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第8話 義兄の『運命の番』になってしまった件8
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「わざわざ声をかけに行くなんて、びっくりしたよ。どういう風の吹き回し?」
ガタゴトと揺れる馬車の中、目の前に座るミリマが怪訝そうに言う。
ユージスは座席に寄りかかったまま、指を足の上で組んだ。素っ気なく答える。
「別に。念のため、屋敷を任せる旨を伝えただけだ」
それ以上でもそれ以下でもない。姿を見るまで声をかけなかったのも、ただ眠っているところを起こすのも申し訳ないという配慮からだ。そう、ごく一般的な配慮。ユージスはあの『傲慢でわがままなフィルリート』とは違う。
「ふぅん。それにしては、フィルリート様と話してから機嫌がいいように感じるけど」
「そんなものは気のせいだ」
「でも……」
「しつこい。なぜ、俺があの男と話して機嫌をよくせねばならないんだ。あの男のこれまでの素行を、お前だって知っているだろう」
ミリマは先代ザエノス侯爵の頃から屋敷に住む使用人だ。当然、以前のフィルリートの姿を知っている。
「そうだけど……でも、さ。最近は雰囲気が変わられたじゃない? 温和で優しくなられたっていうか」
「それは身の保身からに過ぎない」
「身の保身、ね。誰でも、大なり小なりあるものだと思うけど。ユージスだって、百パーセントの善意から日頃行動しているわけじゃないでしょ」
諭すような正論に、ユージスは言葉に詰まる。
それは確かにそうだ。ユージスとて聖人君子ではない。日頃の行動や振る舞いに、なんの計算もないと言ったら嘘になる。
そういえば、と思う。ヒートを起こしていたフィルリートだが、理性なんて吹き飛んでいただろうに、周りに八つ当たるようなことはしていなかった。
そういう時こそ本性が出るもののように思うが……まさか、本当にこれまでの振る舞いを反省して、多少は心を入れ替えたということなのだろうか。
「周りに配慮できるように成長したことくらいは、認めてあげてもいいんじゃない?」
「………」
成長したこと。
ユージスは、咄嗟に是とも否とも言えなかった。
それから一ヶ月かけて領地の視察をし――ザエノス侯爵邸へ戻ると、屋敷中の至るところにカレンデュラの花が飾ってあった。太陽のような色の花弁は、屋敷内を華やかに演出して、雰囲気が明るい。
ユージスの意向であまり飾り気のない屋敷だったのに、一体誰がこんなことを。
怒りではなく、ただ単に気になってメイド長に訊ねたら、メイド長は楽しげに笑いながら教えてくれた。
「飾って下さったのは、フィルリート様ですよ」
「フィルリートが……?」
言われてみると、フィルリートはカレンデュラの花を育てていた。しかし、なぜ屋敷内に飾っているのか。
「いつから飾ってあるんだ」
「旦那様が領地の視察へ赴かれてすぐのことです。新しいお花をガーデニングしたいからというのと、あとは屋敷内にお花がないことが不満だったそうで」
「……そう、なのか」
随分とガーデニングにハマっているというか、花好きになったものだ。ユージスの記憶では、フィルリートは花にさして興味がなかったように思うが。
『お花が好きな人に悪い人はいません』
ふと頭に思い浮かぶのは、生みの父の言葉。
生みの父も花が好きな人だった。ガーデニングをして花を育てては家中に飾って、また新しく花を育てる。一年中、その繰り返しだった。
おかげでユージスも自然と花や花言葉に詳しくなったものだ。
「フィルリートは今、自室か?」
「いえ。屋敷に飾ったお花の水やりをして回っていらっしゃいます。私たちにお任せ下さいと申し出たのですが、ご自身でお世話をするとのことでして」
「そうか。分かった」
ひとまず、二階にあるユージスの自室へと向かう。途中、フィルリートの姿を探したが、この時点では見つけられず。
自室の扉を開けると、ふわりと花の香りが鼻腔をくすぐった。換気のためか開けっ放しの窓の前に、カレンデュラの花が飾られている。
美しいカレンデュラの花を目の前にしたら、自然と頬が緩んだ。
「綺麗だな。それだけ愛情と手間をかけたということか」
花は、育て手の愛情と手間を裏切らない。愛情と手間をかけた分だけ、美しく咲く。
それもまた、生みの父がよく話していたことだ。
ユージスの視界に、ふいと赤い何かが入った。視線を向けると、そこには鮮やかな赤い薔薇の小さな花束が置いてある。見るからに誰かへの贈り物のようだ。
ユージスの部屋に置いてあるということは、当然ユージスへの贈り物だろう。では、一体誰なのかを考えたら、思い浮かんだのはフィルリートの顏だ。というのも、フィルリートが新しい花を育てているとメイド長から言っていたことを思い出して。
「赤い、薔薇……?」
ユージスの記憶によれば、確か。
赤い薔薇の花言葉は、――『あなたを愛す』。
「!」
気付いた瞬間、頬がカッと熱くなった。
ユージスを愛する? そういう意図で贈ったものであれば、告白も同然ではないか。
――いやいや、落ち着け。俺。
フィルリートがそんなことをするわけがない。仮に贈り主がフィルリートであっても、花言葉までは知らなかったのだろう。そうだ、きっと知らずに贈っただけだ。
そう思うのに、心臓が早鐘を打つ。
この花束をどう受け取るべきか逡巡していると、勢いよく扉が開いた。顔を出したのは、慌てた様子のフィルリートだった。
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