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第八章 それぞれの想い
149,大好きな人
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帰り道。俺とレイは、ひとけが少ない道を選んで帰路につていた。
空の向こう側は既に夕陽が沈みかけていて、変わりゆく紺色とブライトイエローが目に癒やしをくれる。
「ねえ、ヒルス」
「うん?」
「私ね……自分が元孤児であることに、心のどこかではいつも後ろめたさがあったの」
静かに放たれるレイの言葉が、たちまち俺の胸を締め付けた。
歩みを止め、俺は彼女をじっと見つめる。切なさで溢れる瞳が美しく、俺の鼓動はいつものようにドキドキと音を響かせていた。
「家族の中で自分一人だけ血が繋がっていないと知ったあの日、どうしようもないくらい怖くなったの。何かあったら、私は家族としていられなくなるんじゃないかなって」
「何かあったらって……?」
「うん……結局ね、その『何か』の答えを見つけることはなかったよ。見つける必要もなかったから。だって、お父さんとお母さんは血の繋がりがない私を、最後まで本当の娘として育ててくれたもの」
レイの声色は透き通っていて、優しさと愛しさで溢れていた。
俺は口を閉ざし、彼女の話に耳を傾ける。
「私が家出したあの日──お母さんは本気で私を叱ってくれた。それに、お父さんからの愛情も溢れるくらい伝わってきたの。あの日、改めて分かったよ。グリマルディ家の娘としてこれからも生きていられるんだって。お父さんとお母さんがちゃんと教えてくれたんだよ」
「レイ……」
彼女の表情はとても美しい。俺がどうして彼女をこんなにも愛しているのか、もう一度気付かされた瞬間だった。
レイは自分の境遇を知りながらも、前向きにいつも明るく振る舞っている。レイの笑顔にはいつも癒やされるし、どんなに辛いことがあっても彼女のぬくもりは俺の心を満たしてくれるんだ。
過去に何があったかなんて関係ない。彼女はとても強くて逞しい女性に成長していたから。
一層美しさを魅せる彼女は、微笑みを絶え間なく俺に向けて語り続ける。
「元孤児でも、私は素敵な家庭で育ててもらえた。それに……今までもこれからも『大好きな人』と一緒に生きていくことが出来る。これって凄く幸せだよね。もしもこのことが世間に知られても、私全然怖くないよ」
「レイ……」
彼女が言う「大好きな人」。聞きたい。レイの口からハッキリと言ってほしい。
想いが溢れてしまい、俺は少し甘えた声を出してわざと彼女に問いかける。
「なあ、レイの言う大好きな人って、誰のことだ?」
「……そんなの、分かってるでしょ?」
「レイの口から直接聞かせてよ」
「もう、甘えん坊なお兄ちゃんだね。決まってるよ。……ヒルスしかいないからね?」
あの夕陽のように頬を赤く染め上げ、照れくさそうに答えてくれるレイの振る舞いが可愛くて愛しくて。俺はひと目も憚らず、道のど真ん中で堂々と彼女を抱き締めた。
抱擁する彼女のぬくりもからは、プロのダンサーになることに対する強い決意がしっかりと俺の心にまで伝わってきた。きっとレイなら、何があっても大丈夫。
俺は彼女と巡り会えたことに、改めて感謝したいと思った。
「レイ」
「なに?」
「レイが【生まれた場所】に行ってみないか」
「私が、生まれた場所……? 」
「そうだよ。神聖で優しくて、とてもあたたかい場所なんだ。そこに──レイのことをずっと待っている人がいる」
俺の胸の中に身を寄せていたレイが、ゆっくりと顔を見上げた。その表情からは愛しさや懐かしさが溢れかえっているような気がしたんだ。
「……うん。私も、ずっとその人と会いたいと思ってたの」
──なあ、レイは覚えているか?
孤独と寒さと恐怖の中で君が助けを求めていたあの日、君を救ってくれたあの人のぬくもりを。
レイは思い出せないかもしれない。だけど記憶の奥底で、君に初めて人の優しさを教えてくれたあの人の存在を、心はきっと覚えている。
たとえ君が望まれない生を受けた子だったとしても、君がこの世に生まれてきてくれたおかげで希望を持てた人たちがいる。君が懸命に生きてくれたおかげで、本当の愛を知ることが出来た人がいるんだ。
何も悲しくはない。君がここにいるだけで、たくさんの幸せが舞い降りてくる。他の何にも代えられない尊い幸せが。
君がいつも笑顔で幸福に満ちた日々を送るだけで、世界は明るくなるから。
俺は大切な人の手をギュッと握り締め、彼女が生まれ育ったもう一つの場所へと歩んでいった。
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