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Lesson 5 焦らない夜
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深夜1時半。
赤坂の街は、昼間とは違う顔をしていた。
看板のネオン。雨で濡れた路面を照らし、タクシーのライトがゆっくりと滑っていく。
人の声も笑い声も、少しだけアルコールに滲んで柔らかい。
「……今日は久しぶりに、一人で飲むか」
呟くように言って、シュウは裏通りの小さなバー《火乃香》の扉を押した。
カラン――
ドアベルの音が、静かな空間に響く。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうで、マスターが穏やかに笑った。
「マスター、ビールちょうだい」
「はいよ」
琥珀色の泡が静かに立ち上がり、グラスが目の前に置かれる。
「ありがとう」
シュウは一口で喉を鳴らした。
「……うまいわ」
短く笑い、背もたれに体を預ける。
グラスの中の泡を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
「俺、ずっと遊び人だわ……」
マスターが軽く顎を上げる。
「何歳だっけ? シュウくん」
「24」
「まだまだ若い。なら、遊びなよ」
「……いいのかな。周りがさ、本気の恋してるんだよな」
「本気の恋、ねぇ」
マスターは笑みを含んだ目でグラスを拭く。
「どんなのが“本気”だと思う?」
シュウは少し考え、天井を仰いだ。
「燃えるやつ……体が熱くなって、止まらなくなるような」
マスターは小さく頷いた。
「嘘の恋が本気になることもあるし、本気でも冷める時はある。
結局はさ、飾らない恋だよ。
一緒にいて、自分らしくいられるかどうか。それが一番大事」
「……らしく、か」
シュウはグラスを傾け、残りを飲み干す。
泡の跡が口の端に残り、すぐに拭った
「焦らなくていいんじゃない?」
マスターの低い声が、グラスの音に溶けて消えた。
「……そうだな」
シュウは、泡の残るグラスを見つめた。
「焦っても、空回りするだけだしな」
マスターは静かに笑う。
「人生も恋も、思い通りにはいかないからね。
うまくいかない夜があるから、酒がうまいんだよ」
「……それ、名言だな」
シュウが肩をすくめると、マスターは楽しそうに鼻で笑った。
それから、二人はしばらく他愛ない話をした。
仕事の愚痴、昔の恋、笑ってしまうような失敗談。
いつの間にか時間はゆっくりと流れていた。
照明の光が少しずつ弱まり、時計の針が静かに進む。
グラスの底に残った泡を眺めながら、
シュウはぼんやりと思った――
(こういう夜も、悪くないな)
やがて、腰を上げた。
「ごちそうさん」
マスターが軽く手を振る。
「おう、気をつけてな」
外に出ると、夜の風が頬を撫でた。
街はまだ、かすかに灯っていた。
キャバ嬢やホストたちが、ヒールや革靴の音を響かせながら通り過ぎていく。
遠くで鳴るサイレン。
街はまだ眠らない。
気づけば、もう3時を回っていた。
ぼんやりと歩いていると、不意に肩を叩かれる。
「シュウちゃん!」
振り返ると、艶のあるセミロングの髪が街灯にきらめく。
「お、リオちゃんじゃん」
「ねえ、帰るの?」
「うん、帰るわ~。もう寝る時間だ」
「……私の家、来ない?」
一瞬、間があいた。
リオの目は酔いを帯びて潤んでいた。
「久しぶりに……シュウの肌、感じたい。
全然連絡くれなかったじゃん」
「……」
シュウは静かに笑った。
「今日は帰るわ。明日、早起きだからさ」
(嘘だ。最初に一度、二度抱いた女とはもう抱かない。俺のルールだ。)
「また連絡する」
手を軽く上げて、背中を向ける。
「ひどい……!嘘つき!もう連絡しないから!」
「はいはい、いいよいいよ」
振り返らずに笑って、交差点を渡った。
街の灯りが遠ざかる。
胸の奥が、妙に冷たかった。
(やっぱり、誰かを本気で好きになれない……)
(可愛いと思うから抱くのに、抱くともういらなくなる)
吐息のように笑って、夜空を見上げた。
(なんなんだろな、俺……)
風が髪を揺らした。
