青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第4章》 雨と風と東京駅

彼のプロフィール

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 最初彼は、言葉を探すように黙りこんだ。

 考えこんでいる彼の横顔に、キッチンの小窓から射しこんだ光があたっている。

 浅黒い肌に、陰影がくっきりと浮かぶ彫りのある目鼻立ち。いわゆる美形とは一線を画しているのだが、野性味と知性が奇妙に共存していて、惹きつけられる。精悍で色気のある顔立ちだ。

 お粥をすすりながら、瞳子はなにやら考えこんでいる彼をそれとなく観察した。

 ――『海賊』のアリとかやったら映えそうな人だなぁ。ヒーロー役のコンラッドより、絶対アリの雰囲気。だってカラダもすごかったし。本当は男性バレリーナより、この人みたいに重めの筋肉がついてる体型のほうが、アリは似合うはず。……って、いけない。

 ついバレエ脳になってしまっていた自分の妄想を追い払う。完食してお粥の椀を彼女がテーブルに置いたところで、飛豪はあらためて口をひらいた。

「ごめん、本題が後になるけど、やっぱ俺のことから話す」

「……?」

「こっちにも主張はあるけど、最初は、君のことを裏で調べていたのを謝るところから始めないと、フェアじゃない気がするなって思って。今まで、肝心なところ全部省略してたから」

「お互い様です」

 瞳子はそっけなく言った。自分だって、お金を必要とする理由を問われて、みえみえの嘘で押しとおした。

「でも、俺が裏工作をしていたのは事実だ。実際、黙って護衛セキュリティつけてたくらいだし」

「……そのお陰で、助かりました」

「まずは、君と信頼関係をつくりたい。なにか質問あったら、いつでも遮っていいから」

 前置きをしてから、彼は慣れた口調で自己紹介をはじめた。

 李飛豪、三二歳。台湾人の父親と、日系ペルー二世の母親が日本で知りあって生まれたため、国籍は日本と台湾の重国籍――だったが、最終的に日本国籍を選択したそうだ。

 幼少期は日本で過ごし、両親が離婚したのち、南米大陸にもどった母親に育てられたため、日本語、スペイン語、英語のトリリンガル。中国語は、「聞けばだいたい分かるけど、喋る機会はほぼなかった」というレベルらしい。……育った環境が違いすぎて、そのレベルの想像ができない。

 母親の再婚相手がアメリカ人だった関係で、学位と修士はアメリカ。日本に戻ったのは父親一族が経営する会社の支店が東京にあったからで、誘われて働いているうちに居ついてしまったという。

「だから俺、会社員なんだ」

「えッ……あ……んん⁉」本日一番の驚きに、瞳子は絶句した。「嘘。見えない。全然見えない。飛豪さんが会社員。なんか違う」

 首をブンブン振って異をとなえてくる彼女に、飛豪は苦笑してみせた。

「まぁそうだろうね。相当自由な働き方させてもらってるし。ついでに言うと、この前の麻布は仕事でスタッフやってた」

「でもあの時、サクっと会場抜けたじゃないですか」

「高瀬にカバー頼んだ。高瀬っていうのは、三日前に警察署に来てくれた弁護士で、あいつもウチのスタッフ。近いうちに会うと思うから、お礼は言っといて」

「あ……はい」

「ほかに質問は?」

「仕事内容。どんなお仕事してるんですか?」

「会社がやってることは、ざっくり言うとコンサルティング。日本で投資をしたりビジネスを興したい海外からの顧客からヒアリングして、そのプランに見込みがありそうかどうか評価するための情報収集をしたり、立ち上げをサポートしたりするのがメイン。逆に、日本で成立してるビジネスモデルやデータを国外の顧客のために売り込むのもやってる。俺はその中でも、土木地質関係と会計……数字まわりを担当してる」

「土木地質って?」

「最近よく問い合わせが来るのが、海上風力発電がらみとか、地質や地形の調査アセスメントかな。俺、大学時代の専攻が地質学とか古生物学だから」

「へぇ……」

 ――発電? 地質?

 なじみのない領域に瞳子の相槌もとまる。世の中、いろんなことを専門にしている人がいるんだな、というありきたりな感想しか浮かばない。そう、大学の友人の奈津子の話を聞いているときのようだ。

「君と最初に会った麻布のあれは、海外からのクライアントと、国内事業のパートナーのための接待パーティー。俺もあの時魔がさしたというか……ひらたく言うと、俺と君の関係は人身売買だから。金を払った以上、君がどういう人間か確認したくて、汐留のホテルで別れた直後に調査をいれた」

「……じゃあ、最初から知ってたんだ」

 そうか。そんなに早い段階で知られていたのか。ひどいと言ってなじったり怒ったりしていいのか、よく分からない。結果的に、そのお陰で助けられたのだ。

「あがってきた調査レポートを読んで、君の経歴を知って驚いた。あと、借金の取り立てをしていた連中が、うちの接待パーティーに絡んでいた業者の一つでもあった。反社の系列、という意味で」

「飛豪さんも、山根や八田みたいな仕事をしてるんですか? あなたも暴力団の一員なんですか?」

 躊躇せず、瞳子は核心をつく質問をした。

 彼の返答次第では、会話を終了してこの部屋から出ていくつもりだった。

 自分が、お金も後ろ楯もない境遇なのは分かっている。それでも、真っ当な社会人として将来生きていくことを目標とするなら、手を切らなければならない。
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