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恋って、難しい
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瑛が最後に話を聞いたのは、メグム。
今までのことを、一通り、話し終えた瑛は、大きなため息をついた。
片っ端から恋についての話を聞いても、いくら見つめても、分からない。トキのあとをつけ回すのは、楽しかったけど。
「恋って、難しい……」
瑛がつぶやけば、クフっと妙な音が響く。声を押し殺そうとして失敗したのか。口元に手を当てて、メグムが笑っていた。
「まぁ、確かに。こればかりは、教えられるものではないのかもしれませんね。恋を口で説明するのは、難しいことです」
瑛は、コテンと座卓に突っ伏す。そこから顔だけ上げて、質問する。
「メグムさん、恋って何?」
「そうですね、」
メグムは、そこで一旦、区切ってお茶を飲む。
瑛の前にも、お茶と茶菓子が用意されてあった。しかし、今回は手をつけず、じっと、言葉の続きを待つ。
「原始的な欲求、でしょうか。己の内にある中で、一番、わがままで素直な感情。心も体も引きずり込まれ、抗えない。それが恋かと」
「原始な欲求の……わがままな……あー、うん……」
なんとか理解しようと、瑛は噛み砕くように、繰り返してみたが。
「ごめん。やっぱり、分かんない」
再び、突っ伏したところで、グフフと、奇妙な笑い声が聞こえてきた。
「実のところ、私にも分かりません」
「そうなの?」
「それでも、龍姫も恋をなされば、それが恋だと、お分かりになりますよ」
「へぇ」
「それに、思いのほか、龍姫の胸の内では、恋が始まっているのかもしれません」
「そうかなぁ?」
瑛は、首をかしげる。
「あまりにも小さくて、お気づきにならないだけなのかも」
「そう、かな……」
「目に見えるものでは、ありませんから」
「そっか」
少しだけほっとした瑛は、そこで「あっ!」と、思い出す。もう一つ、問題があった。
「あのね、メグムさん」
瑛は、変態したら龍王を選び直せ、トキからそう言われたことを話した。
「そもそも、龍姫は、変態してから龍王を選ぶもんだって」
「トキがそんなことを」
瑛はうなずく。
「あたし、本当は夫を選ぶとか、全然、分かってなくて。だから、もう、トキでいいやって」
その場の勢いというか、適当に、トキを選んでしまった。
「でも……」
「でも?」
「トキは、迷惑だったのかなって」
「龍姫。我ら龍族にとって、龍姫とは至宝。男ならば、誰しもが手に入れたい至高なる存在。そんな龍姫の寵愛を得られることは、何よりの悦び、至福なのです。そして、我ら七姓は、龍王となるべく育てられ、ここにいる。つまりは、あなたに選ばれるための存在、」
シホーにシコー? チョーアイ?
何だ、そりゃ。
瑛は、ぽかんとメグムを見た。
「あー、うん……つまり?」
「迷惑などと、そんなことがあろうはずありません」
「えぇーと、それって、迷惑じゃないってこと?」
もちろんと、メグムはうなずいた。
「まあ、彼は彼で、色々と、こじらせてますからね」
メグムが言うのを、瑛は、そのまま受けった。
トキには、何か、持病でもあるのだろうか。なんて、心配になった。
夕食をとりながら、瑛はトキを見る。
今日も今日とて、心臓はドキドキしない。まったくもって、平穏。こうやって確認するのが、何となくの日課となっていた。
そうして毎日毎日、見ていれば、新たな発見もある。
見るのは、案外、面白い。
そんなことを思っていると、トキの箸が一瞬、止まる。その視線の先にあったのは、昆布の佃煮。そこには、うす切りの椎茸が、一緒に入っていた。
大嫌いだもんね。
思わず、瑛はにやけていた。吹き出しそうになったのを、何とかこらえたところで。
「そんなに見られると、食べにくい」
ふいに、トキが振り向いた。
「えっ! こっそり見てたのに、なんで分かったの?」
「いや、分かるだろ」
「分かんないよ?」
「で、何か、言いたいことでもあるのか?」
「えっと、」
椎茸をにらみつける、トキの顔が面白かった。とは、言いにくくて、別の話題を探す。
「あ。そういえば、体、大丈夫?」
「何の話だ?」
「メグムさんが、こじらせてるって。何か、持病でもあるの?」
トキが、何かをつぶやく。瑛には『あの野郎』と、聞こえたけど。あまりに小さすぎて、聞き間違いかもしれない。
「まったくもって、元気だ。メグムの勘違いだろ」
そう言いながら、トキは瑛の膳に佃煮の小皿を置いた。
「それなら、いいんだけど」
瑛も答えながら、代わりに、手つかずのおひたしをトキに差し出す。
「いる? トキ、好きだよね?」
その中身をちらりと見て、トキが言う。
「最近、気がついたんだが、菜の花、嫌いだろ」
「えっ、」
ぎくりと、瑛はトキを見た。
確かに苦手だった。でも、それを口に出したこともなければ、残したことだってない。
それなのに。まさか。
これ幸いと、トキに押しつけようとしたことが、バレてしまうなんて。
「食べてる時、思いっきり顔をしかめてる」
瑛は、「嘘っ」と、顔に手をやる。
「分かりやすく顔に出てる」
「だって、苦いんだもん」
「そういうもんだろ」
「トキって、大人だねぇ」
何気なくつぶやいた言葉に、ハハッと、トキが笑った。
