドレスにしようかしら」
もう行く気になっている。
「先日、お姉様に贈られたドレスの中から選んでもいいわね」
「それはダメよ。送り主の了承もなしに貸せないわ」
「本当にケチね。借りるだけじゃない」
マリアンヌは不満げに頬を脹らませた。
そもそもあなたに貸して、返ってきていないものがたくさんあるんですけど。借りる=もらったと考えているから厄介なのだ。
「まあ、いいわ。先週、新しいドレスが出来上がってきたし。それにするわ」
また新調したのかと目を丸くした。
「あとお姉様のお相手の友人で素敵な方がいたら、私を紹介してよね」
顔をグイッと近づけ、マリアンヌは強く言う。
「あくまでも貴族よ、貴族。平民は論外だからね!」
マリアンヌは言いたいことだけ言うと、サッと去っていった。
なんだか疲れた。まるで嵐が去ったあとのようだ。シルビアも同じ気持ちだったらしく、表情が強張っている。
「ドレスはクローゼットにしまっておいて。あと手紙を書くわ」
断って欲しいと願いながら、お礼とともにマリアンヌの要望を書いた。
あっという間に舞踏会当日になった。時間より早めに馬車に乗り込む。
「うふ、楽しみね」
向かいの席にはいつも以上に着飾ったマリアンヌが座る。
あの日、先方に出した手紙の返事はすぐに届いた。
舞踏会への妹の出席も快く了承してくれ、なおかつ――
「すごいわ、私にもマダム・シャーリーのドレスを贈ってくださるなんて、優しい方ね」
マリアンヌが上機嫌な理由は、彼女にもドレスが届けられたからだ。
私とデザインは違うが、薄い黄色で華やかなバックリボンが印象的だ。マリアンヌのイメージにぴったりで、よく似合っている。
もしや、妹と会ったことがあるのかしら?
だから、こんなにイメージどおりのドレスを贈ることができたとか?
だが正直、ここまでしなくてもいいのに、と思ってしまった。
「あっ、ほら、見えてきたわ。会場のサウル伯爵家よ」
庭園に明かりが灯り、遠くからでも華やいでいるのがわかる。
はしゃぐマリアンヌを前にして、気の重い私は曖昧に返事をした。
エントランス前で馬車を降りる。
周囲も着飾った人たちばかりだ。皆、今日の招待客なのだろう。
正面扉の近くで腕を組む人物が視界に入る。
あれは……
後ろになでつけた黒髪に、横からでもわかる端整な顔立ち。
グレンだ。
見目麗しい彼は周囲の視線を集めていたが、特に気にする様子もない。
心臓がドクンと音を立てた。
「どうしたの? お姉様」
足を止めた私に、マリアンヌが声をかけた。
それと同時にグレンがこちらに視線を向けた。
私を視界に入れると一瞬で表情が明るくなる。そして優しく微笑んだ。
隣を歩いていたマリアンヌが息を呑むのがわかった。
「よく来てくれた」
私をまっすぐに見つめながら近づいてくる彼から、視線を逸らせなかった。
「お、お姉様……?」
マリアンヌが我に返り、私のドレスを引っ張った。私も慌てて挨拶をする。
「本日はお誘いありがとうございました。また、このような素敵なドレスもいただき、感謝しております」
深々と頭を下げたあと、マリアンヌへ視線を投げる。
「妹のマリアンヌでございます」
「ああ、グレン・フォルカーだ」
「えっ、えっと、ドレス、ありがとうございました」
マリアンヌは顔を真っ赤にし、しどろもどろだ。
グレンは私たち姉妹を交互に見ると、フッと微笑んだ。
「よく似合っている。会場では美人姉妹だと注目を浴びるだろう」
笑顔を向けられ、ドキドキしてしまった。
「待っていたんだ、中へ行こう。皆に紹介したい」
差し出された手を取ると、ギュッと力が込められた。鼓動がうるさい。私の心臓、どこかおかしくなってしまったみたい。
顔の火照りを気にしながら、屋敷に入った。
舞踏会は立食形式で、会場はにぎわいを見せていた。
談笑している者や、踊っている者、皆がめいめいに楽しんでいる。
むせかえるような香水と化粧品の匂い、そして熱気。あまりこういった場に顔を出さない私は人に酔いそうだ。
