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《第2章》 西新宿のエウリュディケ
二度目の夜2 ☆
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彼女はスマートフォンを取りだすと、背をむけてバスルームへ行こうとする。なんとなく気に入らず、彼は後ろから太い腕をまわしてその腰を捕まえた。
「えっ」小さく叫んで、瞳子はベッドに横ざまに倒れこんだ。
「電話、ここでして」
有無を言わせず命じると、彼女はこくりと頷いて通話をはじめた。飛豪は彼女の顔まで見ないようベッドのふちに腰かけた。
「はい、青柳です。…………山根さん?」
最後の「山根」という名前が出たところで、声のトーンが変わった。剣呑で、暗くとがった響きになる。
「嘘でしょ。……だって残り五〇〇万って言ったから、この前払ったじゃないですか⁉ …………母が…別で四〇〇万? …………意味分からない。そんなの聞いてないです。……だいたい、この前の五〇〇万だって、完済証明書もらってないです」
やりとりがエスカレートしてきている気配に、飛豪は彼女の腕にふれた。彼女が、こちらへ強ばった顔をむける。目があうなり、黙って首をふった。
「とにかく、きちんと母の借金だって証明してください! 言いがかりみたいに金額重ねられたって、支払拒否しますから」
最後に強く言いきって、瞳子は通話を終了した。電話の内容を察知した飛豪は、彼女を突き放すことを忘れてしまっていた。
「大丈夫?」
成りゆきが心配で、つい訊いてしまう。
「はい。……家賃滞納……ちゃんと支払えてなかったって……」
もはや、「家賃滞納」が二人のあいだでは「借金」の隠語になりつつあった。
「トラブってるなら、弁護士を紹介しようか?」
弁護士、の言葉に彼女の表情がゆれた。戸惑いが浮かび、縋りたげな顔つきになる。
波紋のように淡くにじんでいった表情は、しばらくすると、とってつけたような微笑の下に消えていった。その微笑は、拒絶以外のなにものでもなかった。
「本当に困ったときに、頼らせてください。とりあえずは自力で頑張ってみます」
――素人が自力で頑張って、どうにかなる相手かよ?
強情な彼女に、彼の親切心はみるみる蒸発していった。
「そう、頑張って」
「はい。とりあえず、明日もちゃんとバイト入らなきゃ」
そういう問題ではない気がする。しかし、こちらが介入する義理もない。
返事をするかわりに、彼女の手から電話を奪った。華奢な肩をとんと突いて、ベッドに押し倒す。
「じゃ、今から俺との時間ね」
内なる欲求のマグマが臨界に達しつつあることを、飛豪は自覚していた。
――やばいかも、これは。
思ったよりも早く、彼女は状況を理解していた。抵抗らしき動きは、まったく見せなかった。
愛撫さえせず、デニムと下着を脱がせて衝動のままに突きいれようとする飛豪に、彼女は従順だった。じっと目をつぶっている。
――歯科手術のようにきつく眉間を寄せ、口元を歪めているのがいい。彼女が自分のことを、一ミリも好きでないのもいい。見返りは、金だけだ。
暗がりに浮かび上がる、瞳子のほの白い下半身がいやになまめかしくて、彼の性器を硬くさせた。
緊張でガチガチになった体にまたがり、筋肉で重みのある自分の大腿部を彼女の脚にそわせる。瞬間、その身体に震えがはしり、恐怖を呑みくだすように喉がなった。
真っ白な喉元に指先でそっと触れると、さらに身構えるように体を縮こまらせた。また、首を絞められると思ったのだろう。
――あぁ。怖がっちゃってるんだな。ま、そういうのが欲しくてやってるんだけど。
昏い欲望に身をゆだね、飛豪は、彼女に楔を打ちこむように貫いた。
中がまだ乾いている。ゆっくりと、自身と彼女の双方を高ぶらせるように、飛豪はゆるやかに抽送を始めた。
じりじりと電圧を上げていくように内壁をこすりあげる。すると、徐々に自分が受け入れられていく。同時に彼女の表情に、快楽の熱がさしていく。
クソ生意気な彼女が、苦痛にまみれた官能に染まっていくのは、鮮やかな変化だった。
女がみだらに堕ちていくときの顔はどれも似たようなものだと思っていたが、瞳子の場合は、白い百合のつぼみが綻んでゆくような清冽さがある。混じりけなしの純粋さも、泥を塗りたくって穢してやりたくなる。しかし……。
――長く使いたいから、できるだけ大事に扱ったほうがいいんだろうな。いや、俺が飽きる前に逃げられるか。それとも、借金の取りたてにあってる間は、金のためにつながってるか。
利己的な打算もあった。そもそも、二人とも打算しかない。
気がつけば、腰を深く沈めて、首に手をかけ、はげしく彼女を揺さぶっていた。その目尻には、涙が浮かんでいることに気づいていたが、止められなかった。
あの時の光景が眼前に蘇る。
硝煙と、生ぐさく金錆びた血液の香り。砕けたガラスを踏みしめる音。
手首に残った、引き金をひいたときの反動と軽い痺れ。死体の血を全身にあびて、驚き、失神する直前の彼女の顔。大きく見開かれた青い瞳。
次の瞬間、喉を引き裂くような激しい悲鳴が彼女の口からほとばしった――。
同時に、飛豪もゴムのなかに白濁を吐きだした。
あの瞬間、自分のなかで何かが永遠に変質してしまったことに、気づくまでしばらくの時間がかかった。一〇年の時間がたとうとしているが、まだ、自分は逃げられていないのだ。
