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3巻
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しおりを挟むアレッタの冬休み編
プロローグ
冬。
それは、新年明けの四日目のこと。
ウィンウッド王国では、国中が雪に覆われていた。
辺境にあるベルクハイツ領もまたその地を雪で真っ白に染め、しょっちゅう魔物の氾濫を起こす『深魔の森』も、眠りにつくように静まり返っている。
そんなベルクハイツ領に、数頭の飛竜が舞い降りた。
雪かきがされた飛竜乗り場に降り立つのは、ブランドン領の飛竜だ。
そして、その飛竜の背から降りてくる人物を見て、ベルクハイツ子爵家の末っ子で、次期当主のアレッタは瞳を輝かせた。
「フリオ!」
「アレッタ!」
赤毛に琥珀色の瞳を持つ青年――フリオ・ブランドン伯爵令息は、愛しい婚約者を見つけて微笑んだ。
アレッタはそんなフリオに満面の笑みを浮かべて飛びついた。
さて、なぜフリオが新年早々にベルクハイツ領にいるかと言うと、簡単に言えば婿入り準備――つまり、伴侶教育を受けるためである。
昨年、フリオは無事に学園を卒業した。そのため、アレッタとの婚姻に備え、ベルクハイツ家に住むことになったのだ。
本来ならもっと後の予定だったのだが、フリオの実家――特にベルクハイツ家の熱心なファンであるブランドン伯爵がとうとうベルクハイツ子爵と縁づけられるとはしゃぎ、さっさとフリオをベルクハイツ家に送り出したのだ。
早く送り出されてもアレッタとの結婚は彼女が学園を卒業してからになるし、ベルクハイツ家にも迷惑だろうと言ったのに、父であるブランドン伯爵は教育を始めるのは早ければ早いほど良いだろうと言って聞かなかった。結局、フリオはこうして飛竜に乗る羽目になったのだ。
しかし、フリオと一緒にいられるので、アレッタはブランドン伯爵の性急な行動を喜んだ。
「じゃあ、行きましょうか!」
「ああ」
鼻歌でも歌い出しそうなアレッタに手をとられ、フリオは小さく笑う。
こうして、フリオのベルクハイツ家での生活が始まったのだった。
第一章
フリオがベルクハイツ家に来て五日。
フリオの歓迎会は身内のみで温かに、そして賑やかに行われた。
アレッタは学園が始まるまで毎日フリオに会えると大いに喜び、フリオもまた嬉しそうにしていた。
しかし……
「ぜんっぜん、会えない!」
そう言ってテーブルに突っ伏すアレッタを見下ろすのは、彼女の直属部隊である魔物討伐軍第十六部隊――通称『漢女部隊』の隊長、デリス・モンバートンである。
「アレッタ様もすっかり恋する乙女ね」
クッキーをつまむ時に垂れてきた自慢の金髪ドリルを後ろに払い、穏やかに笑む。
デリスの言葉に、クスクス笑って脚を組みなおすのは、赤いピンヒールが眩しい副隊長のセルジア・ウォーレンだ。
「最初の婚約者のお坊ちゃんの時とは大違いだわ」
揶揄するような言葉に、アレッタは唇を尖らせて顔を上げた。
顔を上げた先にある二人の顔は、微笑ましいとでも言いたげな優しい表情をしていた。
アレッタが率いるこの『漢女部隊』は、数多のオネェ様が所属するベルクハイツ軍一のイロモノ部隊である。
体は漢、心は乙女な彼女等は、戦場での経験から弾けてしまった者ばかりで、誰もが死んで後悔しない生き方というものを模索し、体現している。お陰様で、部隊の漢女達は筋骨隆々の逞しい体をレースやフリルで飾り立て、思い思いの『美しい自分』となって日々を謳歌していた。
そのため、彼女等の生き方は大変自由である。
「だって、同じ家に住んでいるのに、ちっとも顔を見られないのよ? そりゃあ、伴侶教育が大変なのは分かるわ。けど、せめて食事くらい一緒にしたいの」
アレッタのその言葉に、二人はアラマァ、と顔を見合わせた。
「そうね、確かに食事は一緒にとりたいわよね」
「むしろ一緒に住んでいるなら、それくらいの時間を作る甲斐性が欲しいわ」
どれだけ忙しいかは知らないが、せめて朝食の時間くらいは合わせられるのではないか。
アレッタはデリスとセルジアの言葉に、我が意を得たりとばかりに叫んだ。