グレンが急に足を止めて腰を折り、視線を合わせてきた。
「具合が悪いのか? 先ほどから顔が赤い」
「いっ、いえ、大丈夫です」
見透かされた気持ちになり、慌てる。
「そうですね、お姉様ってば、人に酔ったみたいですね。私が少しだけ連れ出しますわ。すぐに戻ってきますから、ちょっとお待ちになっててください」
マリアンヌは有無を言わさず、私をバルコニーへ移動させた。
夜風が頬をなで、火照った体を冷やしてくれる。私はホッと一息ついた。
二人きりになった途端、マリアンヌが豹変した。
「どういうこと!? お姉様のお相手が、あんなに素敵だなんて聞いていないわ!!」
血相を変えて私を責め立てる。きっと私を非難したくて連れ出したのだろう。
「なんでお姉様ばっかり……」
悔しそうに顔をゆがめるマリアンヌ。グレンが容姿端麗だったのが予想外だった、ということか。
バルコニーのガラス窓から会場の中が見える。グレンが心配そうにこちらを見つめていた。
「少し風に当たったら、良くなったから戻るわ」
この場に長くいるわけにもいかない。ここでマリアンヌの愚痴に付き合うのも、ごめんだ。
「あっ、ちょっと話はまだ終わっていな――」
「挨拶に行かなくちゃいけないの。あなたもこの場を楽しんで」
サッと別れを告げ、引き止めようとするマリアンヌをかわす。
ガラス扉を開けて会場に戻ると、グレンがこちらを見て微笑んだ。
「具合は?」
「もう大丈夫です」
冷たい風に当たって、少しは落ち着いたみたい。いえ、それよりもマリアンヌと離れたことが良かったのかもしれない。
「では行こう」
微笑みながらすっと差し出された手を取る。
「ドレス、よく似合っている」
急に褒められたのでドキッとした。
「えっ、ええ。素晴らしいものを贈ってくださったおかげですわ。このイヤリングとネックレスも素敵で……ありがとうございます」
胸に輝くパールのネックレスにそっと触れる。
「気に入ったのなら良かった」
グレンが一瞬だけ照れたようにフワッと笑う。
「俺が選んだものを、君に着けてもらえたらって、ずっと願ってたんだ」
えっ……? ずっと……?
その言葉が気にかかり、少し首を傾げる。だが相手はそれ以上、なにも言わない。優しく微笑むのみだ。
だけど見つめられると、胸がいっぱいになる。
私、どうしちゃったんだろう。
さっき夜風に当たって落ち着いたはずなのに、また頬が熱くなってきた。
「さあ、行こう」
グイッと手を引かれ、そのまま歩き出した。
つかまれた手が熱い。意識する必要なんてないのに。
この鼓動の速さがばれているんじゃないかと、気になった。
グレンはいろいろな方を紹介してくれた。
主に仕事上の仲間や取引先だと言っていたが、思っていた以上に顔が広い。たくさんの人に紹介され、正直全員覚えられた自信はない。だが、恥をかかさぬように、なんとか笑顔で乗り切った。
「さすがに疲れただろう」
一通り紹介が終わったのか、グレンが私の顔をのぞき込む。その心遣いが嬉しくて、小さく微笑んだ。
二人で少し休憩しようと話をしていた時、背後から声がかかった。
「やあ、グレン。ちょっといいかい?」
振り返ると、そこにいたのはグレンと同じ年頃の男性だった。
この方はさっき紹介していただいたヤッカム様だ。仕事上の繋がりがあるということだが、話している様子を見ると、私生活でも仲がいいのだろう。
「先日の投資の件だが――」
どうやら事業の話らしい。私がそばにいたら気を遣うに違いない。
「少し、風に当たってきます」
私はそう言ってその場を離れた。
会場の隅で水を手にし、喉を潤す。
思った以上に喉が渇いていたのか、水がとても美味しく感じられた。
ホッと一息つき、周囲を見回した。
綺麗に着飾ってめいめいに楽しむ人々。流れてくる音楽が耳に心地よい。
こういった集まりはあまり好きではなかったが、今日は私、楽しんでいるみたい。
そんな風に感じる自分に驚いた。
それはグレンと一緒だからかしら?
