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棺の中の乙女
第三話 求婚者
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「あの、申し訳ないのですが、約束がありますので……」
「そう、ですか……。残念です。ですが、どうかまた私と会う約束をして欲しい」
店を出てエラの元へ近づいてみれば、男に切なげな顔で懇願されていた。レナはてっきりナンパの類かと思っていたのだが、男がエラの名を知っていることから顔見知りではあるのだろう。
「貴女と共に過ごす時間を、私に与えて欲しいのです」
男の身なりは良いもので、まだ若い。貴族の子息と思われる彼は、なかなかのハンサムで、彼の仕草やセリフはまるでお芝居を見ているかのようだった。
見目がよく、己の魅せ方を知る彼は目立っていた。おかげさまでチラチラと通行人の興味を引いていて、エラは居心地が悪そうだ。
レナはこちらに気づかせるために声を張り上げた。
「エラ!」
ぱっとエラがこちらに顔を向け、どこか安堵したような顔をした。その表情からエラがこの状況を迷惑に思っていると確信し、レナはエラに駆け寄った。
「エラ、こんな所でどうしたの? そろそろ約束の時間よ? 早くいかないと間に合わないわ」
にゅっと二人の間に割り込んで、いかにも急いでいますと言わんばかりの物言いに、男は驚いた顔をし、エラはレナの言葉からその意図を読み取って頷いた。
「えっ、ええ、そうね。あの、ごめんなさい。本当に時間がないんです」
いかにも申し訳なさそうな顔をするエラに、男は仕方なさそうに微笑んだ。
「そのようですね。申し訳ない、私も少々強引だったようです」
先程までの強引な態度を引っ込め、謝罪する様子は優雅で、確かに良い家の子息である事が見て取れた。
男はレナとイヴァンをちらりと見て、「エラさんは良いご友人を持ったようだ」と微笑んで去って行った。
男の姿が見えなくなったところで、二人は顔を見合わせて盛大に息を吐いた。
「エラ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。本当に困ってたの。助かったわ」
疲れたように微笑むエラにレナも微笑み返したところで、イヴァンが尋ねた。
「あの人、ユーダム・ブレナン殿だよね?」
その名に、どこかで聞いたような、とレナが首を傾げれば、イヴァンは苦笑して以前エラが言っていた、彼女に婚約を申し込んでいる人だと教えてくれた。
「ああ! あの人だったんですか!」
男の正体を理解し、レナはポン、と手を打った。
ユーダムはエラに求婚している人だ。しかしエラは断ると言っていたが、あの状態を見るにエラに不本意なことになっているようだ。
「エラ、これからの予定は?」
「買い物に行こうと思っていたんだけど……」
「それなら僕たちと行こう。部の買い物をすれば、さっきの言い訳もまるきり嘘じゃなくなるしね」
「そうだな。私と待ち合わせしていたことにすればよい」
レナ達三人で話していたところに、突然聞き覚えのある声が会話に参加して、ぎょっとそちら方を振り向いた。そして、振り向いた先に居たのは、目が潰れるような美貌の君だった。
「チアン先輩!?」
よっ、と片手を上げて挨拶する第十八皇子は、「今日も暑いな」ととても暑そうには見えない涼しい顔をして立っていた。
「遠目にエラが困っているように見えたので助けようかと思ったのだが、二人に先を越されたな」
淡く笑んでの言葉に、レナとイヴァンは顔を見合わせる。
「この後ネモと部活で使う物の買い出しがあるのだが、三人とも行くか?」
チアンのその言葉に、三人はもちろん、とどこかほっとした、力の抜けた顔で頷いたのだった。
「ふーん、そんなことがあったのね」
レナの話を聞き、そう言ったのはネモだった。
あの後、ネモと合流し、やって来たのは職人街にある『招き屋』という素材屋だ。レナは何度も来たことがあるが、エラは初めて来たため、興味深そうに店内を見回している。
「それで、実際にユーダムって人を見て、レナちゃんはどう思った?」
ネモに声を潜めて尋ねられ、レナは思わずうなった。
「う~ん、私、最初はナンパかと思ったので……。特に何とも……。割って入ったら諦めてくれましたけど、どうなんでしょう……?」
最後にエラは良い友人を持ったなどと言って紳士然としていたが、それまではエラにしつこく約束を取り付けようとしていた。
「つまり、潜在的ナルシストね」
ネモは容赦がなかった。
「あの、師匠、それはちょっと言い過ぎでは……」
「いや、明らかにそいつ自信満々じゃない。エラちゃん、遠目に見ても困ってたんでしょ? 誰から見ても困ってると分かる態度を取られたんならさっさと諦めればいいものを、そうしないということは落とす自信があるんでしょ」
今までもそうやって落としてきたんじゃない? とそう言うネモに、レナは視線を泳がせた。
恋愛とはネモが言うほど簡単に割り切れないものである。少しでも望みが在ればそれにかける者も居るのだ。まあ、エラが困っているのでさっさと諦めて欲しいというのがレナの正直な気持ちだが。
そうやって話しながら必要な物を籠に入れ、ネモがそれらを確認して言う。
「さて、こんなものかしらね。後の話はどっかカフェでも入ってゆっくりしましょう」