「そうなの! 忙しいのは分かってるから、無理にデートして欲しいとかじゃないのよ! せめて食事を一緒にとって、顔が見たいだけなの!」
フリオが学んでいるのは、自分と結婚し、支えるためだと分かっているから邪魔はしたくない。けれど、それはそれ、これはこれである。
ヤケ酒を飲むかのように紅茶を一気に呷ったアレッタに、セルジアがニヤリと悪戯っぽく笑った。
「ねえ、アレッタ様。オトコっていうのは、いつだって野暮な困ったちゃんなの。言わなきゃ分からないのよ。だ・か・ら」
赤い唇の端を吊り上げ、そそのかす。
「そういう時は、実力行使よ」
アレッタはぱちくりと目を瞬かせ、なるほど、と頷いた。
***
フリオは困っていた。
「まあ、そんなわけで、そうオネェ様にご助言いただいたのよ」
「ソッカー……」
愛しの婚約者、アレッタの機嫌が底辺である。絶体絶命のピンチであった。
「取りあえず、上からどいてくれないか?」
「え? 嫌」
笑顔で言われたであろうそれを、フリオは確かめられない。なぜなら、現在フリオはうつぶせで倒れており、その背にアレッタが腰を下ろしているからだ。まさに、物理的に尻に敷かれている。
「アレッタさ~ん!」
「イ・ヤ!」
なぜこんなことになっているかと言うと、それは数分前に遡る。
与えられた執務室で普通に仕事をしていたフリオが書類を持って立ち上がり、ドアへ向かって歩き出したところで、天井からアレッタが降って来たのだ。
「ああぁぁぁ、もう! お前、なんで天井なんかから降って来るんだ! お前は隠密か⁉ 暗殺者か⁉」
「ベルクハイツ家の次期当主よ!」
そうだった。暗殺者なんぞよりよっぽど恐ろしい次期当主様だった。
「ちなみに天井にはベルクハイツ家の影用の通路があるの。あとは気配を消して筋力任せで天井に張りついていただけね。すべてはだいたい筋肉のなせる技ってわけ!」
「筋肉がすべてを解決するみたいな言い方をするな!」
正直なところ、アレッタを跳ねのけて立ち上がることは可能なのだが、それをしたら後が怖いのでフリオは尻に敷かれた体勢から動かない。しかし、体は無事でも、男の尊厳は死にそうなので早めにどいてほしい。
「ねえ、フリオ。私が何に怒ってるのか分かる?」
「え……?」
アレッタの問いにフリオはその優秀な頭脳をフル回転させたが、心当たりがなかった。なにせ、伴侶教育が始まってからあまりの忙しさにアレッタと顔を合わせていなかったからだ。まさか、その『顔を合わせていない』ことに怒っているとは思わない。
「えっと……」
困った様子で視線を泳がせるフリオに、アレッタは溜息をつく。
「分からないのね」
「ハイ……」
観念して認めたフリオに、アレッタはもう一度溜息をついて立ち上がる。
解放されたフリオはアレッタの顔を見て、自主的に正座をした。
アレッタの顔は、まさに『無』だった。
(静かに怒っていらっしゃる!)
フリオが内心戦々恐々としていると、アレッタの静かな声が頭上から降って来た。
「フリオ、貴方が忙しいのは分かってるのよ。けどね、それって、朝食すら一緒にとれないほどなの?」
「え?」
顔を上げたフリオに、アレッタは視線を合わせるようにしゃがみ込み、告げる。
「本当は夕食だって一緒にとりたいけど、仕事の進み次第ではままならないこともあるわよね。ちゃんとご飯を食べてくれているなら、今は、見逃してあげる」
今は、を強調され、いずれは見逃さないと暗に宣言された。
「無理してデートの時間を作って欲しい、って訳じゃないの。一緒に住んでいるんだから、せめて一日一回は顔が見たいだけなの。そんなささやかなお願いも叶えられないほど、忙しいの?」
フリオはぐっと言葉に詰まった。
朝食を一緒にとれないのは、食堂に行く時間すら惜しんで仕事をしているからである。しかし、アレッタと共に在るために頑張ってきて、今も頑張っているというのに、肝心の彼女と一度も顔を合わせられないというのは確かに本末転倒だと感じられた。
だいたい、アレッタはフリオの大変さを分かっていて、せめて一日一度だけでも顔を合わせ、食事をとりたいと言っているのだ。婚約者のささやかで可愛いお願いくらい叶えられずして、何が男と言うのか。
