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13章 歪な三角星

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事態は、その日の夜に動いた。
ドンドンドン!

「あん?」

激しく扉が叩かれて、俺は手もとから顔を上げた。俺の手元には、群青色の小箱がある。ロウランの体が入っている……らしい箱だ。夕食も食べ終え、暇になった俺は、物は試しでロウランに魔力を注いでいた。その矢先のことだった。

「はいはい。誰だ?」

「オレだ!ヘイズだ!」

ガチャっと扉が開いて、ずいぶん慌てた様子のヘイズが顔を出した。

「どうしたんだよ。そんなに焦って」

「いや、それが……と、とにかく、ちょっと来てくれないか」

「え?どこに……」

「いいから!くればわかる!」

な、なんだなんだ?わけが分からないまま、俺と仲間たちはヘイズに急き立てられて、王城のとある一室へと早足で向かった。む、この部屋の扉、刺繍がしてあってずいぶん豪華だ。確か前にも一度……

「あ。ここって、ロアの部屋?」

なんでロアのところに?俺が質問する間もなく、ヘイズが扉を荒っぽくノックして、それとほぼ同時に開けてしまった。

「ロア様!桜下たちを連れてきました!」

「む……きたか」

ロアは、部屋に置かれた大理石のテーブルの前に、何やら深刻そうな顔で座っていた。テーブルの上には、手紙と思しき数枚の紙切れが置かれているが……なんだろう、嫌な予感がするな。

「ロア。お前が呼んだのか?」

「ああ。すまないが、お前たちにも見てもらいたかったのだ」

見てもらう?あの、机の紙をってことか?俺は仲間たちをちらりと振り返った後、テーブルへと近づき、目を落とす。

「これって……一の国からの手紙じゃないか」

手紙の傍らに置かれた封筒には、赤色の文字でライカニールの国名と、紋章が刻印されていた。

「これ、あれだろ。お前の言ってた、お礼の手紙とかいう……」

「そう、だと思っていた。のだが……ここを見てくれ」

ロアが手紙の内の一枚を手に取り、さらにその中の一文に指を添える。整えられた爪の先の文字を、俺は声を出して読み上げた。

「……“三冠の宴”開催の報せ?」

聞き慣れない単語に、俺と仲間たちは顔をしかめた。宴とあるが、三冠の意味は……?

「……三冠の宴とは、三国が一堂に会する、盛大な舞踏会のことだ」

俺の疑問には、いまだ眉間にしわを寄せたロアが答えてくれる。

「シェオル島を知ってるか?……そうか、知らぬか。シェオル島と言うのは、一、二、三の国全ての国境が交わる点に位置する島だ。入り組んだ入り江に浮かぶ小さな島だが、その島はどの国にも属さない、完全なる中立地帯と定められている。そして三冠の宴は、そのシェオル島で開かれることとなっている」

「へえー……あの、それがなんか関係あんのか?つまり、俺たちを呼んだことに?」

「ぬ、うむ……三冠の宴は、まあその、三国が集い、交流を深める場であるんだが……これが、他の些細なパーティーと明確に区別される理由なのだが……三冠の宴は、各国の勇者が集う宴でもあるのだ」

「……は?おいおいおい」

なんだって?各国の勇者!?じょーだんじゃないぜ、勘弁してくれ!

「勇演武闘の次は、勇者パーティーかよ!嫌だ!お断り!」

俺がきっぱりと首を振ると、ロアは困ったような、だが半ばこうなることも分かっていたような、微妙な顔をした。

「……まあ、そう言うとは思っていた。お前としても、乗り気のする話ではないだろうな」

「あったりまえだ!それに、そのナントカってのをやろうって言いだしたの、あのノロ女帝なんだろ?」

「そうだ……あの女帝には、つくづく苦労させられる。ただの礼の手紙だと今まで放っておいたら、とんでもない事が書かれていた。正直、面食らったよ」

ロアは疲れたように額を押さえる。あいつとしても、完全に不意打ちだったみたいだ。

「同情するぜ。あの女帝の厄介さは、俺も身に染みてる。けど同情以外はできそうにないな。こういう言いかたは好きじゃないけど、俺たちはもう、これ以上お前らに付き合う義理はないはずだぜ」

