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1章『転生×オメガ=あほ顔になる』

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マイナス思考は駄目だ。
唯でさえオタク根暗なのに、闇根暗に昇級してしまう。
気を紛らわす為に、私はがむしゃらに洗った。高そうなシャンプーのボトルに少しビビったけど、使わせて貰った。良い匂いだった。

「待てよ…」

これは在昌さんと同じ匂いという事では?匂いがおそろっちってやつでは?
嬉しさを通り越して恥ずかしくなってきた。私には刺激が強すぎたのだ。

煩悩を捨て去るように早急に身体を洗い、ほかほかの湯船に浸かる。

「ふぅ……」

気持ちが良い。お風呂大好き派からすると、とてもありがたい。そういえば、オメ蜜で在昌さんと桃ちゃんが一緒にお風呂入っていたシーンがあったな。挿絵が神々しかった。

「……ん?」

思い出すと、胸が痛んだ。大好きなシーンの筈なのに、嫌な気持ちがした。少しだけ。胸がムカッとするというか。
胸焼けしてしまったのだろうか。お昼はうどんだったから胸焼けするようなものは食べてないんだけどなぁ。

「…………」

取りあえず、在昌さんが用意してくれたお風呂を堪能しよう。
あの在昌さんが私の為に用意をしてくれたんだ。

「在昌さんもこの後入るのかな…」

私が浸かったお湯に在昌さんが浸かる。ん?大丈夫か?変な毛とか浮いてないか?汚れとか浮いていないか?

…私は直ぐさまお風呂から出た。

――結局3分しか浸かれなかったのであった。



*****



「絶対駄目です!」
「いや、駄目だ」

私達は交互にお風呂に入った後、在昌さんが入れてくれたココアを飲みながら駄目合戦をしていた。

「私の記憶が戻るまでこのおうちに居て良いだなんて、駄目です!私が悪い女だったらどうするんですか!」
「いや、悪い女は自分で悪いって言わないよ。兎に角、駄目だ。記憶の無い君を放っておけない」

…と、いう事だ。
確かにありがたい。けれど、無職金無し身分無しの私が此処に踏ん反り返って居られる訳がない。在昌さんに申し訳なさ過ぎる。それに、記憶が戻る事は無いのだ。なんせ全て覚えているのだから。

「在昌さんには感謝しています。なので、これ以上迷惑を掛ける訳にはいきません」
「…では君はこれからどこに行くんだ?」

在昌さんの鋭い視線が私にチクチクと突き刺さる。臆病な私は先程から在昌さんの方を見れないでいる。口では強気で刃向かってはいるが、顔は何とも情けない事か…。

「そ、それは……」
「身体を売ろうっていうのか?」

私のごもごもした言葉を遮るように低い声が私を責める。先程、言った事を気にしてくれているのだろう。
こんな私の身体を買おうという人なんて世界中探したって居ない。分かっている。先程は混乱しただけなのだ。

「…はは、売りたくても買ってくれる人なんて、居ませんよ」

うん。冗談だ。本気で冗談だったんだ。
私は笑いながら冗談ですよ、と言おうと、言葉を発する準備をしながら在昌さんを見て、固まった。

――在昌さんが異常な程に怒っていたから。

ローテーブルを挟んで向かい合っていた私達。在昌さんは長い足で机を跨いで、あほ顔を晒したまま時が止まっている私をソファーへと押し倒した。

「あ、在昌さん…!?」

私は必死に抵抗したけれど、頭上で両手を固定され動く事は出来なくて。在昌さんが真剣な表情で私を見下ろしている。

「逃げ出せないよね。君を犯す事は誰でも簡単に出来るんだよ。ましてや君はオメガだ。見知らぬアルファに首を噛まれてご覧。一生檻の中、なんだよ」

在昌さんの言葉に私の血の気が引く。
私が本当にオメガだとしたら――…。在昌さんの言う通り、首を噛まれたら私はどうなるのか。
アルファに首を噛まれたオメガは番になる。その間に愛が無ければ、子供を産むだけの機械になるのがオチだろう。

