幼馴染みが屈折している

サトー

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【その後】幼馴染みにかえるまで

ただいま(2)

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 空港で会った時から、ヒカルの反応はずいぶんあっさりしていた。「おかえり」と静かに微笑み、俺の荷物をさっと取り上げる。
 すれ違う大勢の人を器用に避けながら、時々俺の様子を気にして、歩く速度を落とす。長い足をもて余し気味のヒカルがゆっくり歩いていると、なんだか動きがカクカクして見えて、不自然だった。

 車に乗り込んでからも、適当なラーメン屋に寄った時も、離れていた間の出来事について、お互い思い付いたことから話すくらいだった。昨日の電話での会話はまるで無かったことのように、二人とも落ち着いている。

 俺もヒカルも仕事で家を開けることが多いから、離れ離れでいることに、お互いすっかり慣れてしまったのかもしれない。毎回毎回「寂しかった……」とヒカルに泣かれるよりはマシか、と思うことにした。


 大手ゼネコンの設計部に勤めているヒカルは、あっという間に一級建築士の試験に合格して、それからほとんど間を置かずに、マンションや大型商業施設の設計を任されるようになった。

 初めてヒカルが設計した五階建てのマンションは、所有者への引き渡しの直前に、二人でこっそり覗きに行った。
「これくらいの低層マンションは簡単なんだよね」と照れたように笑うヒカルの側で、「これをヒカルが?」「簡単?」と俺は目の前の建物に圧倒されていた。
 焦げ茶色のブリックタイルの外壁はシックで重厚感があった。タワーマンションのような派手さは無いけれど、高さがない分、静かな街並みに調和していて、一目で居心地が良さそうだと感じさせた。

 俺には、マンションと言われても、白一色の外壁をした四角い建物を思い浮かべるくらいの想像力しかない。「これ、一からヒカルが考えたのか?」「こんなスゴイ、綺麗な建物を?」と素直にヒカルを褒める言葉を口にしていた。
 
 それから、真冬にも関わらず、しばらくの間、二人でぼーっと建物を眺めた。
「猛烈な台風」が接近してきた時は、工期を遅れさせるわけにはいかないけれど、現場の安全も守らないといけない……と現場監督とずっと頭を悩ませていたヒカル。暴風が吹き荒れる外へいまにも飛び出して行くんじゃないかと見ているこっちが心配になる程、ソワソワしていた。
「職人さんって、難しい。俺は、朝、誰よりも早く現場へ行くんだけど……職人さん達の乗ったハイエースが入ってくると、いまだにドキドキして、体が震える」と珍しく弱気になっていたこともあった。

 そんなヒカルが、必死で守ってきた建物が、ようやく完成した。側にいるヒカルには、これだけ大きなものを作る現場を動かす力がある、ということに心の底から感動してしまった。

「ヒカルはスゴイな……。こうやって二人で見に来られて良かった……」
「……ありがと」

 ふふっ、と笑うヒカルの手が俺の手を包み込む。誰かに見られるかもしれない、と躊躇する気持ちが無かったわけではないけど、今夜くらいは、と冷えた手を握り返した。長い指が、俺の手の甲を緩やかに撫でる。ああ、俺はやっぱりヒカルが好きなんだ、という気持ちが込み上げて、顔が上げられなかった。

 こんな時……子供の頃と違って、俺はヒカルが成功することを素直に受け入れて、一緒に喜べるようになっていると実感する。悔しい、という気持ちが完全に無くなったわけではないけれど、「俺も負けてられるか」という気持ちで、ヒカルの側にいると頑張れるようになった。
 建築士になったヒカルに対して、俺は、小さな金属部品会社の営業職をしている。全く違う環境で働いていることが、子供の頃から何をするにも一緒だった俺達にはちょうどいいのかもしれない。

 お互い忙しいうえに、俺は海外出張が多いというのもあって、長い時では一ヶ月近く顔を合わさないこともある。だから、一緒に過ごせる時間は大切だった。大切だけど、俺もヒカルも少しずつ大人になって落ち着いてきているわけで、二人っきりの車内でも「最近仕事どう?」といった話をポツポツと続けた。


「……ルイはやっぱり向こうでは、人に会うたびに、うるっとしてたの」
「してない」
「嘘? 絶対、向こうで元同僚から『ルイ、アイタカッタ』とか片言の日本語で言われたら、泣いたでしょ」

 ヒカルの言うことは図星だけど、素直に認めたくなくて聞こえないふりをした。

 俺の勤めている会社には外国人社員も大勢働いている。中には、のれん分け、という形で会社が海外での代理店を任せる事も珍しくない。元同僚達は帰国後も、ネパールやインドネシア、ベトナム等で海外事業の拡大や、資源の確保で力になってくれる心強いビジネスパートナーだ。海外出張のたびに彼等のもとを訪ねていくのも俺の仕事の一つだ。