最初は素っ気ない方かと思ったが、今日はずっとそばにいて優しくエスコートしてくれた。気を遣ってくれて、嬉しく感じた。
始まりは政略結婚。だけど案外、うまくやっていけそうじゃないかしら。
お互いのことはよく知らないけれど、これから時間をかけてゆっくりと距離を縮めていけばいいのかな。
「ちょっとあなた」
考えごとをしていたら、背後から声をかけられたので振り返る。
そこにはスラッと背が高く、長い髪を綺麗に一つにまとめた、とても美しい女性が立っていた。眦が上がった目は勝気さを感じさせる。そしてその背後には、二人の女性。
「あなたなの? グレンの婚約者って」
不躾な物言いに面食らうも、表情に出ないように努めた。
「はい、ルシナ・アルベールです」
グレンの知り合いかしら? 緊張しながらそっと頭を下げた。
相手の女性は腕を組み、高圧的に私を見下ろす。
「ふうん。あなたがねぇ……」
ジロジロと頭のてっぺんからつま先まで視線を向けられる。まるで見定めているようだ。
「あの……」
名乗りもせずにこの態度は不躾すぎる。
「私はアンナ・ブッセンよ」
美女は不敵に微笑む。
「グレンとは仲良くしていたわ」
「そうなのですね。事業の関係でしょうか」
顔の広い彼のことだから、この女性とも関わりがあるのだろうか。
「ふふっ。事業ねぇ……」
含みのある笑みを向けられ、鈍い私でもさすがに気づいた。単に仕事関係の知り合いじゃなさそうだ。黙っていると、相手は勝ち誇ったように鼻でフフンと笑った。
「あのグレンが婚約、しかも舞踏会に連れてくるっていうから、どんな女性かと思ったら……」
そこで口に手を当て、肩を揺らして笑う。
「ずいぶん可愛らしいじゃない」
それは私が幼く見えるということだろうか。もしくは――バカにされている?
「ねぇ、皆さんもそう思わない?」
背後にいる女性たちに同意を求める。
クスクスと含みのある笑みに囲まれ、居心地が悪いったらない。
だけど一つだけはっきりわかったことがある。
彼女たち、いや、アンナ・ブッセンは私に敵意がある。確実に。
「あなた、くれぐれも勘違いしないよう気をつけて」
アンナ・ブッセンは私の肩をそっとつかむと、耳元でこそっとささやいた。
「婚約したからと言って、グレンはあなたのものじゃないから」
――それはどういう意味?
「勘違いしないでね。あなたが本気になるとかわいそうだから、忠告してあげたの。私を恨まないでね」
悪意をぶつけてくる彼女は、意地の悪い笑みを浮かべている。
私はうつむき、拳をギュッと握りしめた。
「それじゃあ、失礼するわね」
彼女は勝ち誇ったように微笑むと、取り巻きたちを連れ、背中を向けた。
初対面の人に、なぜこんなに失礼な態度を取られなければいけないのだろう。
だがうつむいてばかりはいられない。
「お待ちください」
アンナ・ブッセンはゆっくりと振り返る。
「ご忠告ありがとうございます」
しっかりと彼女の目を見て告げる。相手が息を呑んだのがわかった。
「私は結婚しても、相手を自分の所有物のようには思いません。それぞれ自立した人間として、お互いを尊重し合える夫婦になれるよう、努力いたしますわ」
「……くっ……このっ……」
にっこり微笑むと、アンナ・ブッセンの顔が真っ赤になった。美しい顔を醜くゆがめている。まさか私に反論されるとは想像もしていなかったようだ。
今にもつかみかからんばかりに足を踏み出してきたが、取り巻きの一人が焦ったように彼女のドレスを引っ張った。さすがにこの場で騒ぎを起こすわけにはいかないと、心得ているようだ。
アンナ・ブッセンは私をにらみつけると、サッと身をひるがえした。
一つ一つ美しく包装された贈り物が山になっていた。大小ある包みの中にはなにが入っているのだろう。
「差出人はどなた?」
