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四章 新しい仲間たちの始まり

火球と、連携

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 思わぬ事故により、突発的に戦いの開始を告げた銅鑼タムタム

 その長い余韻が響き渡る中、長く尾を引く火球が円形闘技場コロッセウムの上を飛ぶ。
 ベルンハルトが放った火球だ。
 それを追うように、望郷のメンバーたちは駆け出した。

 火球が向かう先にいるのは、相対している妖精王の配下たち。
 急な出来事に驚いて動きが悪い。
 これが本能でのみ行動する下位の魔獣であったら違っていたのだろうが、下手に知能があるために戸惑っていた。

 とにかく、戦いの開始の合図が急過ぎた。
 わずか数秒だが、動きが遅れる。
 開始の合図を告げるのは自分たちの身内であることから、準備が終わるを待ってくれると油断していたのあろう。あたふたと戦いの準備を始めた。
 いつ戦いが始まっても対処できるようにしていた望郷とは大違いだ。

 火球が向かう先にいるのは、眠りの妖精ザントマン
 直接戦闘を避ける様に後ろに控えていた。ザントマンは魔法を使う予備動作の為か、棒立ちに近い状態となっていた。

 まるで冗談のようにあっさりと、ザントマンは顔面で火球を受けたのだった。

 「……一匹……」

 静かに、ディートリヒは呟く。
 ザントマンの頭が燃え上がり、火は背の蛾のような翅へ広がっていく。
 昆虫の翅の燃え易さのせいか、見る見る間に全身が炎を上げた。

 ディートリヒは敵との距離を詰めながら、周囲の状況を確認する。

 ベルンハルトの放った魔法は、予定通りだ。
 打ち合わせをしたわけではないが、各々が今の状況でどういう行動を求められているかを理解している。そこに言葉は必要は無い。
 求められる役割を果たしたという意味での、予定通りだった。

 ザントマンは陰険グリフォンの言葉を信じるなら、眠りの砂を使って眠らせて来るらしい。
 眠りは厄介な弱体化攻撃デバフだ。真っ先に封じておかなければ、深刻な事態を引き起こしていたかもしれない。
  ザントマンが開始直後の不意打ちで倒れてくれたのは、思いがけない幸運だった。

 そして、それとは別に、望郷にとってもう一つの幸運と言っていい更なる発見もあった。

 <ふははははははは!妖精王よ!貴様の配下は貴様に似て残念な連中のようだな!連携が全く取れていないではないか!!>

 不愉快な笑い声に、ディートリヒは眉を寄せる。
 当然ながら、その声の主はグリおじさんだ。不愉快な声だが、言っていることは正しい。

 後衛は言わば、戦局を左右する戦いの要だ。
 集団で戦う場合には、前衛を犠牲にして守ることすらある。

 なのに、他の三匹の妖精王の配下たちは、ザントマンを守ろうとしなかった。魔法の火球が飛んできているというのに、後方を気にする気配すらなかった。

 これは、連携して戦うということを理解していない証だろう。
 ならば、ディートリヒたちにも勝てる見込みがある。幸運としか言いようがない。

 <う、うちの連中は、群れて戦うのに慣れてないんだよ!ほら、一騎当千の強者ばかりだから。人間みたいに、群れなくても戦えるから!>
 <言い訳は見苦しいぞ、妖精王よ!貴様は強いが、所詮は生産が本分のお手伝い妖精だ。生産に気を取られて、配下に戦いの鍛錬を積ませることなど思い付かなかったのではないか?それでよく王を名乗れるな?>

 グリおじさんの言葉に妖精王カラカラは反論をしたが、被せる様にグリおじさんが否定する。

 <うるさい!ダンジョンで魔獣が強すぎて倒せないなんてことになったら、攻略が進まなくなるだろ?攻略が進まないと人間相手の実験も進まなくなる。だから、ボクはあえて……。そう、あえて、人間に合わせて強さを調整してたんだ!わざとだよ!>
 <ぷっ……。貴様の配下は言わば裏方。人間と戦う機会など、最下層近くまで入り込まれた時だけであろうに。誤魔化すにしても、もう少し気の利いたことが言えぬのか?配下の鍛錬不足を認めるがいい、妖精王よ。ふふふふふ>
 <うるさいうるさい!>
 <うるさいのは、貴様であろう?図星を突かれて騒ぎ立てるなど、幼児にでもなったつもりか?>
 <うるさい!!>
 
 二匹の高位魔獣の騒がしい声が聞こえる。互いに相手に聞かせようとしているせいか、観客席の歓声に満ちた闘技場でもよく通る。
 戦闘中だというのに、意識の外に追い出すことすら不可能だ。

 「……どっちも、うるせーよ」

 静かに呟くと、ディートリヒは剣を振るった。

 全力で走ったことで、妖精王の配下は目前。間合いも十分に詰まっている。
 今攻撃しても不意打ちの効果は薄そうだが、それでも準備ができる時間を与えるよりは良い。

 相手は妖精。
 空間と記憶の魔法を使う。
 余裕を与えれば、どんな手段に出て来られるか分からない。とにかく攻撃を続けて、魔法を使う余裕を無くさせる必要があった。

 キンと甲高い音がして、ディートリヒの振るった剣は相手の剣で受け止められた。

 <はあぁ!>

 気合とも悲鳴ともつかない声を上げたのは、決闘を求める妖精ライアーグ
 人間の兵士そっくりの見た目と武装をしている。

 ディートリヒより頭一つ小さく体形も極端に筋肉質と言う訳ではないが、さすがは魔獣。剣でディートリヒが振るった剣を受け止めても余裕がありそうだ。
 確実にディートリヒより腕力はあるはずなのに力任せに払い飛ばさないのは、決闘を求める性質ゆえに真っ当な剣技での戦いを求めているのか?
 