その風の冷たさが、痛いほど心地よかった
(誰かと飲む夜もいいけど、ひとりで
考える夜も、悪くない)
赤坂の街は、まだ静かに呼吸をしていた。
次へ続く。
赤坂の街は、昼間とは違う顔をしていた。
看板のネオン。雨で濡れた路面を照らし、タクシーのライトがゆっくりと滑っていく。
人の声も笑い声も、少しだけアルコールに滲んで柔らかい。
「……今日は久しぶりに、一人で飲むか」
呟くように言って、シュウは裏通りの小さなバー《火乃香》の扉を押した。
カラン――
ドアベルの音が、静かな空間に響く。
「いらっしゃい」
カウンターの向こうで、マスターが穏やかに笑った。
「マスター、ビールちょうだい」
「はいよ」
琥珀色の泡が静かに立ち上がり、グラスが目の前に置かれる。
「ありがとう」
シュウは一口で喉を鳴らした。
「……うまいわ」
短く笑い、背もたれに体を預ける。
グラスの中の泡を眺めながら、ぽつりとつぶやく。
「俺、ずっと遊び人だわ……」
マスターが軽く顎を上げる。
「何歳だっけ? シュウくん」
「24」
「まだまだ若い。なら、遊びなよ」
「……いいのかな。周りがさ、本気の恋してるんだよな」
「本気の恋、ねぇ」
マスターは笑みを含んだ目でグラスを拭く。
「どんなのが“本気”だと思う?」
シュウは少し考え、天井を仰いだ。
「燃えるやつ……体が熱くなって、止まらなくなるような」
マスターは小さく頷いた。
「嘘の恋が本気になることもあるし、本気でも冷める時はある。
結局はさ、飾らない恋だよ。
一緒にいて、自分らしくいられるかどうか。それが一番大事」
「……らしく、か」
シュウはグラスを傾け、残りを飲み干す。
泡の跡が口の端に残り、すぐに拭った
「焦らなくていいんじゃない?」
マスターの低い声が、グラスの音に溶けて消えた。
「……そうだな」
シュウは、泡の残るグラスを見つめた。
「焦っても、空回りするだけだしな」
マスターは静かに笑う。
「人生も恋も、思い通りにはいかないからね。
うまくいかない夜があるから、酒がうまいんだよ」
「……それ、名言だな」
シュウが肩をすくめると、マスターは楽しそうに鼻で笑った。
それから、二人はしばらく他愛ない話をした。
仕事の愚痴、昔の恋、笑ってしまうような失敗談。
いつの間にか時間はゆっくりと流れていた。
照明の光が少しずつ弱まり、時計の針が静かに進む。
グラスの底に残った泡を眺めながら、
シュウはぼんやりと思った――
(こういう夜も、悪くないな)
やがて、腰を上げた。
「ごちそうさん」
マスターが軽く手を振る。
「おう、気をつけてな」
外に出ると、夜の風が頬を撫でた。
街はまだ、かすかに灯っていた。
キャバ嬢やホストたちが、ヒールや革靴の音を響かせながら通り過ぎていく。
遠くで鳴るサイレン。
街はまだ眠らない。
気づけば、もう3時を回っていた。
ぼんやりと歩いていると、不意に肩を叩かれる。
「シュウちゃん!」
振り返ると、艶のあるセミロングの髪が街灯にきらめく。
「お、リオちゃんじゃん」
「ねえ、帰るの?」
「うん、帰るわ~。もう寝る時間だ」
「……私の家、来ない?」
一瞬、間があいた。
リオの目は酔いを帯びて潤んでいた。
「久しぶりに……シュウの肌、感じたい。
全然連絡くれなかったじゃん」
「……」
シュウは静かに笑った。
「今日は帰るわ。明日、早起きだからさ」
(嘘だ。最初に一度、二度抱いた女とはもう抱かない。俺のルールだ。)
「また連絡する」
手を軽く上げて、背中を向ける。
「ひどい……!嘘つき!もう連絡しないから!」
「はいはい、いいよいいよ」
振り返らずに笑って、交差点を渡った。
街の灯りが遠ざかる。
胸の奥が、妙に冷たかった。
(やっぱり、誰かを本気で好きになれない……)
(可愛いと思うから抱くのに、抱くともういらなくなる)
吐息のように笑って、夜空を見上げた。
(なんなんだろな、俺……)
風が髪を揺らした。
その風の冷たさが、痛いほど心地よかった
(誰かと飲む夜もいいけど、ひとりで
考える夜も、悪くない)
赤坂の街は、まだ静かに呼吸をしていた。
次へ続く。
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