そう言って、見事にカレーの香辛料ばかり入った籠を持ち、レジへ向かって行った。
「そう、ですか……。残念です。ですが、どうかまた私と会う約束をして欲しい」
店を出てエラの元へ近づいてみれば、男に切なげな顔で懇願されていた。レナはてっきりナンパの類かと思っていたのだが、男がエラの名を知っていることから顔見知りではあるのだろう。
「貴女と共に過ごす時間を、私に与えて欲しいのです」
男の身なりは良いもので、まだ若い。貴族の子息と思われる彼は、なかなかのハンサムで、彼の仕草やセリフはまるでお芝居を見ているかのようだった。
見目がよく、己の魅せ方を知る彼は目立っていた。おかげさまでチラチラと通行人の興味を引いていて、エラは居心地が悪そうだ。
レナはこちらに気づかせるために声を張り上げた。
「エラ!」
ぱっとエラがこちらに顔を向け、どこか安堵したような顔をした。その表情からエラがこの状況を迷惑に思っていると確信し、レナはエラに駆け寄った。
「エラ、こんな所でどうしたの? そろそろ約束の時間よ? 早くいかないと間に合わないわ」
にゅっと二人の間に割り込んで、いかにも急いでいますと言わんばかりの物言いに、男は驚いた顔をし、エラはレナの言葉からその意図を読み取って頷いた。
「えっ、ええ、そうね。あの、ごめんなさい。本当に時間がないんです」
いかにも申し訳なさそうな顔をするエラに、男は仕方なさそうに微笑んだ。
「そのようですね。申し訳ない、私も少々強引だったようです」
先程までの強引な態度を引っ込め、謝罪する様子は優雅で、確かに良い家の子息である事が見て取れた。
男はレナとイヴァンをちらりと見て、「エラさんは良いご友人を持ったようだ」と微笑んで去って行った。
男の姿が見えなくなったところで、二人は顔を見合わせて盛大に息を吐いた。
「エラ、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ。本当に困ってたの。助かったわ」
疲れたように微笑むエラにレナも微笑み返したところで、イヴァンが尋ねた。
「あの人、ユーダム・ブレナン殿だよね?」
その名に、どこかで聞いたような、とレナが首を傾げれば、イヴァンは苦笑して以前エラが言っていた、彼女に婚約を申し込んでいる人だと教えてくれた。
「ああ! あの人だったんですか!」
男の正体を理解し、レナはポン、と手を打った。
ユーダムはエラに求婚している人だ。しかしエラは断ると言っていたが、あの状態を見るにエラに不本意なことになっているようだ。
「エラ、これからの予定は?」
「買い物に行こうと思っていたんだけど……」
「それなら僕たちと行こう。部の買い物をすれば、さっきの言い訳もまるきり嘘じゃなくなるしね」
「そうだな。私と待ち合わせしていたことにすればよい」
レナ達三人で話していたところに、突然聞き覚えのある声が会話に参加して、ぎょっとそちら方を振り向いた。そして、振り向いた先に居たのは、目が潰れるような美貌の君だった。
「チアン先輩!?」
よっ、と片手を上げて挨拶する第十八皇子は、「今日も暑いな」ととても暑そうには見えない涼しい顔をして立っていた。
「遠目にエラが困っているように見えたので助けようかと思ったのだが、二人に先を越されたな」
淡く笑んでの言葉に、レナとイヴァンは顔を見合わせる。
「この後ネモと部活で使う物の買い出しがあるのだが、三人とも行くか?」
チアンのその言葉に、三人はもちろん、とどこかほっとした、力の抜けた顔で頷いたのだった。
「ふーん、そんなことがあったのね」
レナの話を聞き、そう言ったのはネモだった。
あの後、ネモと合流し、やって来たのは職人街にある『招き屋』という素材屋だ。レナは何度も来たことがあるが、エラは初めて来たため、興味深そうに店内を見回している。
「それで、実際にユーダムって人を見て、レナちゃんはどう思った?」
ネモに声を潜めて尋ねられ、レナは思わずうなった。
「う~ん、私、最初はナンパかと思ったので……。特に何とも……。割って入ったら諦めてくれましたけど、どうなんでしょう……?」
最後にエラは良い友人を持ったなどと言って紳士然としていたが、それまではエラにしつこく約束を取り付けようとしていた。
「つまり、潜在的ナルシストね」
ネモは容赦がなかった。
「あの、師匠、それはちょっと言い過ぎでは……」
「いや、明らかにそいつ自信満々じゃない。エラちゃん、遠目に見ても困ってたんでしょ? 誰から見ても困ってると分かる態度を取られたんならさっさと諦めればいいものを、そうしないということは落とす自信があるんでしょ」
今までもそうやって落としてきたんじゃない? とそう言うネモに、レナは視線を泳がせた。
恋愛とはネモが言うほど簡単に割り切れないものである。少しでも望みが在ればそれにかける者も居るのだ。まあ、エラが困っているのでさっさと諦めて欲しいというのがレナの正直な気持ちだが。
そうやって話しながら必要な物を籠に入れ、ネモがそれらを確認して言う。
「さて、こんなものかしらね。後の話はどっかカフェでも入ってゆっくりしましょう」
そう言って、見事にカレーの香辛料ばかり入った籠を持ち、レジへ向かって行った。
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