「グレン・フォルカー様です」
いきなり送り付けられた大量の贈り物。正直、嬉しいというより困惑して立ち尽くした。
「お嬢様、開けてみますか?」
「そうね、お願いするわ」
ウキウキしているシルビアは早速開封に取りかかる。
「まあ、こちらは素敵なドレスですわ。それも何着も!」
美しいトレーンが印象的だったり、色合いが上品だったりと、さまざまなデザインが揃っている。
「こちらは帽子です。なんて優雅なデザインなのでしょうか」
シルビアははしゃぎながら開封を続ける。
「素晴らしい輝きのネックレスと髪飾りですわ」
シルビアが見せた装飾品はまぶしいぐらい輝いていた。
これは宝石というものでは……
そのあとも装飾品が多数出てきて、目まいがした。
「高価なものばかり……」
昨日の今日で贈り物攻撃……顔合わせで着用していたドレスが古いと気づかれたのだろうか。
「もしかして、私、あまりにも貧乏くさい格好をしていたから、憐れまれたのかしら?」
「そんなわけないですよ!!」
シルビアがクワッと口を大きく開け、反論する。
「これだけの贈り物、一日で用意できるとは思いません。きっとお嬢様のために、前から準備していたのではないでしょうか?」
確かにシルビアの言うとおり一日で準備できるものではない。だけど前から準備していたようにも思えない。
「それにドレスはお嬢様のサイズにピッタリだと思います。ということは、前々からお嬢様を知っていて、計画していたのではないですか?」
でも私は彼と、初対面だったと思うの。
その時脳裏に、深い青い瞳をこちらにじっと向けているグレンの姿が浮かんだ。
なにか言いたいことをこらえているような、そんな眼差し。
「えっ、なにこれ!!」
マリアンヌの大きな声で我に返った。
「すごい、ドレスに靴、それに宝石まで……」
マリアンヌはキョロキョロと部屋を見回し、イヤリングの一つを手に取った。
「これすごく素敵ね。私に似合いそう!」
イヤリングを耳元に持っていき、鏡に映して確認している。
「お姉様、いったいこれどうしたの? お父様にねだって買ってもらったの?」
そんなことはしません。あなたと一緒にしないでちょうだい。
「すべて婚約者からの贈り物よ」
「えっ!? これを全部?」
マリアンヌはあんぐりと口を開けた。やがてプクッと頬を脹らませる。
「ずるいわ、お姉様ばっかり!! それに相手がこんなお金持ちだなんて聞いてないし!!」
確かに想像以上の贈り物だった。加えて広大な土地に立つ、あの立派な屋敷を思い出す。
私たちが思うよりずっと資産家なのかもしれない。
「ねえ、お姉様。半分私にちょうだい。いいでしょう」
マリアンヌがすり寄ってくるが、首を縦には振れなかった。
「人からの贈り物を簡単に譲ってはいけないわ。まだお礼を言ってもいないのよ」
たしなめるとマリアンヌの顔が憤怒に染まる。
「こんなにたくさんあったら、少しぐらいわけたって、気づくわけないじゃない!」
「でも、贈ったものを勝手に譲られては、気分は良くないでしょう」
私もここは断固として譲らない。
「そんなこと言って、独り占めしたいだけなんでしょ!! 本当、ケチで意地悪ね!!」
マリアンヌは手にしていたイヤリングを、投げつけるようにして元の位置に戻した。
「あーあ、本当に気分が悪い。お金を持っているからといって使い方が下品ね。普通、家族にも気を遣うものでしょうに。そこまで頭が回らないなんて残念な人なのね!!」
捨て台詞を吐き、プリプリと怒りながら退室したマリアンヌにホッとする。
「お礼状を書かないとね。シルビア、ここを片付けたら用意してもらえる?」
「はい、承知いたしました。ここは私が片付けますので、お嬢様は部屋にお戻りください」
「ありがとう」
さてお礼状にはなんて書こうかしら?
