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第二章 不幸な師団長
第10話―2 激務
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「!! なぜ……それを……」
「わかるさ。シキ君……大切な存在を奪われたんだ。いくら周囲の人間が言っても、そんな思いが消えるはずがない。現代の人間は無くしてしまった強い思いを、君ならまだ持っているはずだ」
「現代人のあなたにそれがわかるんですか? 」
「わかるさ。わたしは恨みと復讐心で世界に牙をむいた人間の子孫だからね。牙を抜くことはもうなくとも、牙をむきたいと思っている人間を理解することくらいは出来る」
「……そういっていただけることはうれしいのですが……私にシキを殺したあいつらへ何が出来るのでしょうか……上層部はあいつらを単なるテロリストだと……」
うつむく一木に、サーレハは笑顔で告げた。満面の、優しさと慈愛に満ちた笑顔だった。
「今すぐには無理だ。だが、いつか時は来る。火星の反アンドロイド主義者に鉄槌を下す日が……」
「サーレハ司令……」
一木は見た。猛禽のような男の、笑顔を。
サーレハの目に、一木自身の光るモノアイが、うっすらと見えた。
「だからこそ、君にはもっと自身を鍛えてもらいたいのだ。それには今回の作戦は好都合だ」
「好都合、ですか? 」
サーレハはいつもの柔らかな雰囲気に戻ると、一木に今回の作戦計画を説明した。
「通常ゲートや惑星周辺を警備する打撃艦隊が存在しない上に、惑星上の師団は一つだけ。そこで、宇宙空間の指揮は私がとり、一木代将。君には艦隊から人員と部隊を増強した地上部隊を率いてもらい、異世界での活動全般の指揮を執ってもらいたい」
一木はサーレハの言葉に、数日間内務参謀部からあった問い合わせの事を思い出した。
「衛生連隊と憲兵連隊を第四四師団傘下にする件ですか? 」
「それだけではない。艦隊司令部から外務、文化、情報、作戦の四参謀を付けて司令部機能自体を強化する。だから外交から民間交流、軍事まで含めた地上作戦の全権を委任する」
そのサーレハの言葉に一木は青ざめた。自分にそんな大それたことが出来るなどとても思えなかったのだ。
「い、いくら何でも新米師団長に荷が重すぎるのでは? 」
「なあに、だからこその艦隊参謀の派遣だ。彼女らを大いに頼ってくれ。君はどっしりと構えて、彼女らの提案を聞いていればいい。これは、期待している君を鍛えるという意味合いもあるが、責任は私がとるから、君は何も気張らなくてもいい。どうだろう、受けてくれないだろうか?」
なおも一木は断る理由を探そうとしたが、あんな態度をとった自分をここまで評価している上司に、これ以上抗弁するなどさすがに出来なかった。
揺れ動くモノアイがぴたりと止まり、一木は答えた。
「わかりました。一木弘和代将、お受けします」
「そうか、よく言ってくれた。よろしく頼むぞ」
「はっ、指揮官として粉骨砕身努力します」
「うむ。そういえば一木代将、君はマナ大尉とはどうなんだね? 出向前はずいぶんと悩んでいたようだが? 」
「ああ。その件では本当にご迷惑をかけた上に失礼な態度を……。じつはあれから同期の友人にアドバイスをもらいまして……その、しっかりとパートナーとして向き合うことでマナ大尉とは良い関係を築けています。ジーク作戦参謀とも良き同僚としての関係を築いていきたいと思っています」
「それはよかった。どうしても君は、立ち直るにあたって罪悪感を抱いているようだったからね」
「そうかもしれません。シキが死んで一か月もたっていないのに他のアンドロイドと……」
「そう思うのも無理はない。だが、アンドロイドは人間ではない。あくまで我々の生活をよくするべくサポートする存在だということを忘れないでくれ。人でもなく、物でもない。アンドロイドという存在だと認識して、アンドロイドとして扱う。それが現代人の考えと行動だ。君にとって現代人の態度は冷淡に見えるだろうが、決してそうではないことを理解してほしい」
