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眠る瑛

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 トキは、瑛の布団の前に座った。
 
 大きな水泡を見つめる。まるで巨大な風船のようだが、触れてみると、確かに水だった。
 その大きな水泡に包まれ、瑛が眠っている。うっすらと影は見えるが、顔までは見えない。

 瑛が眠りについてから、龍宮は静かになった。
 数ヶ月前には、これが普通。いや、この十数年、龍宮に瑛がいないことは、当たり前だったのに。今、龍宮はどこもかしこも、静寂に包まれている。瑛の側付きであるツナ子とタイ子はもちろん、スズキまでも元気がない。
 
 あの日、紫苑と一緒にいた時に倒れた瑛は、あのあとすぐに目を覚ました。
 しかし、瑛の体調は日を追うごとに、変化していった。どれだけ食うんだと思っていた食事も、段々と量が減っていった。睡眠時間が長くなり、目を離せば、どこでも寝ていた。

 御前は、変態の前触れだと、言った。『今は、見守りましょう』と。

 一度、御前の要請で珠貴がやって来た。瑛が彼女とどんな話をしたのか、トキは知らない。それからすぐ、瑛は、一日の大半を寝ているようになった。

 そんなある日のこと。
 瑛の枕元で本を読んでいたトキは、ふと、瑛が自分を見ていることに気がついた。いつから目を覚ましていたのか。瑛は、こちらを見て微笑んでいた。

「どうした?」
「……あのね、トキ」

 瑛は、起き抜けの少々、間延びした声で言った。

「あたし、トキといるのは楽しいよ。でも、トキは、すぐ怒るし、怖いし。それであたしはイラッとしたり、ムッとしたり、時々、難しくて何を言ってるか分からないし……正直に言うと、あたしは、リュークといる時が、一番、楽し、」

 トキは「瑛」と、言葉の先を遮って、

「前にも言ったが、変態したら、選び直せ」

 言った。すると、袖口がぐいっと引っ張られる。

「そうじゃなくて、」

 袖を掴んでいた手が、トキの手に触れ、ぎゅっと握りしめる。

「目が覚めて、そこにトキがいてくれて、すごくほっとしたの」
「そうか」

 瑛は今にも眠りそうに目をとろんとさせながら、うなずく。

「あのね。あたし、トキが好きだよ」

 トキが手を握り返すと、瑛はへにゃと笑った。
 その直後、眠りについた瑛の体は、水泡に覆われた。あれから十日。今も眠り続けている。
 静かな龍宮は、どうにも、落ち着かない。

「いいかげん、目を覚ませ」

 トキはつぶやいて、胸の守り袋をぎゅっと握りしめた。


 
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