自室に戻り、便箋を前に頭を悩ませる。
彼はなぜ前触れもなく大量の贈り物を届けてきたのだろう。
私の姿がそんなに恥ずかしかったのかしら?
どうやってお礼を伝えようかと考えたけれど、月並みな言葉しか出てこない。
贈り物に驚いたこと、だけどとても嬉しかったことを書き記した。最後に必ず、今後はお気遣い不要だと伝えなければいけない。
まあ、次があると期待しているわけじゃないけど、贈り物の額が額だし。なにより、質素に暮らしていた身としては、どうしても相手の懐事情が気になってしまう。無理しているんじゃないのかしら? って。
だからこそ、今回で贈り物はもう十分です、ありがとうございましたと、お礼状に記した。
そして二日後、シルビアがまたすっ飛んできた。
「お嬢様~!! 贈り物です!」
「えっ、また!?」
だが前回と違ったのは、贈り物が一つだけだったこと。
シルビアが手にしているその箱を、開けるように指示する。
「うわぁ、とっても素敵ですわ」
出てきたのは、生地の肌触りからも高級品だとわかる青いドレス。肩口のコサージュが目を惹く、美しいデザインだ。
でも先日もたくさんいただいたばかりだっていうのに。
箱の中に入っていた手紙に目を通す。
「どうしよう、シルビア」
「どうなさいました?」
「来週、友人が舞踏会を開催するから、一緒に出席して欲しいって。そのためのドレスだって」
「では、来週は磨き上げましょうね!!」
シルビアは腕まくりをした。
……ということは来週、彼に会えるのね。
会ったら贈り物のお礼を直接言おう。
来週、会えると思ったら心臓がドキドキしてきた。どうしてだろう?
「お嬢様、少し顔が赤いですけど?」
「き、気のせいよ!!」
シルビアに指摘され、慌ててごまかす。
「ちょっと、お姉様!! また贈り物が届いたって……!!」
扉が勢いよく開くと同時にマリアンヌが顔を出した。
「マリアンヌ、いくらなんでもノックぐらいしなさい」
軽くたしなめるが、聞いていない。それどころかシルビアが手にしていたドレスに目を釘付けにし、プルプルと震えながら指さした。
「そっ、それ……!! 今話題のマダム・シャーリーがデザインしたドレスじゃない!! いったい、どういうこと!? 半年先まで予約が埋まっているのというのに!!」
えっ、そうだったの?
「ずるい、ずるいわ、お姉様ばっかり!!」
案の定、マリアンヌは子供みたいに地団駄を踏み始めた。こうなったら手がつけられない。
深く息を吐き出した。
「いただいたのよ。来週の舞踏会に一緒に出席して欲しいからって」
マリアンヌに言うと面倒なことになるから嫌だったが、黙っているわけにもいかない。遅かれ早かればれるのなら、自分の口から告げたほうがましだ。
「じゃあ、その舞踏会に私も出席するわ!!」
「えっ?」
マリアンヌは突拍子もないことを言うと、私に寄ってきて、グッと腕を絡ませた。
「たった二人の姉妹ですもの。それにお姉様の縁談相手に興味があるわ。いいでしょう? 結婚したら私の義兄になる方だし」
つい昨日まで平民だとバカにしていたのに、この変わりよう……
あきれてマリアンヌの顔を見つめていると、逃がさないと言わんばかりに、腕にギュッと力が込められた。ここまでくるとマリアンヌは引かないことは、これまでの経験で嫌というほど知っている。
「私の一存では決められないわ」
「じゃあ、お手紙で聞いてみてよ。妹も連れていきたいって」
マリアンヌはグイグイ詰め寄ってくる。
「……じゃあ、聞いてみるけれど、断られたら納得してね」
たとえ断られても、大人しく引き下がる姿は想像できないが、念を押す。
「わかったわ」
途端に上機嫌になったらマリアンヌがパッと腕を離した。
「私も準備をしなくちゃね。どんなドレスにしようかしら」
もう行く気になっている。
「先日、お姉様に贈られたドレスの中から選んでもいいわね」
