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どっかの休日
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入来宗太郎は、足を止めた。
コンビニ店員の彼だが、本日は休みである。朝の九時に起床し朝食を食べた後、暇つぶしに近所の商店街をぶらぶら歩いていた。
そんな時、おかしなものを発見したのだ。
十メートルほど先にて、電信柱の陰に隠れている者がいる。緑色のツナギを着た少女だ。髪は短く、とぼけた感じの顔立ちである。何となく、どこかの地方のゆるキャラを連想させる風貌だ。
もっとも、この少女を甘く見てはいけない。彼女の名は山樫明世、十五歳の女子高生である。同時に、特殊な案件のみを取り扱う配達員でもある。身体能力は凄まじく、切り立つ断崖絶壁を素手でよじ登り荷物を届けてしまえるのだ。入来とも顔見知りである。
そんな山樫が、電柱の陰に隠れ、前方に鋭い視線を送っている。まるで、尾行する探偵のようであった。
入来は、そっと近づいてみた。
「あ、あのう」
声をかけると、山樫は無言で飛び上がる。よほど驚いたらしい。
直後、険しい表情で後ろを向く。だが、その表情はすぐに和らいだ。
「黙ってこっち来て」
囁きながら、入来の腕を掴み強引に引っ張る。入来は、よろけそうになりながら山樫のそばに引き込まれた。
「だ、だから、君は何をしてるの?」
小さな声で尋ねると、山樫は前方を指差す。
入来がそちらに視線を向けると、そこには背の高い男が立っていた。ジャージ姿で、一軒の店の前にいる。扉に貼ってある何かを読んでいるらしい。時おり、うんうんと頷いている。その濃い横顔には、見覚えがあった。
「あれさ、上野さんだよね?」
不意に、山樫が囁いてきた。
「本当だ。何やってんだろう」
何の気なしに呟くと、山樫はこちらを向いた。
「あの人のプライベートって知ってる?」
「いや、全く知らない」
「えっ、あんたでも知らないの?」
「う、うん。どこに住んでるかとか、既婚者なのかとか、そういう話を聞いたことないな」
そうなのだ。
入来は、上野とは数年来の付き合いである。しかし、プライベートなことは全く知らない。知っているのは、上野は日本でもトップクラスの除霊師であると同時に、日本でも最高級の奇人変人であることだけだ。
そんなことを思いつつ、山樫に視線を移す。彼女はこちらに背を向け、上野の行動をじっと観察していた。無防備なうなじが、入来の目に入る。
途端に、どきりとなった。山樫が女性であり、密着に近い体勢だ……この事実を突きつけられ、入来は動揺していた。
その時、山樫が振り返る──
「上野さんが動き出した。ちょっと、跡をつけてみようよ」
「い、いやあ、それはマズイんじゃないかな」
入来はうろたえながらも、どうにか言葉を返した。すると、山樫は首を傾げる。
「なんでよ? あんただって、いろいろ迷惑かけられてんでしょ?」
「それとこれとは別だよ。上野さんのプライベートを──」
「ほら、見失うよ! いこいこ」
言ったかと思うと、山樫は入来の腕を掴んだ。強引に引っ張っていく。彼女は細身だが、その力は強い。入来は照れながらも、付いていくしかなかった。
やがて、上野は公園に入っていく。公園何の用があるのだろうか。入来と山樫は、距離を開けつつ尾行する。
だが、思わぬ光景に愕然となった──
上野は、公園のシーソーにひとりで座っていたのだ。片方の端に座っているため、当然ながら下がりっぱなしである。
その状態のまま、上野はじっと前を向き微動だにしていない。スマホをいじるわけでもなく、険しい表情で虚空を睨んでいるのだ。
「あれ、何やってんだろう……」
山樫が、ひとり呟くように言った。
「な、何だろうね」
