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四章 新しい仲間たちの始まり

傷心、暗中模索

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 アダド地下大迷宮グレートダンジョンの三十一層の安全地帯セーフルームに、女性の集団が滞在していた。

 セーフルームは、迷宮ダンジョン内で魔獣の脅威を気にすることなく休憩を取れる場所である。壁から天井まですべて岩を積み上げて作られた部屋で、中には何もない。
 その中で女性が四人、壁際に身を寄せていた。

 彼女たちは膝を抱え、俯いている。
 全員が生気がなく、天井の魔法の灯りで明るい部屋の中なのに、そこだけが影が落ちているように見えるほどだ。

 ……いや、四人だけではない。
 俯いている女性たちよりもさらに気配が薄く気付きにくいが、もう一人男がいる。彼は離れた部屋の隅で、壁に向かって座り込んでいた。

 男は女性たちに背を向けており、その背中は無言で他者を拒絶していた。

 「どうして、こんなことになったのかしら……」

 湿った声を上げたのは、魔術師のターラ。
 そう、女性たちはハーレムパーティーことアダドの勇者パーティー『降りしきる花』だ。

 彼女たちはディートリヒと精神が入れ替わったグリおじさんたちに同行して、一度は五十層まで下りた。
 だが、そこで色々あって、今いる三十一層のセーフルームまで引き返してきたのである。

 「あんな男、好みじゃないのに。あんな、クズ男を!」
 「そうですわ。ハリードに似ても似つかない、野獣の様な男を、どうして……」

 盗賊のアディーバが怒気を吐き出すように言うと、神官のサマルが困惑気味で同意する。いずれの声も、掠れている。泣いて、喉を傷めた声だ。
 彼女たちの言葉を聞き、壁際の男が肩をピクリと震わせた。

 自分の名を呼ばれたことで反応したのだ。
 弱り切った姿で背を向けているのは、このパーティー唯一の男にしてハーレムの主であったはずのハリードだった。

 「……でも、好きだったよぉ……」

 残り一人、回避盾のルゥルゥは、シクシクというよりはミィミィという擬音が相応しい泣き方で泣き崩れて、床へと突っ伏した。
 その鳴き声に気を削がれ、全員がまた口を噤んだのだった。

 ハーレムパーティーの女性たちは、ディートリヒの身体にグリおじさんの精神を宿した存在……通称グリーダー(命名コルネリア)と出会い、惚れた。
 戦いの最中に、まるで恋愛小説の様な行動で愛を告げられ、愛し合った。
 はずだった……。

 なのに、幕切れは呆気なかった。
 グリーダーは突如裏切り、酷い言葉を告げ、彼女たちを捨てたのである。

 女性たちは、未だにどうしてグリーダーが豹変したのか理解できない。悲しい愛の結末にしても、理不尽で不可解過ぎる。

 自分たちに向けられた、グリーダーの高位の魔獣の様な怒気。
 無数の氷の針で貫かれたような、鋭く冷たい視線。
 そして、放たれた「貴様らを愛することはない!我が愛を得ようなどとは、おこがましい!!」という言葉。

 彼女たちはその場にいることすら耐えられなくなり、逃げだした。
 ハリードを一緒に連れて逃げられたのは、パーティーメンバーを見捨てられないという、わずかに残っていた理性のお陰だろう。

 だが、その時の記憶は女性たち全員の心を大きく抉り、今も燻り傷付け続けている。

 ……もっとも女性たちは気付きすらしていないが、彼女たちの今の姿こそ、グリーダーの中身である性悪グリフォンの狙った姿だった。
 グリーダーは最初から全員を惚れさせ、手酷く振って不幸のどん底に叩き落とすことを目的にしていた。

 今の彼女たちの苦悩は、元々は彼女たちが望郷のメンバーたちを暗殺しようとしたことに端を発している。
 そういう意味では、因果応報。自身が苦しみの原因を作ったことになる。グリーダーは報復をしたに過ぎない。
 ただ、そのやり方が実に性悪グリフォンらしい、陰湿な外道のやり口だっただけだ。

 「……ねえ、もう、みんな、忘れようよ」

 ルゥルゥの鳴き声が響く中、力なく魔術師のターラは呟いた。
 希望を込めて言った言葉だったが、彼女自身も気休めだと理解していた。
 辛い経験を忘れようとしても、今の状況が許してくれない。

 パーティーで行動すれば、どうしてもグリーダーと一緒にいた時の事を思い出してしまう。
 互いの姿を目にするだけで、辛い記憶が呼び起こされる。

 特に厄介なのは、部屋の隅で背を向けているハリードだ。
 自分たちは彼を裏切った。あんなに愛していたのに、見捨ててグリーダーを愛した。
 ハリードが今の様に落ち込み、廃人のようになっているのは、女性たち全員の責任だ。

 ハリードの痛々しく弱っている姿は、彼女たちの罪の証。許されることはない。
 ハリードの存在自体が、彼女たちを責め続ける。

 それを回避するには……。

 「……」

 もう、パーティーは解散しよう。……そう言いかけて、ターラは言葉を飲み込んだ。
 グリーダーを愛し、捨てられた苦い記憶を忘れるには、パーティーメンバーと離れるのが一番だ。

 苦楽を共にして上り詰めた、アダドの勇者パーティーの地位。
 名誉も、財産も、人脈も、全て無駄にすることになるが、今のままパーティーを維持できる気がしない。
 お互いの為にも、解散した方がいいだろう。

 だが、今、解散を口にすることはできない。少なくとも迷宮ダンジョンの外に出るまでは、今のパーティーを維持しておかなければならない。

 解散してしまえば全員がバラバラに行動することになる。
 今いるのは三十一層。単独行動は命取りだ。
 グリーダーほどの人外と思える強さがあれば単独行動も可能だろうが、彼女たち程度では生き残れない。

 不思議な事に、このダンジョンでは上層へと向かい、外に出ようとすると魔獣に襲われ難くなる。まるで魔獣が下へと進む冒険者だけを狙えと指示を受けているかのように、帰り道では出会わなくなるのだ。
 たまに魔獣に遭遇しても、上層に向かって走って逃げれば追われずに済むことも多い。

 それでも、単独行動となると、襲われやすくなる。
 魔獣にとって人間は獲物。野生動物と同様に、単独行動だと狙われやすくなる。パーティーを組んで複数人で行動していれば全く襲われない場所でも、一人だと遭遇することになる。

 生き残るためにも、ダンジョン内ではパーティーを維持し続け、一緒に行動する必要があった。

 パーティーの仲間から離れてしまいたいのに離れられない苦悩。
 それを抱えながら、ターラは頭を上げて周囲を見渡す。

 すると、神官のサマルと目が合った。暗く淀んだ目。
 ターラは、彼女の表情を見て悟った。同じことを考えていると。

 自分と同じことを考えているサマルに共感を覚えながらも、彼女は苦々しさを感じた。
 あんなに仲が良かったのに、互いに疎ましく思う存在に成り下がってしまったことに悲しみを覚えた。

 ターラとサマルは互いに目をそらし、早くダンジョンを出る方法を考え始めた。

 ……彼女たちは知らない。
 今、このダンジョンを管理していた妖精王の配下たちが、最下層に集まっていることを。
 そのため、ダンジョンを徘徊する魔獣の管理が行き届かなくなり、秩序が乱れていることを。

 彼女たちは滅多に襲われないはずのダンジョンの帰り道で、多数の魔獣と遭遇することになるのだった。







 
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