「人でも物でもない……か」
「わかるかね? 」
「正直わかりません。私にとってはシキもマナも、参謀のみんなも部下たちも。みな私たちのために頑張ってくれる愛おしい存在です。ましてや人でも物でもない存在として接するというのは、私には存在しない感覚なので……」
一木は生身の頃、漫画や小説でロボットやアンドロイド、サイボーグを題材にした作品を読んできたが、それらは人間と機械という二つの存在の交流や対立、比較をメインとした内容が多かった。
この未来において、アンドロイドはあくまでアンドロイドという存在だと言われても、正直実感がわかなかった。
だが、一木はすでにある覚悟を決めていた。
マナと接すると生じる心の安らぎ。それを意識すると感じるシキへの罪悪感はこれからもずっと消せないだろう。それでも、もう怖がらない。前に進むことを。
一木自身がそれがある種の言い訳であることを理解していても、それでもあの娘と一緒に、生きていくことを。
一木の気持ちを察したように、サーレハは満足げに頷くと、一木の肩をポンっと叩いた。
「長々とすまなかったね。明日は到着次第忙しくなるぞ。今日はゆっくりと休め」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
一木は敬礼し、部屋を後にしようと扉の前まで歩いた。
その時ふと、そのうち聞いてみようと思っていたことを思い出した。
「あの、サーレハ司令」
「ん? どうした」
「いや、くだらない質問ではあるのですが……」
「ふむ? 」
一木はモノアイをゆらゆらと動かした後、意を決してサーレハに問うた。
「アンドロイドも幽霊になる、なんて話あったりしますか? 」
「幽霊? 」
この質問はサーレハにとっても意外だったようで、面白そうな、そして怪訝な表情をしながら考え込んだ。
「幽霊とは違うかもしれんが、損傷したアンドロイドの意識はナンバーズのメインコンピューターに吸収され、そのデータを収集している、なんて仮説は見たことがあるな。もっともナンバーズ研究の中でもアンドロイドのシステム解析は一番難航している部分だ。眉唾物だよ」
「そうですか……」
「急にどうした?」
一木は一瞬、ここまで聞いておいて説明するのを迷った。
あまりに荒唐無稽な話だからだ。
「実は、出航前の夜。仮想空間で寝ていると、突然アパートスキンの空間のドアが開きまして……」
「ほう」
意外なことに、サーレハは興味深げだ。笑みが消え、身を乗り出した。
「驚いていると、扉の隙間から女が顔を出して、こちらを見ていたんです。まあ、夢だと思うんですが、気になりまして……て、え? 」
一木は驚いた。聞いていたサーレハの顔がみるみる青ざめ、額には汗がびっしりと浮かんでいる。
「さ、サーレハ司令? 」
一木が焦りながら名前を呼ぶが反応はない。
しばらくして、サーレハは口を開いた。
「どんな、女だった? 」
「白い、女でした。長い髪も、肌も、来ている服も。透き通るみたいに白い女がこっちを……」
その時一木は聞いた。サーレハの呟いた小さな言葉を。
「ハイタ……」
「はいた? 」
一木が聞き返すと、サーレハはすでにもとに戻っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「ああ、すまないな。いやあ、これがジャパニーズホラーってやつか? 怖すぎて言葉を失ったよ」
「ああ、くだらないことを聞いて申し訳ありません、ではこれで」
どうにも聞いてはいけないことを聞いたと判断した一木はいそいそと退室した。
問題の一角が解決しつつあるのに、これ以上新たな問題を抱えることは避けたかったのだ。
一木が立ち去ったあと、サーレハは机に突っ伏すと体を震わせていた。
彼は歓喜していた。
しばらくして顔を上げると、目元には涙の跡がある。
悲しみではない、圧倒的な喜びから生じた涙だった。