 振るった剣と、受け止めた剣。二本の剣は歪な十字を作る。
 一人と一匹は剣越しに目を合わせると、互いにニヤリと笑みを向けた。

 <オマエ!>

 ライアーグと違う、野獣のような叫び。
 ディートリヒから少し離れた場所で空気が動き、何者かの気配が増すのを感じる。
 ライアーグと剣を交わして競り合っているディートリヒは動けない。今動けば、戦いの主導権をライアーグに奪われ、切り殺される未来しかない。

 巨大な何かが、風を唸らせ迫って来る。

 ディートリヒは焦らない。身動き一つしない。
 彼には、信頼する仲間がいるのだから。

 硬い金属に重量物がぶつかる音が響いた。

 「はいはい、貴方の相手は私ね。リーダー、前に出過ぎ。盾役を引き離さないでよ。私の鎧は動き難いんだから」
 「すまん」

 迫って来たのは、守る妖精スプリガンの拳。
 止めたのは、コルネリアの盾。現在、盾役用の重厚な全身鎧を着ている彼女の動きはどうしても遅くなる。

 スプリガンは怒りによって巨大化し、攻撃してくる魔獣だ。
 五メートルはあろう巨体の拳がディートリヒに振り下ろされる瞬間に、コルネリアは盾で受け止めてみせた。
 
 <あのデカブツはバカなのか?火球の魔法が当たってから巨大化するとはな。味方が一撃でやられたら意味がないではないか?しかも、巨大化の隙に寝坊助の接近を許すとかあり得ぬわ。やはり、羽虫は頭が悪いな!>

 スプリガンは守るために巨大化する。
 ただ、その性質は受け身だ。守る物に手を出された後しか、巨大化して攻撃を始めない。

 つまり、スプリガンはザントマンが倒されてから初めて、巨大化を発動させていた。
 この性質も望郷に有利な展開をもたらした。

 スプリガンが最初から巨大化して守ろうとしていたなら、ザントマンへの火球は止められていただろう。ディートリヒの剣も、ライアーグに届いていない。

 ほんの一瞬の判断の差が、今の状況を作っている。

 <うるさい!!あれは宝を守るのに特化してるんだよ!>
 
 いきなり宝を破壊する者はいない。まず、保管場所に侵入して、奪うために手を伸ばす。奪おうとする意思が確認できる動作が先に来る。
 それを目にしてからスプリガンが巨大化して攻撃しても、十分間に合うのだ。

 あくまで、それが宝であればだが。
 守る物を壊そう……もしくは殺そうとしている場合は、今の様に手遅れとなってしまう。

 <妖精王。いくら戦力が高いからといっても、戦闘に受け身な者を出してくるのは間違いではないか?呆れるぞ?戦いも恋愛も受け身は良くないのだぞ?>

 心底呆れた口調のグリおじさんの声が聞こえて来た。

 気付けば目の前のライアーグが鬱陶しそうな顔をしていた。自分たちの主である妖精王をバカにされて、気分を害したのだろう。
 ディートリヒは思わず口元を緩めた。

 「あの害獣の声は鬱陶しいよな」

 つい共感してしまう。それでも手は緩めない。今は戦闘中だ。

 「……だがな、それくらいで集中力を乱すなよ」

 ディートリヒは剣をわずかに捻った。

 ただ、それだけだ。
 しかし、それは効果的な動きだった。

 交差していた剣は横に流れ、変化に慌てたライアーグは力を弱めた。
 ディートリヒは剣の腹を滑らせるようにして、自分の剣でライアーグの剣を横に逸らす。

 ライアーグの剣は空を斬った。

 <……!?>

 ライアーグは剣が空を切ったことで、仕切り直しとばかりに間合いを空けるために後ろへと飛び退いた。

 「悪いな」
 <うぎゃっ!>

 悲鳴を上げるライアーグ。頭に衝撃を受け、前へと倒れ込む。

 「これは一対一の決闘じゃなくて、四対四の戦闘なんだよ」

 ライアーグを襲ったのは、ベルンハルトの魔法の火球。
 それはザントマンを倒した時よりも小さく、指先程度の大きさしかない。致命傷にはならない程度の魔法。

 火球は大きく弧を描くように飛んで、ライアーグの死角を経て後方へと回り、首筋に当たっていた。同士討ちを避けるためにディートリヒから離れる一瞬の隙を突いた、見事な攻撃だった。

 前へと倒れ込んだライアーグは、体制を整えることもできない。

 <やはり、連携のできぬ羽虫たちなど、寝坊助たちの敵ではないようだな>

 グリおじさんは詰まらなさそうに呟く。

 ライアーグは決闘を望む性質を持つ。それも、一対一の決闘を。
 一対一の決闘を望むあまり、ライアーグは対峙しているディートリヒ以外から攻撃される可能性を忘れていた。
 その結果が、これだ。

 一対一の勝負であれば、剣の腕は互角。力と速さはライアーグが勝っていただろう。
 ライアーグの拘りが、ライアーグにミスを犯させた。
 
 ライアーグの敗因はそれだけではない。

 「うるせぇ!害獣!自分の手柄みたいに言うな!!」

 当然ながら、グリおじさんの言葉に気を取られたのが直接的な原因だ。

 ディートリヒは剣を振り下ろす。
 倒れ込んだことで、目の前へ差し出される姿勢となった、ライアーグの首へと。

 「二匹」

 ディートリヒの剣は、ライアーグの首を断ち切った。
 

 

 




 
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