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Lesson17 指先が触れた夜
しおりを挟む午後の陽が、マンションの大きな窓ガラスに跳ねていた。
マンション壁面が淡く光を返し、金色に染める。
リュウは鏡の前でナチュラルにメイクし、髪をセット
無言のまま玄関に立った。
「出かけてくる」
その声に、ベッドの上のみのるが顔を上げる。
「どこに? ねえ、そんなお洒落して……」
甘えた声。
瞳の奥に、探るような光。
「仕事。店長会議」
言葉は軽く、呼吸だけが静かに揺れた。
(嘘だ。わざと距離を置かないと、俺まで飲み込まれる)
「寂しい……ごはん、どうしよう?」
唇を尖らせる仕草が、あざとい表情だった。
その一言の裏に、
“僕を置いて行ける?”という誘いが透けて見える。
「ひとりで食べられるだろ」
リュウは靴を履きながら、声を落とす。
「……わかった。寂しいけど」
みのるの声が、わざとらしく沈んだ。
その音を背中で聞きながら、リュウは短く息を吐く。
まるで心の迷いを見透かすように冷たかった。
(……あいつ、わかっててやってる。
甘えるたびに、俺の理性を試してる)
エレベーターのドアが閉まる。
わずかな静寂。
リュウは額に手を当てて、苦笑した。
(ほんと、危ない女みたいな男だな)
街並みは水曜日午後、平日のざわめき。
シュウが手を振っていた。
「よっ、リュウ。今日もキレイめコーデで、イケメン」
「おまえは相変わらず、派手だな」
「はいはい。ほら、行こうぜ?おまえがLINE交換するまで帰さねぇ!」
二人が向かったのは、昼でもネオンが灯るカフェバー。
水槽の青い光に、金魚がゆらゆら。
カウンターには男装の可愛いスタッフたち。
「いらっしゃいませ。お二人様ですね
ご指名は?」
「ゆきおちゃん! あ、ムギちゃんは?」とシュウ。
「あいにく、ムギはカクテル担当でカウンターから離れられませんが、
特別にカウンター席なら指名料いりません。」
ボーイの笑顔が柔らかい。
「優遇します、イケメンさま方ですし。」
リュウは小さく笑った。「なんだそれ」
シュウは肩を組んで、「おまえいいやつだな、根岸!」
カウンターに行くと、グラスの音と低いジャズが重なった。
淡い琥珀色の光。
カウンターの向こうで、ムギが振り向く。
「こんにちは。また来ちゃった」
笑う声が、いつもより柔らかい。
ムギの肩が小さく震えたのが見えた。
「嬉しいです……」
頬が少し赤い。
その一瞬で、店の空気が少し変わった気がした。
「何飲まれますか?」
「カンパリオレンジ」
「……はい」
オレンジの皮をすべらせる手つきが静かで綺麗だった。
グラスの中で氷が淡く回る。
その音だけがやけに近く感じる。
差し出されたカクテルを受け取ると、指先がかすかに触れた。
ほんの刹那。
ムギが息を吸い、目を逸らす。
「カンパリオレンジ……初恋の意味、ですよね」
囁く声が震えていた。
「ふふ、知ってたんだ」
「はい……」
ムギは、笑った。
その笑顔が光を散らしたみたいで、視線が外せなくなる。
「僕、この仕事して一年半なんです」
「そうなんだ」
「女の子の格好、正直あんまり好きじゃなくて……」
少し俯いた睫毛が、カウンターの灯を受けて揺れる。
リュウは返す言葉を失った。
ただ、その正直さが綺麗だった。
「君、何歳?」
「二十です。」
「そっか。俺は二十六」
「……大人の人って、静かでかっこいいですね」
その言葉が心の奥に落ちた。
照明のせいか、ムギの唇がやけに近く見える。
「俺、ホストCLUBのBARの店長なんだ。」
「やっぱり……。そういう人って、指も綺麗」
グラスを受け取るムギの手が、また少し触れた。
触れて空気が重なった。そこに呼吸の音があった。
沈黙。
でも心は動いていた。
言葉よりも静かな“鼓動”が、確かに重なっていた。
ムギが唇を噛み、視線を落としたまま言う。
「あの……よかったら、LINE……聞いても」
その声が、かすかに震えた。
リュウは笑った。
「うん、いいよ」
スマホを渡した指先に、彼の熱が一瞬残る。
その微かな温度が、夜の中で消えずに残った。
(――触れたわけじゃない。ただ、惹かれた)
彼の笑顔が、初恋の色みたいに胸に滲んだ。
奥のボックス席では、笑い声が弾けていた。
グラスの縁に反射する光。
その中で、シュウとユキオが肩を寄せ合う。
「なぁ、ユキオは男装、好きなの?」
「ん。ここはね、安全なの。
お客さんも女の子多いし、恋人が女の子のスタッフも普通」
「へぇ。じゃあユキオは?」
「私は、男が好き」
「……俺は?」
「めちゃくちゃタイプ」
二人の間に、短い沈黙。
そのあと、笑い声が重なった。
指が絡む瞬間、世界が少しだけ柔らかく歪んだ。
「来週、遊園地行こうぜ」
「行く」
グラスの氷が小さく鳴る。
恋が始まる音みたいに。
⸻
そのころ、高層マンション
夜景が降り注ぐように広がるガラス窓。
ブラウンと白で統一されたリビング。
床に近い低いソファは、まるでラウンジのように静か。
家具はどれも手触りの良い高級品で、照明はほんのり暖色。
柑橘とウッドが混じった香りが、空気を柔らかく満たしていた。
その空間で、みのるはレトルトカレーをすくっていた。
テレビも点けていない。
映る夜景だけが、この部屋の唯一の音のない会話の相手。
スマホの画面には、夜の街で輝くリュウの笑顔。
彼の横顔は、誰を見ているのか分からないまま、ただ眩しい。
「……リュウ、どこ行ったの」
呟きがひとつ、冷たい部屋に滲む。
冷めたカレーの匂いが、柑橘の香りに負けて消えていく。
誰もいない空間に、スプーンが皿に触れる音だけが微かに響いた。
(この部屋で生きるには、愛なんていらない。
必要なのは“居場所”――そう思ってた)
和希に独占され、飽きられ、捨てられた。
「好き」の代わりに「所有」をもらった日々。
そして今は、リュウ。
スマホの中の笑顔が、
自分以外の誰かを見ているようで、
胸に何か鋭いものが落ちた。
胸の奥がじわりと焼けた。
(悠斗は、僕を誘惑した。だったら、最後まで責任取ってよ)
呟く声は甘いのに、冷たい。
まるで恋をなぞるふりをした呪いみたいに。
みのるの指先が、スマホの画面をなぞる。
そこに映る彼の笑顔が、静かに歪んでいく。
「……僕から逃げたら、許さないから」
次へ続くー
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