「ハイタが目覚めた……偉大なる……始まりの存在が……おお、おおおおおおお……」
狂気にも似た歓喜の声が、しばらく部屋に響いていた。
その数時間後、艦隊は目的地へと到着した。
「わかるさ。シキ君……大切な存在を奪われたんだ。いくら周囲の人間が言っても、そんな思いが消えるはずがない。現代の人間は無くしてしまった強い思いを、君ならまだ持っているはずだ」
「現代人のあなたにそれがわかるんですか? 」
「わかるさ。わたしは恨みと復讐心で世界に牙をむいた人間の子孫だからね。牙を抜くことはもうなくとも、牙をむきたいと思っている人間を理解することくらいは出来る」
「……そういっていただけることはうれしいのですが……私にシキを殺したあいつらへ何が出来るのでしょうか……上層部はあいつらを単なるテロリストだと……」
うつむく一木に、サーレハは笑顔で告げた。満面の、優しさと慈愛に満ちた笑顔だった。
「今すぐには無理だ。だが、いつか時は来る。火星の反アンドロイド主義者に鉄槌を下す日が……」
「サーレハ司令……」
一木は見た。猛禽のような男の、笑顔を。
サーレハの目に、一木自身の光るモノアイが、うっすらと見えた。
「だからこそ、君にはもっと自身を鍛えてもらいたいのだ。それには今回の作戦は好都合だ」
「好都合、ですか? 」
サーレハはいつもの柔らかな雰囲気に戻ると、一木に今回の作戦計画を説明した。
「通常ゲートや惑星周辺を警備する打撃艦隊が存在しない上に、惑星上の師団は一つだけ。そこで、宇宙空間の指揮は私がとり、一木代将。君には艦隊から人員と部隊を増強した地上部隊を率いてもらい、異世界での活動全般の指揮を執ってもらいたい」
一木はサーレハの言葉に、数日間内務参謀部からあった問い合わせの事を思い出した。
「衛生連隊と憲兵連隊を第四四師団傘下にする件ですか? 」
「それだけではない。艦隊司令部から外務、文化、情報、作戦の四参謀を付けて司令部機能自体を強化する。だから外交から民間交流、軍事まで含めた地上作戦の全権を委任する」
そのサーレハの言葉に一木は青ざめた。自分にそんな大それたことが出来るなどとても思えなかったのだ。
「い、いくら何でも新米師団長に荷が重すぎるのでは? 」
「なあに、だからこその艦隊参謀の派遣だ。彼女らを大いに頼ってくれ。君はどっしりと構えて、彼女らの提案を聞いていればいい。これは、期待している君を鍛えるという意味合いもあるが、責任は私がとるから、君は何も気張らなくてもいい。どうだろう、受けてくれないだろうか?」
なおも一木は断る理由を探そうとしたが、あんな態度をとった自分をここまで評価している上司に、これ以上抗弁するなどさすがに出来なかった。
揺れ動くモノアイがぴたりと止まり、一木は答えた。
「わかりました。一木弘和代将、お受けします」
「そうか、よく言ってくれた。よろしく頼むぞ」
「はっ、指揮官として粉骨砕身努力します」
「うむ。そういえば一木代将、君はマナ大尉とはどうなんだね? 出向前はずいぶんと悩んでいたようだが? 」
「ああ。その件では本当にご迷惑をかけた上に失礼な態度を……。じつはあれから同期の友人にアドバイスをもらいまして……その、しっかりとパートナーとして向き合うことでマナ大尉とは良い関係を築けています。ジーク作戦参謀とも良き同僚としての関係を築いていきたいと思っています」
「それはよかった。どうしても君は、立ち直るにあたって罪悪感を抱いているようだったからね」
「そうかもしれません。シキが死んで一か月もたっていないのに他のアンドロイドと……」
「そう思うのも無理はない。だが、アンドロイドは人間ではない。あくまで我々の生活をよくするべくサポートする存在だということを忘れないでくれ。人でもなく、物でもない。アンドロイドという存在だと認識して、アンドロイドとして扱う。それが現代人の考えと行動だ。君にとって現代人の態度は冷淡に見えるだろうが、決してそうではないことを理解してほしい」
