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第7話 義兄の『運命の番』になってしまった件7

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     ◆


「あ! ミリマさん!」

 書斎を出たミリマが階段で遭遇したのは、息を切らしたメイドだ。メイドは腕に小袋を抱えていて、ミリマを前にすると一礼した。

「長く外出していて申し訳ありませんでした。フィルリート様の抑制剤を買いに出かけていたのですが、運悪く街になく……隣街まで買いに出ておりました」
「ああ、そうなんだ。ご苦労様」

 ねぎらうと、メイドは「いえ」と恐縮そうな顔だ。その手には湿布が貼られている。つい先日、火傷を負ったメイドなのだとミリマはようやく思い出した。

「じゃあ、これからフィルリート様にお薬を届けに行くところ?」
「はい」
「そう。じゃあ、これもついでに一緒に渡してきてくれる?」

 ミリマがポケットから取り出したのは、数十錠ある抑制剤だ。オメガであるミリマも常備してあるのは不思議ではない。しかし、数が数だけにメイドは内心首を傾げた。

「もしや、ミリマさんも抑制剤を買いに行かれていたのですか?」
「うん。フィルリート様の薬棚に何もないことに気付いて、個人的なツテで手に入れていたんだけど、その前にフィルリート様にヒートがきちゃって、旦那様と……まあ、そういう流れになったみたいだから。渡しづらくて」

 苦笑いで言うミリマに、メイドはあっさりと納得した。

「そうでしたか。では、ご一緒に届けて参ります」

 ミリマが差し出した抑制剤の束を受け取って、メイドはフィルリートの自室へいそいそと向かう。
 その背中を、ミリマは感情の見えない目でじっと見送っていた。


     ◆


 翌朝、目を覚ますと、テーブルに書き置きがあった。可愛らしい字で、『抑制剤を買って参りました。お待たせしてしまい、申し訳ありません』と書かれてあったから、例のメイドさんが寝ている俺に気を遣って書き置きしたものだろう。
 実際、薬棚には抑制剤がたくさん補充されていた。間に合わなかったのは残念だけど、まあ過ぎたことは仕方ない。

「さてと。お花に水やりをするか」

 シワになっている衣服を手で直しつつ、俺は自室を出た。まだ朝早すぎて、メイドさんたちは屋敷内を見渡す限り誰もいない。もしかしたら、厨房では朝食を作ってくれているのかもしれないけど。
 屋敷を出ると、まだひんやりとした風が頬を撫でる。でも、新鮮な空気が気持ちいい。そしてその晴れ渡った空の下に並ぶ、プランターで咲き誇るカレンデュラたち。
 そろそろ、次のお花の種を蒔く頃かな。次はなんの種を蒔こう。この時期だと……薔薇がいいかな?
 考えつつ、水やりをしていた時だ。屋敷の扉が開いたかと思うと、中から出てきたのはユージスとミリマさんだった。
 おや。こんな朝早くから二人でお出かけか? あれ、でも結構な荷物があるから……もしかして、遠出?
 つい見つめてしまった俺の視線に気付いたんだろう。ユージスはこっちを向き、足早に近付いてきた。うげっ、早速顔を合わせる事態になってしまった。

「よ、よお、義兄上」

 片手を上げ、努めて笑顔を作る。我ながら、謎のキャラだ。ユージスは「だからその呼び方はやめろ」と言うだけだったけども。

「今日から一ヶ月ほど、領地の視察へ行く。屋敷のことは任せた」
「え、あ、そうなのか。それはお気を付けて」

 俺が水やりに出ていなかったら、何も言わずに出て行っていたわけか。相変わらず、嫌われているなぁ、俺。別に好感度を上げようと努力しているわけじゃないから、当然だけど。
 ふと、ユージスの目と目が合う。

「フィルリート。体調を崩さぬように」
「へ?」

 思ってもみないことを言われて、俺は目を点にするしかない。え、なんだよ。急に優しくなってどうした。頭でも打ったのか?
 今度は俺が不気味そうな目でユージスを見上げると、ユージスははっとした顔をして付け加えた。

「帰ってくる頃、発情期だろう。その時に風邪で寝込まれていては、チャンスを逃す」
「あ、ああ、そういうことか」

 そういう意味だったのか。なるほど、どうりで。そうじゃなきゃ、こいつがそんな優しい言葉を投げかけてくるわけがないよな。
 って、別にこいつが冷酷ってわけじゃないだろう。非は、前人格の俺にあるだろうから。今の俺も俺で、特にその印象を覆そうと頑張っているわけでもないし。

「それからもし、先に発情期がきた場合だが。きちんと抑制剤を常備しておけ。誰彼構わず発情されては困る」

 ああ、そうだよな。自分以外の子どもを孕まれたら、そりゃあ困るか。
 俺だってもうあんな目に遭いたくないから、素直に頷いた。

「分かってるよ。あんた以外に手は触れさせないよ」

 子どもを授かれるのなら相手は別にユージスじゃなくてもいいんだけど、確実に子どもを授かれると分かっているユージスと性行為した方が効率的だ。
 よって深い意味はなかったんだけど、なぜかユージスは虚を突かれたあと、何とも形容し難い表情を浮かべた。戸惑いの中に嬉しさもあるような、そんな不可思議な色だ。

「当たり前だ。あなたに触れていいのは俺だけだ」

 ではなと、どことなく機嫌よく立ち去っていくユージス。変な奴だな。夫夫なんだから基本的にそうなるんだろうけど、いちいち言葉にすることか?
 よく分からないながらも、俺はあっさりとユージスから視線を外して、水やりを再開。見送ることなんてろくにしなかった。

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