答える入来は、どぎまぎしていた。さっきから、ずっと山樫に手を握られている。女の子と手を繋ぐなど、本当に久しぶりだ。もともとモテるようなタイプではないし、キャバクラにも風俗にも行かない。
したがって、ちょっとだけよこしまな気分になっていた……。
「上野さん、本当に変な人なんだな」
一方の山樫は、上野の姿を唖然となりながら眺めている。実のところ、入来の手を握っているのも不安からだ。上野の行動が理解不能なため、完全に圧倒されているのである。
離れた位置から観察を続けるふたりの前で、さらに奇怪な出来事が起きる。突然、がっちりした体格の女性が現れたのだ。青いジャージを着て眼鏡をかけており、肩幅広く腕は太く腹周りも凄い。確実に百キロを超えているだろう。
そんな女が歩いてきたかと思うと、ひょいとシーソーに跨がる。巨体に似合わず、動きは軽快だ。
次の瞬間、上野の体は浮き上がる。正確には、上野の座っている側が、女の重さにより上がっていったのだ。
その途端、上野は悔しそうな顔でシーソーから降りた。脇目も振らず歩いていく。
すると、山樫も動いた。入来の手を握ったまま、跡を付ける。
入来もまた、黙って付いていくしかなかった。
上野は、商店街を歩いていく。立ち並ぶ店には、昭和の香りが色濃く漂っていた。正直、お洒落という言葉とは程遠い。道行く人たちも、高齢者の割合が高い。
そんな街を、上野はずんずん進んでいく。さらに距離を開け、山樫と入来も付いていく。例によって、ふたりはしっかりと手を握っていた。時おり、すれ違う老婆が「あらあら、仲良いのね。ウフフ」というような目で見ていたりもする。
入来はたいへん照れ臭いが、山樫は上野の動きだけを注視している。周囲の目など、お構いなしだ。
そんな少女を見ていて、入来は不安を覚えた。この子は、もしかしたら上野のことが好きなのかもしれない。あの男は、筋金入りの変人ではある。しかし、顔は悪くない……昭和のイケメン、という感じではあるが。しかも身長は高く、手足の長いすらりとした体型だ。さらに、高収入でもある。
好きになっても不思議ではない……などと思っていた時だった。いきなり、手をぐいっと引かれる。
「ちょっと! 上野さんファミレス入ってったよ!」
慌てた口調で言ったかと思うと、山樫は早足で歩き出した。見れば、上野は確かにファミリーレストランへと入っていく。入来は、彼女に半ば引きずられるような体勢で付いていく。
ふたりは、そのままファミレスに入っていった──
「上野さん、ファミレスなんか行くんだね」
そんなことを言いながら、山樫は上野の動向をじっと窺っていた。メニューで、顔の半分を隠している。
「う、うん」
生返事をしつつ、入来は周りを見回した。店内には、ふたりと上野の他に数人いる。サラリーマン風に主婦らしき女のグループだ。
入来と山樫のいるテーブルは、上野から離れた位置にある。今はまだ、気付かれていないらしい。もっとも、大きな声を出したり目立った動きをすれば、すぐに見つかるくらいの位置関係ではある。
「うわ、ひとりでブツブツ言ってるよ。なんか怖い」
そんなことを言いながら、上野から目を離さない山樫。入来は、先ほど浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。
「あの、君は上野さんのことが好きなの?」
言った途端、山樫の顔が歪んだ。
「ちょっと、変なこと言わないでよう。上野さんは、下手すりゃ親父より年上かもしれないんだよ」
「そうなの?」
何の気なしの問いだった。だが、直後に想定外の答えが返ってくる。
「まあね。今生きていたとしても、上野さんよりは下だと思うよ」
あっけらかんとした口調だ。しかし、入来の方は衝撃を受けた。今生きていたとしても、ということは?
