上 下
18 / 46

恋って、難しい

しおりを挟む
 瑛が最後に話を聞いたのは、メグム。

 今までのことを、一通り、話し終えた瑛は、大きなため息をついた。
 片っ端から恋についての話を聞いても、いくら見つめても、分からない。トキのあとをつけ回すのは、楽しかったけど。

「恋って、難しい……」

 瑛がつぶやけば、クフっと妙な音が響く。声を押し殺そうとして失敗したのか。口元に手を当てて、メグムが笑っていた。

「まぁ、確かに。こればかりは、教えられるものではないのかもしれませんね。恋を口で説明するのは、難しいことです」

 瑛は、コテンと座卓に突っ伏す。そこから顔だけ上げて、質問する。

「メグムさん、恋って何?」
「そうですね、」

 メグムは、そこで一旦、区切ってお茶を飲む。
 瑛の前にも、お茶と茶菓子が用意されてあった。しかし、今回は手をつけず、じっと、言葉の続きを待つ。

「原始的な欲求、でしょうか。己の内にある中で、一番、わがままで素直な感情。心も体も引きずり込まれ、抗えない。それが恋かと」

「原始な欲求の……わがままな……あー、うん……」

 なんとか理解しようと、瑛は噛み砕くように、繰り返してみたが。

「ごめん。やっぱり、分かんない」

 再び、突っ伏したところで、グフフと、奇妙な笑い声が聞こえてきた。

「実のところ、私にも分かりません」
「そうなの?」
「それでも、龍姫も恋をなされば、それが恋だと、お分かりになりますよ」
「へぇ」
「それに、思いのほか、龍姫の胸の内では、恋が始まっているのかもしれません」
「そうかなぁ?」

 瑛は、首をかしげる。

「あまりにも小さくて、お気づきにならないだけなのかも」
「そう、かな……」
「目に見えるものでは、ありませんから」
「そっか」

 少しだけほっとした瑛は、そこで「あっ!」と、思い出す。もう一つ、問題があった。

「あのね、メグムさん」

 瑛は、変態したら龍王を選び直せ、トキからそう言われたことを話した。

「そもそも、龍姫は、変態してから龍王を選ぶもんだって」

「トキがそんなことを」

 瑛はうなずく。
 
「あたし、本当は夫を選ぶとか、全然、分かってなくて。だから、もう、トキでいいやって」

 その場の勢いというか、適当に、トキを選んでしまった。

「でも……」
「でも?」
「トキは、迷惑だったのかなって」

「龍姫。我ら龍族にとって、龍姫とは至宝。男ならば、誰しもが手に入れたい至高なる存在。そんな龍姫の寵愛を得られることは、何よりの悦び、至福なのです。そして、我ら七姓は、龍王となるべく育てられ、ここにいる。つまりは、あなたに選ばれるための存在、」

 シホーにシコー? チョーアイ? 
 何だ、そりゃ。
 瑛は、ぽかんとメグムを見た。

「あー、うん……つまり?」
「迷惑などと、そんなことがあろうはずありません」
「えぇーと、それって、迷惑じゃないってこと?」

 もちろんと、メグムはうなずいた。

「まあ、彼は彼で、色々と、こじらせてますからね」

 メグムが言うのを、瑛は、そのまま受けった。
 トキには、何か、持病でもあるのだろうか。なんて、心配になった。
 


 夕食をとりながら、瑛はトキを見る。
 今日も今日とて、心臓はドキドキしない。まったくもって、平穏。こうやって確認するのが、何となくの日課となっていた。
 そうして毎日毎日、見ていれば、新たな発見もある。

 見るのは、案外、面白い。

 そんなことを思っていると、トキの箸が一瞬、止まる。その視線の先にあったのは、昆布コンブ佃煮ツクダニ。そこには、うす切りの椎茸シイタケが、一緒に入っていた。

 大嫌いだもんね。
 思わず、瑛はにやけていた。吹き出しそうになったのを、何とかこらえたところで。

「そんなに見られると、食べにくい」
 
 ふいに、トキが振り向いた。

「えっ! こっそり見てたのに、なんで分かったの?」
「いや、分かるだろ」
「分かんないよ?」
「で、何か、言いたいことでもあるのか?」
「えっと、」

 椎茸をにらみつける、トキの顔が面白かった。とは、言いにくくて、別の話題を探す。

「あ。そういえば、体、大丈夫?」
「何の話だ?」
「メグムさんが、こじらせてるって。何か、持病でもあるの?」

 トキが、何かをつぶやく。瑛には『あの野郎』と、聞こえたけど。あまりに小さすぎて、聞き間違いかもしれない。

「まったくもって、元気だ。メグムの勘違いだろ」

 そう言いながら、トキは瑛のゼンに佃煮の小皿を置いた。

「それなら、いいんだけど」

 瑛も答えながら、代わりに、手つかずのおひたしをトキに差し出す。

「いる? トキ、好きだよね?」

 その中身をちらりと見て、トキが言う。

「最近、気がついたんだが、菜の花、嫌いだろ」
「えっ、」

 ぎくりと、瑛はトキを見た。
 確かに苦手だった。でも、それを口に出したこともなければ、残したことだってない。

 それなのに。まさか。
 これ幸いと、トキに押しつけようとしたことが、バレてしまうなんて。

「食べてる時、思いっきり顔をしかめてる」

 瑛は、「嘘っ」と、顔に手をやる。

「分かりやすく顔に出てる」
「だって、苦いんだもん」
「そういうもんだろ」
「トキって、大人だねぇ」
 
 何気なくつぶやいた言葉に、ハハッと、トキが笑った。

「何だ、それ」

 この時、瑛は、初めて、トキの笑顔を見たような気がした。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

わたしはお払い箱なのですね? でしたら好きにさせていただきます

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:28,905pt お気に入り:2,538

【完結】義姉の言いなりとなる貴方など要りません

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,635pt お気に入り:3,544

毒花令嬢の逆襲 ~良い子のふりはもうやめました~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:50,005pt お気に入り:3,662

処理中です...