青柳さんは階段で ―契約セフレはクールな債権者に溺愛される―

クリオネ

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《第4章》 雨と風と東京駅

お堀端のフレンチ4

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 ――どうして父親のことまで。そっか、それも調査報告で上がってるのか。

「飛豪さん今日、ぶっこんだ話題ばかりですね。わたし、お酒が進んで仕方ないです」

「家でするより、外のほうがビジネスライクに話ができるだろ」

 言いながら飛豪は、横にちらと視線をなげて給仕を呼んだ。渡されたワインリストをしばらく眺めていたが、面倒になったのか結局、「スモーキーで重めなの」と緩いオーダーをしていた。

 三杯目の赤ワインと同時に運ばれてきたのは、オーバル型のココットにはいったグラタンだった。焼き色がしっかり入っていて、まだオーブンから出されてまもないのか、表面がまだ沸騰してぐつぐつと音を上げている。

 香ばしいチーズの匂いがテーブルを包んだ。

 今までに知っているチーズの香りではなく、複層的で繊細ささえ感じる。そこに濃厚なガーリックの気配も見えかくれしていて……鼻先をくすぐる香りだけで食欲の奴隷になってしまいそうだった。

「飛豪さん、これ……ひょっとして、さっき言ってたグラタン・ド……なんでしたっけ」

 うっとりとした顔で、瞳子が彼を見つめる。

「グラタン・ドフィノワ。秋冬の料理だけど、今日みたいに肌寒い日は、まだ美味しいかなって思って。俺も周りもこの裏ビストロ・メニューが大好物だから、君も気にいるかも」

「もう香りからして、大好きに決まってます!」

 彼女はすぐさまスプーンをとってすくい上げた。熱そうな湯気がたっているのを、慎重に口に運ぶ。恍惚と目を細めて頬をおさえた。

「ふぁわわ……。美味しい、美味しいです! ジャガイモ、長ネギ、あとちょっと挽肉入ってますよね。でも、このチーズとガーリックのバランス、最高。絶品です」

「フランスはチーズ大国だから……そんなとろけた顔して喜んでくれて、俺も連れてきた甲斐があった」

 幸せそうにグラタンを味わっている瞳子を眺め、彼は胸をなでおろしてグラスを口に運んだ。「この笑顔を見たかった」と、ずっと思っていた。

 飛豪とて、同居がはじまってからのこの二週間、かなり注意して生活していた。

 憔悴していた彼女の回復をまず優先して、自分が近くにいることで気を遣わせないようにしていた。

 週末に車で遠出したり、ジムで長時間をすごして家をあけていたのは、それがあったからだ。しかし平日の朝だけはどうしても時間が重なってしまう。朝食の席でいつまで経っても、彼女が冴えない顔色をしているのはずっと気にかかっていた。それもあって、気分転換に連れ出したのだ。

 彼の胸中を知らず、瞳子は夢中になってグラタンにパクついていた。

 ちょいちょいグラスを傾けてグイッと流しこんでいる。グラスの角度とペースからすると、酒豪なのは間違いなさそうだった。だんだん、顔の表情がほぐれてきている。

「飛豪さん、どうしよう。美味しいけど脂肪分が多すぎる。生クリームとチーズとバターってもう……デブまっしぐら‼」彼女がテンション高めの悲鳴をあげる。

「じゃ、やめれば? 俺が残りもらうけど」

「イヤ! あげない。明日断食ファスティングするから……ってね、さっきの話戻るけど、わたし、父方は全然期待できないんですよ」

 あっけらかんと、瞳子自身が打ち明け話をはじめた。アルコールで、理性のネジが二本三本外れてしまったのかもしれない。いつもより口が軽くなっていたのは事実だった。

 ――大体バレてるなら、探りを入れられるより自分で話しちゃったほうが早いかな。ある程度自分から情報開示したほうが、コントロールできるし。

 酔った頭でも、損得勘定はできる。彼女は飲みきった三杯目のグラスを、すとんとテーブルの上に置いた。

 椿姫の第一幕を脳裏にえがくと、自然に顔の筋肉がうごいていく。世慣れないアルマンを誘いかけて翻弄するマルグリット・ゴーティエのような、徒花あだばなの笑みが口元にうかんだ。
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