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謎の女、リコ

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  瑛が龍宮で暮らし始めて、一ヶ月が経った。
 ここでの暮らしも随分と慣れてきたが。未だに慣れないこともある。
 御前のところで、龍姫の心得を色々と学んできた帰りのこと。
 瑛は、ちらりと後ろを振り返った。三歩後ろに、ツナ子とタイ子。おしゃべりするのは、楽しい。でも、いつでも、どこでも、べったりとついて来る二人には、時に困ってしまうことがある。例えば、今。

 不意に、もよおしたのである。
 
 瑛は大きく息を吸い込んで、いきなり、走り出した。

「えっ? 姫様⁉」
「お待ちをぉぉおおお!」

 背後からは、二人が驚き、叫ぶ声。しかし、それを無視して、瑛は一気に加速する。
 目的地につくと、心安らかに用を済ませた。

 そのあと、のんびりと歩いていたら、トキと会った。険しい顔で、ずんずんと歩いて来る。

「瑛!」

 何やら怒っているが、瑛にも、思い当たるふしはない。

「どうしたの?」
「どうしたの、じゃねぇだろ。侍女をまくな」

「だって……」

 瑛は口を尖らせる。
 離宮では、側付きの女官なんていなかった。そのうえ、かなり自由に生活していたので、こういうのは未だに慣れない。

「ツナちゃんもタイちゃんも、お手洗いまでついてくるし」
「それが仕事だろ」
「あたしだって、子供じゃないんだから、そんなところまでついて来なくても、大丈夫だよ」

「そういう問題じゃない。どこまでも、お前に付き従うのが、彼女たちの仕事だ」 
「でも、お手洗いだよ? あたしだって、お腹を壊すことだってあるし。なんか、変な音が聞こえてないかなーとか、変なニオイがしてないかなーとか、色々、気になって、安心して出せないの!」

 はずかしいんだもん。瑛は、ぽつりとつけ足した。

「……だったら、その前に一言、言ってから行け。お前がいなくなる度、毎度毎度、泣きながら、捜索願いを出しに来るんだぞ、あの二人」
「そうなの?」
「毎度、スズキに怒られて、そのうち、クビになるかもな」
「え!」

 そんなことになっていたなんて。

「……分かった。あとで謝っとく」

 そう返して、瑛はトキの顔を見上げた。先ほどよりも幾分、表情は柔らかくなっているけど。
 あんまり、笑わないなぁ……。
 心の中で思う。あれ以来、笑った顔を見てないような気もする。
 瑛は、笑わないトキの顔を見ながら、ふと、思い出した。

「トキって、いっつも、むっつりしてるよね。それって、むっつりスケベってやつ?」
「は?」
「だから、むっつりなの?」
「それは、どういう意味だ?」
「むっつりスケベは、ヤバイヤツだって、じぃちゃんが言ってたから」
「……クソジジィ」

 ボソッと、つぶやく声が瑛にも聞こえた。

「で? トキは、むっつりなの?」
「違う」
「じゃあ、正々堂々のスケベなんだね。ふぅん」
「結局、どっちでもスケベじゃねぇか」
「だって、男は、生まれついてのスケベなんでしょ。ずーっと、おっぱいにしゃぶりついてる生き物だって、じぃちゃんが言ってたもん」
「あのクソジジィ」
「さっきから聞こえてるよ」

 瑛は笑う。
 笑顔は、あまり見られないけれど。このところ、トキは随分と砕けて、瑛の前でも、こういう言葉を使うようになっていた。瑛はそれが楽しい。

「トキって、面白いよね」
「は?」

 そこへ、

「トキ!」

 若い女性の声が呼んだ。
 前方からツカツカと、誰かが歩いて来る。すらっとした、長い髪の女性だ。

 女官なら、必ず、トキには『様』をつけて呼ぶはず。誰だろうと、瑛は首をひねる。

「あなた、龍王に選ばれたって! それ、本当なの?」

 彼女は親しげな様子で話しかけ、トキも気安い様子で答える。

「仮のな」
「仮? 仮って、龍姫様に選ばれたのなら、龍王でしょう? そういえば、龍姫様は、まだ変態してらっしゃらないって、聞いたけど……」
「それで?」
「それでって、あなた、龍王に選ばれてよかったの? 理子リコのことは、もう、どうでもいいわけ?」

 二人のやりとりを、瑛は黙って見ていた。
 美人だなぁ。おっぱい、大きいなぁ。なんて、初めて見る彼女に対して、思っていたのだけど。

「リコ?」

 つい、声に出して、尋ねていた。

「……誰? 侍女見習いの子?」
「龍姫だ」

 彼女はパチパチと瞬いて、それからじっと瑛を見た。

「龍姫⁉ この子、が?」

 嘘でしょ。信じられない……。そんなつぶやきが瑛にも聞こえた。けど、初対面のリュークに比べたら、なんてことはない。

 驚く彼女に、瑛はにっこりと笑う。

「はじめまして。瑛です」
「理子とは、全然、違うじゃない」
「あたしは、リコじゃないよ?」
「分かってます」
「えぇっと……それで、リコって、誰?」

 瑛は、交互に二人を見た。しかし、どちらもピタリと口を閉ざし、答えてはくれなかった。
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