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僕こそが、龍王になる男だって

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 一体、何から話せばいいのか。
 水脈瀬ミオセヨシは、頭の中を整理する。
 ヨシが龍宮に来たのは、六十年ほど前のこと。
 次の龍王候補として、御前と先の龍王に育てられることになった。しかし、そこから瑛が生まれるまで、実に四十年。
 これが人間なら、とっくに結婚して子供がいるだろう。もしかすると、孫だっているかもしれない。
 何かが起こるには、充分すぎる時間だった。
 
 ヨシは少し考えてから、口を開いた。

「僕はね、アキと出会う前に、彼女と出会ってしまったんだよ」
「理子?」

 言ったのは、トキだった。彼の口から、その名前が出てきたことに、ヨシはびっくりした。
 が、すぐに思い直す。
 ヨシが龍宮を出たのは、瑛が生まれる前。当時のトキは、まだ変態前の悪ガキだったけど。その後、女官だった彼女とトキの間に、交流があったとしてもおかしくはない。

「そう、理子だよ」
 
 ヨシはうなずいて、淡々と話を続ける。

「僕は彼女がとても好きだったし、彼女も僕を好いてくれた。でも、許されなかった。僕は七姓で、龍王候補。だからといって、そう簡単に気持ちは断ち切れるもんじゃない……苦しかったよ。アキはまだ、生まれてもなかった。存在しないもののため、生きている僕は一体、何なんだろうって。苦しくて苦しくて……だから、僕はここを出た。いや、違うな。ここから、逃げ出したんだ」

 並んで座るトキと瑛。二人は黙って、話を聞いている。ヨシは、その顔を見ることができなかった。

「全国を当てもなく、ふらふらして……そのうちに、僕が理子と一緒になれなかったのは、龍王になるためだって。僕こそが、龍王になる男だってね。そんなふうに思うようになってた」

 ヨシが龍宮を出奔してから、二十年。
 そんな時だ。町中でマナシと偶然、出会ったのは。いや、もしかしたら、マナシの方は自分を探していたのかもしれない。そこで龍姫が誕生したと聞き、しばらくしてから、瑛に会い行った。

「それで、アキをね、僕のものにしようと思った。ほら、昔の物語で、右も左も分からない女の子を引き取って、思い通りに育てた挙げ句、自分の妻にしちゃう話、あるでしょ。あんなふうにさ」
「あんたが、瑛を籠絡ロウラクしようとしたって話、本当だったのか?」

 そうだよと、ヨシはうなずいた。
 龍王は、龍姫によって選ばれるもの。それを自分の意のままにしようとしていたなんて、瑛や他の七姓に対する、裏切り行為だ。怒りを買うのは当然のこと。
 トキは失望しただろうか? 
 瑛は軽蔑しただろうか?
 罵倒の一つも、ヨシは覚悟していたのだが。
 当の瑛はといえば、ぽかんと首を傾げ、トキの浴衣をつんつん引っ張るのだった。

「ねぇ、ろーりゃくって何? ろーりゃくにゃんにょ?」

 真面目な顔で問う瑛に、ヨシは気が抜けてしまう。そこへ、トキがまた、

「それを言うなら、老若男女だろ」

 律儀に訂正するものだから。話が思いもよらぬ方向へと転がりはじめた。

「りょーにゃ、……にょーにゃくにゃんにゃ?」
「だから、老若にゃんにょ」
「あっ! 今、かんだでしょ?」
「気のせいだろ」
「うっそだー。絶対、かんだ!」

 そんなやりとりをする二人に、思わず、ヨシは声を出して笑っていた。

「えーっと、それで、にゃんにゃクロにゃんこって、何の話だっけ?」
「僕が、アキに結婚を申し込んだって話だよ」
「あー。あった! あった! 五歳くらいの時!」
「まあ、アキには即刻、断られたけどね」
「だって、いきなり、ひげモジャのおっさんが、『結婚してよー』って、鼻水垂らしながら、わぁわぁ泣いて、すがりついてきたら、誰だってひくよ?」
「あー、うん……」

 うなずきながら、ヨシはポリポリと頬をかく。

「……あの時は、理子が死んだって、マナシ様から聞いてね。僕も色々とヤバかったんだ。だから、アキが、バッサリとふってくれてよかったよ」

 今は心からそう思う。
 『絶対にイヤ』
 幼い瑛の一言が、正気に引き戻してくれたのだ。龍王になろうだなんて奢りを、こっぱみじんにしてくれた。
 ヨシは姿勢を正して、向き直る。

「アキには、ずっと、ちゃんと謝りたかった。本当にすまなかった」
「別に、謝られるようなことはされてないよ」
「僕のけじめだよ」

 不三家で二人を見かけたという話、先ほどは、おちゃらかしてしまったけど。本当は、瑛に謝罪するため龍宮へ向かっていた途中のことで。あまりにも突然すぎて、心の準備もままならず、声をかけられなかった。その結果、こんな真夜中に忍び込むことになってしまった。

「まあ、今さらだけどね」

 自虐的に笑ったヨシへ、トキが手を差し出した。手のひらにあったのは、小さな守り袋。

「あんたに、これを」
「何だい?」
「理子から預かった。あんたに渡してくれって」
「理子、が、僕に?」

 思ってもみない言葉に、声どころか、受け取る手までもが震えてしまう。紐をほどき、中身を確かめる。転がり出てきたのは、赤い珊瑚の玉。
 ヨシが唯一、彼女に贈った珊瑚のかんざし。とっくに捨てられたものだと、思っていた。それを今になって、突き返されるとは。

「僕ってヤツは……バカだ。理子もきっと、恨んでいただろうなぁ」
「そうだな。大バカだ」
「ひどいなぁ、トキ」
「本当に、あんたはバカだな。気づけよ。珊瑚は繊細で、傷もつきやすい。見りゃ、分かるだろ。このクソ野郎の大バカ」

 そこまで言われて、ようやく気づく。
 四十年経っても、珊瑚は美しかった。傷一つないのは、彼女がとても大事にしてくれた証。

「愛しい男からの贈り物だって、肌身離さなかったんだ」

 ヨシはぎゅうっと、珊瑚を握りしめる。涙があふれた。嗚咽をこらえきれなくて、わあわあ泣いていると、誰かがヨシの頭をなでた。瑛だ。瑛は黙って頭をなで続ける。

「……アキにも、本当にひどいことを」
「だから、ひどいことなんてなかったよ。ヒッキーは、たまぁーーに、美味しいお菓子を持って来てくれたし」
「食べ物で、アキを釣ろうとしてたんだよ」
「でも結局、あたしは、ヒッキーのものにならなかったよ? キモかったしね!」

 瑛がニコニコと言う。

「キモ……ひどいなぁ」

 ヨシは、泣きながら笑う。
 ようやく一区切りがついた。そんな気持ちになれた。
 

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