「それはダメよ。送り主の了承もなしに貸せないわ」
「本当にケチね。借りるだけじゃない」
マリアンヌは不満げに頬を脹らませた。
そもそもあなたに貸して、返ってきていないものがたくさんあるんですけど。借りる=もらったと考えているから厄介なのだ。
「まあ、いいわ。先週、新しいドレスが出来上がってきたし。それにするわ」
また新調したのかと目を丸くした。
「あとお姉様のお相手の友人で素敵な方がいたら、私を紹介してよね」
顔をグイッと近づけ、マリアンヌは強く言う。
「あくまでも貴族よ、貴族。平民は論外だからね!」
マリアンヌは言いたいことだけ言うと、サッと去っていった。
なんだか疲れた。まるで嵐が去ったあとのようだ。シルビアも同じ気持ちだったらしく、表情が強張っている。
「ドレスはクローゼットにしまっておいて。あと手紙を書くわ」
断って欲しいと願いながら、お礼とともにマリアンヌの要望を書いた。
あっという間に舞踏会当日になった。時間より早めに馬車に乗り込む。
「うふ、楽しみね」
向かいの席にはいつも以上に着飾ったマリアンヌが座る。
あの日、先方に出した手紙の返事はすぐに届いた。
舞踏会への妹の出席も快く了承してくれ、なおかつ――
「すごいわ、私にもマダム・シャーリーのドレスを贈ってくださるなんて、優しい方ね」
マリアンヌが上機嫌な理由は、彼女にもドレスが届けられたからだ。
私とデザインは違うが、薄い黄色で華やかなバックリボンが印象的だ。マリアンヌのイメージにぴったりで、よく似合っている。
もしや、妹と会ったことがあるのかしら?
だから、こんなにイメージどおりのドレスを贈ることができたとか?
だが正直、ここまでしなくてもいいのに、と思ってしまった。
「あっ、ほら、見えてきたわ。会場のサウル伯爵家よ」
庭園に明かりが灯り、遠くからでも華やいでいるのがわかる。
はしゃぐマリアンヌを前にして、気の重い私は曖昧に返事をした。
エントランス前で馬車を降りる。
周囲も着飾った人たちばかりだ。皆、今日の招待客なのだろう。
正面扉の近くで腕を組む人物が視界に入る。
あれは……
後ろになでつけた黒髪に、横からでもわかる端整な顔立ち。
グレンだ。
見目麗しい彼は周囲の視線を集めていたが、特に気にする様子もない。
心臓がドクンと音を立てた。
「どうしたの? お姉様」
足を止めた私に、マリアンヌが声をかけた。
それと同時にグレンがこちらに視線を向けた。
私を視界に入れると一瞬で表情が明るくなる。そして優しく微笑んだ。
隣を歩いていたマリアンヌが息を呑むのがわかった。
「よく来てくれた」
私をまっすぐに見つめながら近づいてくる彼から、視線を逸らせなかった。
「お、お姉様……?」
マリアンヌが我に返り、私のドレスを引っ張った。私も慌てて挨拶をする。
「本日はお誘いありがとうございました。また、このような素敵なドレスもいただき、感謝しております」
深々と頭を下げたあと、マリアンヌへ視線を投げる。
「妹のマリアンヌでございます」
「ああ、グレン・フォルカーだ」
「えっ、えっと、ドレス、ありがとうございました」
マリアンヌは顔を真っ赤にし、しどろもどろだ。
グレンは私たち姉妹を交互に見ると、フッと微笑んだ。
「よく似合っている。会場では美人姉妹だと注目を浴びるだろう」
笑顔を向けられ、ドキドキしてしまった。
「待っていたんだ、中へ行こう。皆に紹介したい」
差し出された手を取ると、ギュッと力が込められた。鼓動がうるさい。私の心臓、どこかおかしくなってしまったみたい。
顔の火照りを気にしながら、屋敷に入った。
舞踏会は立食形式で、会場はにぎわいを見せていた。
談笑している者や、踊っている者、皆がめいめいに楽しんでいる。
むせかえるような香水と化粧品の匂い、そして熱気。あまりこういった場に顔を出さない私は人に酔いそうだ。
グレンが急に足を止めて腰を折り、視線を合わせてきた。