フリオは姿勢を正し、すまなかった、と素直に頭を下げた。
「よくよく考えたら、確かに朝食くらいはお前ととるべきだった。今やってる仕事なんだが、スケジュール的に夕食をとる時間が定まらない。だが、いずれはそちらもアレッタと一緒に食べられるように努力する」
それまで時間をくれるか? と尋ねられ、アレッタはにっこりと笑ってフリオに抱き着いた。
そして、翌朝。
フリオは約束通りアレッタと共に朝食をとった。ただし、そこにはベルクハイツ子爵と夫人も同席していた。
その際、ベルクハイツの悪魔にそれはもう意味深な微笑みを向けられ、フリオはお叱りを受ける寸前だったのだと察して、背に冷や汗を流したのだった。
翌日は今までのお詫びと言って、フリオが時間を作ってくれた。
それなら、せっかくだからアレッタの直属部隊である『漢女部隊』を紹介しようと、訓練後のお茶会へ招待した。
「訓練後にお茶会をしてるのか」
「ええ。他の部隊より早めに訓練を始めるようにして、お茶会の時間を捻出してるのよ。訓練の合間の休憩も兼ねてるけど、訓練内容の見直しや相談もするから、ただお茶をしてるわけじゃないのよ」
今日は魔物の素材で作った新しい戦闘服のお披露目も兼ねているのだと言うと、そうなのか、と感心したようにフリオは頷いた。
そうして、二人は砦の中にある薔薇園へと辿りつく。
砦の薔薇園はなかなかの大きさで、その力の入れ具合たるや、いつの間にか温室が建っていたほどだ。
薔薇園の温室内にはいくつかのテーブルと椅子が用意され、そこには色とりどりの可愛らしいマカロンや、カップケーキなどのお菓子が置かれている。並ぶティーポットやカップは、乙女が好みそうなイチゴの花と実が描かれた愛らしいものだ。
そして、それを用意していたフリフリのメイド服を着こんだ人物が振り返り、「アラ!」と黄色い声を出して微笑んだ。
「アレッタ様、フリオ様。ようこそ、第十六部隊のお茶会へ!」
筋骨隆々の男――否、漢女が、お手本のようなカーテシーで二人を迎えてくれた。
それにアレッタは笑顔で応え、フリオは目に入って来た衝撃的な存在に一瞬固まりつつも、なんとか笑みを浮かべて震える声で招待に礼を言った。
後にフリオは語る。
あの時点で、色々と察するべきだったのだと……
***
薔薇園に、オホホ、と野太い漢女の笑い声が響く。
「あらあら、オリアナ様に叱られる寸前でしたのね」
「それは危なかったわねぇ」
デリスとセルジアの言葉に、フリオが苦笑いを返した。
あれからフリオは漢女部隊の面々に大歓迎され、アレッタと共に上座へ案内された。
そして、アレッタの傍にフリオ、その正面にデリス、その隣にセルジア、そして部隊の隊員達が座っていった。
アレッタは改めてテーブルに座る面々を見渡す。
筋骨隆々のオネェ様が思い思いのウツクシイ恰好をして勢ぞろいしている光景は、なんとも言えぬ迫力があった。
やっぱりうちの部隊は個性的だなぁなどと、誰かに聞かれたら個性的では済まない光景だとツッコまれそうなことをアレッタが考えている横で、フリオは微笑みを浮かべながらデリス達と和やかに会話をしていた。しかし、その目はどこか遠くを見ているかのようだった。
フリオは体と魂の性が一致しない人間を差別するつもりはまったくない。しかし、この光景を生み出している彼女等は、町にいる普通のオネェさんとは別種の生き物にしか見えず、ちょっと現実逃避をしたくなるのだ。
さて、そんなフリオの内心など知らず、アレッタは自分の直属部隊の面々と大切な婚約者が和やかに会話をしているのを嬉しそうに見ていた。
なにせ、アレッタの率いる部隊はベルクハイツ領で一番クセが強いと言われている。そんな部隊の人間に気に入られたなら、他の部隊の人間とも打ち解けられるだろうと三番目の兄に言われていたのだ。
この様子ならば、フリオはどの部隊とも上手くやっていけるだろう。そんな安堵から、アレッタの笑顔はより一層明るく輝いていた。
まさか別部隊の兵士達が、あのお茶会に交じって和やかに談笑できるなんてお嬢様の婿殿は只者じゃねぇ、とその肝の太さに感心しているとは夢にも思わない。
