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Lesson6 氷を溶かす午後
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朝十一時。
アラームが鳴らずに目が覚める。
部屋は静かで、窓から差し込む光が白く揺れていた。
(……休み、か)
スマホの通知を確認する。
客からのライン
「今週、フルで七日出勤……そりゃキツいわ」
声に出して、天井を見上げた。
「人、足りねぇ。……シュウを支配人として戻すか」
ため息がひとつ。
少しだけ、笑う。
「ま、今日は仕事のこと考えんのやめよう」
頭をかく。
「サウナ行こ。……あ、漫画喫茶も行きたいな。
二時から美容室の予約、だっけ」
シャワーを浴びて、ゆるくセットした髪を帽子で隠す。
Tシャツに黒のスラックス。
休日のリュウは、派手さのない清潔感だけで十分目を引く。
――
行きつけのサウナは、
照明もBGMも上品な“大人の隠れ家”だった。
木の香りがするロッカー、
厚手のバスタオル、
心地よい熱気。
サウナ室に入ると、
肌を刺すような熱が全身を包む。
「……やっぱ、汗流すっていいな」
タオルを首にかけ、
目を閉じて呼吸を整える。
隣に座った二人組の男たちが、ちらちらとこちらを見ているのがわかる。
(またか……)
気づかないふりをして、ただ静かに汗を流す。
男たちの小声が、蒸気に溶けて聞こえる。
「ヤバくね? あの顔……」
「モデルか?俳優か?」
「身体も締まってるし……」
リュウはゆっくり息を吐いた。
(慣れた。もう、何も感じない)
目を閉じ、時間が止まったような熱の中に沈む。
汗が背中を伝うたび、頭の中の雑音が消えていった。
―― 一時間後。
「……解放された!」
外気浴で深呼吸しながら、青空を仰ぐ。
「スッキリした。……よし、美容室だな」
――
街の空気は初夏の匂いがした。
風が少し熱を含んで、Tシャツの裾を揺らす。
予約していた美容室は、
モルタル壁と観葉植物のあるお洒落な空間。
「いらっしゃいませ~!」
明るい声に迎えられ、
「悠斗さん、お待ちしてました♪」
「井上さん、よろしくお願いします」
笑うと、担当美容師が嬉しそうに頷く。
「髪、ちょっと伸びましたね。一ヶ月半ぶり?」
「そんなに経つ? 休みなくてさ。
先月なんて五回しか休めなかった」
「うわぁ……お疲れですねぇ」
「二人増やせば八回休めるんだけどな。苦笑」
美容師が笑いながら、タオルを巻く。
「今日はどうします?切って染める?」
「うん。センターパートで、アッシュグレーに。前髪、軽く流す感じで」
「なるほど。後ろ、ウルフ気味にしたらもっと洒落感出ますよ?」
「じゃあ、お任せで」
鏡越しに視線が合う。
美容師が照れたように微笑む。
「今回も写真、載せていいですか?
お客さんから“誰このイケメン!?”って問い合わせ来てましたよ」
「マジで?笑」
「この前、雑誌の人から連絡あったんですよ。
“この人モデル?”って」
「じゃ、載せといてください。宣伝になるし」
ハサミの音が心地いいリズムを刻む。
店内に流れる音楽と、ドライヤーの風音。
(髪、整えるだけで気持ちが変わるな)
「悠斗くん、美容室の撮影でも余裕でいけるよ」
「またまた」
「ほんとに! あ、シャンプーと、ヘッドスパもしますかね?」
――
シャンプー台に横たわる。
指先が頭皮をなぞるたびに、
ゆるく息が漏れる。
「気持ちいい……寝そう。ヘッドスパ、最高だ…」
「でしょ? 癒やしの魔法よ。笑」
目を閉じる。
頭の中がふっと軽くなる。
「彼女が美容師って、どう?」
「……」
返事がない。
見ると、彼はすでに寝息を立てていた。
美容師が小さく笑う。
「お疲れなんだね……」
――
乾かされた髪が鏡に映る。
センターパートにしたアッシュグレー。
軽く外ハネを入れて、艶のある仕上がり。
黒のシャツを着たら完璧に映えるだろう。
「スタイリング剤つけときますね」
「ありがとう」
鏡越しに見つめる美容師が、
小さく息を呑んだ。
「……完璧。ほんと、かっこいいわ」
周りの客も振り返る。
光が髪に反射して、淡く青みがかる。
彼が微笑むと、空気まで柔らかく変わった。
リュウは少し照れたように笑い、
「……なんか、落ち着かないな」