「具合が悪いのか? 先ほどから顔が赤い」
「いっ、いえ、大丈夫です」
見透かされた気持ちになり、慌てる。
「そうですね、お姉様ってば、人に酔ったみたいですね。私が少しだけ連れ出しますわ。すぐに戻ってきますから、ちょっとお待ちになっててください」
マリアンヌは有無を言わさず、私をバルコニーへ移動させた。
夜風が頬をなで、火照った体を冷やしてくれる。私はホッと一息ついた。
二人きりになった途端、マリアンヌが豹変した。
「どういうこと!? お姉様のお相手が、あんなに素敵だなんて聞いていないわ!!」
血相を変えて私を責め立てる。きっと私を非難したくて連れ出したのだろう。
「なんでお姉様ばっかり……」
悔しそうに顔をゆがめるマリアンヌ。グレンが容姿端麗だったのが予想外だった、ということか。
バルコニーのガラス窓から会場の中が見える。グレンが心配そうにこちらを見つめていた。
「少し風に当たったら、良くなったから戻るわ」
この場に長くいるわけにもいかない。ここでマリアンヌの愚痴に付き合うのも、ごめんだ。
「あっ、ちょっと話はまだ終わっていな――」
「挨拶に行かなくちゃいけないの。あなたもこの場を楽しんで」
サッと別れを告げ、引き止めようとするマリアンヌをかわす。
ガラス扉を開けて会場に戻ると、グレンがこちらを見て微笑んだ。
「具合は?」
「もう大丈夫です」
冷たい風に当たって、少しは落ち着いたみたい。いえ、それよりもマリアンヌと離れたことが良かったのかもしれない。
「では行こう」
微笑みながらすっと差し出された手を取る。
「ドレス、よく似合っている」
急に褒められたのでドキッとした。
「えっ、ええ。素晴らしいものを贈ってくださったおかげですわ。このイヤリングとネックレスも素敵で……ありがとうございます」
胸に輝くパールのネックレスにそっと触れる。
「気に入ったのなら良かった」
グレンが一瞬だけ照れたようにフワッと笑う。
「俺が選んだものを、君に着けてもらえたらって、ずっと願ってたんだ」
えっ……? ずっと……?
その言葉が気にかかり、少し首を傾げる。だが相手はそれ以上、なにも言わない。優しく微笑むのみだ。
だけど見つめられると、胸がいっぱいになる。
私、どうしちゃったんだろう。
さっき夜風に当たって落ち着いたはずなのに、また頬が熱くなってきた。
「さあ、行こう」
グイッと手を引かれ、そのまま歩き出した。
つかまれた手が熱い。意識する必要なんてないのに。
この鼓動の速さがばれているんじゃないかと、気になった。
グレンはいろいろな方を紹介してくれた。
主に仕事上の仲間や取引先だと言っていたが、思っていた以上に顔が広い。たくさんの人に紹介され、正直全員覚えられた自信はない。だが、恥をかかさぬように、なんとか笑顔で乗り切った。
「さすがに疲れただろう」
一通り紹介が終わったのか、グレンが私の顔をのぞき込む。その心遣いが嬉しくて、小さく微笑んだ。
二人で少し休憩しようと話をしていた時、背後から声がかかった。
「やあ、グレン。ちょっといいかい?」
振り返ると、そこにいたのはグレンと同じ年頃の男性だった。
この方はさっき紹介していただいたヤッカム様だ。仕事上の繋がりがあるということだが、話している様子を見ると、私生活でも仲がいいのだろう。
「先日の投資の件だが――」
どうやら事業の話らしい。私がそばにいたら気を遣うに違いない。
「少し、風に当たってきます」
私はそう言ってその場を離れた。
会場の隅で水を手にし、喉を潤す。
思った以上に喉が渇いていたのか、水がとても美味しく感じられた。
ホッと一息つき、周囲を見回した。
綺麗に着飾ってめいめいに楽しむ人々。流れてくる音楽が耳に心地よい。
こういった集まりはあまり好きではなかったが、今日は私、楽しんでいるみたい。
そんな風に感じる自分に驚いた。
それはグレンと一緒だからかしら?
