幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

ただいま(3)

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 一ヶ月ぶりに戻ってきた家は、相変わらず無駄なものがなくて、キチンと整頓されている。ゴチャゴチャしているのは二人で共同で使っている本棚の、俺が使っているスペースだけだった。

 もともとヒカルは綺麗好きで、一人で暮らしている時から小まめに部屋の掃除はしていた。ただ、一ヶ月間ヒカルが一人で生活していた室内を改めて見回すと、一度掃除をして以降、ただ眠りに帰って来ていただけなんじゃないか、という気がした。
 空っぽのゴミ箱や、ほとんど使った痕跡が見られないピカピカのキッチンシンク。食器用洗剤の横に置いてあるスポンジはカラカラに乾いていた。

「……飯とかちゃんと食べてんの」
「んー……?」

 よく聞こえていないのか、それとも聞こえないフリをしているのか、ヒカルは首を傾げただけで俺の質問には答えない。ソファーに深く腰掛けて、テレビ画面に映るプロ野球の春季キャンプのニュースをじーっと眺めている。

 聞くよりも実際見た方が早い、と冷蔵庫を覗いたら、案の定食材はほとんど入っていなかった。調味料と、硬水と、それからハムとヨーグルトとサラダチキン。キッチンカウンターの上には4枚切りの食パンの袋。
 火を使わずに食べられるものをかき集めて、朝食を済ませているヒカルの様子が容易に想像出来た。



「……なに?」

 側へ寄るとヒカルは不思議そうにしていた。海外出張から帰ってくるたびに、大量の荷物をひっくり返して、片付けにバタバタしている姿ばかり見せていたからだろうか。
 ヒカルは何も言わなくても、目だけで「どうしたの?」と尋ねてくる。ほんの少し垂れている目尻のせいか、ただ黙って微笑んでいるだけでも優しげな顔つきに見える。そのせいで、「もっと食べろ。体を壊すぞ」と強い口調で言うはずだった言葉を一度飲み込んでしまった。

「……いや、ちゃんと食べてんのかな、と思って。お前、毎日体力使ってんだからさ」
「……最近、ちょっと忙しくてさ。中国系企業の買い上げた土地へ、マンション建設を請け負ってるんだけど、これがなかなか上手くいかなくて。買い物に行く暇も、作る時間も無かったんだ……。余計な心配かけてゴメンね、気を付ける」

 出張中の自分自身の食生活はどうだったのか、と言われるとナシゴレンとミーゴレンを屋台で交互に食べる……ということを一週間続けていたこともあったから、ヒカルの言うことに「それならいいんだけど」と頷くしかなかった。

 シャツを脱いで黒のインナーシャツだけになったヒカルの上体を密かに盗み見る。特に痩せたという印象は受けなかった。相変わらず、硬い胸板にしっかり筋肉のついた腕。俺よりもずっと立派な体つき。
 この肉体を維持するだけでもカロリーを消費しているだろうに、とインナーから覗く二の腕に手を伸ばしかけた所で、なんとか思い止まる。……ヒカルと恋人どうしになって長いわけだし、好きあっている相手に触れるなんて、ごく自然なことなのだろうけど、「どうしたの? ルイもやっぱり寂しかった?」と微笑みかけられたら、たぶん俺は……きっとヒカルのいいようにされてしまう。
 さっき家へ帰るまでの間に、車内で変なことを言われたせいなのか、ついヒカルのことを警戒してしまう。

「ねえ、ルイ」
「うん?」
「……さっきさあ、車でルイの体のことをちゃんと気遣えなくてゴメンね」
「……いいよ、べつに。気にすんな……」

 コイツ、俺の心を読んだのか? とドキッとした。ヒカルなら出来るんじゃないかと思ってしまった。
 ヒカルはいつもと同じおっとりした口調で「俺、ルイが帰ってくるのをすごく楽しみにしててさあ……」と話し続けた。

「ここ数日ずっと浮かれてて。今日も到着口からルイが出てくるのを見た瞬間、思いきり抱き締めたいくらい嬉しかったけど、必死で我慢してさ……」
「……うん」
「疲れてるルイを気遣わないとってわかってるのに、やっぱりルイが側にいると、久しぶりに恋人らしいこともしたいなって欲求が……。ゴメンね」