とんでもない試金石を使われ、それに合格したフリオは、そういえばと不意に呟く。
「今日は新しい戦闘服のお披露目と聞いたのですが」
「ええ、ちょっと着るのに手間取ってるようなの。デザインに凝るあまり、着るのに時間がかかるものを作っちゃったみたい。これは要改善ね」
肩を竦めるセルジアに、アレッタも頷く。
「そうね。パーティーに行くためのドレスじゃなくて戦うための装備なんだから、すぐに着られるものじゃないと困るわ」
アレッタが責任者の顔でそう言うと、デリスはよく言って聞かせます、と頷いた。
そんな話をしながら菓子をつまんでいると、隊員の一人が走り寄ってきてデリスに耳打ちした。
デリスは頷き、アレッタに告げる。
「アレッタ様、準備ができたようです」
「そう。それじゃあ、始めて」
デリスが手を上げて合図すると、薔薇の生け垣の向こうから、フード付きのマントを羽織った人間が出てきて、皆の前に立った。
セルジアが笑顔を浮かべて説明を始める。
「今回の戦闘服は、ブラッド・リザードの鱗で染色したこだわりの生地を使った逸品です。魔法攻撃に強く、奈落蜘蛛の糸を使ったことで強度も職人のお墨付きです」
ご覧くださいという言葉と同時に、その人物はマントを脱ぎすてた。
それは、一言で言うなら、やたらと攻撃力の高そうな魔法少女だった。
要所を飾るフリル。
胸元の大きなリボン。
スカートは膝上で大きく広がり、ふんだんにレースをあしらったパニエがチラリとのぞく。スカートとニーソックスの間の絶対領域は鳥肌ものだ。
ウエストは幅広の布でキュッと締められ、バックで大きなリボンを作っている。
中に着ているシャツはボタンが多く、よく見てみると胸元は編み上げの飾りリボンだった。これは着るのに時間がかかるだろう。
これでキラキラした女児向けステッキを持ったらまさに魔法少女だ。しかし……
「フリフリゴリラ……」
魔法少女コスチュームを着ていたのは、筋骨隆々の髭の剃り跡が濃いオネェ様である。フリオの小さな呟きが誰の耳にも入らなかったのは、誰にとっても幸いだろう。
「デザインは良いけど、着るのに時間がかかりすぎ! 手直ししてね!」
アレッタの一声に、着用者は残念そうに了承し、生け垣の向こうへ消えた。
「次はある本に影響を受けたとかで、戦うメイドをコンセプトに作ったそうです。材料は――」
続けられた説明にうんうんとアレッタが興味深そうに頷いた。フリオは「次があるのか……」と小さく呟き、その瞳からハイライトを消したのだった。
第二章
『漢女部隊』の新戦闘服のお披露目の翌日。アレッタは父アウグスト・ベルクハイツに呼び出され、執務室に向かった。
重厚で頑丈そうな、けれどよく見てみれば修復痕がある扉をノックすれば、低い誰何の声が返って来た。
「アレッタです」
「入りなさい」
執務室に入ってみると、アウグストの他に三男であるディランがいた。
首を傾げるアレッタに、ディランは微笑んで自分の隣に来るよう手招きした。
「どうしてディラン兄様がいらっしゃるんですか?」
「それはね、私も関係があるからだよ」
その答えにアレッタはパチクリと瞬き、アウグストを改めて見た。
相変わらず迫力満点の父は、二人の視線を受け、おもむろに口を開いた。
「今日アレッタを呼んだのは、人事異動のためだ」
その言葉にアレッタは珍しいな、と思った。アレッタの部隊には、死のふちから生還し色々な意味で目覚めた者から、矯正不可能と見放された問題児まで、様々な者達が流れてくる。しかし、その異動に関してアウグストの口からわざわざ説明されるようなことはなかった。今回それがあるということは、この異動は何かしらの問題をはらんでいるということになる。
「異動になるのは誰ですか?」
アレッタが何かしら察したのを把握したアウグストはディランに視線を遣った。それを受けて、ディランは頷いた。
「それに関しては、私から説明しよう。まず、今回異動になるのは、アラン・ウィンウッドだ」
「アラン・ウィンウッ……ド……?」
どこかで聞いた名だな、と思うと同時に、その名の該当者をすぐに思い出し、固まる。
「あの……、その人って……」
「元王太子殿下だ」
ですよねー!
