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第四章 あの子と共に
81,警告
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薄暗いコーナーの端に寄ると、フレアは無表情で勢いよく俺の方を振り向いた。
「ヒルス!」
「どうしたんだよ、そんなにテンパって」
「あなたたち、さっきのダンスはやりすぎよ」
「えっ」
人目を気にしているのか、フレアはやたらと周囲に目を配っている。小声になって話を続けた。
「あの子を大事にしたいなら、あまり人前でイチャイチャしない方がいいわよ」
「イチャイチャって。そんなつもりは……」
「いくら男女のペアダンスとはいえ、兄妹であんなに密着して見つめ合っていたら違和感がありすぎるわ」
「……」
きつい口調で言われ、俺は何も言い返せない。
たしかにたくさんの観客が注目する中、ラストはレイのことしか見えなくなっていた。
「わたしはあなたたちの事情を知っているからこそまずいと思った。でも、それだけじゃないの」
誰もいないことを念入りに確かめるように辺りを見回し、フレアは更に声量を下げる。
「あくまであなたはプロのダンサーよ。それにレイはダンス業界でも注目されている。マスコミが、もしかするとあなたたちの関係を探り始めているかもしれないから……」
「なんだってっ?」
思いも寄らない話に声が裏返ってしまう。
マスコミが? なぜ俺たちの関係を探るんだ。
でも思い返してみると──たしかにレイは、復帰したての頃は雑誌やネットで小さいながらもニュースとして取り上げられていたな。俺もプロの大会に出て良い成績を収めたときなどは、軽くインタビューを受けたことはある。
いや。とは言っても、マスコミに目をつけられるほど知名度があるわけではないと思う。
「わたしも中央の席で見ていたけど……すぐ近くに、明らかにマスコミ関係の男がいたの。あなたたちの最後のダンスを見た際に、その人が言っていたのよ。『これから面白いネタが掴めるかもしれないな』って……。本番が終わってからもしばらく見張ってたんだけどね、どうやらその人、大手に勤める芸能記者みたいよ」
フレアはこの上ないほど深刻そうな表情だった。
それでも俺は首を横に振る。
「そんな、大袈裟だな。大丈夫だろ? 俺とレイはそこまで有名人でもないし」
「もう。何が大丈夫なの!」
キッと睨みつけてくるフレアの迫力に、俺は思わず後退りする。
「あなたたちの関係は普通じゃないのよ! もしマスコミにバレて、ネタとして世間に晒されたりしたらどうするの? そんな形で本当のことをレイが知ってしまったら……きっと物凄く傷つくわ」
俯くフレアのその言葉に、俺はハッとする。
「それに、あなたのご両親の想いもどうなるの。あの子はまだ十六歳よね。事実を伝えるまでに、どうにか世間に知られないように気をつけないと」
俺は固唾を飲み込んだ。
──たしかに、フレアの言うとおりだ。
俺とレイは表舞台に立つ人間であり、少なからず注目する人たちがいる。純粋に応援してくれるファンだけならいい。だけどそれだけじゃない。何かあれば人の噂を嗅ぎつけ、それを特定すると世にばら撒いて商売をする人間もいるんだ。
「そう、だよな……。フレアが警告してくれなかったら、そこまで深く考えられなかったな」
「ごめんなさいね。わたしもちょっと熱くなりすぎちゃった」
「いや、いいんだよ。おかげで目が覚めた」
「レイを守れるのはあなただけなんだから。二人が幸せになってくれないと、わたしがあなたにフラれた意味がないわ」
「な、何言うんだよ」
俺は目を逸らし、ため息を吐く。
「ごめん、嘘よ。でもね、イチャつくなら人目のつかない場所でしなさいね」
「おいっ、変なこと言うな。俺とレイはそういうことをしたりしない」
「ふーん? キスもしてないの?」