だとしたら、共存するしかない。昼間の理性を保つために、夜は思う存分、誰かを踏みにじることが必要だ。
飛豪は避妊具をかえると、もう一度、彼女の胎内へと突き刺した。
「えっ」小さく叫んで、瞳子はベッドに横ざまに倒れこんだ。
「電話、ここでして」
有無を言わせず命じると、彼女はこくりと頷いて通話をはじめた。飛豪は彼女の顔まで見ないようベッドのふちに腰かけた。
「はい、青柳です。…………山根さん?」
最後の「山根」という名前が出たところで、声のトーンが変わった。剣呑で、暗くとがった響きになる。
「嘘でしょ。……だって残り五〇〇万って言ったから、この前払ったじゃないですか⁉ …………母が…別で四〇〇万? …………意味分からない。そんなの聞いてないです。……だいたい、この前の五〇〇万だって、完済証明書もらってないです」
やりとりがエスカレートしてきている気配に、飛豪は彼女の腕にふれた。彼女が、こちらへ強ばった顔をむける。目があうなり、黙って首をふった。
「とにかく、きちんと母の借金だって証明してください! 言いがかりみたいに金額重ねられたって、支払拒否しますから」
最後に強く言いきって、瞳子は通話を終了した。電話の内容を察知した飛豪は、彼女を突き放すことを忘れてしまっていた。
「大丈夫?」
成りゆきが心配で、つい訊いてしまう。
「はい。……家賃滞納……ちゃんと支払えてなかったって……」
もはや、「家賃滞納」が二人のあいだでは「借金」の隠語になりつつあった。
「トラブってるなら、弁護士を紹介しようか?」
弁護士、の言葉に彼女の表情がゆれた。戸惑いが浮かび、縋りたげな顔つきになる。
波紋のように淡くにじんでいった表情は、しばらくすると、とってつけたような微笑の下に消えていった。その微笑は、拒絶以外のなにものでもなかった。
「本当に困ったときに、頼らせてください。とりあえずは自力で頑張ってみます」
――素人が自力で頑張って、どうにかなる相手かよ?
強情な彼女に、彼の親切心はみるみる蒸発していった。
「そう、頑張って」
「はい。とりあえず、明日もちゃんとバイト入らなきゃ」
そういう問題ではない気がする。しかし、こちらが介入する義理もない。
返事をするかわりに、彼女の手から電話を奪った。華奢な肩をとんと突いて、ベッドに押し倒す。
「じゃ、今から俺との時間ね」
内なる欲求のマグマが臨界に達しつつあることを、飛豪は自覚していた。
――やばいかも、これは。
思ったよりも早く、彼女は状況を理解していた。抵抗らしき動きは、まったく見せなかった。
愛撫さえせず、デニムと下着を脱がせて衝動のままに突きいれようとする飛豪に、彼女は従順だった。じっと目をつぶっている。
――歯科手術のようにきつく眉間を寄せ、口元を歪めているのがいい。彼女が自分のことを、一ミリも好きでないのもいい。見返りは、金だけだ。
暗がりに浮かび上がる、瞳子のほの白い下半身がいやになまめかしくて、彼の性器を硬くさせた。
緊張でガチガチになった体にまたがり、筋肉で重みのある自分の大腿部を彼女の脚にそわせる。瞬間、その身体に震えがはしり、恐怖を呑みくだすように喉がなった。
真っ白な喉元に指先でそっと触れると、さらに身構えるように体を縮こまらせた。また、首を絞められると思ったのだろう。
――あぁ。怖がっちゃってるんだな。ま、そういうのが欲しくてやってるんだけど。
昏い欲望に身をゆだね、飛豪は、彼女に楔を打ちこむように貫いた。
中がまだ乾いている。ゆっくりと、自身と彼女の双方を高ぶらせるように、飛豪はゆるやかに抽送を始めた。
じりじりと電圧を上げていくように内壁をこすりあげる。すると、徐々に自分が受け入れられていく。同時に彼女の表情に、快楽の熱がさしていく。
クソ生意気な彼女が、苦痛にまみれた官能に染まっていくのは、鮮やかな変化だった。
女がみだらに堕ちていくときの顔はどれも似たようなものだと思っていたが、瞳子の場合は、白い百合のつぼみが綻んでゆくような清冽さがある。混じりけなしの純粋さも、泥を塗りたくって穢してやりたくなる。しかし……。
――長く使いたいから、できるだけ大事に扱ったほうがいいんだろうな。いや、俺が飽きる前に逃げられるか。それとも、借金の取りたてにあってる間は、金のためにつながってるか。
利己的な打算もあった。そもそも、二人とも打算しかない。
気がつけば、腰を深く沈めて、首に手をかけ、はげしく彼女を揺さぶっていた。その目尻には、涙が浮かんでいることに気づいていたが、止められなかった。
あの時の光景が眼前に蘇る。
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手首に残った、引き金をひいたときの反動と軽い痺れ。死体の血を全身にあびて、驚き、失神する直前の彼女の顔。大きく見開かれた青い瞳。
次の瞬間、喉を引き裂くような激しい悲鳴が彼女の口からほとばしった――。
同時に、飛豪もゴムのなかに白濁を吐きだした。
あの瞬間、自分のなかで何かが永遠に変質してしまったことに、気づくまでしばらくの時間がかかった。一〇年の時間がたとうとしているが、まだ、自分は逃げられていないのだ。
だとしたら、共存するしかない。昼間の理性を保つために、夜は思う存分、誰かを踏みにじることが必要だ。
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