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第1章

5 接触

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 フィクションの中でしか見ないような、少女と犬男の戦い。
 茂みに隠れながらそれを目撃した俺は、息を呑むように見守っていたが、まだ事態は終息していないようだ。
 コボルトを追い払ったアノアという少女の背後に、異常な存在があった。
 最初はただの黒い影のように見えたそれは、立ち上るように広がり何かの姿を形作っていく。

 ……なんだ? ……狼か!?

 その影のかたちが肉食の獣のように見えた瞬間、俺は少女に危険を伝えるため思わず叫んでいた。

「後ろだ! 化け物が来てる!!」
 
 その言葉にアノアは跳ね返るように斜め前方に跳ぶ。
 俺の叫んだ直後に飛びついた狼だったが、アノアに素早い跳躍で距離を稼がれる。
 必殺の勢いの、牙と爪による攻撃は空を切った。
 跳躍しながら体を捻るように振り返っていたアノアが毒づく。

「げっ、シャドウウルフか! 卑怯なまねをしてくれるじゃねえか!」

 言いながら、アノアは抱えた大剣で反撃する。
 シャドウウルフと呼ばれた狼は一撃目を躱す。
 しかし、奇襲が失敗した時点で勝敗は決していたのだろう。
 物理法則を無視するかのようなアノアの神速の二撃目をまともに食らい、キャウンと鳴き声を上げながら消滅した。

「お、魔石がドロップしたか。……ってそれより」

 アノアは俺の方に向き直って口を開いた。

「そこに隠れてるやつ! おかげで助かった! 出てきてくれないか?」

 少女の好意的な対応に俺は思わず出ていきかけたが、立ち止まる。
 自分の醜い容姿を見せるのをためらってしまったのだ。
 ここがどこだか相変わらずわかっていないが、日本に暮らしていた時はこの容姿のせいで数多の女性から見下すような顔で見られた俺だ。
 目の前の美少女がどんな対応をするかは想像に難くなかった。

「どうした……?」

「照れてるのではないですか?」

 馬車の中に隠れていたミリアムという商人風の女性も出てきていた。
 化け物の危険は去ったため、姿を見せたのだろう。
 彼女はアノアに比べて小柄で少し年上のように見える。
 藍色のボブがかったショートの髪型に巻いたターバンがコケティッシュな魅力を見せている。
 口調はやや変わっているかなと感じたが、それをさしひいてもお釣りが来る容姿である。

 俺はものすごい抵抗感があったが、ずっと隠れているわけにはいかない。
 姿を見せる決心をした。
 茂みから顔を出し、二人に近づいていく。

「男性か……って、え!?」

「……なんですとっ!?」

 俺を視界に捉えた瞬間、二人が驚愕の表情を浮かべる。
 アノアもミリアムも、まるで人ならざるものを見たかのように、呆然と俺の顔面を見つめている。
 俺の全身が恐怖で震えた。

 ……いつも、こうなんだ。
 俺の周囲の人間――特に女性は俺を汚物を見るかのような視線を向けてるのだ。
 容姿が人より遥かに劣っているというだけで、きっと彼女たちにとって俺はゴキブリ並の存在なのだろう。
 いや、邪魔だからといって駆除することもできない。
 害虫にも劣る。
 悲しみと寂しさが心に広がっていく。

 そんな俺の心中など彼女たちに読めるはずもないだろうが、時を忘れたかのように俺を注視していた。
 まるで意識を飛ばしているかのようだ。
 きっと醜悪な俺の顔面を見て、脳がショートしてしまっているのだろう。

 しかしこの後、彼女たちとはコミュニケーションを取って、現状を把握しなければならないのだ。
 俺は二人を視界に入れつつ、せめて指先ほどでも好印象を持たれようと、(自分にできる範囲での)最高の微笑みを浮かべた。

 イケメンスマイルじゃなくたっていい。
 オタ臭溢れるキモ笑顔だっていいじゃないか。
 俺だって笑うよ。
 人間だもの。

 その瞬間、アノアは持っていた剣を取り落とし、火でも付いたかのように顔を真っ赤に紅潮させた。
 両手で口を覆うというちょっとばかし乙女チックな反応を見せている。
 (汚物を見せられたショックで)「今、吐きにいきます」……ってか?

 一方、ミリアムは目を閉じてフルフルと体を震わせている。
 きっとあまりにも汚いものを見せられたショックで、急激な悪寒に襲われているのだ。
 目を閉じているのは、汚染された視覚をなんとか回復させようと、彼女の脳内に浮かべた何か綺麗なイメージと置き換えられるよう、できる範囲で善処しているのだろう。

 俺は今にも泣きだしそうな気分になりながらも、二人が回復するのを待った。
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