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《第2章》 西新宿のエウリュディケ
二度目の夜1
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二回目にして、人選は正しかったと飛豪は思った。
前回とだいたい似た系統のホテルにチェックインして、エレベーターで客室へとのぼりながら、彼はちらと横に立つ瞳子に視線をやった。
藤原から送られてきた画像データよりは化粧が薄い。伏せられた長い睫毛が重たげに上下している。
――つくづく、大人しい女だな。
食事中も最低限のことしか話さない。店からホテルへと歩きながら彼女が言ってきたのは、前日になって「明日会いたい」と言われるとバイト先に迷惑をかけるから、できるなら二日前に連絡をいれてほしい、という事だった。
彼女の経済状態なら、バイトは死活問題だ。飛豪は素直に了解した。
――ひょっとして、今日もバイトをキャンセルさせてしまったか?
そんな気がする。彼はそれを言いだしたものかと少し悩み、しかし、結局は口にしなかった。彼女の事情を知ったうえで、黙っていることにしたからだ。
過去と、家計にトラブルがあるのは藤原のレポートで知っていた。金が必要なことも。
二週間前の夜と、今日のウナギの時間だけではあるが、飛豪は直観的に瞳子を受けいれていた。
合わないとは思わないし、害をなすタイプでもない。むしろ、すんなりとした曲線で構成された身体や、静かで美しい振るまい、落ちついたトーンの声、時折見せる印象的な表情は、もっと触れていたいと思う類のものだった。
興味のつづくかぎり、利用させてもらおうと既に決めていた。
だが、個人的事情に口をはさむのは好きではない。自分としても、どこまで責任をとるかは今の段階で判断がつきかねる。だから、成りゆきに任せることにした。
――とりあえずは、もう一晩付きあってくれればいいか。
衝動の水位があがってきていて、ちょっとしたことで破裂しそうなリミットが近いのは自分でも分かっていた。二週間前の、あのタイミングで彼女が現れなければ、猫や小動物を手にかけていただろう。
――はやく発散したい。あれから一〇年もたってるのに、年々強くなってきているのは、どうしてだ。
もうそれしか考えられなくなっていた。エレベーターの扉が開く。飛豪は歩きだす直前、額の生え際ににじむ脂汗を強くぬぐった。
部屋の扉をあけて彼女を先にとおした。シンプルなストレートデニムに、春らしい白と水色のざっくりとしたメッシュニットの後ろ姿が、軽い足どりで入っていく。ベッドに近づくと、瞳子は振り返った。
「もう脱いだほうがいいですか?」事務的で、淡々とした口ぶりだった。
「そういうこと言わない方が、男は嬉しいモノなんだけど」
「でも、この前は『さっさと脱げ』って」
「事実だけどさ、人聞きの悪い口ぶりだな」
細い肩を捕まえると、彼はダメ出しをするように、その唇にキスをした。
首筋に手をまわして逃げられないようにする。ボブカットの髪質を確かめるように指を梳きいれた。
まさか最初に口づけがくると予期していなかったのか、彼女の身体は硬直していた。
焦っているのがよく分かる。それが可笑しかった。飛豪は彼女の強ばりをほぐすように抱きしめ、少しずつ舌先を侵入させていく。
――そういえば前回は、キスすらせずにがっついた気がする。
それはそれで正しい。しかし今回は、少しは彼女の恐怖心を減らすべく進めたかった。
せめて自制心の残っているあいだは、手ひどく扱うまねはしたくない。
彼女に丁寧に触れることは、自分を焦らすことも意味する。急激に発散したい欲望を飼いならすための、トレーニングだ。今日はまだ少し、抑える努力をしたかった。
口腔内で彼女の舌を追いかけ、側面から絡めとる。慣れていない彼女は、キスをしながらどう動いていいのか分からず、困惑していた。
棒立ちになった彼女の背中に手をやって、ゆっくりと撫ぜると徐々に力が抜けていく。初めてではないと二週間前に聞いていたが、経験値はかぎりなく低いだろうと踏んでいた。
恋人であろうと、そうでなかろうと、本心としては傷つけたくはない。ただ、彼自身が、自分の衝動とどう折り合いをつけていいか、はかりかねているのだ。
彼女の呼気がゆるやかになった。
――頃合いかな。
背中のブラのホックに指をかけようとした。ちょうどその時、ベッドに置いていた彼女のバッグのなかで電子音が鳴った。
「すみません。バイト先の社員かもしれないので、電話とっていいですか?」
「――どうぞ」
飛豪のテンションが下がったのは、否定しようがない。しかし、まだ九時前であることを考えると、それも仕方ないかという気がした。
前回とだいたい似た系統のホテルにチェックインして、エレベーターで客室へとのぼりながら、彼はちらと横に立つ瞳子に視線をやった。
藤原から送られてきた画像データよりは化粧が薄い。伏せられた長い睫毛が重たげに上下している。
――つくづく、大人しい女だな。
食事中も最低限のことしか話さない。店からホテルへと歩きながら彼女が言ってきたのは、前日になって「明日会いたい」と言われるとバイト先に迷惑をかけるから、できるなら二日前に連絡をいれてほしい、という事だった。
彼女の経済状態なら、バイトは死活問題だ。飛豪は素直に了解した。
――ひょっとして、今日もバイトをキャンセルさせてしまったか?