と呟いた。
その笑顔が、店の中で一番静かに輝いていた。
次へ続く
アラームが鳴らずに目が覚める。
部屋は静かで、窓から差し込む光が白く揺れていた。
(……休み、か)
スマホの通知を確認する。
客からのライン
「今週、フルで七日出勤……そりゃキツいわ」
声に出して、天井を見上げた。
「人、足りねぇ。……シュウを支配人として戻すか」
ため息がひとつ。
少しだけ、笑う。
「ま、今日は仕事のこと考えんのやめよう」
頭をかく。
「サウナ行こ。……あ、漫画喫茶も行きたいな。
二時から美容室の予約、だっけ」
シャワーを浴びて、ゆるくセットした髪を帽子で隠す。
Tシャツに黒のスラックス。
休日のリュウは、派手さのない清潔感だけで十分目を引く。
――
行きつけのサウナは、
照明もBGMも上品な“大人の隠れ家”だった。
木の香りがするロッカー、
厚手のバスタオル、
心地よい熱気。
サウナ室に入ると、
肌を刺すような熱が全身を包む。
「……やっぱ、汗流すっていいな」
タオルを首にかけ、
目を閉じて呼吸を整える。
隣に座った二人組の男たちが、ちらちらとこちらを見ているのがわかる。
(またか……)
気づかないふりをして、ただ静かに汗を流す。
男たちの小声が、蒸気に溶けて聞こえる。
「ヤバくね? あの顔……」
「モデルか?俳優か?」
「身体も締まってるし……」
リュウはゆっくり息を吐いた。
(慣れた。もう、何も感じない)
目を閉じ、時間が止まったような熱の中に沈む。
汗が背中を伝うたび、頭の中の雑音が消えていった。
―― 一時間後。
「……解放された!」
外気浴で深呼吸しながら、青空を仰ぐ。
「スッキリした。……よし、美容室だな」
――
街の空気は初夏の匂いがした。
風が少し熱を含んで、Tシャツの裾を揺らす。
予約していた美容室は、
モルタル壁と観葉植物のあるお洒落な空間。
「いらっしゃいませ~!」
明るい声に迎えられ、
「悠斗さん、お待ちしてました♪」
「井上さん、よろしくお願いします」
笑うと、担当美容師が嬉しそうに頷く。
「髪、ちょっと伸びましたね。一ヶ月半ぶり?」
「そんなに経つ? 休みなくてさ。
先月なんて五回しか休めなかった」
「うわぁ……お疲れですねぇ」
「二人増やせば八回休めるんだけどな。苦笑」
美容師が笑いながら、タオルを巻く。
「今日はどうします?切って染める?」
「うん。センターパートで、アッシュグレーに。前髪、軽く流す感じで」
「なるほど。後ろ、ウルフ気味にしたらもっと洒落感出ますよ?」
「じゃあ、お任せで」
鏡越しに視線が合う。
美容師が照れたように微笑む。
「今回も写真、載せていいですか?
お客さんから“誰このイケメン!?”って問い合わせ来てましたよ」
「マジで?笑」
「この前、雑誌の人から連絡あったんですよ。
“この人モデル?”って」
「じゃ、載せといてください。宣伝になるし」
ハサミの音が心地いいリズムを刻む。
店内に流れる音楽と、ドライヤーの風音。
(髪、整えるだけで気持ちが変わるな)
「悠斗くん、美容室の撮影でも余裕でいけるよ」
「またまた」
「ほんとに! あ、シャンプーと、ヘッドスパもしますかね?」
――
シャンプー台に横たわる。
指先が頭皮をなぞるたびに、
ゆるく息が漏れる。
「気持ちいい……寝そう。ヘッドスパ、最高だ…」
「でしょ? 癒やしの魔法よ。笑」
目を閉じる。
頭の中がふっと軽くなる。
「彼女が美容師って、どう?」
「……」
返事がない。
見ると、彼はすでに寝息を立てていた。
美容師が小さく笑う。
「お疲れなんだね……」
――
乾かされた髪が鏡に映る。
センターパートにしたアッシュグレー。
軽く外ハネを入れて、艶のある仕上がり。
黒のシャツを着たら完璧に映えるだろう。
「スタイリング剤つけときますね」
「ありがとう」
鏡越しに見つめる美容師が、
小さく息を呑んだ。
「……完璧。ほんと、かっこいいわ」
周りの客も振り返る。
光が髪に反射して、淡く青みがかる。
彼が微笑むと、空気まで柔らかく変わった。
リュウは少し照れたように笑い、
「……なんか、落ち着かないな」
と呟いた。
その笑顔が、店の中で一番静かに輝いていた。
次へ続く
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