…この人は、私を思って怒ってくれているんだ。

「在昌さん…ごめんなさい」

じわり、と涙が滲む。
そんな私を解放した在昌さんは私が落ち着くまで何度も頭を撫でてくれた。

「うん。分かってくれたならここに居てくれるよね?」
「でも…」

ぐじぐじと駄々を捏ねる私に、在昌さんは私に一つの提案をした。

「じゃあさ。家政婦しない?」
「はい?」

在昌さんの言い分はこうだった。

仕事が忙しい為、家の事に手が回らない。
ハウスキーパーを週に3回雇っているのだが、元々知らない人に家に入られたくない。
毎日手料理を食べたい。
朝が弱いから起こして欲しい。

との事だった。

確かに仕事だ。身分無しの私にとってはとてもありがたい事だが、在昌さんは良いのだろうか?ほら、桃ちゃんが、ね。オメ蜜ではとある事から同棲していたから、私がここに居るのは非情にまずいのではないだろうか。

かと言って、在昌さんに桃ちゃんの事を切り出す事なんて私には出来ない。どうしたものかと悩んでいる私にトドメの一撃。

「駄目、かな?」

両手を握られ、至近距離で頭をコテンとされた私は何度も頷いたのだった。

勘違いしないで頂きたい。ちゃんと考えた上での決断です。断じて可愛さの余り思わず頷いてしまったとかでは、無い。

「良かった。じゃあ取りあえず今日は休もうか。真緒ちゃんには客室を使って貰うから、案内するよ。詳しい事は明日話そうね。丁度仕事も休みだからさ」

頷いた私に嬉しそうに笑みを浮かべながら、在昌さんは私の手を引き、客室へと案内してくれた。

客室なんてあるのかよ!と突っ込みそうになったけど、確か在昌さんの棲んでいる億ションはとても広かった。桃ちゃんも途中までは客室使ってたなぁ。恋人同士になってからは一緒に寝てたけど。

「在昌さんっ…!ありがとうございます!」

私はありったけの想いを込めて、在昌さんに言葉を届けた。そんな私に在昌さんは笑いながら、私のふっくらとした頬をツンツンする。

「え…何ですか…?」

思わぬ奇行に私の目が点になる。在昌さんは楽しそうにツンツンしたり、痛くない程度にふにふにしたりして遊んでいる。
確かに私の頬は柔らかい。因みに全身柔らかい。むにむにだ。気持ち良いのだろうか。わからない事も無いが、オメ蜜の在昌さんは人に対してこういった事をするシーンは無い。

私の知っている在昌さんはスマートで大人で、桃ちゃんに甘々で。人に対して子供のような表情を浮かべながら揶揄う彼の描写は一つも無かった。

「ふにふにー」
「ぽ、ぽっちゃりですから」
「そうかな?俺は可愛いと思うよ?」

キュンを通り越してぎゅーんってなった。

在昌さんに出逢ってから、沢山の知らない在昌さんを見た。
私が知っている彼は小説の中の『神崎在昌』さんだ。でも、私の目の前の在昌さんは、オメ蜜とは違う在昌さんなのかもしれない。

――もっと知りたい、と思った。もっともっと色々な在昌さんを見たい、と思った。

「じゃあ、おやすみ。真緒ちゃん」
「はい。おやすみなさい」

頬肉を堪能した在昌さんが私の頭を撫でて、部屋から出て行き隣のドアが開閉する音がした。在昌さんの寝室は隣らしい。

綺麗にベッドメイキングされた布団に潜り込めば、ボディーソープの匂いがして。在昌さんとお揃いの匂いで、胸がドキドキした。

「うぅ…寝れるかなぁ」

微かに感じる熱を逃すように寝返りを何回も打った。3回打ったところで私の意識は途切れたのだった。



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