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第二章 特別な花
46,グリマルディ家の過去②
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そう思いながら、セナはその日も検診に来ていた。
曇り空が広がり、今にも雨が降りそうだった。けれど気持ちは晴れやかだ。エコーでお腹の子の成長を見るのが毎回楽しみだったからだ。
(そういえば、今日はまだ胎動を感じていない気がする。寝ているのかしら? 検診のときは、可愛いお顔を見せてほしいわ)
自然と顔が綻ぶ。
自ら車を運転し、産院へ向かった。もうすぐ臨月に入る。運転席に座るのも大変だ。
次回からはアイルかジェイクにお願いして、運転してもらった方がよいだろう。
あっという間に産院へ到着した。車を停め、重いお腹を抱えながら建物へ入る。受付を済ませてから、名前が呼ばれるまでソファに座って待つ。
いつもと同じルーティーン。先生に、あのことを聞かされるまでは……。
「ミセス・グリマルディ。どうぞ」
「はい」
診察室へ入り、まずはいつものように問診を受ける。
「ミセス・グリマルディ。調子はどう?」
主治医はベテランの男の先生で、気さくな人だ。ヒルスを生んだときもお世話になった。
「とても調子がいいです」
「うん。体調もよさそうですね。食欲はどうかな」
「あります。最近、食べ過ぎなくらいです」
「ははは。それは結構! 一時期つわりが辛そうだったから心配していたけれど。逆に食べ過ぎて体重オーバーしないでね?」
「はい、これからも気をつけます」
それから検診台に横たわるよう促される。
セナはゆっくりと横になり、服を捲って大きくなったお腹を先生に見てもらう。ジェルを塗られてそっとエコーを当てられた。
「ベビーは今日も元気かなー」
画面に白黒の映像が映し出され、先生は慣れた手つきで機器を滑らせていく。
「寝ているのかな? 今日はずいぶん大人しいね」
セナは画面に釘づけになる。正直説明をされないとどこがどこだかよく分からないが、たしかにお腹の中には我が子がいる。そう実感させてくれるから、姿を見るだけで楽しかった。
「うーん……? ちょっと、詳しく調べようか」
先生の声が途端に小さくなった。
いつもならまず最初に心臓を確認してから顔を捜してくれる。起きていれば口を動かしている姿をリアルタイムで見られたりするから、それも楽しみのひとつなのだが……。
なぜか、先生の口数が減っていった。
どうしたんだろう? セナはこのとき言い様のない違和感を覚える。
「先生、どうですか? この子、ちゃんと大きくなっています?」
「ううん……ちょっと、待って下さいね……」
これからどんなことを言われるかなんて、想像もできなかった。ただ、先生の様子がいつもと違うのは明白だった。顔も見せてくれない。どのくらいの大きさまで成長しているとか、そういう話もない。心臓だって映してくれなかった──いや、実際は違う。そのとき先生が一番見ていたのは、心臓部分だったのかもしれない。
診察台から椅子に座るようセナに促すと、先生はとても神妙な面持ちを浮かべた。
「あの、先生……何かあったんですか?」
異常事態があったのだと、さすがに勘づいていた。しかし、最悪なことを考えたくはない。胸が張り裂けそうになるほど、心臓が爆音を鳴らす。
「お腹の子に何か異常でも? 病気、などですか? 無事に生まれてきますよね……?」
恐る恐る問いかけるセナに向かって、先生は口角を一切上げずに目を見つめてきた。
「ひとつ聞きたいのですが、最後に胎動を感じたのはいつでしょう?」
「ええっと、今日はまだ一度も。たしか昨日は、あったと思うのですが。すみません、お腹が大きくなると感じにくくなるのであまり気にしていませんでした」
「そうですか」
深く息を吸ってから、先生は意を決したように続きの言葉を述べた。
「いいですか、ミセス・グリマルディ。落ち着いて聞いて下さいね。今、いつもより長めにエコーを当ててみました。心臓を詳しく見ていたのです。心音も聞こうとしたのですが……」
「……はい」
「どうしても聞こえません。心臓が動いている様子も、ないのです」
「え……?」
静まり返った診察室の中で、先生は何かを説明していた。
稀に赤ちゃんの生命力の問題で、心臓が止まってしまうことがある。あなたのせいでは決してないので、自分を責めないでほしい。亡くなった赤ちゃんは早いうちに外に出してあげないとならない。早急に日取りを決めましょう……。
あのときの先生は、声が震えていた。業務的な話をするだけではない。どう声をかけていいのか、迷っているようだった。
「ご主人にも説明しなければなりません。今から来てもらうことは可能ですか?」
「……主人は今、仕事中ですので……」
「でも大事なお話ですよ」
「それなら、わたしから、します……」
ショックで、動機がして、頭が真っ白になった。
説明をするとは? 何をどうするのか?
今聞いたことがとても信じられない。信じたくない。それなのに……溢れる涙を止めることができない!