エドガーが無事に帰ってきた時点で、俺がロアに頼んだ事の借りはチャラになっているはずだ。それはノロも重々承知なのか、言葉に勢いがなかった。

「分かっている……お前は、十分やってくれた。朝の言葉に嘘はない。それに私だって、まさかこんなことになるとは……」

「……そう言われても、どうしようもないもんはどうしようもないよ。そっちの問題は、そっちでどうにかしてくれ」

一の国で、パーティーとやらの面倒くささはさんざん味わった。もう一度それを味わえだなんて、なんの拷問だ?断固拒否だ。

「じゃあ、そういうことだから。俺はもう行くぞ」

困り顔のロアと、何か言いたそうなヘイズを残して、俺はくるりときびすを返した。後から仲間たちが慌てた様子で付いてくる。

「お、桜下さん。いいんですか?王女様を邪険になんかして……」

部屋から出ると、ウィルが心配そうに後ろを振り返りながら言った。

「そんなの、今さらだろ。それか、戻ってハイって言えって?」

「それは、そんなことは言わないですけど……」

ウィルはもごもごと言葉尻を濁した。言いたいことは分かる。けど、嫌なものは嫌だ!まったく、ロアのやつめ。何でも言いなりになると思ったら大間違いだぞ。俺はむかむかする気分のまま、どすどすと廊下の絨毯を踏みしめて、自分たちの部屋まで戻ってきた。そして中に入ったところで、俺はふと冷静になった。急速に怒りがしなびて、代わりに不安な感情がむくむくと湧き上がってくる。

「……それとも、みんなは出たほうがいいって思うか?」

俺の声は自分でもびっくりするくらい頼りなくって、なんだか泣きたくなった。

「ぷっ。あはははは!」

そしてウィルは遠慮なく笑いやがった。ああ、フランに、アルルカまで笑ってやがる!ライラはよくわかってなさそうだったが、みんなが笑っているから笑っていた。

「な、なんだよ!悪かったな、意志薄弱で!」

「あはは、あは、ちが、違いますって。ただ、あんまりにも子どもみたいだったから……かわいいなって。ぷふふふ……」

か、かわいい……俺はウィルを思い切り睨みつけてやった。ただ、俺の顔は真っ赤になっているだろうから、あまり迫力はないだろうけど……

「はあ、すみません。馬鹿にしたわけじゃないですからね?それに、参加するしないはどっちでもいいと思います。ただ、それで桜下さんが危ない目に遭わないか、心配だっただけです」

「……危ない目?」

「ええ。王女様が怒って、桜下さんをあれやこれや……ってことです。ちょっと考えすぎかもしれませんけど」

ああ、なるほど。確かにその可能性はある。

「ま、その場合でも、追い払える自信はあるけどね」

フランはにやっと、不敵な笑みを浮かべた。それも、その通りだ。ロアには悪いが、今この場に王城兵が大挙を成してやって来ても、二度目の脱走ができる自信がある。

「深く考えなくていいんじゃない。あなたがしたいようにすれば」

フランの言葉に、ウィルも、それにエラゼムもうなずいてくれた。ふぅ。ああいう時に不安になっちゃうのは、やっぱり俺だなぁ。けど、みんなが俺に任せるって言ってくれたんだ。そんなら、俺は……
と、口を開こうとしたところで。部屋の扉が、控えめにノックされた。コン、コン。

「なんだ、またヘイズか?何度言われても……」

せっかく指針を決めかけたところだったのに。俺はぶちぶち言いながら、扉を開けた。すると、そこに居たのは……

「あ。え、エドガー?」

「ああ。ヘイズでなくて悪かったな」

驚いた。そこには松葉杖をついたエドガーが、ふらふらしながらも、自分ひとりで立っていたから。



つづく
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読了ありがとうございました。
続きは【翌日0時】に更新予定です(日曜日はお休み)。

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