そんな気がする。彼はそれを言いだしたものかと少し悩み、しかし、結局は口にしなかった。彼女の事情を知ったうえで、黙っていることにしたからだ。
過去と、家計にトラブルがあるのは藤原のレポートで知っていた。金が必要なことも。
二週間前の夜と、今日のウナギの時間だけではあるが、飛豪は直観的に瞳子を受けいれていた。
合わないとは思わないし、害をなすタイプでもない。むしろ、すんなりとした曲線で構成された身体や、静かで美しい振るまい、落ちついたトーンの声、時折見せる印象的な表情は、もっと触れていたいと思う類のものだった。
興味のつづくかぎり、利用させてもらおうと既に決めていた。
だが、個人的事情に口をはさむのは好きではない。自分としても、どこまで責任をとるかは今の段階で判断がつきかねる。だから、成りゆきに任せることにした。
――とりあえずは、もう一晩付きあってくれればいいか。
衝動の水位があがってきていて、ちょっとしたことで破裂しそうなリミットが近いのは自分でも分かっていた。二週間前の、あのタイミングで彼女が現れなければ、猫や小動物を手にかけていただろう。
――はやく発散したい。あれから一〇年もたってるのに、年々強くなってきているのは、どうしてだ。
もうそれしか考えられなくなっていた。エレベーターの扉が開く。飛豪は歩きだす直前、額の生え際ににじむ脂汗を強くぬぐった。
部屋の扉をあけて彼女を先にとおした。シンプルなストレートデニムに、春らしい白と水色のざっくりとしたメッシュニットの後ろ姿が、軽い足どりで入っていく。ベッドに近づくと、瞳子は振り返った。
「もう脱いだほうがいいですか?」事務的で、淡々とした口ぶりだった。
「そういうこと言わない方が、男は嬉しいモノなんだけど」
「でも、この前は『さっさと脱げ』って」
「事実だけどさ、人聞きの悪い口ぶりだな」
細い肩を捕まえると、彼はダメ出しをするように、その唇にキスをした。
首筋に手をまわして逃げられないようにする。ボブカットの髪質を確かめるように指を梳きいれた。
まさか最初に口づけがくると予期していなかったのか、彼女の身体は硬直していた。
焦っているのがよく分かる。それが可笑しかった。飛豪は彼女の強ばりをほぐすように抱きしめ、少しずつ舌先を侵入させていく。
――そういえば前回は、キスすらせずにがっついた気がする。
それはそれで正しい。しかし今回は、少しは彼女の恐怖心を減らすべく進めたかった。
せめて自制心の残っているあいだは、手ひどく扱うまねはしたくない。
彼女に丁寧に触れることは、自分を焦らすことも意味する。急激に発散したい欲望を飼いならすための、トレーニングだ。今日はまだ少し、抑える努力をしたかった。
口腔内で彼女の舌を追いかけ、側面から絡めとる。慣れていない彼女は、キスをしながらどう動いていいのか分からず、困惑していた。
棒立ちになった彼女の背中に手をやって、ゆっくりと撫ぜると徐々に力が抜けていく。初めてではないと二週間前に聞いていたが、経験値はかぎりなく低いだろうと踏んでいた。
恋人であろうと、そうでなかろうと、本心としては傷つけたくはない。ただ、彼自身が、自分の衝動とどう折り合いをつけていいか、はかりかねているのだ。
彼女の呼気がゆるやかになった。
――頃合いかな。
背中のブラのホックに指をかけようとした。ちょうどその時、ベッドに置いていた彼女のバッグのなかで電子音が鳴った。
「すみません。バイト先の社員かもしれないので、電話とっていいですか?」
「――どうぞ」
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