「えっ……じゃあ──」
「そ。うちの親父はね、あたしがちっちゃい時に死んじゃったんだよ」
やや食い気味に、山樫は答えた。その表情は変わっていないが、やはり思うところはあるのだろう。入来は頭を下げる。
「ご、ごめん。悪いこと聞いちゃったね」
「謝ることないよ。あたし自身、親父の記憶はないから。物心ついた時には、母親とふたり暮らしだったしね」
そう言って、山樫は笑った。可愛い笑顔だ、と入来は思った。
「君は凄いな」
「今頃わかったの?」
得意げに胸を張る山樫。すると、否応なしに膨らみが強調される。入来はうろたえ、目を逸らす。この男は二十五歳だが、童貞中学生と同じくらい純情なのである。
「いや、前から凄いことは知ってたけどさ」
動揺を隠すため、適当なことを言った。だが、山樫は機嫌をよくしたらしい。
「へへへ、まあね。でもさ、入来さんも凄いよ」
「えっ、僕が? 僕は普通のコンビニ店員だよ。全然すごくないから」
「いやいやいや。あの上野さんと友達になれる時点で、どう考えても普通じゃないから」
くすくす笑いながらの言葉に、入来も苦笑しつつ尋ねる。
「あのう、それは褒められてるの?」
「一応は褒めてるよ」
楽しそうに答える山樫の目は、入来だけに向けられていた。
それが嬉しい……などと思っていた時、入来は空腹を感じた。考えてみれば、そろそろ昼飯時だ。一瞬ためらったが、提案してみた。
「あ、あのさ、何か食べる? こんなところで良ければ、ご馳走するよ」
「えっ、いいの?」
「うん。実は、お腹空いちやってさ。ひとりで食べるのも申し訳ないし」
「わかった。じゃ、遠慮なくご馳走になるね」
やがて、ふたりは笑顔で語らっていた。そんな中、上野はそっと店を出ていく。
帰り際、扉のところで振り返った。しかし、入来も山樫も全く気づいていない。会話が盛り上がっており、上野のことは完全に忘れている。
「なんか、知らん間にキューピッドの役割を果たしてしまったようだな」
ボソリと呟くと、再び公園へと向かう。目当ては、あのシーソーだ。先ほどの女は姿を消しており、誰もいない。
上野は、当然のごとくシーソーの端に座り込む。そのまま、無言で前方を見ていた。
やがて、その場に現れた者がいる。がっちりした体つきの女性……そう、先ほどシーソーに座っていた女だ。
そこからの展開は、デジャヴュそのものであった。女が反対側に座り込み、上野の体が浮き上がる。悔しそうな顔で、シーソーを離れる上野。数時間前に起きたことと、全く同じである。
残念ながら、山樫も入来もそれを見ていなかった。ファミレスにいる若いふたりの目には、お互いのことしか見えていなかったのである。
コンビニ店員の彼だが、本日は休みである。朝の九時に起床し朝食を食べた後、暇つぶしに近所の商店街をぶらぶら歩いていた。
そんな時、おかしなものを発見したのだ。
十メートルほど先にて、電信柱の陰に隠れている者がいる。緑色のツナギを着た少女だ。髪は短く、とぼけた感じの顔立ちである。何となく、どこかの地方のゆるキャラを連想させる風貌だ。
もっとも、この少女を甘く見てはいけない。彼女の名は山樫明世、十五歳の女子高生である。同時に、特殊な案件のみを取り扱う配達員でもある。身体能力は凄まじく、切り立つ断崖絶壁を素手でよじ登り荷物を届けてしまえるのだ。入来とも顔見知りである。
そんな山樫が、電柱の陰に隠れ、前方に鋭い視線を送っている。まるで、尾行する探偵のようであった。
入来は、そっと近づいてみた。
「あ、あのう」
声をかけると、山樫は無言で飛び上がる。よほど驚いたらしい。
直後、険しい表情で後ろを向く。だが、その表情はすぐに和らいだ。
「黙ってこっち来て」
囁きながら、入来の腕を掴み強引に引っ張る。入来は、よろけそうになりながら山樫のそばに引き込まれた。
「だ、だから、君は何をしてるの?」
小さな声で尋ねると、山樫は前方を指差す。
入来がそちらに視線を向けると、そこには背の高い男が立っていた。ジャージ姿で、一軒の店の前にいる。扉に貼ってある何かを読んでいるらしい。時おり、うんうんと頷いている。その濃い横顔には、見覚えがあった。
「あれさ、上野さんだよね?」
不意に、山樫が囁いてきた。