「何だ、それ」
この時、瑛は、初めて、トキの笑顔を見たような気がした。
今までのことを、一通り、話し終えた瑛は、大きなため息をついた。
片っ端から恋についての話を聞いても、いくら見つめても、分からない。トキのあとをつけ回すのは、楽しかったけど。
「恋って、難しい……」
瑛がつぶやけば、クフっと妙な音が響く。声を押し殺そうとして失敗したのか。口元に手を当てて、メグムが笑っていた。
「まぁ、確かに。こればかりは、教えられるものではないのかもしれませんね。恋を口で説明するのは、難しいことです」
瑛は、コテンと座卓に突っ伏す。そこから顔だけ上げて、質問する。
「メグムさん、恋って何?」
「そうですね、」
メグムは、そこで一旦、区切ってお茶を飲む。
瑛の前にも、お茶と茶菓子が用意されてあった。しかし、今回は手をつけず、じっと、言葉の続きを待つ。
「原始的な欲求、でしょうか。己の内にある中で、一番、わがままで素直な感情。心も体も引きずり込まれ、抗えない。それが恋かと」
「原始な欲求の……わがままな……あー、うん……」
なんとか理解しようと、瑛は噛み砕くように、繰り返してみたが。
「ごめん。やっぱり、分かんない」
再び、突っ伏したところで、グフフと、奇妙な笑い声が聞こえてきた。
「実のところ、私にも分かりません」
「そうなの?」
「それでも、龍姫も恋をなされば、それが恋だと、お分かりになりますよ」
「へぇ」
「それに、思いのほか、龍姫の胸の内では、恋が始まっているのかもしれません」
「そうかなぁ?」
瑛は、首をかしげる。
「あまりにも小さくて、お気づきにならないだけなのかも」
「そう、かな……」
「目に見えるものでは、ありませんから」
「そっか」
少しだけほっとした瑛は、そこで「あっ!」と、思い出す。もう一つ、問題があった。
「あのね、メグムさん」
瑛は、変態したら龍王を選び直せ、トキからそう言われたことを話した。
「そもそも、龍姫は、変態してから龍王を選ぶもんだって」
「トキがそんなことを」
瑛はうなずく。
「あたし、本当は夫を選ぶとか、全然、分かってなくて。だから、もう、トキでいいやって」
その場の勢いというか、適当に、トキを選んでしまった。
「でも……」
「でも?」
「トキは、迷惑だったのかなって」
「龍姫。我ら龍族にとって、龍姫とは至宝。男ならば、誰しもが手に入れたい至高なる存在。そんな龍姫の寵愛を得られることは、何よりの悦び、至福なのです。そして、我ら七姓は、龍王となるべく育てられ、ここにいる。つまりは、あなたに選ばれるための存在、」
シホーにシコー? チョーアイ?
何だ、そりゃ。
瑛は、ぽかんとメグムを見た。
「あー、うん……つまり?」
「迷惑などと、そんなことがあろうはずありません」
「えぇーと、それって、迷惑じゃないってこと?」
もちろんと、メグムはうなずいた。
「まあ、彼は彼で、色々と、こじらせてますからね」
メグムが言うのを、瑛は、そのまま受けった。
トキには、何か、持病でもあるのだろうか。なんて、心配になった。
夕食をとりながら、瑛はトキを見る。
今日も今日とて、心臓はドキドキしない。まったくもって、平穏。こうやって確認するのが、何となくの日課となっていた。
そうして毎日毎日、見ていれば、新たな発見もある。
見るのは、案外、面白い。
そんなことを思っていると、トキの箸が一瞬、止まる。その視線の先にあったのは、昆布の佃煮。そこには、うす切りの椎茸が、一緒に入っていた。
大嫌いだもんね。
思わず、瑛はにやけていた。吹き出しそうになったのを、何とかこらえたところで。
「そんなに見られると、食べにくい」
ふいに、トキが振り向いた。
「えっ! こっそり見てたのに、なんで分かったの?」
「いや、分かるだろ」
「分かんないよ?」
「で、何か、言いたいことでもあるのか?」
「えっと、」
椎茸をにらみつける、トキの顔が面白かった。とは、言いにくくて、別の話題を探す。
「あ。そういえば、体、大丈夫?」
「何の話だ?」
「メグムさんが、こじらせてるって。何か、持病でもあるの?」
トキが、何かをつぶやく。瑛には『あの野郎』と、聞こえたけど。あまりに小さすぎて、聞き間違いかもしれない。
「まったくもって、元気だ。メグムの勘違いだろ」
そう言いながら、トキは瑛の膳に佃煮の小皿を置いた。
「それなら、いいんだけど」
瑛も答えながら、代わりに、手つかずのおひたしをトキに差し出す。
「いる? トキ、好きだよね?」
その中身をちらりと見て、トキが言う。
「最近、気がついたんだが、菜の花、嫌いだろ」
「えっ、」
ぎくりと、瑛はトキを見た。
確かに苦手だった。でも、それを口に出したこともなければ、残したことだってない。
それなのに。まさか。
これ幸いと、トキに押しつけようとしたことが、バレてしまうなんて。
「食べてる時、思いっきり顔をしかめてる」
瑛は、「嘘っ」と、顔に手をやる。
「分かりやすく顔に出てる」
「だって、苦いんだもん」
「そういうもんだろ」
「トキって、大人だねぇ」
何気なくつぶやいた言葉に、ハハッと、トキが笑った。
「何だ、それ」
この時、瑛は、初めて、トキの笑顔を見たような気がした。
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