闇に堕ち月に啼く

蓮見 黎

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2話

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 触れたかと見れば、蝶は再び闇夜を進み始めた。
 すでに、衣音の足は隣の屋敷に踏み込もうとしていた。
 この調子ならば、簡単に捕まえ、帰ることもできる。
 衣音は、夕餉に間に合えばよい、と己に言いつけ、蝶を追うことにした。

 
 衣音は、父、六間の用意した着物の裾を引き摺り、首を傾げた。
 なぜ、夜は女物の着物を着ねばならぬのか。
 昼間は袴を履くので丈こそ短いが、夜はいつも足元を引き摺るような、何とも動きにくい着物を支度された。
 一度、そのわけを聞かねばならない。
 外してはならないと言われたこの数珠の様に。
 数珠は、衣音を守るためだと聞かされていた。

 この都を取り囲む山々には人を喰らうという鬼がおり、女子供をさらっては犯したり、喰ったりするのだという。

 男である自分に、それは必要なのか、衣音は疑問に思っていた。
 この人並み外れた身軽さがあれば、鬼など、泣かせてみせるものを。
 女物を着ていたら、それこそ間違われて攫われそうなものだ。

 隣に構える屋敷は、六間の弟子たちが住まうはず。
 見つかっても、六間に筒抜けになるくらいですみそうだと、衣音は塀から音も無く砂利の上に降りた。
 衣音は、足元に広がる白砂利を静かに踏みながら、蝶を追う。

 蝶は、静かに上下に羽ばたきを繰り返し、屋敷の方へ飛んでいく。
 上下に揺れる羽のその先に、翳を落とした屋敷の離れが見えた。

 月から溢れる光も、その突き出た屋根によって、影を作っていた。
 蝶は、引き寄せられるように、其の中へ吸い込まれていく。

 離れの中に、その影は消えた。

 衣音は、嘆息を溢した。
 せっかく追ってきたのに。

 戸を開け放したままのその離れは、口をぽっかりと開けていた。
 近付いた衣音は、昏いその中を覗いた。

「誰か、居るのか?」
 衣音は中に呼びかけた。
「……」
 闇は静かに、衣音の呼吸音だけを響かせた。
「…誰…」

 もう一度、呼びかけようとして、衣音は闇に沈んだ離れの中に、人の気配を見た。
 誰かいる。
 闇に、揺れる影を見た。

「鬼か」

 鬼か、とその影は低く言った。
 その低い声音に、衣音は胸を掴まれたような感覚を覚えた。
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