最初は素っ気ない方かと思ったが、今日はずっとそばにいて優しくエスコートしてくれた。気を遣ってくれて、嬉しく感じた。
始まりは政略結婚。だけど案外、うまくやっていけそうじゃないかしら。
お互いのことはよく知らないけれど、これから時間をかけてゆっくりと距離を縮めていけばいいのかな。
「ちょっとあなた」
考えごとをしていたら、背後から声をかけられたので振り返る。
そこにはスラッと背が高く、長い髪を綺麗に一つにまとめた、とても美しい女性が立っていた。眦が上がった目は勝気さを感じさせる。そしてその背後には、二人の女性。
「あなたなの? グレンの婚約者って」
不躾な物言いに面食らうも、表情に出ないように努めた。
「はい、ルシナ・アルベールです」
グレンの知り合いかしら? 緊張しながらそっと頭を下げた。
相手の女性は腕を組み、高圧的に私を見下ろす。
「ふうん。あなたがねぇ……」
ジロジロと頭のてっぺんからつま先まで視線を向けられる。まるで見定めているようだ。
「あの……」
名乗りもせずにこの態度は不躾すぎる。
「私はアンナ・ブッセンよ」
美女は不敵に微笑む。
「グレンとは仲良くしていたわ」
「そうなのですね。事業の関係でしょうか」
顔の広い彼のことだから、この女性とも関わりがあるのだろうか。
「ふふっ。事業ねぇ……」
含みのある笑みを向けられ、鈍い私でもさすがに気づいた。単に仕事関係の知り合いじゃなさそうだ。黙っていると、相手は勝ち誇ったように鼻でフフンと笑った。
「あのグレンが婚約、しかも舞踏会に連れてくるっていうから、どんな女性かと思ったら……」
そこで口に手を当て、肩を揺らして笑う。
「ずいぶん可愛らしいじゃない」
それは私が幼く見えるということだろうか。もしくは――バカにされている?
「ねぇ、皆さんもそう思わない?」
背後にいる女性たちに同意を求める。
クスクスと含みのある笑みに囲まれ、居心地が悪いったらない。
だけど一つだけはっきりわかったことがある。
彼女たち、いや、アンナ・ブッセンは私に敵意がある。確実に。
「あなた、くれぐれも勘違いしないよう気をつけて」
アンナ・ブッセンは私の肩をそっとつかむと、耳元でこそっとささやいた。
「婚約したからと言って、グレンはあなたのものじゃないから」
――それはどういう意味?
「勘違いしないでね。あなたが本気になるとかわいそうだから、忠告してあげたの。私を恨まないでね」
悪意をぶつけてくる彼女は、意地の悪い笑みを浮かべている。
私はうつむき、拳をギュッと握りしめた。
「それじゃあ、失礼するわね」
彼女は勝ち誇ったように微笑むと、取り巻きたちを連れ、背中を向けた。
初対面の人に、なぜこんなに失礼な態度を取られなければいけないのだろう。
だがうつむいてばかりはいられない。
「お待ちください」
アンナ・ブッセンはゆっくりと振り返る。
「ご忠告ありがとうございます」
しっかりと彼女の目を見て告げる。相手が息を呑んだのがわかった。
「私は結婚しても、相手を自分の所有物のようには思いません。それぞれ自立した人間として、お互いを尊重し合える夫婦になれるよう、努力いたしますわ」
「……くっ……このっ……」
にっこり微笑むと、アンナ・ブッセンの顔が真っ赤になった。美しい顔を醜くゆがめている。まさか私に反論されるとは想像もしていなかったようだ。
今にもつかみかからんばかりに足を踏み出してきたが、取り巻きの一人が焦ったように彼女のドレスを引っ張った。さすがにこの場で騒ぎを起こすわけにはいかないと、心得ているようだ。
アンナ・ブッセンは私をにらみつけると、サッと身をひるがえした。
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