自分では満足出来ない旦那様へ

りこりー

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最終章

僅かな望み ベンジャミンside

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「6歳の頃に婚約してね、7歳も年上だった彼には私は子供だったと思うの」

(確かに幼いとは思っていたけど、とても可愛らしくて自分の婚約者だと知った時は嬉しかったんだよ)

「それでも、彼の紳士な態度や私に優しく対応する姿を見て、次第に惹かれていって妻として彼を支えようって思えた」

 目を瞑り、初恋の話をするように恥じらう彼女は今何を思い浮かべているのだろうか。

 初めて婚約者だと紹介された時?一緒に庭を散歩した時?転びそうになった時に支えた時?

 涙が溢れ、自分の服に染みを作っていた。声を漏らさぬように歯を食いしばってる姿を彼女が見なくて本当に良かった。これほどまで情けない姿を愛しい彼女には見られたくない。

「でもね、彼、不貞行為をしてたのよ!こんな可愛い奥さんがいるのに酷いと思わない?」

「…そ、そうだな!なんて酷いやつなんだ!」

「…そう、酷い人だった…と思う様にしてたんだと思う。確かに不貞なんて最低の行為だし、ふざけんなって思ってたんだけど」

「だけど?」

「十三年、彼を愛していたのよ。彼だけを…」

「…っ…」

 声が我慢出来ない。ここですまないと頭をついて謝りたい。どうして会いに来てしまったんだろう。どうにもならないのに、どうして…君を忘れられないんだろう。君を想い焦がれることでさえ、もう許されないのに。

「その十三年の私の想いは、彼の想いが偽りだろうと…私のものよ」

「そこまで愛していたんだな」

「えぇ、それにね、初夜で最後まで出来なくて…私って女として魅力ないのだと落ち込んだの」

「ひっ…そこは知らない人に言わない方がいいんじゃないか?それに君はとても綺麗だと思うよ」

「ふふ、お上手ね。だって、私もう貴族の仕事はしなくてもいいし。独り言だと思って聞いてて」

「キャ、…お嬢さんが話したいならいくらでも」

 思わずキャシーと言いそうになったけれど、なんだか彼女は楽しそうに話しててもう過去の事になっているみたいで少し胸がざわついた。

「女として沢山努力しても、彼は私を抱いてくれなかった。とても悲しかったわ」

「………」

「でもね、距離は離れてしまったけれど、相変わらず優しかったし…記念日なんて絶対に忘れなかったの。私より念入りに準備して…今思えば、妻として大事にはされていたんだと思うの」

「…そうなのかな、不貞してたら何にもならないと思うけど…」

「実はね、その不貞も高位の令嬢に脅されていたのよ!」

 胸を張って誇らしげに言う彼女は、なんで自分なんかを庇っているんだろう。

「あの時の私は夫に自由になってほしかった。こんなに優しい彼が、後継ぎにも恵まれず…妻を抱けもしないのに縛っておきたくなかった。だから離婚したんだけど…まさか、離婚と同時に不貞を知るとは思ってなかったわ」

「…ショックだっただろ?」

「その時はね。なんて言っても、不貞行為より私以外には勃つのねって思ったのよ!ふふ…馬鹿ね」

「…た、た、勃つなんてはしたないだろ…」

「そうねぇ、でも、もう二十五歳よ?それなりに人生経験してきて、もう恥じらう必要なんてないかなって。それに私だって相手を見て話してるのよ」

「目が見えないんじゃないのか?」

「見えないけど、敵意があるかどうかなんて聞いてれば分かるわ。それに目が見えないからこそ分かる事もあるんだと思えているの」

 その時、血相を変えて屋敷から出てきたララがキャサリンと自分の間に入り手を広げた。

「何しに来たんですか」

「話をしてだけだよ」

「ララ、こちらの親切な方は本当に私の昔話を聞いてただけなの。大丈夫よ」

「でも…」

「本当に大丈夫だから!親切な方、お名前は?」

「え…あ、ベンだ!」

「ベン…?元夫と名前が似てるのね…」

 しまったかな…。もう一度愛称で呼んで欲しくて、つい、そう言ってしまった。

「いいわ、大丈夫。ベン、また私の話聞いてね?毎日、暇で暇で死にそうなの」

「あぁ!もちろんだ!また来るよ」

「もう来ないでくださいよ。また厄介なのが増えてこっちは大変なのに…」

「何か言った?」

「いえ、お嬢様。屋敷に入りましょう?今日の夕食はビーフシチューですよ!」

「まぁ!楽しみね!」

 車椅子を押されながらニコニコとキャサリンがララに話しかけている。その後ろ姿を見ながら、僅かな希望が見えた気がした。
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