「本当だ。何やってんだろう」
何の気なしに呟くと、山樫はこちらを向いた。
「あの人のプライベートって知ってる?」
「いや、全く知らない」
「えっ、あんたでも知らないの?」
「う、うん。どこに住んでるかとか、既婚者なのかとか、そういう話を聞いたことないな」
そうなのだ。
入来は、上野とは数年来の付き合いである。しかし、プライベートなことは全く知らない。知っているのは、上野は日本でもトップクラスの除霊師であると同時に、日本でも最高級の奇人変人であることだけだ。
そんなことを思いつつ、山樫に視線を移す。彼女はこちらに背を向け、上野の行動をじっと観察していた。無防備なうなじが、入来の目に入る。
途端に、どきりとなった。山樫が女性であり、密着に近い体勢だ……この事実を突きつけられ、入来は動揺していた。
その時、山樫が振り返る──
「上野さんが動き出した。ちょっと、跡をつけてみようよ」
「い、いやあ、それはマズイんじゃないかな」
入来はうろたえながらも、どうにか言葉を返した。すると、山樫は首を傾げる。
「なんでよ? あんただって、いろいろ迷惑かけられてんでしょ?」
「それとこれとは別だよ。上野さんのプライベートを──」
「ほら、見失うよ! いこいこ」
言ったかと思うと、山樫は入来の腕を掴んだ。強引に引っ張っていく。彼女は細身だが、その力は強い。入来は照れながらも、付いていくしかなかった。
やがて、上野は公園に入っていく。公園何の用があるのだろうか。入来と山樫は、距離を開けつつ尾行する。
だが、思わぬ光景に愕然となった──
上野は、公園のシーソーにひとりで座っていたのだ。片方の端に座っているため、当然ながら下がりっぱなしである。
その状態のまま、上野はじっと前を向き微動だにしていない。スマホをいじるわけでもなく、険しい表情で虚空を睨んでいるのだ。
「あれ、何やってんだろう……」
山樫が、ひとり呟くように言った。
「な、何だろうね」
答える入来は、どぎまぎしていた。さっきから、ずっと山樫に手を握られている。女の子と手を繋ぐなど、本当に久しぶりだ。もともとモテるようなタイプではないし、キャバクラにも風俗にも行かない。
したがって、ちょっとだけよこしまな気分になっていた……。
「上野さん、本当に変な人なんだな」
一方の山樫は、上野の姿を唖然となりながら眺めている。実のところ、入来の手を握っているのも不安からだ。上野の行動が理解不能なため、完全に圧倒されているのである。
離れた位置から観察を続けるふたりの前で、さらに奇怪な出来事が起きる。突然、がっちりした体格の女性が現れたのだ。青いジャージを着て眼鏡をかけており、肩幅広く腕は太く腹周りも凄い。確実に百キロを超えているだろう。
そんな女が歩いてきたかと思うと、ひょいとシーソーに跨がる。巨体に似合わず、動きは軽快だ。
次の瞬間、上野の体は浮き上がる。正確には、上野の座っている側が、女の重さにより上がっていったのだ。
その途端、上野は悔しそうな顔でシーソーから降りた。脇目も振らず歩いていく。
すると、山樫も動いた。入来の手を握ったまま、跡を付ける。
入来もまた、黙って付いていくしかなかった。
上野は、商店街を歩いていく。立ち並ぶ店には、昭和の香りが色濃く漂っていた。正直、お洒落という言葉とは程遠い。道行く人たちも、高齢者の割合が高い。
そんな街を、上野はずんずん進んでいく。さらに距離を開け、山樫と入来も付いていく。例によって、ふたりはしっかりと手を握っていた。時おり、すれ違う老婆が「あらあら、仲良いのね。ウフフ」というような目で見ていたりもする。
入来はたいへん照れ臭いが、山樫は上野の動きだけを注視している。周囲の目など、お構いなしだ。
そんな少女を見ていて、入来は不安を覚えた。この子は、もしかしたら上野のことが好きなのかもしれない。あの男は、筋金入りの変人ではある。しかし、顔は悪くない……昭和のイケメン、という感じではあるが。しかも身長は高く、手足の長いすらりとした体型だ。さらに、高収入でもある。
好きになっても不思議ではない……などと思っていた時だった。いきなり、手をぐいっと引かれる。
「ちょっと! 上野さんファミレス入ってったよ!」