 言葉を教えてやりながら、慣れない日本での生活の悩みを聞いて励ましてきた大切な同僚達だ。久しぶりの再会で、「ルイ!」と元気な姿で歓迎してもらえた時は、本当に嬉しい。そして、「家族もみんな元気です」と言われると、遠く離れた故郷の家族に会いたがっていた姿をどうしても思い出してしまう。

 いくら親しい間柄とはいえ、泣くのはみっともないから我慢するけれど、本当のところは「良かったな……」と結構うるっと来ている。それを全部お見通しとでも言うかのように、ヒカルは何か言いたそうな顔でニヤニヤしていた。

「……お前だって、休みの日はイオリの動画ばっかり見てるじゃん」
「……見てませんけど」
「見てるって! お前、本当はアイツが大好きだろ?」
「誰があんなヤツ……」

 冗談じゃない、と嫌そうな顔をするヒカルに今度は俺がニヤッとする番だった。
 大学の後輩であるイオリは、親の会社を手伝いながら、ユーチューブにゲーム実況動画を投稿している。そして、ヒカルは「相変わらず聞き取りづらい喋り方だ」とブツブツ文句を言いながら、イオリの動画をいちいちチェックしている。

 たぶん、イオリの「ヒカルすあん」「あっざーす」「すいませんっしたあ……」といった、ダラダラした喋り方が結構クセになってしまっているんだろうけど、ヒカルは頑なにそれを認めたがらない。
 いまだに「ヒカルさん!」と寄ってくるイオリに迷惑そうな顔をしつつ、なんだかんだ構ってやっている。

「良かったな。アイツはヒカルにとって弟みたいなもんだろ?」
「はあ? 違うって言ってるのに……」

 整った顔が不機嫌そうにブスッとしている。俺が吹き出すと、「もう」とヒカルも笑った。二人とも落ち着いてきたようで、やっぱりこういうふうに、お互いをいじって騒ぐことはやめられない。長い海外出張を終えて、ようやくヒカルとの二人の生活にまた戻ってこられた。



「……結構混んでるけど、平気?」

 ノロノロと車を走らせながら、ヒカルが心配そうな声で呟いた。確かに酷い渋滞は、遥か先まで続いている。幸い明日は休みで、べつにトイレに行きたいわけでも無いから、「大丈夫」と頷いた。それよりヒカルは疲れていないんだろうか、と思っていると、ふいにヒカルがこっちを見た。

「体、平気?」
「ん……べつに、疲れてない。トイレもまだまだ大丈夫だし」
「トイレって……。まあ、それならいいけど……。ルイ、腰が痛いって顔をしてるから」
「はあー? どんな顔だよ」

 確かに長い移動で、少しだけ背中や腰、尻が痛むけれど、これぐらいどうってことはない。そんなふうに見えないように、気をつけていたつもりだったけど、顔に疲れが出てたか? と首を捻っている時だった。

「俺の誕生日にさ、ルイの足腰が立たなくなるまで、ナマでさせてくれた事があったじゃない。あの時と同じ顔をしてるからさ……」
「は……?」
「覚えてる? ルイ、最後の方は、ほとんど声も出せないで、ボロボロ泣いちゃって……」
「やめろよっ! 変なことを言うなっ!」

 忘れられるかよ、と顔が熱くなる。ヒカルの25歳の誕生日に、「ルイが欲しい」とせがまれて、一晩中抱かれた時のことだ。途中で、少しだけ休ませて欲しい、とどれだけ訴えても「ダメ」とヒカルは微笑むばかりで、俺のことを絶対に離さなかった。
 繋がっている部分からどろどろに溶けてしまいそうなほど、何度も求められて、ヒカルのペニスで強制的に絶頂へと導かれた。
 こんなふうに、俺のことをコテンパンにヤりやがって……と悔しくてたまらないのに、「ヒカル」と目の前の体に夢中ですがった。「ルイ、愛してるよ」というヒカルの言葉に歯を食い縛りながら、快感を受け止めていたら、泣きたくもないのに、涙が溢れて……。

「思い出しちゃった?」
「……知るかっ」
「ふふ……」

 これ以上マトモに相手をしてもからかわれるだけだ、と窓の外を眺めてヒカルを完全にシャットアウトする。照れていると思われたのか、「ルイ、可愛いね」とヒカルはすっかり上機嫌だった。なんておめでたいヤツなんだろう、と心底呆れながら、何を言われても無視をする。
 昨日の電話で言っていたことは本気だったのか、と一瞬でも考えてしまったのが悔しい。

 この時は「家では絶対そういう雰囲気にさせない」「ヒカルの思い通りになってたまるか」と思っていた。
 それなのに、ヒカルの方が俺より何枚も上手だった。
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