「バカな。するわけないだろう」
「じゃあハグは?」
「……」
何も答えられず、俺はわざと咳払いをする。
するとフレアはニヤニヤしながら続けるんだ。
「そっかぁ、まだ愛情ハグだけなのね。本当に純粋なんだから。ヒルスの人柄がうかがえるわ」
「はあ?」
「あんなに可愛い子がいつもそばにいたら、チャラ男だったらとっくに手を出してるんじゃないの?」
「……もう、やめてくれないかな」
「あはは。ジョークよ、ジョーク!」
一通り笑った後、フレアは落ち着いた声になった。
「わたしが思うに、レイはきっとあなたに恋をしていると思うわ」
「は? それはないだろ。だってレイは……」
「『俺のことを実の兄だと思っている』でしょ? そんなの分かってるわよ」
「じゃあどうして」
「あなたたち二人は血の繋がりがあるわけじゃない。これはわたしの勘だけど……レイは無意識のうちに本当の関係について気づき始めているんじゃないかな」
フレアの真剣な言い様に、俺は束の間考え込んだ。
たしかに最近のレイは全く妹らしくない発言もするし、俺が抱擁を求めると受け入れてくれる。だけど──レイが俺のことを一人の男として想っているなんて、そんな自惚れた考えなど否定するしかないだろう。
「もしレイが俺を実の兄でないと勘づいていたとしても、いつか事実を知ったとしても、関係は変わらない。この先もずっと義兄妹のままだ」
「相変わらず焦れったいわね。ま、事情が事情だからあなたが慎重になるのも無理ないけど」
そう言うとフレアはまたいつもの笑顔に戻る。
「どっちにしたって、わたしは警告したからね。今後、気をつけなさいよ!」
左手で髪をかきあげ、フレアは背を向けた。
「そろそろレイも着替え終わる頃じゃないかしら。戻りましょ」
そう言って何事もなかったかのように歩き出す。
──なんだろう。俺たちのためを思っていつも見守ってくれているフレアだが、そのときの後ろ姿がどことなく寂しそうだった。
「待ってくれよ」
フレアの隣に並び、俺は人目を気にしながらその場を後にした。
「ヒルス!」
「どうしたんだよ、そんなにテンパって」
「あなたたち、さっきのダンスはやりすぎよ」
「えっ」
人目を気にしているのか、フレアはやたらと周囲に目を配っている。小声になって話を続けた。
「あの子を大事にしたいなら、あまり人前でイチャイチャしない方がいいわよ」
「イチャイチャって。そんなつもりは……」
「いくら男女のペアダンスとはいえ、兄妹であんなに密着して見つめ合っていたら違和感がありすぎるわ」
「……」
きつい口調で言われ、俺は何も言い返せない。
たしかにたくさんの観客が注目する中、ラストはレイのことしか見えなくなっていた。
「わたしはあなたたちの事情を知っているからこそまずいと思った。でも、それだけじゃないの」
誰もいないことを念入りに確かめるように辺りを見回し、フレアは更に声量を下げる。
「あくまであなたはプロのダンサーよ。それにレイはダンス業界でも注目されている。マスコミが、もしかするとあなたたちの関係を探り始めているかもしれないから……」
「なんだってっ?」
思いも寄らない話に声が裏返ってしまう。
マスコミが? なぜ俺たちの関係を探るんだ。
でも思い返してみると──たしかにレイは、復帰したての頃は雑誌やネットで小さいながらもニュースとして取り上げられていたな。俺もプロの大会に出て良い成績を収めたときなどは、軽くインタビューを受けたことはある。
いや。とは言っても、マスコミに目をつけられるほど知名度があるわけではないと思う。
「わたしも中央の席で見ていたけど……すぐ近くに、明らかにマスコミ関係の男がいたの。あなたたちの最後のダンスを見た際に、その人が言っていたのよ。『これから面白いネタが掴めるかもしれないな』って……。本番が終わってからもしばらく見張ってたんだけどね、どうやらその人、大手に勤める芸能記者みたいよ」