慌てた口調で言ったかと思うと、山樫は早足で歩き出した。見れば、上野は確かにファミリーレストランへと入っていく。入来は、彼女に半ば引きずられるような体勢で付いていく。
ふたりは、そのままファミレスに入っていった──
「上野さん、ファミレスなんか行くんだね」
そんなことを言いながら、山樫は上野の動向をじっと窺っていた。メニューで、顔の半分を隠している。
「う、うん」
生返事をしつつ、入来は周りを見回した。店内には、ふたりと上野の他に数人いる。サラリーマン風に主婦らしき女のグループだ。
入来と山樫のいるテーブルは、上野から離れた位置にある。今はまだ、気付かれていないらしい。もっとも、大きな声を出したり目立った動きをすれば、すぐに見つかるくらいの位置関係ではある。
「うわ、ひとりでブツブツ言ってるよ。なんか怖い」
そんなことを言いながら、上野から目を離さない山樫。入来は、先ほど浮かんだ疑問をぶつけてみることにした。
「あの、君は上野さんのことが好きなの?」
言った途端、山樫の顔が歪んだ。
「ちょっと、変なこと言わないでよう。上野さんは、下手すりゃ親父より年上かもしれないんだよ」
「そうなの?」
何の気なしの問いだった。だが、直後に想定外の答えが返ってくる。
「まあね。今生きていたとしても、上野さんよりは下だと思うよ」
あっけらかんとした口調だ。しかし、入来の方は衝撃を受けた。今生きていたとしても、ということは?
「えっ……じゃあ──」
「そ。うちの親父はね、あたしがちっちゃい時に死んじゃったんだよ」
やや食い気味に、山樫は答えた。その表情は変わっていないが、やはり思うところはあるのだろう。入来は頭を下げる。
「ご、ごめん。悪いこと聞いちゃったね」
「謝ることないよ。あたし自身、親父の記憶はないから。物心ついた時には、母親とふたり暮らしだったしね」
そう言って、山樫は笑った。可愛い笑顔だ、と入来は思った。
「君は凄いな」
「今頃わかったの?」
得意げに胸を張る山樫。すると、否応なしに膨らみが強調される。入来はうろたえ、目を逸らす。この男は二十五歳だが、童貞中学生と同じくらい純情なのである。
「いや、前から凄いことは知ってたけどさ」
動揺を隠すため、適当なことを言った。だが、山樫は機嫌をよくしたらしい。
「へへへ、まあね。でもさ、入来さんも凄いよ」
「えっ、僕が? 僕は普通のコンビニ店員だよ。全然すごくないから」
「いやいやいや。あの上野さんと友達になれる時点で、どう考えても普通じゃないから」
くすくす笑いながらの言葉に、入来も苦笑しつつ尋ねる。
「あのう、それは褒められてるの?」
「一応は褒めてるよ」
楽しそうに答える山樫の目は、入来だけに向けられていた。
それが嬉しい……などと思っていた時、入来は空腹を感じた。考えてみれば、そろそろ昼飯時だ。一瞬ためらったが、提案してみた。
「あ、あのさ、何か食べる? こんなところで良ければ、ご馳走するよ」
「えっ、いいの?」
「うん。実は、お腹空いちやってさ。ひとりで食べるのも申し訳ないし」
「わかった。じゃ、遠慮なくご馳走になるね」
やがて、ふたりは笑顔で語らっていた。そんな中、上野はそっと店を出ていく。
帰り際、扉のところで振り返った。しかし、入来も山樫も全く気づいていない。会話が盛り上がっており、上野のことは完全に忘れている。
「なんか、知らん間にキューピッドの役割を果たしてしまったようだな」
ボソリと呟くと、再び公園へと向かう。目当ては、あのシーソーだ。先ほどの女は姿を消しており、誰もいない。
上野は、当然のごとくシーソーの端に座り込む。そのまま、無言で前方を見ていた。
やがて、その場に現れた者がいる。がっちりした体つきの女性……そう、先ほどシーソーに座っていた女だ。
そこからの展開は、デジャヴュそのものであった。女が反対側に座り込み、上野の体が浮き上がる。悔しそうな顔で、シーソーを離れる上野。数時間前に起きたことと、全く同じである。
残念ながら、山樫も入来もそれを見ていなかった。ファミレスにいる若いふたりの目には、お互いのことしか見えていなかったのである。
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