セナの心は真っ黒に染まる。
帰り道の記憶など殆どなかった。大粒の雨が降り、胸の奥までずぶ濡れになってしまう。
曇り空が広がり、今にも雨が降りそうだった。けれど気持ちは晴れやかだ。エコーでお腹の子の成長を見るのが毎回楽しみだったからだ。
(そういえば、今日はまだ胎動を感じていない気がする。寝ているのかしら? 検診のときは、可愛いお顔を見せてほしいわ)
自然と顔が綻ぶ。
自ら車を運転し、産院へ向かった。もうすぐ臨月に入る。運転席に座るのも大変だ。
次回からはアイルかジェイクにお願いして、運転してもらった方がよいだろう。
あっという間に産院へ到着した。車を停め、重いお腹を抱えながら建物へ入る。受付を済ませてから、名前が呼ばれるまでソファに座って待つ。
いつもと同じルーティーン。先生に、あのことを聞かされるまでは……。
「ミセス・グリマルディ。どうぞ」
「はい」
診察室へ入り、まずはいつものように問診を受ける。
「ミセス・グリマルディ。調子はどう?」
主治医はベテランの男の先生で、気さくな人だ。ヒルスを生んだときもお世話になった。
「とても調子がいいです」
「うん。体調もよさそうですね。食欲はどうかな」
「あります。最近、食べ過ぎなくらいです」
「ははは。それは結構! 一時期つわりが辛そうだったから心配していたけれど。逆に食べ過ぎて体重オーバーしないでね?」
「はい、これからも気をつけます」
それから検診台に横たわるよう促される。
セナはゆっくりと横になり、服を捲って大きくなったお腹を先生に見てもらう。ジェルを塗られてそっとエコーを当てられた。
「ベビーは今日も元気かなー」
画面に白黒の映像が映し出され、先生は慣れた手つきで機器を滑らせていく。
「寝ているのかな? 今日はずいぶん大人しいね」
セナは画面に釘づけになる。正直説明をされないとどこがどこだかよく分からないが、たしかにお腹の中には我が子がいる。そう実感させてくれるから、姿を見るだけで楽しかった。
「うーん……? ちょっと、詳しく調べようか」
先生の声が途端に小さくなった。
いつもならまず最初に心臓を確認してから顔を捜してくれる。起きていれば口を動かしている姿をリアルタイムで見られたりするから、それも楽しみのひとつなのだが……。
なぜか、先生の口数が減っていった。
どうしたんだろう? セナはこのとき言い様のない違和感を覚える。
「先生、どうですか? この子、ちゃんと大きくなっています?」
「ううん……ちょっと、待って下さいね……」
これからどんなことを言われるかなんて、想像もできなかった。ただ、先生の様子がいつもと違うのは明白だった。顔も見せてくれない。どのくらいの大きさまで成長しているとか、そういう話もない。心臓だって映してくれなかった──いや、実際は違う。そのとき先生が一番見ていたのは、心臓部分だったのかもしれない。
診察台から椅子に座るようセナに促すと、先生はとても神妙な面持ちを浮かべた。
「あの、先生……何かあったんですか?」
異常事態があったのだと、さすがに勘づいていた。しかし、最悪なことを考えたくはない。胸が張り裂けそうになるほど、心臓が爆音を鳴らす。
「お腹の子に何か異常でも? 病気、などですか? 無事に生まれてきますよね……?」
恐る恐る問いかけるセナに向かって、先生は口角を一切上げずに目を見つめてきた。
「ひとつ聞きたいのですが、最後に胎動を感じたのはいつでしょう?」
「ええっと、今日はまだ一度も。たしか昨日は、あったと思うのですが。すみません、お腹が大きくなると感じにくくなるのであまり気にしていませんでした」
「そうですか」
深く息を吸ってから、先生は意を決したように続きの言葉を述べた。
「いいですか、ミセス・グリマルディ。落ち着いて聞いて下さいね。今、いつもより長めにエコーを当ててみました。心臓を詳しく見ていたのです。心音も聞こうとしたのですが……」
「……はい」
「どうしても聞こえません。心臓が動いている様子も、ないのです」
「え……?」
静まり返った診察室の中で、先生は何かを説明していた。
稀に赤ちゃんの生命力の問題で、心臓が止まってしまうことがある。あなたのせいでは決してないので、自分を責めないでほしい。亡くなった赤ちゃんは早いうちに外に出してあげないとならない。早急に日取りを決めましょう……。
あのときの先生は、声が震えていた。業務的な話をするだけではない。どう声をかけていいのか、迷っているようだった。
「ご主人にも説明しなければなりません。今から来てもらうことは可能ですか?」
「……主人は今、仕事中ですので……」
「でも大事なお話ですよ」
「それなら、わたしから、します……」
ショックで、動機がして、頭が真っ白になった。
説明をするとは? 何をどうするのか?
今聞いたことがとても信じられない。信じたくない。それなのに……溢れる涙を止めることができない!
セナの心は真っ黒に染まる。
帰り道の記憶など殆どなかった。大粒の雨が降り、胸の奥までずぶ濡れになってしまう。
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