フレアはこの上ないほど深刻そうな表情だった。
それでも俺は首を横に振る。
「そんな、大袈裟だな。大丈夫だろ? 俺とレイはそこまで有名人でもないし」
「もう。何が大丈夫なの!」
キッと睨みつけてくるフレアの迫力に、俺は思わず後退りする。
「あなたたちの関係は普通じゃないのよ! もしマスコミにバレて、ネタとして世間に晒されたりしたらどうするの? そんな形で本当のことをレイが知ってしまったら……きっと物凄く傷つくわ」
俯くフレアのその言葉に、俺はハッとする。
「それに、あなたのご両親の想いもどうなるの。あの子はまだ十六歳よね。事実を伝えるまでに、どうにか世間に知られないように気をつけないと」
俺は固唾を飲み込んだ。
──たしかに、フレアの言うとおりだ。
俺とレイは表舞台に立つ人間であり、少なからず注目する人たちがいる。純粋に応援してくれるファンだけならいい。だけどそれだけじゃない。何かあれば人の噂を嗅ぎつけ、それを特定すると世にばら撒いて商売をする人間もいるんだ。
「そう、だよな……。フレアが警告してくれなかったら、そこまで深く考えられなかったな」
「ごめんなさいね。わたしもちょっと熱くなりすぎちゃった」
「いや、いいんだよ。おかげで目が覚めた」
「レイを守れるのはあなただけなんだから。二人が幸せになってくれないと、わたしがあなたにフラれた意味がないわ」
「な、何言うんだよ」
俺は目を逸らし、ため息を吐く。
「ごめん、嘘よ。でもね、イチャつくなら人目のつかない場所でしなさいね」
「おいっ、変なこと言うな。俺とレイはそういうことをしたりしない」
「ふーん? キスもしてないの?」
「バカな。するわけないだろう」
「じゃあハグは?」
「……」
何も答えられず、俺はわざと咳払いをする。
するとフレアはニヤニヤしながら続けるんだ。
「そっかぁ、まだ愛情ハグだけなのね。本当に純粋なんだから。ヒルスの人柄がうかがえるわ」
「はあ?」
「あんなに可愛い子がいつもそばにいたら、チャラ男だったらとっくに手を出してるんじゃないの?」
「……もう、やめてくれないかな」
「あはは。ジョークよ、ジョーク!」
一通り笑った後、フレアは落ち着いた声になった。
「わたしが思うに、レイはきっとあなたに恋をしていると思うわ」
「は? それはないだろ。だってレイは……」
「『俺のことを実の兄だと思っている』でしょ? そんなの分かってるわよ」
「じゃあどうして」
「あなたたち二人は血の繋がりがあるわけじゃない。これはわたしの勘だけど……レイは無意識のうちに本当の関係について気づき始めているんじゃないかな」
フレアの真剣な言い様に、俺は束の間考え込んだ。
たしかに最近のレイは全く妹らしくない発言もするし、俺が抱擁を求めると受け入れてくれる。だけど──レイが俺のことを一人の男として想っているなんて、そんな自惚れた考えなど否定するしかないだろう。
「もしレイが俺を実の兄でないと勘づいていたとしても、いつか事実を知ったとしても、関係は変わらない。この先もずっと義兄妹のままだ」
「相変わらず焦れったいわね。ま、事情が事情だからあなたが慎重になるのも無理ないけど」
そう言うとフレアはまたいつもの笑顔に戻る。
「どっちにしたって、わたしは警告したからね。今後、気をつけなさいよ!」
左手で髪をかきあげ、フレアは背を向けた。
「そろそろレイも着替え終わる頃じゃないかしら。戻りましょ」
そう言って何事もなかったかのように歩き出す。
──なんだろう。俺たちのためを思っていつも見守ってくれているフレアだが、そのときの後ろ姿がどことなく寂しそうだった。
「待ってくれよ」
フレアの隣に並び、俺は人目を気にしながらその場を後にした。
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