 子供か、って自分でも呆れるよ、と穏やかな顔でヒカルは笑う。だけど、どこかその表情は寂しげに感じられた。
 むしろ、俺みたいに意地を張ることもせず、ここまで正直に自分の気持ちをさらけ出して、涼しい顔をしていられるヒカルからは大人としての余裕しか感じられなかった。



「……俺も、早くヒカルに会いたかった」
「本当? 嬉しい……」

 どちらかが長期の出張へ行くたびに繰り返しているため、もう何度目かわからないむず痒くなるようなやり取りに、結局今回も辿り着いてしまう。
 明日からはまた普段通りの日常に戻るわけだから、そんなに大袈裟なものでもないだろう、と本当は感じているけど。ヒカルがパッと真っ白な肌を輝かせて、喜んでいるのを見ると、「まあ、いいか」と思えた。

「……腰、平気? 長距離の移動は大変だったんじゃない……?」
「うん、まあ……。今日は向こうの工場に寄って、それから空港だったんだけど、車のシートがあんまり合わなくて……。ちょっと痛い、腰が」

 あと尻も、と言いかけて、なぜかそれについては口にするのを躊躇してしまう。何も知らないヒカルは「そうなの」と本当に心配そうな様子で俺の腰に腕を回した。

「大丈夫? 擦る?」
「ちょっと休めばすぐよくなるから、べつにいいよ」

 そう言ったのに、ヒカルは俺の腰を擦った。いつの間にかずいぶん密着してしまっていて、ヒカルの顔がずいぶん近い。こんなに近いと、さっき触れるのに躊躇した腕や、ヒカルの香りをどうしても意識してしまう。



「ルイ」

 さっきまでとは全然違う、熱を含んだ甘いヒカルの声。耳に今にも唇が触れそうな距離感で「会いたかった」と囁かれる。
 やめろよ、くすぐったいだろ、俺はもう寝る……。ヒカルの腕をはね除けて、この雰囲気から脱出する事は出来るはずなのに、動けなかった。
 さっきヒカルから本音を聞いてしまったせいだった。気遣えなくてゴメンね、久しぶりに恋人らしいことがしたい、という、ずっと待っていてくれたヒカルの気持ちを雑に扱うなんてことは出来ない。

「ヒカル……」
「ね、ルイ、疲れてるのにゴメンね……」

 こめかみに唇が何度も押し当てられる。顔が上げられないため、ヒカルの気持ちの全部を読み取れているわけではないものの、優しく触れるだけのキスは、俺のことを労っているように感じられた。
 俺だって、疲れているけど、本当はしたい。いくつになっても「大好き」とベタベタしてくるヒカルを突っぱねてしまう事もあるけど、そういう欲求だってちゃんと持っている。


「……シャワーする?」
「……わかった」
「せっかくだから一緒に入ろうよ」
「えっ! いや、一緒に入ったら準備が……」

 つい、条件反射で口をついた言葉に「いいの!」とヒカルは目を輝かせた。

「俺、今日は無理かなって思ってたのに、ルイの方からオーケーしてくれるなんて、すごく嬉しい……」
「は……? 俺の方からって……」
「ちゃんと一回だけで終わらせるし、激しくしないように気を付けなきゃね」

 ほら、ルイの大好きな対面座位でしてあげるから、と呟くヒカルの声はどこか楽しげだった。
 ……ゴメンね、と一度引いてから本心を打ち明けた後に、「したい」と直接的な事は言わずに甘ったるい空気だけで押してくる。綺麗な顔をしてる、と付き合いの長いヒカルの美形にいまだに見とれ、一人の時はヒカルとのセックスを思いだし、悶々とする俺には抗えるはずがなかった。



「待ってるね」

 なぜか脱衣所まで着いてきたヒカルに、念を押すようにして見つめられた。急にヒカルがイキイキしだしたような気はしたが、迷わず脱衣所からは締め出した。
 バカじゃねーの、と呆れつつ、やっぱり嫌なんかじゃなかった。それで、ヒカルとの行為のための準備を整えることにした。
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