「人でも物でもない……か」
「わかるかね? 」
「正直わかりません。私にとってはシキもマナも、参謀のみんなも部下たちも。みな私たちのために頑張ってくれる愛おしい存在です。ましてや人でも物でもない存在として接するというのは、私には存在しない感覚なので……」
一木は生身の頃、漫画や小説でロボットやアンドロイド、サイボーグを題材にした作品を読んできたが、それらは人間と機械という二つの存在の交流や対立、比較をメインとした内容が多かった。
この未来において、アンドロイドはあくまでアンドロイドという存在だと言われても、正直実感がわかなかった。
だが、一木はすでにある覚悟を決めていた。
マナと接すると生じる心の安らぎ。それを意識すると感じるシキへの罪悪感はこれからもずっと消せないだろう。それでも、もう怖がらない。前に進むことを。
一木自身がそれがある種の言い訳であることを理解していても、それでもあの娘と一緒に、生きていくことを。
一木の気持ちを察したように、サーレハは満足げに頷くと、一木の肩をポンっと叩いた。
「長々とすまなかったね。明日は到着次第忙しくなるぞ。今日はゆっくりと休め」
「ありがとうございます。それでは、失礼します」
一木は敬礼し、部屋を後にしようと扉の前まで歩いた。
その時ふと、そのうち聞いてみようと思っていたことを思い出した。
「あの、サーレハ司令」
「ん? どうした」
「いや、くだらない質問ではあるのですが……」
「ふむ? 」
一木はモノアイをゆらゆらと動かした後、意を決してサーレハに問うた。
「アンドロイドも幽霊になる、なんて話あったりしますか? 」
「幽霊? 」
この質問はサーレハにとっても意外だったようで、面白そうな、そして怪訝な表情をしながら考え込んだ。
「幽霊とは違うかもしれんが、損傷したアンドロイドの意識はナンバーズのメインコンピューターに吸収され、そのデータを収集している、なんて仮説は見たことがあるな。もっともナンバーズ研究の中でもアンドロイドのシステム解析は一番難航している部分だ。眉唾物だよ」
「そうですか……」
「急にどうした?」
一木は一瞬、ここまで聞いておいて説明するのを迷った。
あまりに荒唐無稽な話だからだ。
「実は、出航前の夜。仮想空間で寝ていると、突然アパートスキンの空間のドアが開きまして……」
「ほう」
意外なことに、サーレハは興味深げだ。笑みが消え、身を乗り出した。
「驚いていると、扉の隙間から女が顔を出して、こちらを見ていたんです。まあ、夢だと思うんですが、気になりまして……て、え? 」
一木は驚いた。聞いていたサーレハの顔がみるみる青ざめ、額には汗がびっしりと浮かんでいる。
「さ、サーレハ司令? 」
一木が焦りながら名前を呼ぶが反応はない。
しばらくして、サーレハは口を開いた。
「どんな、女だった? 」
「白い、女でした。長い髪も、肌も、来ている服も。透き通るみたいに白い女がこっちを……」
その時一木は聞いた。サーレハの呟いた小さな言葉を。
「ハイタ……」
「はいた? 」
一木が聞き返すと、サーレハはすでにもとに戻っていた。
まるで何事もなかったかのように。
「ああ、すまないな。いやあ、これがジャパニーズホラーってやつか? 怖すぎて言葉を失ったよ」
「ああ、くだらないことを聞いて申し訳ありません、ではこれで」
どうにも聞いてはいけないことを聞いたと判断した一木はいそいそと退室した。
問題の一角が解決しつつあるのに、これ以上新たな問題を抱えることは避けたかったのだ。
一木が立ち去ったあと、サーレハは机に突っ伏すと体を震わせていた。
彼は歓喜していた。
しばらくして顔を上げると、目元には涙の跡がある。
悲しみではない、圧倒的な喜びから生じた涙だった。
「ハイタが目覚めた……偉大なる……始まりの存在が……おお、おおおおおおお……」
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