アレッタは頬を引きつらせた。
ディランの説明によると、アランはベルクハイツ領に来た後、最初はグレゴリーの隊に配属されたらしい。
「しかし、問題行動が多くてね。すぐに私の隊に異動になった」
ディランの隊は、積極的に問題児を受け入れている。そこで、その問題児に矯正ではなく調教が施される。
「ただね、継承権を失った王家のお荷物とはいえ、やはり王族だ。中途半端にカリスマ性がある上に、我が強くてね。どうも教育が上手くいかない」
アレッタは脳裏に吠え続けるポメラニアンを描きつつ、先を促す。
「そのうち、何やら意固地になってしまってね。彼の前に配属していたオトモダチのジョナサン・バナマンがいたのも良くなかった。問題児達と徒党を組んで、よからぬ相談をしていたんだ」
腐っても王族。アランは学園で同じ馬鹿をやったジョナサンに声をかけ、命知らずにもディランの隊内で派閥を作ろうとしたらしい。
しかし、ここはベルクハイツ領。誰もが恐れるベルクハイツ家である。中でも悪魔と名高いオリアナの血を最も濃く継ぐディランのお膝元でそんなことができるはずもなく、事はすぐに露見した。結果、ジョナサン達は再調教、首謀者のアランは地獄行きが決定したのである。
「私はジョナサン達を徹底的に叩き直すつもりなんだが、そうするとアラン王子まで手が回らないんだ。だから、彼をアレッタの隊で引き受けて欲しい」
「そういうことですか」
なるほどな、と納得し、アレッタは頷く。
「分かりました。アラン王子も最初は戸惑うでしょうが、うちは面倒見の良い隊員が多いですし、そのうち馴染めるでしょう」
にっこり笑んで頷くアレッタに、アウグストとディランはなんとも言えぬ顔で応えた。
果たして、アレッタの言う「馴染む」とは、どういう意味を持っているのか……
元王太子の自業自得な受難は、こうして決定されたのであった。
***
さて、アランがアレッタの直属部隊に異動となったわけだが、アレッタとしてはあまり気にしていなかった。
確かに王家の血筋だが、ぶっちゃけ継承権と共に王都での居場所も失った王子である。悪魔と名高い母が引き抜いて来たのなら、アランはどうとでも処理できる男なのだ。つまり、ひどい話だが、ベルクハイツ領に着任が決まった時点で彼は詰んでいる。
ならば、何を遠慮する必要があるというのか。アレッタのすることはただ一つ。死なないように鍛えるだけである。
以前、アランがベルクハイツ領に来ると聞いて立てた訓練計画表を思い出しながら、問題児入りしたならそれ相応に厳しくしなければ、などと考え始める。地獄を煮詰めたような計画を立てつつ、目の前の扉をノックする。
「はい、どうぞ」
扉の向こうから、低くくぐもった声が入室の許可を出した。
アレッタは扉を開け、この部屋の主を見る。
「あら、アレッタ様。どうなさったんですか?」
この部屋の主は、金髪ドリルが眩しいゴリ――漢女、デリスだ。
「ちょっとごめんね。実は、一人異動してくることになったの」
そう言って書類を渡すと、それを読んだデリスが目を剥いた。
「あらまあ。まさか、アラン王子が来るなんて……」
まさかの元王太子殿下の名に、デリスは少しの困惑を見せた。
「なんだか、派閥を作ろうとしたみたい。たぶん王都にいた頃の感覚で政治的活動をしちゃったのね」
権力者ゆえに染みついた行動なのかしら、とアレッタは言ったが、デリスはそれだけでない可能性が高いと考えた。
どうやらアレッタは、アランがベルクハイツ行きを選んだことから、目も当てられないほど性根が腐っているわけではないと思っているらしい。しかし、デリスはパーティー会場などという目立った場所で、冤罪を吹っかけて婚約破棄を宣言したという事実だけで、十分に地獄の釜で煮込むべき性根の持ち主であると判断している。
アレッタは年相応の人生経験が少なく、武力を鍛えることを優先したために、そうした人物評に甘さがある。そして、根が善良であることから人の裏を読むのが苦手だ。貴族の当主として問題ではあるが、デリスは今のままでもいいと思っている。
ベルクハイツ家は特殊な家だ。当主に一番求められているのは戦闘能力と、その力を正しく振るえる善良な心根だ。ベルクハイツの地を愛し、領民を愛しているなら、雑事は他の者が負えばいい。
それに、そうしたことを捌くのは、伴侶の仕事である。次のベルクハイツの伴侶もなかなか期待できそうな若者であったし、アレッタも若く、先が長い。人を見る目はこれから磨けば良いのである。
「なんにせよ、了解いたしました。しっかり鍛え直して見せますわ」
「ええ、お願い。私も冬休み中は手を貸すから、よろしくね!」
弾けるような笑顔を前に、デリスもまたにっこりと笑顔を返した。
だいたい、ベルクハイツにナニカすれば、アレッタの甘さがどうであろうと、結果はすべて同じだ。
相手の性根が正されるまで、叩き直す。
人は善意で人を地獄へ突き落とせるものなのである。
応援ありがとうございます!
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